【03】-5
しつこく「何かくれ」とうるさいシシィを、「後で!」と何とか言いくるめた頃には、孝も、『シシィ=フィーの幼馴染=外国の人=文化が違う=ちょっと変わっていても仕方ない』という認識に、頭が何とか行き着いたようだった。
正直、外国の人とシシィと一緒くたにしてしまうのは、外国の人に失礼だと思わなくもないものの、まあ、文化が違うのは確かだし、『外国の人』という認識が先にあったからこそ、「人の子一号、二号」という呼び方についても、日本人の名前が難しいからだと、勝手に解釈して納得してくれた。
これまた正直、「まさき」や「たかし」といった、短くて発音も簡単な名前を難しいとするその解釈もどうかと思うけど、まあ、それで孝が納得しているのなら、もうそれでいい。本当に孝が単純馬鹿…、もとい、信じやすい素直な性格で助かった。
とはいえ、相手はシシィだ。最後まで油断は出来ない。誤魔化しのきかない決定的なこと―――、飛んだり消えたりをシシィがうっかりしてしまう前に、ちゃっちゃと櫛を見つけて、さっさとこの場の集まりを解散したほうがいいだろう。
「じゃあ、この家にあるってことしか分からないんだ?」
早速櫛探しに取り掛かるべく二階へ移動する俺の、すぐ後について階段を上がりながら、孝が確かめるように言う。ちなみに、孝には、『ずっと前にうちの家族が遠い親戚から預かった櫛』という適当な説明しかしていない。何故それを今俺が探さなきゃいけないのか、そこを突っ込んで尋ねられたらどうしようと思ったけど、孝にとって、それはどうでもいいことらしく、何も訊いてこなかった。本当に、こいつの性格は有り難い。
「うん。でも多分、一番可能性が高いのは皐月さんの部屋だと思う……」
孝に言って返しながら、階段を上りきった先の左側の部屋の襖に、俺は視線を向けた。
この部屋に入るのは、何年ぶりだろうか。記憶を遡って、脳裏に浮かんだ情景に、思わず溜息が出る。出来ることなら、入りたくない。というか、見たくない。そんな気持ちが強すぎて、部屋を前にしながらも、襖を開けるのが億劫になってしまう。
「なあ、皐月さんがいない時に、勝手に入って大丈夫?」
「いや、それは全然問題ないんだけどさ……」
後ろから横に並んだ孝が、伺いを立てるように訊いてくるのにそう答え、俺は躊躇いを振り払い、襖へと手を掛けた。えいっと勢いよく、一気に開ける。
「うわっ」
瞬間、目に飛び込んできた光景に、孝が喚声を上げた。一方、俺は想像通りの光景に、軽く項垂れて独りごちた。
「問題は、ここをどうやって探すか、なんだよね……」
窓が一つに、押入れ一つといった極普通の八畳の和室。寝室も兼ねた私室なのに、箪笥や布団なんかの日用品は全くない。代わりに部屋を埋め尽くしているのは、どこから集めてきたのか出典も不明なら、用途も価値も全く不明な、美術品や民芸品の山。山、山、山。
最後に見たときより、明らかに増えている。殆どもう足の踏み場がないと言っても過言じゃない。ほんっと、この中で皐月さんはどうやって寝ているんだ。
「すっげーな、これ。どっかの博物館みてえ」
「いや、どっちかっていうと、節操のない土産物屋だろ……」
部屋に足を踏み入れ、興奮して声を大きくする孝とは反対に、入り口に立ったまま部屋を見回し、覇気のない声を返す。
魚を捕っている木彫りの熊を囲むマトリョーシカの群れ。目にも眩しい原色の民族衣装を纏った東南アジアあたりの人形に、こけしの行列。ロココ調のキャビネットの横には、江戸風の長火鉢。天井まである黒ずんだトーテムポール。太陽と月と星がメルヘンチックなからくり時計。マリーアントワネットが使っていたような豪奢な羽扇。使い古した感のある蓑。アフリカあたりの狩猟民族の槍や弓。薩摩切子と思わしき酒器セット。土偶に埴輪。ベネチア風の仮面の横には、険しいジャングルの奥地に住む部族が儀式に使用してそうな木製の仮面と、日本のひょっとこのお面。数え上げれば、きりがない。まさしく、なんでもござれのごちゃ混ぜ状態だ。その上、もう置く場所がなくて出せなかったのだろう、中身の入ったダンボールが恐らく運び込まれてきた時のまま、部屋のあらゆる場所に山積みにされている。
「これでは確かに、どこにあるか分からないのも頷けるな」
いつのまにか隣に来ていたフィーが部屋を見ながら、少し呆れた風に言う。と、その横からひょいと顔を出したシシィが、同じように部屋を覗き込みながら、楽しげに声を弾ませた。
「あははは。小物ばっかだけど、たいしたもんじゃん」
言うなり、喜々として部屋の中に入っていくシシィに、下手に触って壊すなよと注意しつつ、ふと孝を見れば、孝もシシィに負けず劣らず喜々とした顔で早速もう、亀の甲羅に髭を生やしたような、なんとも妙ちきりんな工芸品を手に取って裏返したり、振ったり、叩いたりしていた。………こいつら、何気に気が合うかもしれない。
いまだ部屋の入り口に突っ立ったまま、そんなことを考えている俺を余所に、フィーも興味深そうに周囲を見回しながら、部屋の中へと進んでいく。所狭しと置かれた品の数々の中から、どこに心惹かれたのか汚い蓑を手に取って、思案顔で、でもちょっと楽しそうに、それを鬘のごとく頭に被って鏡で確かめているその姿に、知らず肩の力が抜ける。被るという点では、ある意味正解だけど、蓑は間違っても鬘じゃない。
「それは、そうやって使うもんじゃないから」
言いながら、俺もまた部屋に足を踏み入れ、蓑お化けみたいになっているフィーの頭から、蓑を取り上げた。そのまま周囲を見回し、思ったことをみんなに告げる。
「多分、箱に入ってるんじゃないかと思うんだよね。分からないけど、多分、木の箱」
櫛みたいな小さなものを保管するとしたら、何か箱に入れると思うし、古い時代からずっと伝わってきたものなら、恐らく木製の箱だろう。俺の意見に同調するように、孝も周囲を見回しながら言う。
「櫛が入ってるなら、結構小さめの箱だよな」
これくらい?と、孝が両手で箱の大きさを示してみせる。と、その横で、シシィが肩を竦めた。
「いーやー? 小さいとは限らないんじゃん? 小さなものを大きなものに入れて隠してるってこともあるしさ。これみたいに」
言って、マトリョーシカを見せるシシィに、それもそうだと納得する。大事なものなら尚更、二重三重と箱に入れている可能性がある。
「とりあえず、目に付く箱を片っ端から開けていくしかないか」
「そだな。ここらへんのダンボール、勝手に開けるぞ」
「うん、よろしく」
部屋の隅に寄せられたダンボールの山を指差し言う孝に答えて、俺も怪しい箱を探すべく、押入れの前に山積みされた大小中様々なダンボールの蓋を開けていく。
まあ、予想はしていたけど、ダンボールの中も、「なんだこれ」という感想しか出てこないものばっかりだ。縁の欠けた土器に、皹の入った大きな絵皿……。ガラクタ市に出したら、一財産作れるのではないだろうか。
そんなことを考えながら、一つのダンボールを空にして、次のダンボールへと手を伸ばす。だけど、その手は、横で手伝うでもなく見ていたフィーによって、阻止された。
「真生。これは、やめておけ」
「え? なんで?」
大きさ的には、さっきのダンボールよりも小さいし、俺的には怪しいと睨んでいたのだけど。怪訝さを隠さずフィーを見れば、フィーはそのダンボールを俺から遠ざけるように取り上げて、ひそひそ声を返した。
「お主のためだ。無駄に怖い思いはしたくなかろう?」
「……はい」
言葉少なに言って、止めを刺すかのごとく、にっこりと微笑んだフィーに、やや顔を引きつらせつつ、素直に頷く。フィーは、その返事に満足したように、更にひそひそ声で続けた。
「素直でよろしい。恐らくこれの中身は、古い時代の呪術具だ」
「呪術具?」
「強い呪力を得られるという戯言のために、生きたまま皮を裂かれ肉を抉られ骨を削り取られて絶命した、罪のない動物の哀れな骨だ。皐月の傍が心地良かったのだろう、もう長く眠っておるようだが、刻まれた邪念がまだ完全に消えてはおらぬ。本来なら、お主は感心するほど鈍いゆえ心配ないのだが、今、その手には指輪がある。触れるものには気をつけよ」
「えっ。気をつけろって、じゃあ、他にも何か、こういう類のものがあるってこと?」
ぎょっとして、即座に、だけど小声で訊き返した。
皐月さんに特殊な力があることは、もう俺も知っているけど、だからって、古い呪術具とか聞くからにやばそうなものを家に置くなんて。何を考えているんだ、あの人は。中には店に出すものもあるだろうし、何より個人の趣味だからと、今まで見て見ぬ振りをしてきたけど、帰ってきたら一回きちんと話し合ったほうがいいかもしれない。
皐月さんに対する呆れを隠せない俺を前に、フィーは俺に対しての呆れをあからさまに顔に出して見せた。
「指輪をして尚、この部屋で何も感じぬとは。お主、どこかおかしいのではないか? 鈍いにも程があるぞ」
「すみませんね。とことん鈍くって」
半目で言い返せば、フィーは諦めたように肩で息を吐いた。
「まあ、お主が何も感じぬというなら、それで良い。ざっと見た限りでは、そう悪い輩もおらぬし、私が気をつけておれば、問題なかろう」
「え、なに? 何かいるの、この部屋」
「言えば、お主が怖がって泣くゆえ、言わぬ」
「それもう、言ってるのと同じじゃん!」
思わず、声の大きさも忘れて、情けない声をあげてしまったのは言うまでもない。
多分きっと青ざめているだろう俺を軽く無視して、フィーは手に持っていた件のダンボールを、布で包まれた大きな板の後ろに隠すように置いた。もはや、布で包まれたその板すら、怖く見える。
大体、なんで布で包まれているんだ、それは。何か見ちゃいけないものがそこにあるのか? ああ、やばい。もう部屋全部が怖い。さっきまで普通に見回せていたことが嘘のように、もう周りが見られない。だって、万が一、何かの間違いで、フィーに見えているものが、俺にも見えたらどうしてくれる。そんなの、めちゃくちゃ怖いじゃんか。
そう真剣に思った傍から。
「あ、やべ」
という、ある意味聞き慣れたシシィの言葉とほぼ同時に部屋に響いた、ガタンと何か硬いものが畳に落ちた音に、反射的に俺は顔を向けていた。




