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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
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【04】-6


 アオの言葉の意味を考える暇なく、アカとキイロも、訴えるように切実な声で繰り返す。

「終わっちゃう」

「終わっちゃう」

 そのままじっと三匹は、切々とした雰囲気で俺を見上げてくる。と、それまでこっちのことなんて忘れたように黙っていたシシィが、嫌悪感丸出しの声でぼそっと吐き捨てた。

「はっ。終わればいいんじゃん? どうせ火の童なんて、あの野郎の傍でぽんぽん生まれてるんだし、少しくらい減ったって誰も困らないだろ」

「風の息子は黙れ!」

「黙れ!」

「黙れ!」

「ちょっ、ストップ! 喧嘩禁止!」

 途端、カッと一際強く発光してシシィに飛びかかった三匹を、叱って止める。

「シシィも。気に入らないのは分かったから、いちいち感情的になるな」

 同様にシシィを見て言えば、シシィは、ふんと大きく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。心底不愉快そうなその顔つき。嘆息が勝手に口から出るのに任せて、俺は視線をシシィの隣、フィーへと向けた。

 フィーはまだ俯いていて、その手もまだシシィと繋がれたままだったけど、俺の視線に漸く存在を思い出してくれたのか、静かに顔をあげてこっちを見た。だけど。

 そうやって数分振りに俺に見せた青い目は、ついさっきまでシシィに見せていたものとは全く違って。戸惑いも弱さも奥底に押し込んで隠した、普段通りのフィーの毅然としたその目を前に、俺は少し、落胆に似た不満を密かに覚えた。

 俺は人間だし、フィーやシシィとは種も違えば、生きてきた環境も年数も何もかも違う。その上、フィーにとって俺は守るべきひ弱な存在だ。だからフィーが俺には、弱っていても、毅然とした態度を見せることは当然のことかもしれないけど。だけどフィーのその、なんていうか、一線引いたような態度が、寂しいというか虚しいというか、俺って何なんだろうと思わずにはいられない。

 本当に、俺は何なんだろう。指輪の所有者で、四六時中一緒にいて、時々間違っているにしろ、それでもフィーは俺のことを考えて、俺が望むように色々としてくれるのに、俺はフィーに何も出来ない。ただの人間で無力だから何も出来ないというのとは、また別だ。そもそも何かすることを求められてもいないのだ、俺は。レネ探し以外、俺はフィーに何も求められていないし、必要ともされていない。

 そりゃあ、確かに俺は説明してもらわないと事情も何も分からないし、分かったところで、シシィほど役に立たないだろうけど。


 上手く言葉に出来ない不満を溜息で流して、軽く頭を掻く。

 それから、なるべくフィーを見ないようにしながら、俺はフィーに向かって口を開いた。

「えーと…。ごめん。俺、全く話についていけてないんだけど。外はダメで、ここはよくて、吸収しなきゃ終わるって、どういうこと?」

 フィーは小さく息を吐くと、落ち着いた声で話し始めた。

「外が駄目というは、外界に満ちる精気が不浄だということだ。現代、人の世にある精気は、みな疲れて濁り淀んだものばかり。浄化の力を持つ者、私が筆頭だが、その力がもはや足らぬため、人間が、我らの力の元となる母を奪い浄化が及ばぬほどに汚すため、こうなった。それは分かっておったつもりだったが、よもや火の童が堪えられぬほどとは思わなかった」

「堪えられないの?」

 訊いた俺に、くるりと顔を向けたシシィが皮肉っぽく言う。

「堪えられないっぽいね。まあ、火の童達だけの話じゃないけどね。多くの精霊がもう、人の子の世界では存在出来ないから。そういうふうにお前らがしたんだよ。ほんとさあ、ちゃんちゃら可笑しくなってくるよ。あれほど愛されてきたのに、まだそれでも愛されているっていうのにさあ、お前らはなんでいつも、自分らのため以外では何も、少しも愛そうともしてくれないんだろうな。そういう動物だって、仕方ないんだっていうけど、どう考えても不公平だろ、ほんっと。大体、この星は、」

「シシィ」

 堰を切ったように尖った言葉をぼんぼんぶつけてくるシシィを、フィーが横から嗜めた。シシィはまたそっぽを向く。フィーもまた少し小さな息を吐くと、黙り込んだ俺に目をやって、再び口を動かした。

「私の考えが甘かったのだ。こんなことならば、この件にお主を関わらせるべきではなかった。言い訳にしかならぬが、淀んだ精気の中にあってもまだ、樹霊は確かに存在しておったし、あれに初めて会うた時、お主もその姿を見ておったゆえ、ここまで事態が進んでいるとは思ってもなかった。しかしよくよく考えてみれば、最初に病院へ出向いた時、お主にはもう、孝の横に佇む樹霊の姿は見えてなかった。あの樹霊があれまで存続出来ていたは、偏にあれの父の力によるものだったのだな。もっと早くに気づくべきであった……」

 悔やむように言ってフィーが苦そうに唇を噛む。俺は、シシィやフィーの話を頭の中で整理しながら、その時のことを思い出し、考え考え口を挟んだ。

「……俺に、つまり人間に見えるってことが、存在出来るってことなの? だったら俺、病院で孝から出てきた樹霊さんは見えたよ? あの時だって、その、人間界の汚れた精気ってやつの中にいたはずだろ? それでも見えたよ? それに、お前やシシィだって、ずっと見えてるよ?」

「私達の姿は、お主が視ているのではない。私達がお主に見せているのだ」

 フィーは、少し寂しげな微笑を浮かべて返した。

「あの夜、病院でお主が樹霊を視ることが出来たは、その時お主が、私の結界に包まれておったからだ。ゆえにお主はあの時、淀み腐れた精気すら、はっきりと視えておっただろう。樹霊も、同じことだ」

 そうだ、そうだった。あの時確かに俺は、フィーの結界とやらに包まれていた。思い出し、再び黙る俺に、フィーが子供に言うように続ける。

「孝のことを考えてみよ。孝には皐月のような能力もなければ、お主のように指輪をしておるわけでもない。それでも孝が、私やシシィを当たり前のように認識出来るは何故だと思う? それなのに、火の童達や樹霊のことは感じ取ることさえ出来なんだは何故と?」

「……お前達が強くて、こいつらや樹霊さんが、そうじゃないから?」

「その通りだ。この言い方は好きではないが、私は『選ばれし者』ゆえ、根本的に存在がそやつらと違う。シシィもまた、私と似たようなものだ。しかし本来なら、火の童達や樹霊のような下位の精霊とて、己を見せることは当然に可能だった。だが、もはやそれすら出来ぬほどに力を失ってしまっておる。我ら精霊は、精気が具現した存在。具現が出来ぬなら、それはただの精気。精霊ではない。人間の概念では難しいかもしれぬが、それは我らにとって存在しておらぬことと同じなのだ」

 はっきりと言い切って、フィーはその目を俺の足元、床の上で萎れているアオ達に向けた。

「その上、火の童達は、混じりけのない純粋な火の精気の結晶の、その欠片とも呼べぬ小さな屑片だ。大本である結晶が極限までに純粋であるがために、そやつらもまた極めて純粋で、その点では私に近いが、だが私は強く、そやつらは弱い。不浄な精気に一度混じれば、そやつらは堪えられず自身の精気を保てぬだろう。そうなれば、精気としても存在出来ぬ。それすなわち、消滅だ」

 感情を込めず淡々と言うフィーから、俺もまたアオ達に目を向ける。

「……うちにいれば、問題ないの?」

「幸か不幸か、この家には皐月を慕って色んなものが集まっておるゆえ、それらが放つ気の力で、外界の精気が断絶されておる。確かにここは、そやつらにとっては問題ないだろうが……。しかし、それではお主が、」

「燃やさないと終わるってのは?」

 俺に顔を向け、口調を変えて俺のことを言いかけたフィーを遮って、俺は訊いた。フィーはほんの少し口を閉じて黙ったけど、すぐにまた答えるために口を開いた。

「我ら精霊も、己の精気を消費して生きておる。最上古精と一部の上古精は別だが、それ以外の精霊は皆、精気の量に限りがあって、火の童達は元より僅かな量しか持っておらぬ。だが火精には、己の精気と同じ精気を吸収して蓄えるという独自の性質があるゆえ、よって火の童達は、折々で火を吸収して蓄えることで、他よりは多少永きを得ることが出来るのだ」

「つまり、時々火を食わなきゃ死ぬってわけか」

「簡単に言えばそうだ。お主の言う死とは、また少し概念が違うがな。この場合は、一から全に戻るだけゆえ」

 フィーが話し終えるのを待っていたように、アオがぴょんと、俺の目線の高さまで飛び上がって声を響かせた。

「ご主人様。アオ、終わりたくない。折角ご主人様が名前くれたのに。ご主人様のために、アオはアオでいたい」

 訴えるアオに次いで、アカとキイロも飛び上がって縋るような声を響かせる。

「アカも。ご主人様のために、アカでいたい」

「キイロも。ご主人様」

 俺は少しそんな三匹をじっと見た後で、視線をフィーに戻した。

「食わせる火って、何でもいいのか?」

 フィーは、俺ではなく火の童達を見ながら、小さく息を吐いて答えた。

「基本、火なら何でも問題ないはずだ。まあ、純度が高い火であればそれだけ美味だろうが」

 その答えを耳に、俺は言うべき言葉を決め、息を大きく吸い込んだ。純度の高い火ってのがよく分からないけど、普通の火でいいなら、問題ない。意思のままに顔を三匹に向けて、はっきり声を出す。

「分かった。必要に応じて時々、俺が火を食わせてやる。だから、絶っっ対、俺の許可なく何も燃やすなよ。約束出来るか?」

 念を押すように強く見つめる先で、意味を理解したアオ達が瞬時に、ぱっと明るく弾けた。

「ご主人様との最初の約束! アオ、絶対絶対絶対、絶対守る!」

「アカも! 絶対絶対絶対!」

「キイロも! 絶対絶対!」

 口々に言って、俺の周囲でぐるぐると再び狂喜乱舞し始めた三匹に、絶対だからな。と、厳重に繰り返す。それに、絶対絶対と返しながらぐるぐる回る三匹に少し満足して肩を下ろしたところで、やや目を見開いたフィーと目があった。

「この家に置くのか? そやつらを」

 俄かには信じがたいといわんばかりの顔と声で、フィーが言う。俺は下ろしたばかりの肩を少し竦めて返した。

「仕方ないだろ。本当は精界に帰すのが一番なんだろうけど、外に出たら消えるっていうし。かわいそうだけど、ここにしかいられないっていうなら、ここにいるしかないじゃん」

「うげええ! 本気かよ! お前、こいつらがなんで閉じ込められてたかも知らないくせに。オレもう、この家ぜーったい来ない!」

 やや驚き顔のフィーの横で、こっちは酷く驚いたように目を剥いたシシィが吐き捨てるように言って、またすぐそっぽを向く。どうしたってしばらくは、俺のほうを見たくないらしい。俺の周りを飛んでいるアオ達への嫌悪のせいか、それとも、人間である俺自身への嫌悪のせいかは、分からないけども。だけど、すぐさまこの場から立ち去ってもいいはずなのに、そうしないところをみると、フィーへの義理立てにしろ、まだこの先も俺を気にかけてくれるつもりではいるのだろう。とにかく俺としては、シシィの気もちが落ち着くまで、しばらくの間放っておくしかない。

 一方フィーは、まだ少し驚いた顔をしていたものの、思案するように徐々に目を俯かせて、口元に手を持っていく。

「……お主がそれでいいと言うのなら、そやつらの主はお主ゆえ、私には口を出す権利はないが……。だが……。………まあ、今言うても詮無きことか」

「なんだよ?」

 やけに歯切れの悪いフィーの言葉に、俺は眉を顰めた。フィーは少し迷った後で、目を上げ、きっぱりと口を開いた。

「今、お主が火の童達を視たり、声を聴けたりするは、私の力だ。この家の中にあっても、火の童達は己の力だけで姿を見せることがもう叶わぬほど弱く、お主は指輪をしていても視えなかったほどだ」

「うん?」

「それをこの家に置き留めて、私とお主の契約が果たされた後、つまりレネが見つかった後だが、お主は私なしでどうやってそやつらと関わるつもりだ?」

「え」

「レネが見つかれば、私とお主の契約は終わりだ。お主は指輪から開放されて、私はレネのもとに去る。だが、そやつらはそうではない。お主が許可する限り、ここに留まるのだ。分かるか?」

 瞬間固まった俺を、意味が分かっていないと思ったのだろう。フィーが説明するようにゆっくり言って聞かす。だけど本当のところは、そんなことをしてくれる必要はなかった。

 阿呆のように突っ立ったまま何も返せないでいる俺を、フィーは今度は焦っているとでも思ったらしい。安心させるように、優しい声色で続ける。

「まあ、その時になって考えればよい。お主をこの件に関わらせてしまったは私の非でもあるし、いざとなれば責任は取ろう。お主には、皐月もおるしな。今はそれより、目先のことが大事だ」

 言ってフィーは、目をアオ達に向けた。微笑むように、その目が柔らかく狭まる。それからまた、フィーは俺へと視線を戻す。

「多少驚きはしたが、お主の選択は、精霊を統べ守る立場の我らには誠有り難いもの。王に代わり、この水の姫が礼を言おう」

 柔らかく狭めたままの目で、どこか誇らしげな微笑を浮かべて俺を見ながら、フィーが強くはっきり言った。

 俺はその言葉に、引かれた線をはっきり感じながら、ただ、その顔を見ていた。そうしながら、フィーがさっき言ったこと―――最初から分かりきっていたはずの本当に今更なその事実に、突然頭から冷水を浴びせられたような強い動揺を、でもどこか他人事のような気持ちで、ただ静かに感じていた。




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