【02】-3
「っ、ごぉほっ、げほっげほっげほっ!」
「おい、大丈夫か?」
激しく咽せ返る俺を眉を顰めて見ながら、フィーが僅かに呆れを含んだ声で言う。俺は湯飲みを握り締め、こくこく頷いて返した。
「だ、大丈夫。ちょっと、気管に入っただけ」
涙目になりつつも、なんとか息を整え、お茶を飲み、体を落ち着かせる。だけど、気持ちのほうは、落ち着かせようがなかった。炬燵机に置いた湯飲みから手を離すことも忘れて、握り締めたまま、ゴロウさんに顔を向ける。
「あの、うちの初代がゴロウさんの子供って、それ、本当ですか!?」
「本当じゃよ?」
一人興奮する俺にやや首を傾げながらも、ゴロウさんはあっさりと肯定した。その答えに、更に興奮して血が沸き立つ。だって、初代がゴロウさんの子だってことは、初代は神様の子供ってことで、そして、その人はうちの先祖なわけで、ということは、つまり……。
「じゃあ、うちって、神様の血筋…!? 俺も!?」
興奮のあまり、目も声も大きくして、殆ど叫んでしまった。
神様の血筋の家系なんて、漫画やゲームの主人公ばりに凄い。勇者、いや、もう、救世主レベルで凄い。だって、神様だ。その子孫なのだ。しかも、それが本当であることを神様本人が肯定した。これ以上凄いことが他にあるだろうか、いいや、ない。
衝撃の事実に、高揚して鼻息が荒くなる。一種の恍惚状態で、握り締めた湯飲みを離すことは愚か、口を閉めることさえ忘れていた。だけど、その夢のような恍惚気分も、まさに一時だった。すぐに、呆れを今度は多分に含んだフィーの声が、右横から飛んできた。
「阿呆。お主が何に興奮して鼻の穴を膨らませておるか、大体分かるがなあ、真生。誘いの神の子は、私が知っておるだけでも何十万とおるし、その子孫ともなれば、何百万、いや、何千万以上はおるぞ」
「え」
「誘いの神だけではない。他のあらゆる神も、その子らも、皆それぞれ子孫を残しておるゆえ、遡れば神の血筋という人間など、それこそ世界中いくらでも、そこら中にごろごろおるわ」
「あ、そうなの…?」
肩の力と一緒に、声の張りが緩む。知らされた、これまた衝撃の事実に、胸の辺りで輝かしく膨らんでいた何かが、ゆっくりと萎んでいくのを感じた。それでもまだ、気分のいい恍惚状態が名残惜しく、僅かに残った輝きを食い止めようとする俺に、左隣からシシィが、追い討ちをかけるように口を開く。
「それに何も、人の子だけの話じゃないぞー。神魂は、動物なら何にでも降りるからな。たとえば、今こいつは、犬の子の肉体に降りてるだろ? 肉体がある限り、神魂だろうと発情期がくる。そしたら、」
「発情期?」
神様と結びつけるには、あまりに不似合いな単語に、つい、話を遮って怪訝な声をあげてしまった。
シシィは気にすることなく、当然のような顔つきで頷く。
「ああ。動物ってのはみんな、各々の肉体の本能に従って、種を残すようになってるからな。その肉体に降りたら、神魂だって、その本能に従って生きるしかない。そんで、発情期がきて、巧いこと交尾出来たとして、雌が子を産めば、そのチビ犬達は一匹残らず、みーんな神の子だ。んで、そのチビ犬達が成長して、また子を成して、その子達がまた子を成す。そうやって生まれてきた子達はみんな、お前と一緒、神の子孫ってことになる。特別なこともないし、珍しくも何ともない。たっくさんいるんだよ、本当に」
シシィにしては、物凄く、納得出来る説明だった。残念ながら、物凄く納得してしまった。数分にも満たない短い時間だったけど、自分の家系が選ばれた特別な存在のような気になっていたことが、恥ずかしくも虚しい。胸の辺りで輝かしく膨らんでいたのは多分、虚栄心だったのだろう。ぺちゃんこに萎んだ今、その輝きも、きれいさっぱり掻き消えた。
現実の厳しさというか儚さに、気持ち遠い目になる。だけどその時、それまで口で息をしながらも黙って俺達の話を聞いていたゴロウさんが、心なし笑うような表情で、ゆっくり首を横に振った。
「いやいや。城戸の初代は、そういう意味では、子ではない。わしの血は混じっておらんからのう」
「え、じゃあ、どういう意味だよ?」
すかさず疑問を投げるシシィに、ゴロウさんが言って聞かすように答える。
「あれは、孕魂だったんじゃよ」
「ようこん?」
「へええ」
「それはまた、珍しいな」
聞き慣れない言葉に、思わず訊き返した俺を余所に、シシィとフィーが、それぞれ驚いたような声をあげた。見れば、声だけじゃなくて、本当に二人とも驚いた顔をしている。俺には、何のことやらさっぱり分からないけども、どうやら孕魂というのは、博識の精霊二人が驚くほど珍しいものらしい。
「あの、すみません。孕魂って何ですか?」
「おや。真生殿は、ご存知ないか?」
円らな瞳をぱちくりさせて、ゴロウさんが首を傾げる。ぶんぶんと首を横に振って返せば、フィーが横から説明するように口を開いた。
「簡単に言えば、己の魂の中に、己ではない別の魂を宿して生まれくる者のことだ」
「魂の中に、もうひとつ魂が入ってるってこと? そんなことあるの?」
「そうそうあることではないがな。稀にそういう魂が出現するのは、事実だ」
驚く俺に、フィーがそう言って返す傍から、ゴロウさんが言葉を続ける。
「城戸の初代は、その稀なる魂の持ち主だったんじゃよ。あれはその魂の中に、わしの御子と呼ばれる神の魂を宿しておった。血を分けた子ではないが、わしにとっては我が子同然じゃ」
神の魂を宿した稀なる魂の持ち主。うちの初代が。はじめて聞く事柄に、再び興奮を覚えて、心臓がどきどきする。皐月さんは、このことを知っているのだろうか。代々うちの家にその櫛が伝わってきているなら、その謂れとして知っているのかもしれない。皐月さんは、どう思っただろう――――……。
一瞬、暢気にそんなことを考え、次の瞬間、俺は一気に体を強張せた。
脳裏に蘇る声に愕然としながらも、思考が急激に研ぎ澄まされていくのが、自分で分かる。
( 君がこの会話を思い出す頃には、もう君は僕が何か分かっているだろう )
( だけど、僕が何であろうと君はずっと、僕の可愛い大事な甥っ子だ )
( この世に偶然は、ひとつもない )
もしかして皐月さんは、まさか、もしかして。いや、でも。




