破壊する青年
翌日ドルジがグレイ達の元へと訪れる。
捕まえたバンパイアに対して行った尋問で分かった事を伝えに来たのだ。
「バンパイア達の目的が分かった」
「達?」
「そうだ、あいつらは囮だ。本命はレイグラントの方だな」
「なんの為に?」
「バンパイアは人に追われ、集落を転々として来た一族じゃ、人によって迫害されて来た歴史を持つのじゃよ」
「それがなぜ国を襲うような事に繋がる?」
「レイグラントを落とし自分達の国にしようとしているらしい。かつて迫害してきた人間を今度はバンパイア様が上にたって畜生として人間を飼うって事だろう。人の生き血を吸った後のバンパイアの力は空恐ろしいものがあるからな」
「囮という事は既にレイグラントを襲ってると?」
「そうだ、だから聞き出せたと言うことでもあるがな、囮として魔物を集め隣の村を圧迫する事でレイグラントからの支援が来るのを待って居たと言うことだ。勿論戦力を減らす必要はないからな。レイグラントからの冒険者達がこちらへと映ってきている最中にこちらを襲って来たと言うことだな」
「現に冒険者の一団が昨日の夜到着している」
レイスを見る。グレイにとっては何でもない都市の一つと割り切れるがレイスにとっては生まれ故郷だ。
レイスの表情はよくない。
「じいさん、すぐに戻るぞ。レティもそれでいいか?」
レティは頷く、レイスは――
「良いのか? このまま別の都市に移っても良いのじゃぞ? 相手の戦力も都市がどうなっているかもわからんのに……」
「じいさんの故郷だろ?」
グレイにとってレイスとレティは家族である。家族の為に力を振るう事に遠慮は必要ないとグレイは思っている。
「そうか…ありがたいのぉ」
故郷を守ろうとするがゆえではない。レイスの事を思って行動してくれる事がだ。
「すぐに出発しよう」
「おう、馬を用意してやるからそれを使え。俺達は参加できねぇがそれ位の助力はしてやる」
ドルジ達は冒険者だ。利益のない戦いで命をかけたくはない。グレイもそれが分かっている為馬を用意してくれる事に感謝する。
馬を走らせながらレイスに問う。
「じいさん、血を吸ったバンパイアは強いのか?」
「強い。今のグレイでも勝てるかどうか分からん」
腰にしがみついているレティの力が強まる。不安なのだろう。
「じゃが腑に落ちん」
「何が?」
「わしはバンパイアロードにあったことがあるがバンパイアとはそもそも戦を好まぬ。迫害を受けては来たが迎え打つ事はあっても攻勢に出る事はなかった」
「一度もか?」
「そうじゃ」
「そそのかした者がいると?」
「可能性じゃ」
だとすればこれが終わりでは無いだろうとグレイは思いながら馬を走らせる。
――見えて来た!
レイグラントの門の目前で止まると馬を下りる。ここから先は敵地になってる可能性もある為警戒が必要だ。
門を超え辺りを見渡す。建物が壊れている様子はない。
……が、人の気配が無い。まだこの時間帯はレイグラントでは活気のある時間帯だ。人の気配がないというのはおかしい。静寂に包まれ。辺りが霧に包まれる。
「グレイ……」
レティがグレイの服を掴む。
大丈夫だ、とレティの目を一瞥した後レイスに訪ねる。
「やはり事の後、と言うことか?」
「そうじゃろうのぉ、人の気配がせん。この霧もバンパイアの魔法の物だと思った方が良いじゃろう」
体に若干の違和感を感じる。
「魔力を阻害している……か」
「うむ、都市全体を覆っているようじゃの。規模ゆえ効果は弱いが魔力を阻害する効果があるのじゃろう。それに長時間居れば活力を失う恐れもあるの」
試しに両手に魔力を集めてみる。魔力の装填が普段より遅い。
両手の間に微弱の雷を走らせてみるがそれは何ともない。
「魔力の装填にいつもより時間がかかる。魔法の使用はできるが場合によっては普段通りのタイミングで仕えなくて困る場合がありえそうだ」
「そうじゃの魔法の連携には注意が必要じゃの」
レティを見ると頷いている。
「行こう。行くとすれば領主の館か?」
「うむ、まず行くとすればそこが良いじゃろう」
周囲を警戒して歩いているが何も起きない。
霧に隠れていた領主の館が見えて来た頃人影が霧に浮かんできた。
長く伸ばした赤い髪に赤い瞳、女性にしては高めの身長に悲しそうなその表情は。
「アイシャか……」
模擬戦でペアを組んだアイシャだった。
「バンパイアだったのか」
「どうして来たの?」
「何が?」
「貴方はノルン村へ行っていた筈」
「よく知ってるな」
「英雄、レイス=ロズウェル卿に有翼人の先祖帰り、元貴族のレティシア=ローゼ、島からの脱出者、グレイ」
レイスはぴくりと反応し、レティはグレイの服を強く掴む。グレイは訝しげな顔をしてアイシャに訪ねる。
「ずいぶんと詳しいな、俺の知らない事まで知っている」
「お父様が領主の頭の中からとりだした」
(お父様…………ね)
――領主ならばレイスの事は知っていてもおかしくない、レティの事もレイスが奴隷になってまで傍に居たのだから上の立場の人間が知っている可能性はある。だが俺の事は?領主が知っていたとは考えにくい。
「それで?お前の親父さんに挨拶でもしに行けばいいか?娘さんと仲良くさせて貰ってます………とでも言えばいいか」
アイシャがぴくりと眉を動かす。アイシャとは一日授業を一緒に受け昼食を共にしただけだがグレイは暗い顔つきが気になっていた。そんな少女と戦うのは本意ではない。
この計画を知っていたとしてもわざわざ暗い顔を作る必要はない。
ならば悲しそうな顔は本心だろうとは思うが――まぁ
「ここは通さない、お父様には会わせない」
関係ないな。
「そうか、なら推し通るまでだ」
倒さない理由はない。
プロミネンスを背から抜き下段にだらりと構える。黒塗りを施したプロミネンスが不気味な存在感を放つ。
対するアイシャは悲しそうな顔を保ったまま。鎌を手に突進する。
アイシャはグレイ達がノルン村へと向かったと密かに聞いた時、戦わずに済むと安堵の息をついていた。
アルトリーゼへの情報を父であるバンパイアロードに届ける為潜入したアイシャが学園にいたのもその一環、アイシャ程の年齢では皆学園へと通っている。不自然さを隠す為に潜入した学園ではあるがそこで感じていたのは孤独だった。
そんな折りにペアを組まされた青年――グレイはどこか他の人と違っていた。
迫害されて来た歴史を持つバンパイアであるアイシャが人への忌避感を持つ事は避けられない。そんな中グレイには別種の想いを感じた。
その気持ちが何なのか分からないが悪い気持ちではなく、それもありグレイの昼食への誘いも受けたのだった。
アイシャはグレイの事を調べる。が全くと言っていい程情報は無く唯一分かったのは奴隷であった事、どこか遠くの島からやってきた。そして最近領主から直接斡旋させられる仕事をこなしている。凄腕の二人組の片割れという事だけだった。
そんなアイシャの元に情報が届く。
グレイ達がノルン村へと赴いたと。腕の良い冒険者の動向は計画の為にも必須だった。そのグレイ達のノルン村への移動。囮の魔物部隊の逗留する地ではあるがここレイグラントよりは比較的安全、模擬戦で見たグレイの実力なら大丈夫だろうと。
そのグレイが今目の前にいる。
いつか見たグレイから感じた雰囲気は暖かい物があったが今目の前にいるグレイは違った。
何が?
はっきりとは分からない。
表情は変わらない。
だがいつもの鋭い目つきはどこか精気がない。
大剣をだらりと下げ構える様子もないグレイからはどこか黒いものを感じる。
そこから感じるのは――
恐怖。
人への忌避からではない。まるで生物としての絶対的強者を前にした恐怖だろう。
人は獅子を目の前にするとこのような恐怖を感じるかもしれない。
だがしかしアイシャが逃げる事は許されない。
アイシャの父、バンパイアロードを守らなければならないのだから。
対峙するだけで身を削られそうな重苦しい空気の中。
アイシャは鎌を手に持ち。
半ば自らを鼓舞するかのように。
その恐怖の源へと駆けだした。
レティは戸惑っていた。
アイシャがバンパイアだった事、自分の秘密を知っていた事それらがレティから平常心を奪った。
グレイから離れ。二人の戦いの様子を見る。レイスは参加する様子はない。何か思う所があるのかグレイの様子を見てじっとしている。
外から見ている限りグレイが負ける事はない……ないが嫌な感じがする。
レイスは吸血したバンパイアがグレイよりも強いと言ったが少なくとも同年代相手だとグレイは尚圧倒している。
アイシャの鎌による攻撃を優に躱し大剣を打ち付けては体ごと飛ばしている。先日捕らえたバンパイアが使っていた影から針を放つ魔法も防御すらせず衣服に通した魔力だけで防いでいる。
アイシャが弱いのでは無い、現にアイシャから放たれている魔法の余波だけで息が詰まりそうになるし、彼女の動きを遠くから見ていても並の者では無いと分かる鎌を振る速度も尋常ではない。
だがグレイには当たらない、ダメージを受けない。アイシャ自身にも分かってるのかいつも張り付いている悲しそうな顔が剥がれ焦りを感じさせる。
レティは既にアイシャの事を友人だと思っている。一緒に食事をした時は時折一緒に笑い合った。彼女の悲しそうな顔がこの戦いに理由があるのかもしれない。
嫌な感じの正体はグレイの方だろう。訓練以外でグレイが戦う姿を見たのはノルン村での事が初めてだったがその姿はおとぎ話の英雄のようだった。
訓練で培った技術や魔法を駆使しグリフォンやキメラ、バンパイアを倒したグレイはレティにとって輝かんばかりの英雄の姿だった。
だが今のグレイからはどこか不気味めいたものを感じる。今まであまり見たことない下段での構えに技術で切ると言うよ力任せにたたき壊すと言った感じが強い。
今の所アイシャは怪我はしていないようだが消耗が激しい。目の前に恐ろしい速度で巨大な剣が通り過ぎるのだ身を削る思いだろう。
そう思っているとグレイは剣に重力の魔力を込め始めたのか、剣を叩きつけられた地面がクレーターとなっている。だが音がしない。あれは地を穿っているのではない、地が消失しているのだ。
切る、ではなく消滅させる。その行為を成さんとするグレイの意思で操られる大剣――プロミネンスはグレイの奥底に眠る黒い炎を体現したかのようである。
グレイの表情を見る。
どこか硬い。
――グレイも本当はアイシャさんと戦いたくない?
そう見える。本当は戦いたくないから、早く壊してしまおう全てを消し去ってしまおう。そうレティには見える。
――グレイに戦わせちゃだめ!
戦いを止める。
――でもどうやって?
アイシャが戦うのを止めない限り無理だろう。
レティに武術の心得はない。
そうやって考えてるうちにアイシャの疲労が目に見えて濃ゆくなる。動き回っているが限界は近い。アイシャの足取りが重くなりクレーターに足を引っかける。
あ…………
これで終わりか。
グレイは足を取られたアイシャへを見る。
憔悴仕切っている。
剣にまとわりつかせた強力な重力の歪みはすべてを飲み込むようだ。
今の俺にはなんともふさわしい気がする。
これをアイシャに振り下ろせばアイシャは消えてなくなってしまうのだろう。
学校であったアイシャの悲しそうな顔を思い出す。その笑い方もどこか悲しげで儚いとも感じていただろうか。
どこか頭の片隅で言葉が聞こえる。
救いたい!この友人の顔を笑顔にしたい。
声がもう一つ。
全てを破壊しろ。
後者の声に従い剣を掲げる。
黒い衝動に駆られるまま大剣を振り下ろそうとする刹那。
目の前に翼を持った少女――レティシアが現れた。




