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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 2、青人草の章 ~
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【03】-3


 アーケードがある商店街の表通りから一本裏に入っただけで、人の往来が殆どなくなる。

 激安ドラッグストアや百円ショップなど、内装や外装の照明だけでなく、流す音楽までも賑やかな、ある意味近代的な店舗が立ち並ぶ表通りと違って、こっちは、時計修理専門店や判子店などの、必要がない限り客が来ない、昔ながらの地味な店ばかりだから、仕方ないといえば仕方ないのだけども。

 今日も今日とて変わりなく、閑散としている通りを孝と連れ立って歩く。店内が見えないほど羽根布団が山積みされた鈴木寝具店の前を過ぎて、電柱の向こうに、城戸骨董品店と彫られた無駄に立派な木製の屋根看板が見え始めたところで、孝が声をあげた。

「あれ? シャッター閉まってない?」

「ああ、うん。皐月さん、旅行行ってるから、暫くの間店閉めてんだ」

「え。皐月さん、旅行行ってんの?」

「うん」

 少し驚いたふうの孝に頷いて返しながら、本当に旅行だったら、どれだけ気が楽だろうと思う。あの日以来シャッターが下ろされたまま、変化のない店の外観を遠目に確認して、横の脇道を指差す。

「ごめん、シャッター開けるのめんどいから、裏からでいい?」

 通りに面しているのは店舗の出入り口で、住居側の玄関はその真裏にある。普段、皐月さんが店を開けているときは、わざわざ裏に回るのが面倒で、店舗側から出入りしていたけど、店が閉まっている今、いちいちシャッターを開け閉めするほうが面倒くさい。

 大人が二人ぎりぎり並んで歩ける道幅の路地を、俺の後ろに付いて歩きながら、孝が再び口を開く。

「皐月さんがいないってことは、フィーちゃん今家に一人なの?」

「まあ、うん、そう」

 家に一人どころか、ずっと離れることなく一緒にいるけども。微妙に歯切れの悪い返事をした俺に、何を思ったか、急に孝はしおらしい声を出した。

「マジか。なんか、ごめん」

「は?」

「てっきり俺、皐月さんもいると思ってたからさ」

 弁解するように言う孝が、何を言いたいのか分からなくて振り返れば、孝は心なしか、すまなそうな顔で俺を見ていた。

「あぁ、だからお前、あんなに渋ってたのか。俺が手伝うって言ったとき」

 言って一人勝手に納得する孝の、その意図するところまで理解が追いつくまで、本気で三十秒以上かかった。唖然とする俺を余所に、孝は少し恨めしそうに言う。

「フィーちゃんだけって知ってたら、俺だって気ぃ利かせたのに。ちゃんと言えよなあ、そういうことは」

「………いや、いやいやいや、いや。意味分かんないんですけど。頭、大丈夫? また階段落ちた?」

 何をどう曲解したら、そういうことになるのか。いくら今現在自分が恋愛に夢中だからって、あまりにも思考がそっちに流れ過ぎだ。世の中の人間全員、恋愛中だとでも思っているのだろうか。頭が沸いているとしか思えない。

 呆れの度合いが酷過ぎて、自然と目も声も冷たくなった俺を前に、孝は気後れするどころか、むしろ自分が正しいと言わんばかりの顔で口を動かす。

「別に隠すことないじゃん。親戚って言ったって、兄妹じゃないんだし、何も気にする必要ないだろ」

 悪ふざけの冗談で言っているのならまだいいものを、声の調子からいって、ふざけているわけじゃないらしい。その真面目な声を耳に、多分今頃フィーも自分のことは棚にあげて、指輪の中で大爆笑しているだろう。

 その様子を想像して、俺は馬鹿馬鹿しさに、再び孝に背を向けた。そのまま足を進めながら、ポケットから鍵を探す。

 それにしても、孝といい、フィーといい、俺はそれほどまで第三者を勘違いさせてしまう行動を、何かしら普段から取ってしまっているのだろうか。自分のことながら、さっぱり分からない。そりゃあ、彩乃ちゃんは実際可愛いと思うし、フィーのことだって好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだけど、それはあくまで友好感情だ。必要以上に好意を示す態度を取った覚えもなければ、特別な好意を匂わす発言をした覚えもない。そもそも、俺は今、抱えている問題だけで手一杯なのだ。恋愛ごとに割いているような時間の余裕も、心の余裕も、どこにもないというのに。何も知らないとはいえ、孝もフィーも、勝手にあれこれ決め付けては好き勝手言いやがって、まあ、気楽なもんだ。

 いや、フィーの勘違いは、まだいい。今は状況的に無理だし考えてもないけど、彩乃ちゃんとはもしかしたら、そういうことになる可能性が、いつかこの先あるかもしれない。『もしか』の話だけども。

 だけど、フィーは違う。俺とフィーとの間に、『もしか』はない。フィーには、レネがいる。フィーが今、俺といるのは、レネに会うためだ。レネが好きだから、俺といる。そうじゃなくても、俺はあいつにとって、『守るべき無力な子供』でしかないのだ。俺達の間に、もしかしたらなんて、ありっこない。

 口を閉じたまま、むっつりと門を開けて入る俺に続きながら、孝は、まだべらべらとその話を続ける。

「まあ、正直ちょっと、彩乃ちゃんが勿体無いなあとも思わなくもないけどさ。まっ、こういうのは巡り合わせだし? いいんじゃないの。ちょっと歳が離れてるのは離れてるけど……って、あれ? フィーちゃん、何歳だっけ?」

「本人に訊けば?」

 ふと首を傾げた孝につっけんどんに返して、玄関の鍵穴に鍵を突っ込んだ。フィーが何歳かなんて、俺だって知らない。訊けるものなら、訊いてみろ。

 なんとなく、気がくさくさして、玄関のドアをやや乱暴に開ける。途端、指輪が一瞬重くなって、すぐさま空気のように軽くなった。フィーが出て行った証拠だ。どうせきっと、いつになく上機嫌で現れるのだろう。見ずとも分かる。なんせ、汁粉ドリンクがようやっと飲めるのだから。

「ただいまー」

「お邪魔しまーっす」

 わざと大きめに言って、玄関に足を踏み入れた俺の後ろから、同じように玄関に入りながら、孝も大きな声をあげる。と、待ち侘びていたように、すぐさま勢いよく玄関横の襖が開いた。

「いらっしゃーい」

 靴を脱ぎつつ、ちらりとその声に目を向ければ、髪を黒くしたフィーが外面用の笑顔を携えて、そこにいた。予想通り、素晴らしく上機嫌だ。

「おー、フィーちゃん。久しぶり」

 明るい笑顔で話しかける孝に、フィーも、普段俺に向けるものとは全く違う、見た目年齢に相応しい可愛い笑みを向ける。

「孝お兄ちゃん、もう怪我は大丈夫?」

「うん、大丈夫。あの時はほんと、お見舞いありがとね~」

「孝、いいから上がれ」

「おう。……あ、そうだ、フィーちゃん」

 促せば一応頷いたものの、孝は玄関に突っ立ったまま靴も脱がずに、鞄から、さっき自販機で買ったばかりの缶を取り出した。

「はい、ご所望の汁粉ドリンク」

「わーい! ありがとー!」

 言うが早いが、両手でフィーが缶に飛びつく。背後に花が咲いて見えそうなその満面の笑みに、孝も満足げに、ブーツの紐を外しにかかる。俺はそれを尻目に、襖の向こうへと向かった。


 当たり前だけど、家の中も、一週間前に来た時とどこも変わった様子はない。心の中で溜め息を吐き、空気を入れ替えるべく、居間と仏間の窓を開けて回る。その流れでいつも通り、お茶と水を取り替えようと仏壇の前で腰を屈めたところで、フィーが横からずいっと缶を突き出してきた。

「真生、開けろ」

 簡潔に要求だけを述べて待つフィーに、今度は溜め息を本当に口から漏らしつつ、まだ温かさの残っている缶を受け取る。孝はどうやらまだ、ブーツを脱ぐのに手間取っているらしい。プルトップを外してやりながら、玄関の孝に聞こえないよう、小声で文句を並べ立てた。

「いい加減、缶の開け方くらい覚えろよ。つうかお前、助け舟とか言って、ほんとは最初からこれが狙いだったな」

「ついでだ、ついで。それに、私には孝に汁粉ドリンクを貢がせる権利がある」

 澄ました顔で当然のように言い、フィーが、さっさと寄越せと言わんばかりに俺の手から缶を取る。元より期待もしてないけど、開けてやったんだから、俺にも形だけでも、ありがとうと一言くらいあってもいいだろうに。俺を何だと思っているのか、こいつは、本当に。孝には、あんな百点満天の笑顔までつけて礼を言うくせに。

 普段なら気にもしないそんな些細なことまで、やたら気に触って、苛々が募っていく。自分でも制御不能の突発的な苛立ちに、カルシウム不足かもしれないと頭の片隅で思った時、ぐびっと一口、缶からお汁粉を飲んだフィーが、俺に顔を向けたまま小さく肩を竦めた。

「ちょっとからかわれたくらいで、そんなにむくれずとも良かろうに」

「別にむくれてないよ」

 ただ気がくさくさして、妙に苛々しているだけだ。むくれているわけじゃない。心の中で屁理屈をこねつつ、仏壇の茶湯器を盆に載せて台所に運ぶ。フィーは手伝うわけでもなく、大事そうに両手で缶を持ってちびちび飲みながら、背後から声だけを寄越した。

「孝とて、まさか本気ではなかろうし、他愛もない戯言であろう。心配せずとも、彩乃の耳には届かぬ。子供のように、いちいち真に受けて不貞腐れるな」

「……子供で悪かったな」

 苛立ちに軽い頭痛すら覚えて、ぎろりとフィーを睨む。荒立った感情のまま、雑に盆を流し台に置けば、がしゃんと茶湯器が大きな音を立てた。フィーは、付き合っていられないとばかりに大袈裟に肩を竦めると、またちびちびと、大事そうに汁粉ドリンクを飲み出す。それを目に、羊羹もいつもそれくらい有り難がって食えよと気色ばむ気持ちの傍らで、本当に、何を俺はこんなに苛々しているのだろうと思う。

 孝の能天気な勘違いくらい、フィーの言うように他愛もない戯言と笑い飛ばせば、それで済むことだと分かっているのに。大体、孝が。いや、フィーが………。いや。本当に、カルシウム不足かもしれない。




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