少年は訓練する
木がぶつかり合い乾いた音が鳴り響く。
日が落ち暗くなった中、グレイはレイスと対峙して木の棒を振るう。
あれから二年程が経過している。レティシアのお礼をするの!と言う毎日の猛攻に折れたグレイが申し出たのは元騎士であるレイスに戦い方を習う、と言うことであった。奴隷の生活に終わりは見えないとしても身に宿る怒りが他の大人達の様に無気力に生きる気には成れなかった。
グレイの身体能力は少年とはいえ人並み以上の物がある、だが所詮素人、戦う術を知らないままではせっかくの身体能力を生かす事はできない。
訓練を行う事に問題はなかった、グレイ達奴隷へとつけられた首輪は指定範囲外へと出れば首が締め付けられ呼吸ができず命を失う事になる。――最も逃げ出せたとしてもここは海に囲まれた孤島な為逃げ場はない。がその為監視の目があるのは労働中だけであった。
グレイが恐ろしい速度で棒を振りレイスは危なげ無く棒を捌きを見て魔法――水穿を放ってくる。
レイスの周囲から現れ高速で発射された水球が弾丸となり放たれるもグレイは既にそこにはいない。
後ろを取ったグレイは横薙ぎに棒を振るがレイスは気配を感じたのだろう、グレイへと振り向き様身を捻ると棒は空を切る。
体勢が整う前にと横薙ぎの回転力を利用し蹴りを放つとレイスが棒で受けるも後方へとずり下がる。
グレイは左へと装填した魔力を雷へと変えレイスへと向けた左手より魔法――ライトニングを放つと同時地を蹴りレイスへと接近し上段から振り下ろす。
際どくライトニングを躱したレイスの体勢が整う前に棒が振り打ち付ける寸前でピタリと止める。
レイス程熟達した者と戦う場合、正面からただ攻撃を繰り出したとしても無駄だろう。隙を誘う、又は隙を生む。攻防の中からそれらを作りだし突く、それができなければ熟達した者に叶う筈がないだろう。それをおよそ十二程の少年が成し遂げる。
ピタリと止めた棒が勝負を決し辺りの空気が弛緩する。
その瞬間を狙ってグレイに後ろから飛びつく少女が一人、レティシアだ……
「グレイすご~いすごいすごい!」
そう言ってはレティシアがくっついて離れない。
「離れろ!訓練の邪魔だ」
そう口では言うがが悪い気持ちではない。
すっかり緊張感がなくなり訓練を再開する空気でもなくなってしまった。
「ふむ、今日の訓練はここまでじゃの」
「分かった」
「うん! 終わり終わり~!」
そう言ってレティシアが纏わり付いてくる。
レイスは暖かな少年少女見ている。
この二年でグレイはかなりの腕を身につけた。枯れても尚手練れであるレイスを一手上まるようになった。少々身体能力に任せた部分もあるが技術も概ね合格点をやれるだろうと。
二年前レティシアを助けたこの少年の憤怒の宿る瞳を見た時は危険を感じていたものだが、冷たくされてもひたむきに少年に言い寄るレティシアを見ていると何も言えなかった。
グレイも何か思う事があっただろうが今ではレティシアとレイスには徐々に柔らかい目を向けてくれるようになったいた。
口は未だに辛辣な言葉を紡ぐ事もあるが向ける目は暖かく気を許してくれているのだろうと思う。
ここにグレイが居てよかった、とレイスは思う。でなければレティシアは周りの大人達のように死んだ目にったであろうし貞操を散らしていた可能性すらある。
レティシアが名付けたグレイと言う名から考えてもレティシアはグレイを心のそこから頼りにしている。グレイはレティシアが好きだった小説の英雄の名なのだから。
「レイス、俺はどれくらい強くなったんだろうか」
グレイが自らのまめがつぶれ硬くなった両手を見ながら告げた。
「そうじゃの、少なくとも一対一でお主に勝てる者はそうはおらんだろう」
ずっと二人だけの訓練だったのだ、そとの世界をしらないグレイには自分がどれだけ強くなったのかは分からない。
「じゃあ後はこの首輪が問題か」
「そうじゃの、じゃが首輪は魔法や力ではどうにもできん、首輪を付けた者が解除するかその者の魔力が途絶える…殺すかじゃの」
「そうか……ありがとう、分かった」
「む~! つまんない!相手して~!」
そう言われて苦笑しつつ柔らかな目を向けレティシアの頭を撫でるグレイ、途端に幸せそうな顔をするレティシアとのやりとりがレイス微笑ましく映る。
だがレイスは見た、グレイの目に決意が宿っていた事を。