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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 1、桜流しの章 ~
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【02】-4


 不自然な動悸が収まらない。見れば、腕に鳥肌まで立っている。彼女が何か魔力でも使って何かしているのだろうかと疑うけど、皐月さんは平然として彼女を見ているし、彼女も別段さっきまでと変わった様子もない。一体何だって言うんだ。

「その後約三百年の間、私は指輪に篭り、人間界との関わりを一切絶った。そこにレネが存在しない以上、人間と関わっても意味はないし、碌なことがないゆえ。だが、」

 言って女の子が、真剣な眼差しを俺に向けたのが気配で分かった。

 見てはいけない。危険回避本能なのか、強くそう思う。

 なのに、気がついたら、吸い寄せられるみたいに、俺の目は彼女の目を真っ直ぐに見ていた。

 息を呑むほどに青い、青い目。

 素直に綺麗だと思う気持ちもあるのに、何故だろう。感じる必要のない罪悪感がこみ上げてきて、じわじわと苦しくなってくる。やっぱり、魔力的な何かがあるのだろうか。もうこうなってくると、彼女自身がどうのこうのというより、青い目そのものが、根拠なしに怖い。

「先ごろ漸く、レネの魂がこの世に現れたのを感じた。私の魂が、それを感知した。間違いない」

 恐らく動揺が隠せていないだろう俺をどう思っているのか、女の子は表情を変えることなく、はっきりとした強い口調で話を進めていく。

「私は何としても、新たに生を受けたレネを見つけ出す必要がある。真生、お主にはその手伝いをしてもらう」

「はっ?」

 ただでさえ動揺しているのに、いきなり告げられた言葉に頭が追いつかない。

「なんで、俺が」

「お主が今現在、指輪を所有しているからだ」

 戸惑う俺に、女の子がさも当然といった顔できっぱり言う。

「言うたであろう。指輪と私は一心同体で、その指輪を嵌めているお主と私はこの先、運命を共有すると。お主が指輪の所有者である限り、お主には私の意に沿ってもらう」

「所有者って、そんな、ただ単に外れないだけで……。大体これは皐月さんが……」

 自分でそう言って、はっとした。

 理解を超える出来事の連続で、すっかり忘れていたけど、そもそも俺に指輪を嵌めたのは皐月さんだ。しかも、皐月さんはどうやらこの指輪について最初から何かしら知っていたっぽいのに、何の説明もなくいきなり、俺の指にこんな指輪を嵌めたのだ。

 今まで感じた恐怖やら戸惑いやらが、怒りへと変貌していくのが、手に取るように分かった。

 ふつふつと沸騰するように込み上げてくる怒りに顔を引き攣らせながら、皐月さんに目をやる。

「………皐月さん、俺になんか恨みでもあんの?」

「まさか。世界で一番大事な可愛い甥っ子なのに」

「どこの世界に、大事な甥っ子にこんな、呪いのアイテムみたいなもん押し付けるやつがいるんだよ!」

「やだなあ。押し付けるなんて、そんな大層なことはしてないよ。僕はただ二人を引き合わせただけ。後は二人の意思に任せるよ」

 涼しげな笑顔を返しながら、まるで見合いの仲介人みたいな台詞を吐いて、皐月さんがのんびりとお茶を啜る。一体どういう神経をしているんだ、この人は。

 そんな皐月さんを横に、女の子がしみじみと噛み締めるように言う。

「皐月と出会えたことは、真に幸運だった。時の移り変わりと共に、我ら精霊の声に耳を貸す人間はすっかり減ってしまい、稀に声が届く人間がいても、ただ怯え恐れるばかりで、しまいには精神に異常を来してしまう者が殆どだと聞いておったゆえ」

 そりゃあそうだろう。俺だって既に精神に異常を来し始めている。

 なんて、俺の心の声を知る由もなく、女の子は、にこりと可愛らしい笑顔を皐月さんに向ける。

「本当に皐月には感謝しておる。私の話を真摯に受け止め、波長の合う所有者まで宛がってくれた。何か望みがあるならば申せ。私の力が及ぶことであれば叶えよう」

「そんな、僕は別に何もしてないよ。ただ僕と指輪ちゃんの波長が合うならきっと、真生くんとも合うだろうと思っただけで。よかったね。波長の合う所有者が見つかって」

 完全に俺を無視して仲良く微笑み合う二人を、力いっぱい睨みつけた。

「ちょっと待て。俺は所有者になるなんて、一言も言ってないぞ。勝手に決めんな」

 全く持って冗談じゃない。どうして俺がこんな曰く付きの指輪の所有者になって、こんな得体の知れない女の子の手伝いをしなきゃいけないんだ。そうじゃなくても、自分の人生だけで手一杯だって言うのに。

「話は何となくだけど、分かった。理解はできないけど………。でもだったら、俺じゃなくて、皐月さんが協力してやればいい話だろ」

「それも考えなかったわけじゃないけど、ほら、僕もうオジサンだしさ。真生くんなら大学やバイト先なんかで、毎日大勢の人に会う機会があるわけだし、人探しには適任かなって思って」

 俺の意見に、皐月さんがのほほんとした顔で、さも尤もらしい意見を返す。こんなに皐月さんを憎たらしく思ったことは初めてかもしれない。許されるものなら、一発殴りたいくらいだ。

「知るかよ。とにかく俺は嫌だ。断る。悪いけど他を当たってくれ」

「真生くんたら、身寄りのない女の子が異国で一人で困ってるのに。お母さん、そんな冷たい子に育てた覚えはありませんよっ」

「お母さんじゃなくて叔父さんだろ、あんたは。いいから、早くこの指輪外してよ」

 泣き真似をする皐月さんに殊更冷たい目を向け、左手を突き出したところで、それまで黙って俺と皐月さんのやりとりを聞いていた女の子が唐突に口を開いた。

「真生」

「な、なに?」

 内心たじろぎつつ、顔を向ける。 当然だけれども、そこにあるのは真っ青な目で。平静を装おうと俺なりに頑張ったけども、やっぱり怖いものは怖い。目を逸らそうにも、射抜くようにじっと見つめられてそれも出来ない。緊張で、ごくりと喉が小さく鳴る。

 一方、女の子は無言のままたっぷり数秒じっと俺を見た後で、僅かに俯いて息を吐いた。

「私としては残念だが、お主がどうしても嫌だと言うのならば仕方ない。他を当たろう。だが、その前にひとつだけ頼みがある」




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