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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
77/95

【04】-5


「それは、無理」

 床の上、ビー玉もどきの青が他の二匹から少しだけ体を離して、俺に向かって真っ直ぐ言った。続けて、赤と黄色も、俺のほうに向き直るように体を動かして、「無理」と繰り返す。

 予想していなかったその返答に、誰よりも逸速く反応したフィーが、厳しい声を出す。

「何が無理だ。主人が命じておるのだぞ? 結界ならすぐ解いてやるゆえ、」

「結界関係ない」

 今度はフィーに向けて、ビー玉もどきの青がはっきり言う。

「外、だめ。アオじゃ、無理」

「アカも」

「キイロも」

 きっぱり言い放った三匹に、すぐには何を思ったらいいのか分からない。頭をハテナで埋め尽くす俺を横に、フィーは声質を、途端変えた。

「それほどまで、なのか…?」

 どことなく、認めたくなさそうな、弱々しさすら感じるその声色にフィーを見れば、フィーは愕然とした表情をビー玉もどき達に向けていた。

 ビー玉もどき達は怯むことなく真っ向からフィーの視線を受け、再度はっきりと言葉を返した。

「姫様、強い。だから分からない。アオ達、弱い。だから分かる」

「分かる」

「分かる」

 俺からしてみれば、殆ど暗号のようなその言葉の意味を、恐らく正確に理解しているのだろう。フィーはよろめくように、僅かに体をふらつかせた。

「………私の、せいか…? 私が…、」

「違う!!」

 うわ言のように呟くフィーに、いきなりシシィが大声で怒鳴った。

 噛み付くようなその声に驚いて、咄嗟にシシィに顔を向ける。シシィは、それこそ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。その口が、食いしばった歯の隙間から搾り出すように声を吐き出す。

「誰かのせいっていうなら、人の子のせいだ」

 シシィのその、苦渋を押し潰して凝縮したような顔も声も、初めて見聞きするもので。俺は完全に、言葉を失った。

 一方フィーは、その大声にはっとしたようにシシィに目を向け、間にいる俺など見えていないかのように、食い入るようにシシィを見ていた。まるで、驚愕の新事実に初めて気づいた人のように、すっかり顔色を失くしているその顔の中、青い目だけが、震えながらもかろうじて、気丈さを保っているように見えた。

「シシィ、そなた…」

 動揺がはっきり分かる上擦った声で、フィーが何か言いかける。シシィは、それを鼻で笑うようにして遮った。

「冗談よせよ。オレは上古精だぞ。こんなやつらと一緒にするな」

「だが、」

「オレは大丈夫だってば。現に今まで何ともなかっただろ? 頼むから、そんな顔しないでよ。オレは自分の意志でここにいる。オレの意思は、オレのものだ。誰にも、銀の姫にだって渡さない」

 強く言い切って、シシィがフィーを見据える。フィーは何か言いたげに口を開きかけて、でも言葉が見つからないのか、唇を噛んだ。声にならない苦痛に耐えるように、その顔が迷いながら俯く。

 シシィは少しの間、そんなフィーをじっと見た後で、無言で腕を伸ばした。二人とも完全に、俺の存在無視だ。そのまま何を言うでもなく、シシィがフィーの手を掴んで、俺の横から自分の傍へとぐいと引き寄せる。フィーは素直に大人しく、シシィの隣に移動したものの、きつく唇を噛み俯いたままで、シシィの手によって堅く握られている自分の手だけを見つめている。シシィもまたどこか苦しげに、そんなフィーを黙って見ている。

 俺は、何をどう解釈したらいいのだろう。一体、何がどうしたというのか。つい数分前とは完璧に変わってしまった場の空気に、俺だけがついていけていない。

 少ない情報を繋ぎ合わせて何とか状況を把握しようと試みるけど、分かるのは、ビー玉もどき達が精界に帰ることは無理だということ。その理由が、フィーに関係しているらしいということ。そのことでフィーが酷く動揺していて、シシィがそれを落ち着かせようとしていること。それだけで。

 そんな状態で、俺に何か言える言葉があるはずもない。俺に出来るのは、いまだ手を握り合っている二人を、同じように黙って見ていることだけだ。

 俺の位置からじゃ、俯いているせいもあって、フィーの顔はその髪に邪魔されてはっきり見えない。だけど、ひたすら何かに耐えていることは、動かないその体から伝わってくる。


 ―――シシィが相手なら、フィーは弱さを無理に隠そうとしないで、ああやって素直に頼るんだな……。


 頭の隅のほうで、無意識にそんなことを考えた時、足元にいたビー玉もどきの青が、ぴょんと飛んで、俺の顔の前で止まった。

「ご主人様。アオ達、出来ることする。頑張ってする。だから名送り、イヤ。お願い」

 それに続くように、赤と黄色もぴょんと飛び上がって、口々に懇願する。

「名送り、イヤ。お願い」

「お願い」

「アオ、消えたくない。名前貰った。消えたくない。お願い」

「アカも。消えたくない。お願い」

「キイロも。お願い」

 必死に訴える三匹を前に、自然と重い溜息が出た。

「……名送りは、しないよ。それは大丈夫」

 名送りはしない。それはもう、俺の中で決まっていた。俺の口からこいつらに精界に帰る命令をすることを承諾した時、フィーが一瞬だけ目に覗かせた安堵の色。あれを見た時、思った。人間が人間の命を大事に思うように、精霊も精霊の命を大事に思っているんだと。嫌っているシシィはともかく、フィーや他の精霊からしてみれば、このビー玉もどき達だって大事な仲間で、いくら人間にとって危険だからって、俺が簡単に存在を消してしまっていいわけがない。少なくとも、樹霊さんのことで、由希ちゃんを流し消そうとしたフィーを止めた俺には、そんな権利はない。

 だけど、だからといって、こいつらを野放しにするわけにもいかない。俺は人間で、同じ人間に対して責任がある。

 はてさてどうしたものかと、頭に重く圧し掛かる問題に俺が今一度溜息を吐きかけたとき、ビー玉もどきの青、即ちアオが、懐くように俺に擦り寄りながら、嬉しそうな声を響かせた。

「ありがとう、ご主人様! アオ達、頑張って燃やす! ご主人様のために、いっぱい燃やす! 何燃やしたらいい?」

「あ?」

 思わず出た俺の頓狂な声を掻き消して、アカとキイロも、明るい声を大きく響かせる。

「何燃やしたらいい?」

「何燃やしたらいい?」

「動くもの? 動かないもの? あるもの全部?」

「あるもの全部!」

「あるもの全部!」

 三匹は弾む声で、まるで合言葉のようにそう言い合い、宙に浮いたまま輪になって踊りだす。俺は冷や汗もので焦った。 

「いやいやいやいや! 何も燃やすな、燃やしちゃダメだ!」

 慌てふためいた俺の声に三匹が、きょとんと動きを止めて、こっちを見る。

「なんで? アオ達、燃やすの出来る。メラメラ火柱、綺麗。燃やしたい」

「パチパチ火の音、楽しい。燃やしたい」

「プスプス真っ黒け、愉快。燃やしたい」

「燃やしたい」

「燃やしたい」

「燃やしたい」

「ダメ!! 絶っっ対、ダメ!!」

 呪文のごとく「燃やしたい」を繰り返す三匹に、大声で言いつける。喉の血管が切れて、血が出そうだ。

「いいな? 何だろうと一つとして絶対に燃やすな。命令だぞ!」

 殊更厳しい声で強く言い放ち、鼻息も荒く三匹を見渡す。アオ、アカ、キイロは、少しの間それぞれぽかんとして俺を見ていたものの、不意に、しょげ返るように、その体を下に下に沈ませた。

 そのままとうとう床まで落ちたアオが、床に向かって言うように、しょんぼりと呟く。

「でも、燃やさないと、アオ、終わっちゃう」

 間を置かずして、同じく床まで到達したアカとキイロも、すっかり沈んだ声で悲しそうに言う。

「アカも」

「キイロも」

「え…? 終わっちゃうって?」

 俺は意味が分からず、三匹を上から覗き込むようにして訊いた。その視線を受け、アオが床から俺へと体を向け直す。そしてまた、暗号のように意味の分からない言葉を遣した。

「外、だめ。ここ、いい。でも吸収しなきゃ、アオ達終わっちゃう」




お読みくださってありがとうございます。

事情により、暫く(二週間から三週間程度)の間、連載休止となります。

申し訳ありません。

再開するため必ず戻りますので、宜しければその時にまたお会いできれば幸いです。

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