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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
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【07】-4


 返事はおろか、頷く暇もなかった。 

 次の瞬間、気がついたら俺は、ゴロウさんと一緒に真っ暗なところに立っていた。

 恐らくゴロウさんが俺を連れて瞬間移動したのだろう。瞬間移動なら前に一度経験があるし、あの時のように体が派手にぐらつくということもなかった俺は、結構気持ち的に余裕があった。事前に、今から冥界に行くのだと、俺自身はっきり理解していたからかもしれない。いや、ゴロウさんがもたらす不思議に心地いい安心感のせいか。

 ゴロウさんに腕を掴まれたまま、そんなことを考えつつ、きょろきょろ辺りを見回す。

「ここが、冥界ですか?」

 冥界という言葉から、何となく暗いところだろうとは想像していたけど、本気で真っ暗だ。確かに足をつけている感覚はあるのに、まったく地面が見えない。地面だけじゃなくて、前を見ても後ろを振り返っても、何一つとして見えるものもない。果てしなくどこまでも、真っ暗な空間。

 ゴロウさんの体(正確に言うと、魂)が光で縁どられていなかったら、俺は多分、ゴロウさんすら見えなかっただろう。

「いやいや、ここはいわゆる『境』じゃよ」

「さかい?」

「境目のことじゃ。さて、まずはあの子達を迎えに行こう。それから送りにいく」

 俺の問いに簡単に答えてそう言うと、ゴロウさんは俺から腕を放して、何もない真っ暗な空間を歩き出した。

 慌てて俺もゴロウさんの横について歩き出しながら、はたと、あることに気が付く。

「あ! そういえば、ゴロウさんは聞こえるんですね、俺の声」

 フィーとはジェスチャーでしか意思疎通が出来なかったのに対し、ゴロウさんとは普通に会話が出来ている。神様と精霊では、やっぱり何か違うんだろうか。

 俺の言葉にゴロウさんは、前を向いたまま、優しく微笑んだ。

「そうじゃな、今はわしも魂のみじゃからの。元々わしら神の耳は、人の心がよう聴こえるように出来ておるが、魂のみになると、それに輪をかけて聴こえるようになるんじゃ。いいか悪いかは別にして、それが神と呼ばれるものの定めじゃとわしは思っておる」

 俺はその返答に、ちょっとだけ戸惑いを隠せなかった。

 だって、「人の心が聴こえる」というのは、人が頭の中で考えていることが伝わるってことだろう。実際、ゴロウさんは俺の考えを見透かしたような発言をして、ここに誘ってくれた。

 神様なんだからそれくらい分かって当然と思う気持ちがある一方で、まじかよとちょっと気後れしてしまう。

 だって、全部聞かれてるってことは、あの時の俺のぐちゃぐちゃな思考は勿論、初めて会った日の俺の馬鹿げた色々な思考、飲み物をお湯呑みで出すべきか皿で出すべきかとか、神の子孫についての一人勝手な浮き沈みとか、伝家の秘宝についてのあれこれとか、全部、ゴロウさんには筒抜けだったってわけで。こうして考えてみると、かなり恥ずかしい。

 いや、待て。そうだ。考えてることが聞こえてるってことは、今こうしているときだって……。


 さっと血の気が引くと同時に、どっと汗が吹き出した、気がした。

 慌ててゴロウさんのほうに向き直って、思いっきり頭を下げる。

「あ、あの! 色々勝手なこと考えてすみません! それと、誘っていただいてありがとうございました。俺、なんていうか、その、話し相手が欲しくて。いやっ、あの、神様相手に話し相手っていうのも失礼ですけど、でも、あの、本当に、」

 焦りで、うまく気持ちが言葉にならない。再び緊張していく俺を横目に見ながら、ゴロウさんが明るい笑い声をたてた。

「ほっほっ。そんなに気構えんでくだされ。心の声が聴こえるというても、それは本来人が持つ能力と同じもの。思考は自由じゃ。警戒することはない」

 軽い調子で言いながら、ゴロウさんが大きな手でぽんぽんと軽く俺の肩を叩く。その途端、腕を掴まれたときと同じ、何とも心地良い安心感が全身を包んだ。

 ほうっと思わず息をつく俺を横に、ゴロウさんは何事もなかったように再度歩き出しながら、優しく続ける。

「それにのう。神というのは元々、人の一番の話し相手じゃったんじゃ。いつからか、傍観者に成り果てたがの。じゃから、わしらからしてみれば、人に話し相手として望まれることは、この上なく嬉しいことなんじゃよ」

 本当に嬉しいと思ってくれているのだろう、朱い細い目を更に細めてゴロウさんがにっこり笑う。横について歩きながら、俺もつられて笑顔になる。

 ゴロウさんはそれを見届けたあとで、目を前方に戻すと、口調を変えて再び口を開いた。

「ところで、真生殿。冥界がどんなところかご存知か」

「えーっと、何となく。死後の世界、ですよね?」

 と言っても俺が知っているのは、映画や漫画といった創作物の中で語られる、いわゆる想像上の『死後の世界』だけども。そんな俺の考えまで聞こえたのか、ゴロウさんが小さく笑って頷く。

「その認識で概ね間違っておらんよ。この国の言葉では、黄泉と言った。聞いたことは?」

「あります。死んだ人が行くところですよね」

「正しくは、屍人ではなく、残された念が集う場所じゃ」

「残された念?」

「肉体が死を迎えると、魂は天に還ることは知っておろう? その前に魂は浄化され無垢に戻るわけじゃが、その際にたまに魂から剥がれ落ちて残ってしまう念があってのう。残された念は己が生まれた場所をさ迷い、大体は時間と共にいずれは消えるが、これまたたまに強情な念もおってなあ。どうしても消えることを良しと出来ずに、変化してしまうんじゃ」

 変化……。そういえば、以前フィーからも同じような話を聞いた。深い念は、形を持ったり力を持ったりするとか、何とか。あの時、フィーは何て言っていたっけ。魂を持たない思念体……、いや、本能を持たない思念体だったか……。

 思わず一瞬、俺は思考と一緒に視線を沈ませた。それに答えるようにゴロウさんが補足する。

「そうじゃのう、その説明は正しいが、真生殿には悪霊といったほうが分かりやすいかもしれん」

「悪霊……。なるほど」

 確かに、そっちの言い方のほうが分かりやすい。一気に怖くなったけど。

 ゴロウさんは少しだけ笑ってから、憂うように遠くを見て話を続けた。

「念は一度悪霊に変化してしまうと、なかなか消滅出来なくなる。時間がどれほど過ぎても消滅出来ないということは、想像以上に苦しいもんじゃ。それらは変化してから初めてその苦しみに気づき、苦しみから逃げ出そうと、もがいて足掻いて、結果的に他の弱い無関係の、いずれ消えるはずだった念まで巻き込んで苦しさを更に膨張させていく。出来れば、そんな念は生み出したくない。その思いから、生まれたのが黄泉じゃ」

 俺のほうに顔を向け、ゴロウさんが結論づけるように言う。

「黄泉というのは、そういった類の念に引きずられ飲み込まれることなく、すべての念が消滅まで安らかに過ごせる場所なんじゃ。かっこよく言えば、死者の念が眠る場所じゃな」

「死者の念が眠る場所……。ゴロウさんは、そこに連れていきたい念がいて、それでうちに櫛を取りにきたんですよね」

「そうじゃ。情けない話じゃが、櫛がないとこのとおり、わしはもう境すらも照らせぬ。黄泉への道はここよりずっと深く暗い。あの幼子達を、そんな暗闇で迷わせるわけにはいかぬ。櫛がどうしても必要じゃった」

「その、櫛が、ライトになるんですか?」

 今いち分からなくて小首を傾げた俺に対し、ゴロウさんは自分の胸に、そっと手を宛てがってみせた。

「昔、妻と約束したからの。会いに行くときは、これをつけていくと。じゃから、たとえわしがもう道を照らせずとも、櫛さえあれば、あちらから辿るべき道を示してくれるんじゃ。なかなか愛のこもった贈り物じゃろ?」

「はあ……。てか、奥さん!? ゴロウさんの奥さんが黄泉にいるんですか!?」

 何の前置きもなく普通に出てきた『妻』という単語に、俺はやや驚いて声をあげた。

「黄泉は、念が集う場所って言いませんでしたっけ? なんで奥さんが…」

 目を丸くする俺とは正反対に、ゴロウさんは表情を変えず、あっさりと言う。

「何故も何も、人がそう決めたからじゃよ」

「え…?」

「黄泉も神もみな、その昔、人が作り出したもの。人はもう忘れてしまっておるが、わしらは今も、人が作った決まりごとの中で、人に依存して生きておる」

「人間が、作った……? ……神様を?」

 あまりに予想外過ぎたその答えに唖然とするあまり、聞き返す声が裏返りかけた。敬語なんて完全に忘れていた。

 信じられない思いでじっと見つめる俺に、ゴロウさんはまるで世間話でもしているかのような軽さで頷いてみせる。

「そうじゃよ。遥か昔に人が人のために望み願い、それに応えた天が、人のために生み出し星に降した生命体。それが、神と呼ばれるものの正体じゃ。ゆえに、すべての人がひとり残らず、もう神は要らぬと真剣に思う時がくれば、わしらは星から、天から、すべてから消え去る。逆に、一人でも神を必要とする人が残っておれば、わしらはたとえ他の何がすべて滅し絶えようとも、消えることはない」

 断言するように言い切って、ゴロウさんは少し難しい顔をして続けた。

「精霊と神の根本的な違いは、そこにあるんじゃ」




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