【05】-3
「え?」
「なんてな。言ってみただけだ」
一瞬理解が追いつかず、思わず見返せば、フィーは自嘲のような笑みを小さく漏らし、すっと顎を上げた。
「それより、今は今のことを考えねば。例の櫛の件とて、何も片付いておらぬわけだし」
気を引き締めるように言って、フィーがふと狭めた目を向けてくる。
「お主、櫛のこと忘れておるだろう?」
「別に忘れてないよ」
疑わしげに見てくるフィーに、少しむっとして答えて、俺もまた改めて気を引き締めた。
そうだった。今は自分のことで、あれこれ考えて悩んだって、どうしようもないのだ。だから、ゴロウさんの頼みを引き受けたんだし、引き受けたからにはちゃんとしなきゃ。自分に出来ることを頑張るって決めたのだから。
けして忘れていたわけではない。ちょっと関心が余所にいってただけだと、心の中で自分に言い訳する俺を尻目に、フィーは長めの息を吐いて肩を上下させる。
「しかし、あの部屋を覗いたのは初めてだが、この家は想像以上にあらゆるものが多種多様に存在しておるな。誘いの神が、どこにあるか分からぬと言うたのも頷けるわ」
「……そんなに沢山何かいたの?」
声が引きつりそうになるのを、一呼吸置くことで何とか堪える。フィーは全てお見通しといった表情で、やや呆れた声を返した。
「ほんにお主は、この環境で育っておきながら不気味なほど鈍感よのう。孝でさえ、少し影響を受けていたというに」
「えっ」
「ああ、案ずるな。本当に少しだけだ。影響を受けやすい人間なら、十分ともたず、あの中のどれかに心を取り込まれてしまうであろうが、孝はそこまで敏感なほうではないし、その上、孝には桜の強い守りがかかっておるゆえ、問題ない」
「桜って、樹霊さんの?」
少し驚いて目を大きくした俺に、フィーが軽く頭を横に振る。
「いや、あの樹霊のというより、孝の母親による守りだ。あの日、あの樹霊は孝を守りたいと願い、母親も同じことを強く願った。その思いが、あの花びらに宿って念呪となり、今尚、何より強く孝を守っておる」
「…ふーん…」
つまり、樹霊さんと孝のおばさんの願いが合体して、強いお守りになったってことだろうか。考えつつ相槌を打つ俺の横で、はたと思い出したようにフィーは口調を変えた。
「というか、孝のことを忘れておった。そろそろ、姉から呼び出されたという暗示から醒めるはずだ。戻ってくる前に、あの部屋の捜索を終わらせよ。また火の童のようなものが隠されておったら、再び追い出すのも面倒だ」
ああ、やっぱり、あの唐突な電話はフィーの仕業だったんだ。妙に納得する一方で、納得したくない事柄につい、恐怖半分不満半分の声が出る。
「ええ。まだいるかもしれないの、こういうのが他にも」
言いながら俺は、卓袱台の上、飽きることなく三匹で楽しそうに跳ねて遊んでいるアオ達に視線を落とす。それを受け、フィーもまたアオ達を見ながら口を開く。
「可能性がないとは言えぬ。ゆえに、私はあそこのものには安易に触れられぬ。シシィのように、知らずに封印を解いてしまっては洒落にならぬからな。お主一人で探すのだ。時間がかかろう。早うせい」
至極真っ当な答えながら、多少げんなりしてしまう。元々自分一人で探す予定だったものの、あの部屋にある物の量を見てしまった後だけに、先が思いやられる。しかも、俺には見えない何かがうじゃうじゃいるらしいし。この際、猫の手でも精霊の手でもいいから、可能ならちょっとお借りして、さっさと終わらせてしまいたい。
「なあ。お前らは、何か出来ないの? 火つけたり、食ったりする以外で」
往生際悪く、縋る思いでアオ達に訊けば、アオ達は、跳ねて遊ぶのをぴたりとやめて、一斉に俺を見た。そのまま数秒、考えるような間が流れて、閃いたようにアオがぴょこんと跳ねる。
「あれ! あれなら出来る、アオ達! ご主人様にお見せする!」
喜々としたその声に、期待が高まったのも束の間。俺によく見えるようにいそいそと正面に集まると、三匹は組み体操よろしく、せっせと、下からアオキイロアカの順番で縦に積み重なって、最後に「じゃーん!」と自信に満ちた声を響かせた。意気揚々としたその姿に、「いや、それ、最初に見たときと同じ格好だから」なんて無粋な突っ込みは、とてもじゃないけど出来なかった。
「………すごい、よく分かった。ありがとう」
独りでに浮かんでくる生温かい笑みを惜しみなく向けて、それだけ言う。アオ達は戦力外だ。それがよく分かった一瞬だった。
「仕方ないか。頑張って、一人こつこつ探そ」
そもそも、火の精霊であるアオ達に火を使うことを禁じているのは、俺だ。助けにならないからと落胆する権利はない。気を取り直して、立ち上がりかけた俺に、左右にばらばらと崩れたアオ達が追いかけるように声を投げてくる。
「ご主人様、こつこつ探す? 何、こつこつ探す?」
「何、こつこつ探す?」
「何、こつこつ探す?」
「櫛を、こつこつ探すんだよ」
「櫛?」
「櫛?」
「櫛?」
「そ。俺のご先祖様が預かった、神様の櫛。神様に返すって約束してんだ。早く見つけないと」
立ち上がった俺の肩の高さまでふわふわと浮き上がりながら尋ねてくるアオ達に、簡単に説明する。それから、ふと思い出して付け加えた。
「そうだ。後で俺の友達が来る。多分そいつにはお前らは見えないけど、見えないからって変な悪戯するなよ。俺の大事な友達なんだからな」
釘を刺すべく厳しい声で言ったものの、それには何の反応も返さず、アオ達はほんの少し体を沈ませて、呟くようにそれぞれ言う。
「櫛。神様の櫛」
「神様の櫛」
「神様の」
考え込むようなその様子に、思わず体が止まる。まさかと思う反面、期待に胸が鳴るのを感じた。
「そう、神様の櫛。もしかして、お前ら、知ってるの?」
俺の問いかけに、フィーも興味深そうにアオ達を見る。アオ達は、ほんの少し沈ませていた体をふわふわとまた元の高さまで浮かべると、俺に向かってはっきり言った。
「アオ達、その櫛、知ってる」
「知ってる」
「知ってる」
「えっ、本当に?」
「それは真か?」
弾んだ俺の声と訝しげなフィーの声が、見事に重なった。アオ達は、俺とフィーの両方を見ながら、頷くように体を揺らす。
「本当。アオ達、同じ部屋にずっといた」
「いた」
「いた」
「マジで! じゃあ、あの部屋にあるってこと?」
思わぬ朗報に、俺は自然と顔も声も輝かせた。まさかこんな形で、貴重な手がかりが得られるとは思わなかった。
興奮にやや鼻息を荒くして、アオ達に詰め寄る。
「どこにあるか、場所も分かる? 教えて。いるんだ、その櫛が」
だけど、身を乗り出した俺とは逆に、アオ達は躊躇するように少し身を引いた。
「知ってる…、けど…」
「けど…」
「けど…」
言いよどんで、困ったように互いを見やる三匹に、知らず眉根が寄る。
「けど? なに?」
「ご主人様じゃ、多分無理。出来ない」
「出来ない」
「出来ない」
「何がだ?」
その答えに、今度はフィーが身を乗り出すようにしてアオ達に詰め寄った。アオ達は再度困ったように互いに見合うと、アオが代表となって声を寄越した。
「その櫛、絵の中にいる」
「は?」
予想外過ぎる返答に、ぽかんとして訊き返す。
「絵の中って、え? 櫛が?」
まさか絵なの、ゴロウさんの櫛って。脳内をハテナで埋め尽くす俺を見ながら、アオがおずおずと続ける。
「だから、ご主人様じゃ無理。あの人じゃないと、取り出せない」
「あの人?」
フィーが、その言葉に若干眉を顰めた。アオはそれを気にすることなく、簡潔に言って返した。
「アオ達を閉じ込めた人」




