【07】-5
僅かに俯かせた顔をあげて、ゴロウさんが俺を見る。
「真生殿は、精霊をどう見なさる?」
「どうって……」
精霊といっても、俺が直接知っているのはフィーとシシィとアオアカキイロ、後、桜の樹霊さんくらいだ。精霊全体を語れるほどの数じゃない。しかも、アオアカキイロとは今日さっき会ったばっかりだし、そうじゃなくてもシシィのことだって、俺はよく分かっていない。
「罔象三姫のことは?」
「フィー、ですか?」
「少なくとも他の者よりは長く一緒におるじゃろう? どう思うね?」
俺の困惑を読んだらしいゴロウさんに問われ、再度考える。
「そうですね……。俺が知っているフィーは、良くも悪くも素直で、凄く大人なところもあるけど、凄く子供なところもあって。実際物凄い力があって物凄く強いんだろうけど、なんていうか、アンバランスっていうか、時々異様に脆く感じる時があります」
「そうじゃな。彼らは強く、そして脆い」
頷き言って返しながら、俺の方に向けていた顔をゴロウさんは前方へと向けた。その目がどこか遠くを見る。
「彼ら精霊は、星の精気のみで存在し得る。逆に言えば、星の精気がなければ他の何があっても存在出来ん者らじゃ。星が精気を生み出せなくなったり、生み出せてもそれを保つことが出来なくなれば、必然的に彼らは消滅する。しかしじゃ。わしら神がこうして人と語らい、やり方によっては己の望むようにその思いを操ることが出来るのに対し、彼らは星やそこから生み出される精気を己の望みのままに操ることは出来ん。この星において他の何よりも強大な力を持ちながら、その実、自分達の命運そのすべてを星とそこに生きる者達に委ねるしか出来ん、非力でか弱い存在なんじゃよ」
俺はじっとゴロウさんの横顔を見ながら、黙って話を聞き、そして考え考え、顔を前へ戻した。
自分達の命運を星とそこに生きる者達に委ねるしか出来ない、非力でか弱い存在。その言葉に思い出すのは、さっきシシィが見せた、苦渋を押し潰して凝縮したようなあの顔と声で。自然と顔が俯いてしまう。
「さっき、シシィから言われました。沢山の精霊が存在出来なくなったのは、俺達人間が世界をそういうふうにしたからだって。誰かのせいっていうなら、それは人間のせいで、人間は害獣だって」
「人ばかりが原因ではない。それを許してきた者にも責任はある」
「フィーも、そんなことを言ってました。だけど実際、みんなから生きる場所を奪ってるのは、俺達なんですよね」
精霊だけの話じゃない。昔は確かに存在出来ていたのに、絶滅してしまった動植物や、今まさに絶滅の危機に追いやられているものみんな。みんな、人間さえいなかったらそんな目に遭うこともなく、今も未来にも当たり前に存在していたかもしれない。
ゴロウさんが言うように、人間ばかりが原因ではないのかもしれないけど。自然環境の変化や、その生物自身の問題だってあるかもしれないけど。
でも、直接的じゃなくても些細なことだとしても、最初の原因を作ったのは俺達だとしたら。俺達が生きるために知らず知らず、みんなから生きる場所を奪ってきた結果が今だとしたら。そして、この今の向こうに未来があるんだとしたら。シシィがいうように俺達はいなくなったほうが、
「この世界が、どうやって出来たかご存知か?」
思考を遮るように、唐突に響いてきた声に顔をあげる。ゴロウさんは答えを待つように、俺を見ていた。
「え。えっと…、宇宙がビックバンを……」
実際ビックバンが何かよく分かっていないけど。突然の質問に、乏しい知識を掻き集めながら俺なりに真面目に答えれば、ゴロウさんは朗らかな笑い声を立てて返した。
「ほっほ。スケールがでっかいの。じゃが、わしが言うておるのは星そのものじゃなく、わしらが生きておるこの今の世界のことじゃよ」
「今の世界? 人間界って意味ですか?」
「いいやいや。ううむ、なんと言えば良いかの。ああ、そうじゃ。古生代カンブリア紀やら中生代ジュラ紀やらいうのを学校で習わんかったかね? その分類で言えば今の世は確か、新生代第四紀の完新世とかいう言われ方をしとったはずじゃが」
「ああ、はい。知ってます。詳しくは分からないけど、名前は知ってます」
確か、地質学の授業で聞いた。正直、ジュラ紀に恐竜がいたってことくらいしか覚えてないけど。
ゴロウさんは俺の返事に満足げに頷くと、微笑みを口元に残したまま前を向く。
「星の遍歴とでも言おうか。それらの世界を紡いで、今のこの世界を築いたのは精霊達なんじゃよ」
「え」
「かつて、この星は何度も生命を根付かせることに失敗してきた。天はその度に星の祈りに応えて生命を降らせたが、どうしてもうまくいかなかった。精霊達は天からきた生命が絶える度に嘆き悲しみ、何とか生命を星に長く根付かせようと、試行錯誤を繰り返した。そして悠久の時が過ぎ、幾度もの試行錯誤の末ようやく、今の世の原型となった『光の御世』を築くことに成功した。天はこれを祝福し、数多の生命の種となる生命の源を贈り、また、精霊達の中でもはじまりの霊と呼ばれる特別な者らに天の力を与え、星とそこに根付く生命を守ることを望んだ。精霊達はこれを喜び、今度こそはと懸命になって生命の源を守り育てた。やがてその甲斐あって、生命の源からあらゆる種が派生し、長い年月をかけ独自に進化していった。その進化した種の中の一つが、今の人類の祖先と呼ばれる存在じゃ」
まるで物語を話しているかのように、ゴロウさんはゆっくりと語る。俺もまた物語を聞いているような気分で、静かに耳を傾けた。
「彼らは、偶然にも姿形が精霊にどことなく似通っておった。進化していくうちにそれは顕著となり、ヒトと呼ばれる頃には殆ど精霊と同じような姿を持った。それゆえ、精霊達は特にこの種を愛した。しかしながら、その頃の『光の御代』はまだまだ不安定で、生命を繋ぐことが出来ずに消えていく種も多く存在した。精霊達はその度に胸を痛め、せめてこの愛しい種だけは失わず済むようにと、それこそ躍起になって世界の安定に努め、また、彼らが生き残ることが出来るよう与えられるものはすべて与え、多くの知恵をも授けた。そうして、精霊達の尽力によって世界がようやく安定の兆しを見せた頃、空に海に陸に進化した数多の種が溢れ、ヒトもまた地の上で進化し、一際増え栄えた。精霊達がよく口にする『遥か眩き光の御世』というのは、その頃のことじゃ。星が一番、喜びと希望に満ち溢れていた時代じゃったと聞く」
「聞く…?」
「わしら神が生まれたのは、そのずっと後じゃからの。じゃが、罔象三姫や風伯殿は、その時代、とうに存在しておった。今と何ら変わらぬ、いや、今よりももっと強い影響力を持ってのう」
俺の疑問に顔を向けて答え、その目でじっと俺の目を見ながら、ゴロウさんが少しだけ微笑む。
「人は、この星に生きるどの種よりも、精霊に愛され守護されてきた稀有なる存在なんじゃよ。どんなに時が経ち、世界がどんなに変わっても、それはずっと変わらんよ。人が精霊を忘れても、精霊はけして人を忘れん。親が子をけして忘れんようにな」
俺は何故かその目をじっと見返すことが出来なくて、曖昧に視線を逸らした。
親と子。
確かに、ずっと不思議だった。人間がここまで発展するのに長い長い歴史が過去にあって、身を守る毛皮も牙も持たない動物が、よくもまあ食物連鎖の天辺に立てたものだと、いくら発達した脳のおかげだといっても、すごい確率の幸運だよなと、テレビとかで人類の進化の話なんかを聞くたび、いつも思っていた。だから、そこに精霊の力があったというなら、それはそれで納得出来る。
だけど、親と子に例えられるほどの気持ちを、精霊が今も変わらず俺達へ向けてくれているだなんて、ちょっと楽観的すぎて思えない。精霊がどうこうじゃなくて、俺達がもう、愛されるべき存在じゃないように思うからだ。
精霊がそうやって一生懸命築いた世界で、我が物顔で生きている俺達は、確かに子のような存在かもしれない。親の愛情に子はなかなか気づかないとよく言うし。
だけど人間は、星で生きていても所詮、天の一部だ。少なくとも俺の感覚では、精霊の立場で考えた場合、人間は余所者だ。余所者がのさばって、自分の家をめちゃくちゃにしはじめたら、いなくなればいいと思うのは当然のことだと思う。
だから、シシィの気持ちは至極真っ当で、そして、とても正しく感じる。だけど、その一方で。
彼らにそう思われていることに、ひどく傷ついている気持ちもあるのだ。
害獣と言われた時、すごくショックだった。言い返す言葉もないくせに、内心そうかもって認める気持ちまであるくせに、その上、そう思われてしまう原因がこっちにあるって分かっているのに、それでも。
嫌わないでって、縋るような気持ちが、どうしても湧いてくるのだ。身勝手極まりない話だけども。
「なるほど、罔象三姫が片時も己の傍から離したくないと思うのも頷けるのう」
不意に横から聞こえてきた声にはっとして、いつのまにか沈み込んでいた視線を上げる。ゴロウさんは、微笑ましそうに目を細めて前を見ていた。
俺はその横顔を少し見て、躊躇ったものの、思い切って訊いてみる。
「あの、フィーのこと……ゴロウさんはご存知なんですか」
「無論知っておるよ。知らぬ者など、神や精霊にはおらんじゃろうて」
ゴロウさんは何の躊躇もなく、あっけらかんと答えた。その返答に、俺は正直ちょっと驚いた。
ゴロウさんには俺の思考が聞こえる。だから、俺が言った「フィーの『こと』」が何を指すか、それも分かっていて、はっきり知っていると言ったことになる。
尋ねてみようと思ってはいたけど、こんなに簡単に答えてくれるとは正直思っていなかった。驚きにまじまじとその横顔を見つめながらも、我慢できず口から言葉が飛び出していく。
「暗示をかけている人達のことも? 何のためにこんなことをしているかも、全部、ですか?」
「全部かどうかは分からんが、概ね知っておると答えていいじゃろうなあ」
矢継ぎ早に尋ねる俺とは反対に、ゴロウさんはゆっくりと言葉を返した。そして、ちらりと俺を見、小さく微笑んだ。
「真生殿のことも、な」




