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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
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【03】-6


 見ればシシィの足元に、一目で年代物と分かる真鍮製のオイルランプが、横向きに転がっていた。詳しくは知らないけど、確か中東あたりの古い型のやつだ。落ちた衝撃で外れてしまったのだろう蓋が、畳の上をころころと、座っている孝の近くまで転がっていく。その光景に自然と、肩を上下させるほどの溜息が出た。

「……シシィ、お前、何か壊さないと何も出来ないわけ?」

「壊してないじゃん、落としただけじゃん」

「まず、落とすなよ」

 さも心外だと言わんばかりに口を尖らせるシシィに、ぎろりと目つきも声つきもきつくして言う。一方で孝は、蓋を手に立ち上がりながら、まあまあ。と、取り成すように言って、質問を投げてよした。

「つうか、これ何? 魔法のランプみてえ。アラジンの」

「そのまんま、ランプだよ。オイルランプ。中にオイル入れて、その注ぎ口のとこに芯入れて火つけんだ」

 シシィの足元からランプ本体を拾いあげ蓋を戻しつつも、やや持ち上げてしげしげとそれを見ている孝に、知っていることを教えながら、再度シシィにきつい視線を向ける。シシィは全く知らん顔で、明後日の方向――部屋の入り口、開けっ放しの襖の向こうに見える廊下のほうに、顔を向けていた。

 やっぱりこの部屋にシシィを入れたのは、間違いだったかもしれない。ぱっと見、あまり大した物はなさそうだけど、俺が分かっていないだけで、何か物凄い高価な物がないとも限らない。俺の部屋のリモコンや時計みたいに、遊び半分で壊されでもしたら困る。

「シシィ、頼むからお前、」

 もう何も触るな。だけど、そう続けるはずだった言葉は、孝の能天気な声に邪魔された。

「へえ、ほんとにランプなんだ? カレー入れるやつかと思った」

 まあ確かに、こんな旧式のオイルランプ、普通に目にする機会もないから、孝がそう思うのも仕方ない。実際、俺も家がこんな商売じゃなかったら、それが古い時代のランプだなんて分からなかっただろうし、孝と同じように、カレーのルーを入れる器か何かと真面目に思っただろう。

「これさあ、三回擦ったら、なんか出てくるんじゃね?」

「んなわけないだろ」

 興味深げにまだランプを見ながら言う孝に、軽く笑って返す。そうする傍から、いやでも皐月さんの持ち物だから、もしかしたらありえるかもしれない。なんて考えが浮かんできて、ついつい、期待に目を輝かせてランプの腹を擦っている孝と、その手に持たれたランプをじっと見てしまう。

 ……本当に何か出てきたら、どうしよう………。

 だけど、俺のそんな馬鹿げた不安と微かな期待は、三秒とかからず消え去った。

「やっぱ、何も出てこないかあ」

 ちぇ~。と、落胆する孝に笑いながら、内心ちょびっとだけがっかりしつつも、俺は思いっきり安堵した。アラジンと魔法のランプの話みたいに、こっちの願い事を叶えてくれる相手ならまだいいけど、どうも俺はそういった相手とは縁遠いみたいだし、正直これ以上、神秘の生命体の知り合いを増やしたくない。

「アラジンじゃなきゃダメなのかな、やっぱり」

「そういう問題じゃないと思うけど。まあでもランプの精も、お前のくだらない願い聞かされるよりは、アラジンのほうがいいかもな」

「失敬な。くだらなくねぇよ、俺の願い事は」

「どうせ、理沙ちゃんのことだろ? 付き合いたいとか、両思いになりたいとか」

「違いますぅ、世界平和ですぅ」

 ランプを元の棚に置きながら、孝が口をひん曲げて嘯く。それに、嘘付け。と、遠慮なく突っ込んで、作業に戻ろうと視線を戻したところで、その変化に気がついた。

 さっきまで俺の動作を逐一監視するように横で見ていたフィーが、ほぼ体ごと顔を廊下のほうに向けて、固っている。その姿に思わず何も考えず、俺も顔をそっちに向け、直後一瞬、何か怖いものが見えたらどうしようと頭の隅で思ったけど、開けっぱなしの襖の向こうに見える廊下は、特に何も変わったところはない。

 不審さに小首を傾げつつ、もう一度フィーに目を戻す。フィーはそんな俺を完全無視で、じっと廊下のほうを見たまま、ぴくりとも動かない。……いや、動いている。頬の辺りが微かにだけど、軽く引き攣っている。まるで、何か凄く不快なものでも見ているかのように、ひくひくと、小さく。

「………フィー?」

 知らず知らず、呼ぶ声が低音の囁き声になった。不安やら恐怖やら緊張やらが、どっと湧き上る。否応なしに速くなる俺の心臓とは相反して、フィーは静止したままだ。孝は何も気づいていないのだろう。こっちに半分背を向けた姿勢で再び座り込んで、がさごそとダンボールの中身を鼻歌交じりにほじくり返している。シシィは……、そうだ。シシィもさっきからずっと、黙ったままだ。

 突発的にシシィを振り返ろうとした時、やっとフィーが首を動かした。ぎぎぎ…と、音が聞こえてきそうなくらい、ぎこちないその動き。固唾を呑んで待つ俺にやっとこさ向けたその顔には、いまだ残る微かな引き攣りと一緒に、隠しきれていない狼狽の色があった。

「……フィー?」

 募る訝しさに眉を顰めながらも、出来るだけ密やかにかけた声には、同じく密やかな声が、断固とした口調で素早く返ってきた。

「真生。今日はバイトを休め」

「はい?」

「この家が惜しいなら、そうしろ」

「は?」

「なんなら私が、気兼ねなく休めるようお膳立てしてやる。この家より一歩も出るな」

「いきなり何言ってんだよ。何なの? 何かいるの、ねえ?」

 ひそひそと、でも強く、一気に捲くし立てられた言葉に、認めたくない現実が浮き彫りになっていくような気がした。背筋がぞっと寒くなって、冷たい風に長時間晒された時みたいに頬の皮が突っ張っているのに、手のひらにだけ変な汗が滲んでくる。


 ―――いるんだ、何か。

 フィーが思わずうろたえるほどの、やばい、何かが。多分、ほぼ間違いなく、そこの廊下に。


 主に恐怖で形成された動揺に焦る脳を落ち着けるべく、深く息を吸って酸素を送り込もうと試みたけど、出来なかった。かちこちに強張った顔の筋肉が、それを拒否した。

「何? どうかしたの?」

 俺の急激な動揺が空気で伝わったのか、孝がふと、手を止め顔を向け訊いてくる。視界の端でそれを見とめ、何とか顔はそっちに向けたものの、咄嗟には声が出ない。言うべき言葉も見つからない。無駄に硬直する俺に代わり、フィーが颯爽と俊敏に口を開く。

「孝お兄ちゃん、電話」

「へ?」

 ぽかんとした孝の声が聞こえた直後、孝の携帯が突然鳴り響いた。

 ちょっと聞いただけじゃアニソンとは分からない、今時の、でも超マイナーなアニメの主題歌。そのサビの部分が二回流れるのを待たず、孝は尻ポケットから慣れた動作で携帯を取り出すと、耳に当てて喋りだす。フィーはそんな孝をまるで、目で呪いでもかけているかのように、瞬きもせず一直線にじっと見ていた。

「もしもし? ああ、うん。今? 友達んち。……は? なんで俺が。はあ? 知らねえし。…いや、ちょ、姉ちゃん?」

 納得いかないというように眉間に皺を寄せて、孝が携帯に向かって声を大きくする。だけど、通話は向こうから既に切られたらしい。眉間の皺もそのままに、耳から離した携帯を見下ろす孝に、フィーが白々しいほど平然とした声を向ける。

「どうしたの?」

「や、なんか姉ちゃんが靴擦れがどうのこうのって喚いてて、俺、迎えに行かなきゃ殺されるらしいわ」

「やだ、大変。早く行ってあげて。靴擦れなんてかわいそう」

「いいよ、ほっといて。靴擦れくらいで、こき使われちゃたまんねぇって。車取りに家帰るのも面倒だしさ」

 投げやりに言って、いつもの調子に戻った孝が笑って肩を竦めた、その途端。

「だめ、行くの!」

 いきなり、フィーが、叱り飛ばすように、目も声も吊り上げた。

 これまで一度も孝には、というか、孝がいる場所では誰にも見せなかったその険しい態度に、えっ。と、孝が戸惑いの声をあげる。フィーはそれを完璧な笑顔で受け流して、しゃきしゃきと口を動かしてみせた。

「だって、痛くて歩けないなんて大変じゃない。行ってあげて、今すぐ。ね? 皐月の車使っていいから」

「え、いや、でも」

「いいよね、真生? 孝お兄ちゃんのお姉ちゃんのためだもんね?」

 有無を言わせない口調と一緒に、くるりとフィーの顔がこっちを向く。

「…あ、ああ、うん。勿論」

 きつく見据えてくるその青い目に篭った、鬼気迫るものに、思わずワンテンポ遅れながらも、俺は焦って頷いた。

「そうして、孝。車使っていいから。行って。……お願い」

 心臓が、捩じれそうだった。




前触れなく、長く不在をしてすみませんでした。

今後も事情次第では数ヶ月放置になるかもしれず、かなりの不定期連載になると思います。

このようなことになってしまいましたので、自ブログのほうに、『精霊奇譚』の裏あらすじや、全体の構想をネタばれ込みで全部書き残しています。

ネタばれでも何でも構わないから、先が知りたいという方がおられましたら、そちらをご覧ください。ブログの目次の下のほうに、そのページへの案内を置いています。

「脳内ヘブン」(http://blog.goo.ne.jp/kakitai11874)


色々と読者様のご期待に沿えない事態になってしまったこと、心からお詫び申し上げます。

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