【04】-4
「はいぃ!?」
告げられた言葉に、眼球が飛び出す勢いで目を剥く。
「何、主人って!? 意味分かんないんですけど!?」
殆ど喚くようにして突っ込めば、フィーではなくシシィが左横から、不満そうな口調で説明を寄越した。
「古精以下のやつらは皆生まれつき、名なしなんだよ。火の童とか、そういう総称は一応あるんだけどさ。銀の姫やオレみたいに、誕生と同時に『親』から個別の名を与えられるわけじゃない。だから、ある意味物凄く自由なんだけど、精霊である限り、オレらと同じように『名の縛』がある。名を一度与えられた者は、二度と名なしに戻れないし、その後いくら自分で名を変えたってもうずっと、最初の名付け親に従属しなくちゃならない。オレらだってそうだ。銀の姫は星に従属してるし、オレは大気の母に従属してる。それが、精霊の慣わしなんだ。こいつらはお前から名を与えられた。だから、お前に従属する」
「いやいやいやいや! そんな話聞いてないし! 慣わしとか初耳だし!」
シシィに顔を向け、唾が飛ぶのも構わず力一杯そう言えば、今度は右隣からフィーが、しれっとした声で言う。
「慣わしというか、古き誓いだ。名にはそれだけの意味もあれば、価値もある。お主は現に、私の真名を預かっておるだろうが」
「いや、だから! 俺は別にそんなつもりで……、っ! そうだ!」
フィーに顔を向け返して、はっと閃いた。そのナイスアイデアを早速実行すべく、いまだ踊るように俺の周囲を回っているビー玉もどき三匹に見せるように、俺はフィーの腕を掴んで、思いっきり自分の胸元に引き寄せた。
「悪いけど俺、今こいつと契約してるんだ! だから、申し訳ないけどお前達とは、」
だけど、我ながらナイスアイデアと思ったその断り文句も、最後まで言う暇なく、ビー玉もどき達にばっさりと切り捨てられた。
「誰と契約してても関係ない」
「関係ない」
「関係ない」
「ご主人様は、ご主人様」
「ご主人様」
「ご主人様」
きっぱり言い切って、「ご主人様」と弾むような声で連呼しはじめた三匹に、もはや言葉が見つからない。
無駄に口をぱくぱくさせながら引き攣る俺とは逆に、フィーは強引に引き寄せられた格好のまま、少し見上げるようにして俺を振り返ると、あっさりと言い放つ。
「だ、そうだ」
「……だそうだ、じゃねえよ」
俺は視線を斜め下にずらして、怒りに満ち満ちた目をフィーに向けた。
「なんでお前はそんな、他人事みたいな顔してんだ。こうなること分かってたんだろうが、お前。俺の服引っ張っただろ、あの時。なんで止めなかった?」
「まあ、そうなるならそれも良いかと思うたゆえ」
「全然良くねえよ!」
少しも臆することなくあっけらかんと、いつものどこか権高な顔で言って返したフィーを怒声と一緒に横に押しのけて、俺は盛大に頭を掻き毟った。そうしている間も、三色のビー玉もどき達は、しつこく浮かれた声で「ご主人様」と繰り返しながら、俺の周りを嬉しそうに飛んでいる。
冗談じゃない。思考回路が冗談抜きに崩壊直前だけど、これだけは分かる。絶対に、嫌だ。
何が楽しくて、歪なビー玉みたいな放火魔達の主人にならなきゃいけないんだ。大体、ご主人様とか、お前らメイドカフェの店員か。どうせそんな呼ばれ方するなら俺だって、ビー玉放火魔じゃなくて、可愛いメイドさんに呼ばれたほうがよっぽど嬉しいわ。
大体、フィーもフィーだ。何が、「それも良いかと思うた」だ。何にも良くない。ただでさえ今、フィーとシシィだけでも色々と持て余し気味だっていうのに、この上、放火魔の面倒まで見られるか。絶っ対、嫌だ。マジで冗談じゃない。
悶々と頭を抱え込む俺を横に、シシィはシシィで憂鬱そうに、覇気のない声を出す。
「まあ、こうなっちまった以上、もう仕方ないんじゃん? オレは気に入らないけどさあ。でもお前が名を与えたことは、もう変えられない事実だし」
「勝手に事実偽装すんな。俺はそんなつもり、これっぽっちだってなかった」
「お前にそのつもりがなくても、こいつらは名を与えられたと思ってるもん。それに、名なし達にとって名を与えられるってことは、一人前として認められた証みたいなもんだし、従属する主人を持つことは、それこそ何にも勝る誉だ。それを、そんなつもりはなかった、間違いだったって今更いくら言ったところで、もう遅いし、納得しないよ」
軽く肩を竦め、溜息混じりにそう言うシシィに同意するよう頷いて、フィーも口を開く。
「シシィの言うとおりだ。お主は名を与えてしまったし、今更名を剥奪すれば、それは『名送り』といって、こやつらの存在を星から消してしまうことになる。覚えておろう、桜の樹霊が去った時のことを。私があの樹霊に対し、母より授かった権限で行ったことを」
覚えている。というか、忘れられるわけもない。目線だけ投げて返して、無言で肯定する俺に、フィーは続ける。
「あれと同様のことを行う権限を、今のお主はこやつらに対し、持っておる。だが、」
「そうだよ! なんで思いつかなかったんだろ!」
だけどシシィが、名案だと言わんばかりにぽんと手を打ち、フィーの声を遮った。
「名送りしちまえばいいんだよ、いっそのこと。こんなやつら、何するか分かったもんじゃないし、そうしろよ、人の子一号。それがいいって、絶対!」
さっきまでの憂鬱顔はどこへやら、説得するように俺に向けてくるその顔は今、とことん明るい。
そんなシシィとは対極的に、ビー玉もどき達は、フィーが名送りを口にした瞬間からずっと、それまでの浮かれ具合が嘘のようにぴったり口を噤んで、今や、俺の足元近くの床の上で、三匹で身を寄せ合うようにして、小さく小さく縮こまっていた。ただでさえ小さなその体が、怯えに更に小さく竦み、恐怖に声もなくぶるぶる震えているのが、ありありと見て分かる。
……なんだか、かわいそうだ。小さくても危険な放火魔達だって、頭では理解している。だから、シシィの言い分が絶対正しくないとも言えないけど、でも、いくらなんでも、そこまでする権利が俺にあるのだろうか。
従属する主人を持つことは何にも勝る誉だって話だけど、俺からしてみれば、名前一つで自由を奪われるなんて、何が誉なのか分からない。俺が考えなしに勝手に呼んだせいで、このビー玉もどき達は、永遠に自由を失ってしまったんだ。誉どころか怨まれても仕方ない話だ。名前自体にしたって、アオ、アカ、キイロなんて本当に適当で、色の意味しかないのに、それをあんなに嬉しそうに喜んでいた三匹を、この上、自分に不都合だからって、それだけの理由で存在まで消すなんて、どう考えても間違っている気がする。何か他に、誰も何も傷つかなくて済む、いい解決策はないものだろうか………。
思案に暮れる頭が、自ずと下がる。と、フィーが場を取り仕切るように、再び声を響かせた。
「まあ、待て。確かにこやつらは悪戯が過ぎるが、それも純粋過ぎる本能ゆえのこと。精界から出さえしなければ、何の害もない、いたいけな童達なのだ。お主さえ良ければ、大人しく精界に帰るように、そして二度とそこから出ぬように、こやつらにお主の口から命じてはくれぬだろうか? そうすれば、面倒は何も起こらぬ」
「え?」
思わず、きょとんとしてフィーを見る。
「お主はもう、こやつらの主人だ。主人の意に従うのが、従属するものの務め。お主はただ、命じるだけで良い。こやつらが精界に帰りそこに留まれば、二度とお主を煩わせることも、他の形あるものを灰にすることもない。どうだ? 駄目か?」
強い、はっきりとした口調で言いながらも、どことなく懇願するように見てくるその顔に、俺は一瞬、言葉を忘れて、次の瞬間、大きく首を横に振った。
「ダメじゃない、それでいこう!」
自然と大きくなった声を気にすることもなく、やや早口で言って返す。
「フィー、お前早く言えよ、そういう作戦があるなら、あるで!」
少しだけ文句口調になった俺の返事に、フィーは何も言い返すことなく、相変わらずどこか権高な、しれっとした顔をしていたけど、その目が一瞬、ほっとしたように笑ったのを俺は見逃さなかった。
ようやく分かった。フィーがあの時、事態を予測しながらも俺を止めなかったのは、このためだったんだ。俺を主人にして命令させることで、フィーやシシィの言うことを聞かないビー玉もどき達を大人しく精界に帰らせるのが目的で、それで、少し迷いながらも、わざと俺達の会話を止めなかった。それならそうと、さっさと言ってくれればいいものを。ここに至るまでの俺の苦悩を返せ。
とりあえず文句は後にするとして、俺は意気揚々と、足元近くにいるビー玉もどき達に顔を向けた。ビー玉もどき達は、もう震えてはいなかったけど、それでもまだ三匹で身を寄せ合うようにして、そこにいた。
「あー、というわけで、精界とやらに全員大人しく帰ってほしいんだけど。それで、二度と精界の外に出ないように。いい?」
出来るだけ言葉に威厳を持たせるように、はっきりと口を動かしながら言い渡す。
それで終わると思った。フィーだって、主人の意に従うことが従属するものの務めだと言っていたし、ビー玉もどき達は、俺を確かにご主人様と呼んでいたから、何の問題もないと思っていた。
だけど、ややあって返ってきたビー玉もどきの答えは、俺が予想していたものではなかった。




