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精霊奇譚  作者: のっこ
~ 1、桜流しの章 ~
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【04】-5


 青い目が、真っ直ぐ俺を映し出す。

「真生。お主は、漸く見つけた指輪の所有者だ。お主は分かっておらぬだろうが、誰でもその指輪の所有者になれるわけではない。皐月ですら、駄目だったのだ」

「え」

「私はお主に辿り着くまでに、既に十八年無駄にしておる。今更、お主を失うわけにはいかぬ。私は、」

 俺の驚きを無視して、フィーは捲くし立てるように言葉を続ける。俺を映した青が、微かに揺れていた。

「私は、レネに会いたい」

 痛いくらいに真剣な眼差しで、フィーは強く言った。

 痛いほどの気持ちを、そこに感じた。感じずには、いられなかった。

「だから、お主を守る。守らねばならぬ」

「…うん…」

 自然と、俺は頷いていた。

 青い目にじっと見つめられていることで、理由もなく湧き上がってくる妙な罪悪感も、それによる嫌な気分も居た堪れなさも、無理やり飲み込んで飲み下して、我慢してでも、俺はフィーのその思いに、俺を守る云々じゃなくて、レネに会いたいという強いその気持ちに、頷いてやりたかったのだ。

「だが、私の力は全能ではない」

 言ってフィーは、少しだけ顔を伏せた。青い目が俺から逸れて、下を向く。

「しかも、今の私は本来の力の半分も持たぬ。先ほどの件でよう分かった。いくら他のものに気を取られておったとはいえ、以前ならばあれくらい、たとえ気づかずとも、すべて流し消すことが出来たであろうに」

 そろりとフィーの指が動いて、俺の左手、指輪の上に落ちる。哀しそうにも愛しそうにも見える表情で、フィーは指輪を撫でた。

「お主を失うわけにはいかぬ。今後はもっと気を配る。足らぬ力だがそれでも、全力でお主を守ろう。だから、真生」

 フィーが再び、顔をあげる。青い目が、俺を見る。その口が、想像もしてなかった言葉を吐いた。


「孝と縁を切れ。あやつはもう、助からぬ」


 一瞬、言葉が分からなくなったかと思うくらい、フィーが言ったことが、ひとつも理解できなかった。

 停止した視界の真ん中で、フィーは、説得するように次々に言葉を並べていく。

「この先、孝と関われば、必ず害が及ぶ。下手をしたら、お主まで命を落とすことになるやもしれぬ。お主とて、自分の命は惜しかろう。孝は運が悪かったのだ。そう思え。それが、お主のためだ」

 指輪の上から、フィーがぎゅっと強く、俺の左手を握る。

「……何、言ってんの、お前…」

 その力の強さに、やっと、思考が動き出す。

「何だよ、あいつはもう助からないって……」

 すうっと、頭の中枢らへんが冷えていくのを感じた。

「そりゃ、怪我したけどそんな、命に関わるような怪我じゃないだろ。何言ってんだよ、ふざけんなよ」

「ふざけてなどおらぬ!」

「じゃあ、何だって言うんだよ!」

 間髪入れず、俺は声を張り上げた。

「人の友達つかまえて、もう助からないとか、縁を切らないと害が及ぶとか、言って良いことと悪いことがあるだろ! 取り消せよ、今の全部今すぐ取り消せ!」

 今まで、フィーに対して抱いた諸々の感情や印象。そのすべてに、手酷く裏切られた気がした。二ヶ月間ずっと一緒にいたはずなのに、今、目の前にいる青い目をした女の子を全然知らない人のように感じる。

「私とて、好き好んでこのようなことを言うておるのではない! 何もかも、お主を守るためなのだ! 何故分からぬ!」

「分かってたまるか! お前、頭おかしいんじゃねえの!?」

「頭がおかしいのは、お主だろう! あやつはもう助からぬ! お主が巻き添えになる必要がどこにある!」

「だからなんだよ、助からないって! 俺の友達だぞ! わけ分かんねえことばっか言うんじゃねえよ!」

 俺は完全に、頭に血が上っていた。握りしめた手のひらに爪が刺さるほど、激昂していた。

「あなた達! ここは病院なのよ! 治療中の患者さんだっているの、喧嘩なら余所でしなさい!」

 ナースステーションから顔を出した看護師さんが大声で叱り付けてきて、それでやっと思い出すくらい、ここがどこかも忘れるほどに、俺はフィーに対して猛烈に腹を立てていた。

 真っ向から、視線と視線をぶつけ合う。 荒立った感情のままに睨みつける俺を、フィーも苛立ったように睨んでいた。互いに一歩も、引かなかった。二度と、何一つとして、フィーとは分かり合えることがない気さえした。腹立たしさのあまり一瞬本気で、指ごと指輪を切り落としてやろうかとすら思った。


 不意に廊下の向こうから、救急車のサイレンが近づいてきて、大きくなって、止まった。

 それを区切りにしたように、フィーが、ふいっと顔ごと俺から目を背けた。

 俺は背けなかった。横向きになったフィーの顔をそのまま睨み続けた。腹が立ちすぎて、目を背けるなんて出来なかった。

「孝は、穢れ憑きだ」

やや間を置いて、フィーがぽつりと言った。その目は俺ではなく、床を見ていた。

「……けがれつき?」

 一方、俺の目は変わらず怒りを持って、フィーに注がれていた。訊き返しながら、その横顔を窺がう。

 床の一点を見つめ、フィーは厳粛な面持ちで口を動かした。

「この世のものにはすべて精気が宿っておると、前に話したであろう。生物はみな、生物特有の精気を宿しておる。宿せる精気の量はそれぞれだが、生物の場合どんな者にも等しく必ず、限りがあり、精気が枯渇すると肉体は滅びて、残された魂は再び輪廻の渦に還る。それが大いなるものが定めた、生物の生の理だ」

 フィーは少しも視線を揺るがすことなく話し続ける。

 俺は黙って、それに向き合った。

「通常、生物の精気はその肉体を周流し、純粋な精力を生む。この周流が円滑さを欠くと、生物は病に罹ったり、怪我を負ったりもする。枯渇が近づくと多少円滑さを欠くが、それでも完全に枯渇するまでは、精気は絶えずその肉体を周流し続ける。だが、何らかの事情で、この周流が滞ることがある。滞った精気は濁り、腐り、酷い場合は肉体のみならず、魂までも害す。その害された魂を、穢れと呼ぶ」

「穢れとなった魂は、肉体が滅びた後も、輪廻の渦には還れぬ。いや、還らぬと言ったほうが正しいか。魂は本来無垢なものゆえ、穢れた己を受け入れることが出来ぬのだ。肉体を失っても尚そこに留まり、己が無垢の状態に戻るまで、穢れを撒き散らし続ける。この撒き散らしは通常、特定一者にではなく、不特定多数に向かって行われる。運悪く、その穢れに当たった者は、周流が円滑でなくなって、病や怪我に見舞われるが、精気そのものまでには影響は出ない。だが稀に、その撒き散らしを一身に受けてしまう者がいる」

 言って、フィーが顔をあげて俺を見る。

「それが、穢れ憑き。今の、孝だ」

 向けられた青い目は、凛と真っ直ぐで、どこにも嘘や冗談を孕んでいなかった。

「いつ憑かれたかは知らぬが、今日ここで孝を見た時にはもう、憑かれておった。最初は、穢れに当たっただけかと思ったが、違った。孝の傍に、あれがおった」

「…あれ……?」

「正直に言えば、私は油断しておった。私の精気は穢れが最も嫌い恐れるものゆえ、その精気を纏うお主には、手出し出来まいと思っておった。だが、私が孝に触れたことへの腹いせか、あの穢れは、お主にまで穢れを撒こうとしおった。それも、この私の目の前で」

 俯き、忌々しげにフィーが唇を噛む。

「あの穢れは、なかなかに強い。腹立たしいが、今の私では、あの穢れを流し消すことも、浄化することも出来ぬ。お主を守るためには、お主をあの穢れから遠ざけること、つまり、孝から遠ざけるしか術がないのだ」

 分かってくれ。俺を見ずに一気に言って、フィーは最後にぽつりとそう付け足した。

 頭の中が酷く混乱していた。孝の顔ばかり浮かんできて、フィーの話を全くと言っていいほど整理出来ない。ただ、はっきりと頭にある疑問は、ひとつだった。

「孝は、どうなるんだ……?」

 俺の問いに、フィーは顔をあげなかった。顔を伏せたまま、言い聞かすように呟く。

「……孝は、運が悪かったのだ」

「どうなるんだよ?」

 焦りなのか苛立ちなのか、恐怖なのか。自分でもよく分からない感情に、フィーの腕を掴む。

「言えよ!」

 衝動のまま強く腕を引けば、フィーの小さな体は、いとも簡単にこっちを向いた。だけどそれは体だけで、フィーは顔をあげなかった。頑なに下を向いたままの口が、静かに動く。

「穢れ憑きになった者は、ほぼ例外なくみな、穢れに精気を毒され、肉体を失う。運がよければ、魂は輪廻の渦に還れるが、あの穢れは強い。孝は肉体だけでなく、魂も失うだろう」

 まるで託宣の巫女のような口調だった。殆ど託宣のようにそう、フィーは言った。

 意識の向こうで、緩やかに思考が停止していく気がした。

「…それって、……死ぬってこと…?」

 自分の声が、酷くおぼろげに聞こえる。

「いいや」

 俯いたままの小さな頭が、重々しく横に揺れる。

「死より性質が悪い。魂そのものの消滅だ。孝は、未来永劫二度と輪廻の渦に還ることは叶わぬ。無論、穢れになることも出来ぬ」

 言葉だけをそこに置き捨てるように、フィーは淡々と声を形にした。

「……冗談だろ…」

 長椅子が、ぎしりと軋む音がやけに、耳に障った。

「信じられるかよ、そんな話……」

 思考が緩やかに停止していく。頭の中がぼんやりと霞んで、何一つ現実感がなかった。

 ただ開いているだけの目の向こう側で、フィーは頑なに俯いている。

「……許せ……」

 ただ一言、その声だけが重く、耳に響いた。





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