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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
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【06】ー6


 ゴロウさんの言う『フィーが犯した過ち』というのは、やっぱり、穢れになってしまったことなのだろうか。

 二人の会話を邪魔をしないよう黙って耳を傾けながら、そんなことを思う。

 フィーは、何も返さなかった。言葉は勿論、微かな身じろぎも、何も。それが気になって、そろりと様子を窺がえば、目だけは変わらず真っ直ぐゴロウさんに向けていたものの、きつく結んだその口の裏で、まるで痛みに耐えるかのように、ひたすら歯を食いしばっているようだった。

 その表情に、もしかして涙が零れそうなのをまた必死に我慢しているのかと一瞬思った。だけど、少なくとも俺に見える限りでは、その目に涙は溜まっていない。それどころか、相手を串刺しにするようなきつい鋭さがある。なのにその一方で、さっきと同様に、一瞬にして崩れてしまいそうな危うさを感じざるを得ない。

 フィーはいつもそうだ。弱さを覆い隠そうと強さで武装して、でもその武装は酷く脆くて。

 本人的には必死なんだろうけど、なんていうか見ていて痛ましい。物凄い重たい荷物を背負わされて、その重みで足ががくがく震えているのに必死にやせ我慢して、誰の助けも借りないで無理して一人で立とうとしている人みたいだ。

 どうしてこいつは、こうなのだろう。他の事なら、いつも素直すぎるくらい素直なくせに。元々の性格だろうか。それともやっぱり、穢れになったこと、その自責の念が、フィーをこんなふうにしてしまったのだろうか。

 そもそも、フィーはなんで穢れになったんだ? レネが死んで、ありとあらゆる生命を憎んだって言ってたけど、考えてみればレネは人間なんだから、時が来れば死ぬことくらいフィーにだって当然分かっていたはずだ。それを、なんで……。


「未だ許せぬは己だけに非ず、か」

 ひたすらだんまりを決め込むフィーの、その眼差しから何を受け取ったのか、ゴロウさんが小さく呟く。その声にはっとして、俺は思考を中断した。

「変わらんのう、罔象三姫。いや、変わったのかのう」

 柔らかい口調はそのままに、どこか寂しげに言ってゴロウさんはやや耳を萎れさせた。だけどそれも束の間。またすぐにぴんっとその耳を立てると、結論を突きつけるようにはっきりと口を動かす。

「じゃが、その件とこの件は別ものじゃ。この青年はお前さんのものではないし、お前さんによって生かされておるわけでもない。むしろ、お前さんがこの子に生かされておる側じゃ。思い上がりは捨てよ。本人が望むのであれば、それを止める権利はお前さんにはない」

 今までの柔和な態度から一変して厳しい声で言い放ち、ゴロウさんがフィーを見る。フィーはやっぱり口を一文字にきつく結んだまま、何も答えなかった。

 その無言の返事にこれまた無言を返して、ゴロウさんが気を取り直したように俺に顔を向ける。

「では、そろそろ行こうか、真生殿」

「えっ、はい。…えっ、いや、でも、あの、」

 あまりにあっけらかんと朗らかに言われて、思わず頷き返してしまった後で、俺は焦った。視線をゴロウさんとフィーの間でうろうろさせる。

 行きたい気持ちは変わらない。フィーには悪いけど、俺はゴロウさんと話がしたい。でも、このままフィーを放って行っていいのだろうか。

 迷ってしどろもどろになる俺に、フィーがすっと静かに目線を寄越す。

 怒っているかのように鬼気としたその目。だけどそこには、心配とか不安の色も確かに色濃く存在していて。キッときつく睨まれているというのに、どこか縋りつかれているようにも思えて、その視線を振り払うことが出来ない。

 そうこうしているうちに、こみ上げてきたいつも意味不明な罪悪感が嫌な感じに相乗効果をなして、どうしようもくいたたまれない気持ちになってくる。

 俺がゴロウさんと行くことは、そんなにもフィーを不安がらせて、そんなにも気持ちを傷つけることなのだろうか。

 何も契約を破棄して、この先二度とフィーのところには戻らないと言っているわけじゃない。安全だって一応は保障されているわけだし、散歩気分でいいとゴロウさんも言っていた。離れるといっても多分、たかが一、二時間の話だろう。

 そもそも俺がフィーのところにいるのではなく、フィーが俺のところにいるのだ。俺は他に帰る場所もないし、フィーは俺が散歩から戻ってくるのをシシィと一緒に待ってればいいだけじゃないか。それを、なんでそんな、捨てられて人間不信になった野良猫みたいな目をする?

 なんでそこまで離れることを不安がるんだ、こいつは。俺が悪いのか? なんで?

 分からない。分からないけど、フィーの気持ちがそんなに傷つくのなら、だったら俺は―――。


「あんまりいじめてやるなよ、古神」

 罪悪感のあまり、納得も出来ないまま意思を曲げそうになっていた。それを一歩手前で止めたのは、これまでずっと、珍しく一言も発さずに成り行きを見守っていたシシィの声だった。

「銀の姫が過保護なのは、今に始まったことじゃないんだからさあ。あんまりいじめっと、オレが仕返しにお前消ししちゃうよー?」

 ゴロウさんを見ながら、冗談とも本気とも分からない口調で言い、シシィが慣れた動作で胡坐をかく。そして、一瞬だけその目を俺に向けると、シシィはくるりとその顔を隣にいるフィーに向けた。

「オレは行かせても大丈夫だと思うぞー、銀の姫」

 いかにもシシィらしい無邪気な笑顔で放たれたその言葉に、思わず目が丸くなる。少なくとも、俺には予想外だった。一方的とはいえ喧嘩みたいなやり取りがあった後で、シシィが俺の援護になるような発言をしてくれるとは思っていなかった。

 だけどフィーには予測出来ていたのか、特に驚いた素振りも見せず、やっぱり黙ったまま、ぎろりとシシィを睨んで返す。

「おお、こええ。んな睨むなって。まあ聞けよ、オレの話を」

 シシィは首を竦めつつも、けろりとした顔で笑って、フィーを横から覗き込む。

「冥界に入れるのは天のやつらだけだろ? まあ、オレとしちゃあ、パワーバランスとやらが壊れて冥界が崩れ去っても別に困らないし、どうでもいいけど。とにかく、入ることが許されているのは一応、天のやつだけだ。そ・こ・で。銀の姫にしつもーん。今、この部屋に天のやつは何人いる?」

 もったいぶったシシィの話し方に、フィーが胡散臭そうに眉根を寄せる。

 シシィはにやっと笑うと、「ヒント」と、指で順繰りにゴロウさんと俺を指した。

「古神と、人の子一号。そして、あと一人」

「あと、ひとり…?」

 眉根を寄せた難しい顔で、なぞるように呟いたフィーが、はっと思い出したように表情を変えた。

 その顔に、シシィが満足そうににたりと笑う。そしてその笑い顔のまま、俺の左手、指輪を真っ直ぐ指差して言った。

「そ。あそこにいる、もう一人のお前だよ」




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