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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 1、桜流しの章 ~
23/95

【05】-5


「ああ、呼んだ」

 思わず目を大きく開けて、ついでに口もあんぐり開けた俺を尻目に、フィーは答えて振り向く。途端、少年が頓狂な声をあげた。

「おわっ、えっ、ええっ? なんだよ、その姿! あーあー、こんなちんちくりんになっちまって。銀の姫の名が泣くぜ」

 心底驚いたように目を剥いて、じろじろとフィーを見て回る。フィーはそれを気にする様子もなく、いつもの権高な表情と声を少年に向けた。

「三百年ぶりだというに、結構な挨拶だな、シシィ。前々から一度言おうと思うておったのだが、そなたを筆頭にそなたの一族は、もそっと礼儀というものを学んだらどうだ」

「自由なんだよ、オレの一族は。しっかし、お前がこんな姿になってるとはねえ。エギルが見たら一大事だな、これは。我が麗しき銀の姫がああ、お労しやああって、あそこらへんの氷河全部ぶっ壊しちゃうんじゃないの。………はっはあん。分かったぞ。さては、お前それで、契約後すぐにオレを呼ばなかったな? 見られるのが嫌だったんだろう? 分かる、分かる。その姿じゃなあ」

「単に忙しかったのだ。ほんに変わらず姦しいな、そなたは!」

 少年のお喋りに、さすがに苛っときたらしい。フィーが、ぴしゃりと言ってつけた。

「とにかく時間がない。風の道で私達を運べ。そなたの尽きるを知らぬくだらぬお喋りは後にせよ」

 少年は少しも悪びれず、けろりとした顔で俺を指差す。

「私達って、こっちの人の子も?」

「そうだ」

「てことは、この人の子が、三百年ぶりの契約者か。へえ。ふうん。どれどれ」

 興味津々といった感じに顔を輝かせて、少年が俺に近寄ってくる。人間でいうなら、十五歳くらいだろうか。奇抜なオレンジ色の髪に明るい緑の目と、大変派手な風貌をした彼は、当然のように、すいすい宙を飛んでくる。俺ももうフィーのおかげで、その程度じゃ驚かない。まあ、いきなり窓枠にいた時は、多少ど肝を抜かれたけども。

「どうも」

 目の前まで来た少年に、一応挨拶しとく。少年はそれを軽く無視して、さっきフィーをじろじろ見ていたのと同じように、今度は俺を見始めた。周りをくるくる飛びながら、熱心にどの角度からも、不躾なまでにじろじろと。まるで、鑑定されている品物の気分だ。

 そう思ったその時、俺の心を読んだかのように、少年がフィーを振り返って突然言った。

「なあ。この人の子、オレにくれよ」

「はい?」

「真生を?」

 見事に、俺とフィーの声が重なった。少年はからりとした声で、後ろ手に俺を指差す。

「こいつ、気に入った。人の子にしては、なかなか面白いもん持ってるじゃん。オレにくれよ。お前がいらなくなった後でいいからさ」

「ちょ、待て待て、おい。何の話だ。俺は物じゃないぞ」

 くれとか、いらなくなった後とか、どういう了見だ。憤慨して口を挟むも、首だけで振り返った少年は、飄々と手を振って軽くいなす。

「大丈夫だって。悪いようにはしないから」

「いやいやいや。物扱いしてる時点で、充分もう悪いから」

 突っ込む俺を無視して、少年が再びフィーに顔を向ける。

「な? いいだろう?」

 フィーは困惑したような表情を浮かべていた。その目が悩むように、少年を見、俺を見、また少年を見る。

「八百年前、お前がどうしてもって言うから、あの人の子を諦めたんだぞ。一等級の上魂だったのにさあ。だから今度は、お前がオレに譲る番だ。この人の子は、オレが貰う」

 当然の権利を主張するように、少年が胸を張って腕を組む。俺の当然の主張は、無視したくせに。なんなんだ、こいつ。

「真生は……、だめだ」

 やや間をあけて、フィーが言った。すかさず、少年が不満の声をあげる。

「なんで」

「そやつは恩人の、世界で一番大事な可愛い甥だからだ」

「恩人? おいおい。笑わせるなよ。最上古精のお前が、人の子に恩を受けたでもいうのかよ。冗談は、指輪だけにしろよな」

 ちゃんちゃら可笑しいといわんばかりに、少年が言って笑う。その物言いにかちんときたのか、少年を見るフィーの目が、すっと狭まる。何気に怖い。

 顔から困惑の色を消し去って黙るフィーのその冷ややかな目線に、ひとしきり笑った後でやっと気づいたのか、少年は一瞬、動きを止めた。そのまま、推し量るように、互いに黙って視線を交差させる。

 俺は完全に蚊帳の外だ。不本意ながら、俺を巡る交渉のはずなのに、本人無視とか、精霊の道徳観念がまったく分からない。

 少しの間そうやってフィーと見合った後、少年は徐に、ぷいっと顔を背けた。

「いいよ、分かった。こいつくれないなら、風の道使わせてやんなーい」

 そっぽを向いて言って、つんと口を尖らせる。まるで、拗ねる子供そのものだ。見た目人間の十五歳くらいに見えるけど、精神年齢は四歳くらいかもしれない。精霊ってどうなっているのだろう、そこらへん。

 フィーはそんな少年を変わらず、冷ややかな目で見ていた。その口がゆっくり動く。

「………シシィ。そなた、ひとつ大事なことを忘れておらぬか?」

「大事なこと?」

 フィーの言葉に、少年が目を向ける。

「我が古き名をあの樹霊に教えたのは、そなたの一族ではないのか?」

 権高な表情で、それこそ見下すように、フィーは少年を見て続ける。

「かつてラインの乙女と呼ばれた水姫が、三人おったことをよもや忘れたか、風の息子よ。遥か眩き光の御世に、この銀の姫が誰の妹と呼ばれておったか、よくよく考えるがよい」

 少年が瞬時に固まったのが、傍目から見てもよく分かった。フィーはただじっと、権高な顔を少年に向けている。

 ひゅうっと、すぐ耳元で風が鳴った。

「…ずるい……」

 同時に、少年がぼそりと呟く。

「ずるいずるいずるいずるいずるーい!」

 突如大きく喚いて、駄々をこねるように少年は空中で足をばたつかせた。それと同時に、部屋の中で旋風が巻き起こった。

 カーテンがばたばたと舞い上がって、時計やら飲みかけのペットボトルやら、そこらへんに置いていた色んなものが音を立てて倒れる。俺自身も突風に煽られて、思わず声をあげ、腕で顔を庇う。

「喧しい。このような狭い場所で、気を乱すでない」

 その風の中、銀色の髪をはためかせながら、フィーが顔色一つ変えず、毅然として言い放った。途端、嘘のように風が止む。その怪奇現象そのものより、一瞬にして物が散乱した部屋の惨状に唖然とし、こめかみを引きつらせた俺は、もう普通の感覚を失くしているのかもしれない。

「ほんにそなたは、いつまで経っても、子供よなあ」

 呆れたようなフィーの声に、少年がふて腐れた目を向ける。その視線にフィーは、にこりと微笑んでみせた。

「まあ、そこが、そなたの可愛いところでもあるのだがな」

 少年の口が面白くなさそうに、への字に歪む。なんだか、二人の上下関係が分かったような気がする。

「分かったよ! いいよ、もう!」

 少年がぶすっとして、でも観念したように言う。

「で、どこに運べばいいんだ?」

 フィーは、すっと息を吸って、静かに答えた。

「母の胎内へ」

 忽ち、少年の顔つきが変わった。ついさっきまで、四歳児かと疑うほど子供染みていた奴と同一人物とは思えないほど、厳しい、真剣な面持ちでフィーを見る。

「……本気か?」

 今までになく強張った声でそう尋ねる少年に、フィーは貫禄たっぷりに、ゆったりと頷く。

「ああ」

「その、人の子を連れて?」

「ああ」

 同じように頷いてみせながら、フィーが権高な表情に更に磨きをかけて、にやりと笑った。

「実に八百年ぶりの里帰りだ。そなたも同行したかったら、遠慮は要らぬぞ」





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