【05】-4
―――皐月さん、あなたは一体何者ですか。
アオ達の話を聞くうちに気がつけば、俺はそんな思いに、あんぐりと口をあけてしまっていた。
本当に俺の叔父さんは、何者なんだろう。驚きと戸惑いのあまり、声も出ない。
ひたすら呆ける俺の横で、フィーが腕組をしながら、話をまとめるように言う。
「つまり、こういうことか。この家で何か悪さをしようとしたのを皐月に見つかって、そなた達はあのランプに封じられたと」
淡々としていながらも厳しいその口調に、卓袱台の上に整列させられたアオ達が、やや不満そうにフィーを見上げる。
「悪さじゃない。純粋な出来心とちょっとした遊び心がもたらした不幸な事故」
「不幸な事故」
「不幸な事故」
「まあ、そなた達にとっては、そうであろうな」
アオ達を見下ろす目を狭め、フィーは淡々と続ける。
「大体、そなた達はいつ精界から出たのだ? いつ、皐月に封じられた?」
詰問に近いその質問に、アオ達は数秒考え込むように体を前後に揺らし、次に左右に体を揺らしながら、再びフィーを見上げた。
「昨日のような、百年前のような?」
「ような?」
「ような?」
「百年前に皐月は生まれておらぬ!」
「おらぬかー?」
「おらぬのかー」
「おらぬとなー」
きっと眉を吊り上げて声を強くしたフィーに少しも怯むことなく、アオ達は互いにきゃっきゃと笑って言い合い、楽しそうにぴょんぴょん跳ねる。フィーは疲れたように大きな溜息をひとつ吐くと、視線をふと俺に向け、眉を顰めた。
「真生? 何をぼうっとしておるのだ、阿呆丸出しの顔をして」
「いや。皐月さん、すごいなと」
やや苛立ったような物言いのフィーに、素直にそう答えれば、フィーは更に語気を苛立たせた。
「暢気なことを。そのような感心をしておる場合か」
どうもフィーはアオ達と一緒だと、疲れて溜息が増えて苛々も増すらしい。アオ達と相性が良くないと言っていたのは、こういうことなのかもしれない。
「童達の話が事実であれば、問題の櫛は絵の中にあって、皐月にしか取り出せぬのだぞ? 一体どうするつもりなのだ」
叱るような口調で、ぴしゃっと言い放ったフィーを目に、そんなことを考えつつ俺は首を竦めて返した。
「どうするって言われても……。とりあえず、その絵を見てみる他ないだろ」
本当にその絵の櫛がゴロウさんの櫛で、皐月さんにしか取り出せないなら、ゴロウさんにそのまま事情を話すしかないし、もしゴロウさんがそれでもいいなら、絵ごと渡しても構わない。ゴロウさんは神様だし、絵から櫛を取り出す方法だって知っている可能性だってある。とにかく、櫛がある場所ははっきりしたのだ。
皐月さんがアオ達を封印した張本人で、しかも絵の中に物体を出し入れ出来るなんて、びっくりマジシャンみたいなことが出来るという話には驚きを隠せないし、本音を言えば、ちょっと半信半疑だけど、皐月さんがどうしてアオ達を封印しようと思ったのかはよく分かる。現実問題、見つけてしまったアオ達を知らん顔で野放しにするわけにはいかない。たとえこの家は皐月さんの不思議な力で火の手から免れることが出来たとしても、他のものを何でもかんでも見境なく燃やされたら、困るどころの騒ぎじゃない。だから皐月さんは、アオ達を封印したのだ、きっと。
というか、封印しようと思って本当に出来ることが、何より凄い。本当に何者なんだ、あの人は。俺が小さい時から見てきた、ちょっとマイペースだけど、至って普通の叔父さんの皐月さんは、何だったんだろう。俺は幻を見て育ったのだろうか。
まあでも、皐月さんが何者だろうと俺の叔父さんであることは変わりないし、皐月さんがアオ達を封印していたからこそ、誰も被害に遭うことなく過ごせたわけで、その上、今こうして俺は櫛の貴重な手がかりを得ることも出来たわけだから、ただひたすら驚いていないで、皐月さんに感謝するべきなのかもしれない。いつまでも驚いていたって、仕方がないし。
気を取り直して、俺はアオ達に顔を向けた。
「その絵がどこにあるかは知ってるんだよね? 場所、教えて」
俺の言葉に、アオ達は再びお互いを見合うように集まってから、一斉にこっちを見て頷くように揺れた。
「見るだけでいいなら。アオ、ご主人様、案内する」
「アカも案内する」
「キイロも」
「よし。偶然でもお前らが知っててくれて助かったよ、ありがとな」
これで一先ずの目処はついた。安堵に、気持ち声も明るくなる。
だけど、そう言って早速腰を浮かせかけた途端、待ったをかけるようにアオがすぐに言葉を繋いだ。
「でも、ご主人様。約束して」
「約束?」
思わず、きょとんとして見返した。アオはじっと動くことなく続ける。
「部屋の外から見るだけ。近づかない。触らない。絶対の約束」
「え」
「アオ達、ご主人様と約束した。ご主人様に火貰えなくなったら困る。だから遠くから見るだけ。約束して」
「約束して」
「約束して」
アオと同じようにじっと俺を見ながら、アカとキイロも念を押すように繰り返した。
近づかない、触らない、遠くから見るだけ。
どう好意的に捉えても、その条件を聞かされた後では、絵に対し不吉な予感しか浮かばない。一瞬言葉に詰まった俺を置いて、フィーが間に入るように口を開く。
「おい待て。その絵、何が描かれておる? 櫛の他に何がおるのだ?」
「木がある。大きな、大きな木」
「木、だけか?」
即答したアオに向かって、フィーが眉間を険しくして更に詰め寄る。アオは小さく横に揺れながら続けた。
「女がいる。自分が何かも忘れた、美しい醜女。そいつが櫛持ってる」
それを聞いた途端、フィーは嘆くように、大きな溜息を吐いて片手で額を抑えた。まるで頭痛でもするかのように、こめかみを押さえながら、声だけを俺に寄越す。
「真生、諦めろ。その絵は、お主の手には負えぬ。遠くから見るだけであっても、その『見るだけ』が命取りだ」
「え、どういうこと?」
即座に聞き返しながら、話の不透明さに、俺は眉を顰めた。何かよく分からないけど、何やら危険らしいってことは何となく分かる。だけど、それだけじゃ情報不足だ。
もっと詳しい説明を求め、フィーを見る。フィーは少しの間、本当に頭が痛い人のように、俯き加減でこめかみを押さえていたものの、ややあって顔をあげた。その口が、声を出すために息を吸う。
だけど、その直後部屋に響いたのは、フィーの声でも、アオ達の声でもなかった。
「その絵の女に魅入られたら最後、お前、精全部吸い取られて死んじゃうんだよ」
思いもしていなかったその声に、目を大きくして顔を向ける。そして、目に飛び込んできたその姿に、俺は思わず、嬉々とした声をあげた。
「シシィ! ゴロウさんも!」




