バンパイアロード
痩身長躯で赤い眼をした男がこちらを見ている。
泰然といった雰囲気だろう。
グレイはエントランスホールを見渡す。窓にはカーテンがかかり薄暗い。高い天井に広い部屋は大剣を振るには十分な広さだろう。そう考え周囲の確認をした後再び赤い眼の男を見る。
「あんたがヴィルハルト候か」
「そうだ」
赤い目の男――ヴィルハルトが応える。
「お父様……」
「誰だお前は?」
アイシャがビクっと体を揺らす。――まさか。
「私にの娘はとうに死んだ。人間に殺されてな」
記憶が?
「そんな……」
「よく似せて居るが娘などと。家族の情を利用しようとは相も変わらず人とは醜いものよ」
アイシャの頬へ涙が伝う。アイシャの言葉が届かないのだ。何を言っても無駄だろう。
「やはり人は野放しにはしておけん。私たちバンパイアが家畜として一生飼居続けてやろう」
グレイはプロミネンスを抜き、アイシャをかばうように立つ。
「あんたにどれだけの不幸があったのかは知らんが」
「邪魔だ。消えて貰う」
レティとレイスも武器を構える。
グレイは先制しようと飛び込もうとする寸前。ヴィルハルトの赤い眼が不気味に光る。」
「ぬ!!!?」
「え!!!?」
声を出した二人の方へと振り返る。微動だにしていない。
「どうした?」
「体が動かぬ」
「体が動かないの!」
幻覚か影魔法の一種なのだろう。
一人でやるしかないのか。アイシャは無理だろう。
「ほう、お前には効かなかったか、たいした魔力量だ」
「お前を倒せば解けるんだろう」
「倒せれば……な!!」
言い終わると同時にヴィルハルトが踏み込んで来る。走り様ヴィルハルトの両手から長剣が現れる。
――疾い……が。
プロミネンスの横薙ぎをヴィルハルトは身を低くして躱す。
グレイは横薙ぎの勢いを利用して回転しつつ蹴りを放つとヴィルハルトはバックステップで距離を取る、と同時にグレイは追う様に蹴り足で床を踏みしめると前にステップしながら大剣を逆袈裟へ振り上げる。
金属がかち合う音がこだまする。
下段に交叉させた長剣で防がれる。とグレイは左手をヴィルハルトへと向け魔法を放つ。
ライトニング。
一瞬ヴィルハルトの体が黒くもやがかかると雷光はヴィルハルトを素通りし壁に穴を穿つ。
瞬間ヴィルハルトがグレイの真横に現れ首狩りに剣を振るう、グレイは身を捻って躱すと同時距離を取る。
――厄介だ。
体を黒いもやへと返る魔法。恐らく影魔法の一種なのだろうが一瞬で移動できるようだ。ただの身体能力での速度という点ならグレイに分があるだろうが魔法により優位とは思わない方がいいだろう。
「なかなかやるね」
「そりゃどうも、なかなか便利な魔法をお持ちのようで」
「対処できねば死ぬのは君だ」
「そりゃそうだ」
そう言ってグレイは左手から魔法を放つ。
プラズマクラスター。
素早く放つ為に魔力装填を早めに切り上げ四つのプラズマ球を放つ。
窓へと。
ガラスが音を立てて砕ける。
突然の音に身が固まるヴィルハルトへと剣を薙ぐ。
……も剣により防がれる。
「さっきの魔法は使わないのか?」
「いやいや、中々頭も働くようだ」
四つのプラズマ球がカーテンを燃やし窓を割った、薄暗かった部屋がずいぶんと明るくなっている。あの移動魔法は一定以上の暗闇の中で使えるものだろうと予想していたが正解だったようだ。
これであの魔法で避けられる事はない、そろそろ全力で行く。
左手の手袋へ魔力を通し硬度を上げると二本の剣で止められた大剣――プロミネンスに掌底を放つ。
掌底の勢いが乗せた大剣が一気に剣を押しこみヴィルハルトを後方へ吹き飛ばす。
「はああああああああああああっ!」
追い打ちにグレイが大上段から攻撃を繰り出す。
ヴィルハルトが躱し様に長剣を首へと横一閃、首を曲げ剣を躱すグレイ。
入れ替わり、立ち替わり、剣がぶつかり、魔法が放たれ、両者の攻防が激化していく。
攻防は一進一退、双剣で手数で圧倒しようと連続で剣を振るうヴィルハルト。
大剣を恐ろしい速度で振るい叩き落とすグレイ。
影の針がグレイを襲い、グレイが大剣でもって防ぐ。
プラズマ球が宙を舞い、ヴィルハルトが双剣でもって全てを切る。
再び二本の剣と一本の大剣がぶつかり合う。
しのぎを削り、二人の力がぶつかり合う中二人をレイスとレティが見守る。
グレイの勝利を願って。
アイシャは今だ立ち直れず呆然としている。
しかしそんなアイシャを置き去りに力の拮抗は徐々に崩れて行く。
……グレイへと。
本気で大剣を振るグレイを前にヴィルハルトは剣を合わせる度に吹き飛ばされる。
瞬間的に増大する重力がヴィルハルトを地に片膝を突かせる。
それらが徐々にヴィルハルトの体力を奪い力の均衡を崩していく。
「ずいぶん強い。これほどまでに強い者と戦うのは初めてかもしれんな。長く生きているつもりではあるが」
「その割には余裕そうだな」
グレイとて余裕がある訳ではない。
それを知ってか知らずかヴィルハルトは笑っている。
「何、奥の手があるだけだ防ぎようのない、な。その準備が整ったと言うことだよ」
グレイは構えを但し身構える。本気かハッタリか。気を抜いて良い場面ではない。
「喪失の楽園」
ヴィルハルトは魔法発動鍵を詠む。
突然グレイの足が動きを止める。
泥沼に足を突っ込んだような音が鳴る。
直後地の感覚がなくなる。
「なっ!」
徐々にグレイの体が影の中へと体が沈みこんで行き。
身動きの取れないままグレイの体は影に身を落とした。
「グレイ!」
レティの叫びでアイシャは正気を取り戻す。
気が動転していて呆然としていたがグレイが影の中に落とされたのとレティの声を効いてなんとかしなければと衝動が体を動かした。
――私がなんとかしなくちゃ!
できる事は一つだけ。
「レティ、ごめん」
そう言ってアイシャはレティの首筋に歯を当て噛みつく。
「え?」
レティは驚き気が動転している。裏切られたのか?そう顔に書いてある。
アイシャはそのままレティの首筋から血を――魔力と精気を吸い上げる。
「……んっ」
動けないレティに成す術もなく、首筋から血が滴る。
アイシャがレティから離れ閉じた目を見開くと。
瞬間増大した魔力が吹き荒れ、その目は赤く輝いていた。
そのままレティとレイスの眼を見て魔法――バインドアイを放つ。拘束を解く為の発動だ。
レティとレイスが脱力したように膝から落ちそうになるのを二人は堪える。
「ごめん、少し血を貰った」
「そういう事は先に行って欲しかった~」
「ふむ、自由に動くようになったの」
『動けるようになったところで』
アイシャがとっさにレティの前に出て鎌で受ける……とレイスがヴィルハルト目がけ突く。ヴィルハルトは飛びずさりまた距離を空ける。
「レティ、下がって」
レティは後方へ下がり杖に魔力を込め出す。
「わしが前へ出る、アイシャは遊撃じゃ、隙を見て攻撃。レティシア様は援護を頼みます」
「分かった」
「うん!」
レイスが飛び出てヴィルハルトを牽制する。
「アイシャ、グレイはどうなったのじゃ!」
「お父様の魔法で影の中に落とされた。幻覚魔法との混成魔法で幻覚を見てる筈。それも――きゃっ!」
「私を前におしゃべりかね?」
ヴィルハルトが右手に持った剣でアイシャを薙ぐ。鎌で防ぐものの壁に叩きつけられる。
「ぐっ……」
「それに何をしても彼は助からんよ。彼は最も幸せだった日々を感じながら徐々に魔力と精気を吸い取られ衰弱していく、私は逆にそれらを吸って活力がみなぎる訳だがね」
「しかし彼の魔力……これは人族では無いね。彼は――「ふんっ」」
レイスが突きを放つとステップすることで剣を手元に戻しそのまま魔力を通し水を纏わせ魔剣技――九水穿を放つ。
突きと同時に九つの水が飛び散り水弾となってヴィルハルトへと放たれる。
が突きが届く頃にはヴィルハルトは既にそこにいない。
レイスの背後に回ったヴィルハルトが上段から剣を振りレイスを切り裂く――直前アイシャが間に入り受け止めるがヴィルハルトの膂力で吹き飛ばされ壁へと叩きつけられる。ヴィルハルトは残った剣で横薙ぎに振るういレイスの背中を切り裂く。
「うっ!」
「ぐぬぅ」
レイスが前のめりに倒れ、アイシャが壁に背を預けたまま動けない。
「と君達も強いがね、彼の魔力と精気が私を強化してくれる」
ヴィルハルトは近くに倒れたレイスに止めを刺そうと歩みゆく。
とっさにレティが杖に装填した魔力を放つ。
「アイソレーション!」
ヴィルハルトの周囲に円形の結界が現れ、レティの有翼人特有である光の魔法が彼を周囲から切り離す。
指を伸ばとバチっと指が弾かれ手から血を流す。
「良い結界だ。しかし強力な分長くは続くまい?」
グレイが影に飲み込まれ、レイスとアイシャが倒れた今レティにできるのは結界を維持する事だけだった。




