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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(23)

 今度は一体何事だろうと見守る二人の前で、アレイオンはだらだらと冷や汗を流し、今にも卒倒しそうな顔で口を開いた。

「あ、姉上が呼んでいる……っ!」

 その言葉にフェッロとユータスは顔を見合わせた。特にそれらしき声が聞こえなかったからだ。だが、アレイオンの常ならぬ様子を見ると勘違いとはとても思えない。

 戻らない弟に業を煮やしてペルセフォネ自身もここまでニコラスを追ってきたのだろうか。機嫌が悪い女性など、どう想像をしても良い結果に結び付きそうにない。しかも、相手はただの女性ではなく猛者揃いの騎士達を崇拝と畏怖によって束ねる人物である。

 フェッロもユータスもはっきり言えば部外者なのだが、その場合はニコラス追跡に巻き込まれかねない。幾分緊張気味の表情で様子を見る二人の前で、アレイオンはふるふると頭を振った。

「済みません、まだニコラスさんを確保してなくて──いえ、決して姉上に逆らうつもりはないんです! ですからもう少しだけ猶予を……っ!!」

 まさに懇願とはこういう事を言うのだろう。今にも地面に額を擦りつけかねない必死さでアレイオンは誰もいない方向に向かって訴えている。

 確かに大演習が行われるという闘技場はアレイオンが目を向ける方角にあるが、当然ながらそれなりの距離がある。仮に二人のいる距離が闘技場の中と外の近さであっても声が届くとは思えないので、まさかそこと会話しているという事はないだろう──おそらく、だが。

 それとも、もしや姉を恐れるあまり幻聴でも聞こえているのだろうか。それはそれで気の毒な話である。

《ねえ、ユータス》

 実際はともかく、横で見ている分にはなんだか一人芝居のようだ──などと思っていると、アレイオンの会話(?)を邪魔してはいけないと思ったのか、横からフェッロがささやき声で話しかけてくる。

《なんですか》

 合わせるように小声で返すと、フェッロは神妙な口調で尋ねてきた。

《……誰かの声、というかペルセフォネ・ガーランドの声と言うべきかな。聞こえる?》

《いえ、オレにはさっぱり……》

 そう言うと安心したようにフェッロは唯一はっきりと表情の見える口元を僅かに緩めた。

《良かった。いや……、自分の耳がおかしいのかと思ったんだけど違うんだね》

 どうやらフェッロにも何の音も声も聴こえていないらしい。それはそれで何の解決にもなっていないし安心する所でもないが、脅威が側にいない事は確かだ。

 このままでは身動きが取れない。お互い決して暇ではない身の上である。取りあえずアレイオンの事は放置する方向で二人とも意見が一致し、目と目で頷き合う。

 半端に残っていた昼食をあっと言う間に片付けると、フェッロはパン屑を払いながら立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ戻るよ。例の件はやってみるから」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「うん。……絵は完成したら店に持って行ったらいいのかな?」

 フェッロの申し出にユータスは少し考えてから頷いた。

「そうですね。頃合いを見てオレが受け取りに行ってもいいんですが……」

「でも、そっちもこれからいろいろと作業があるよね。取りあえず……そうだな、数日貰うよ。いくつかラフスケッチが描いてみるから出来たら持って行く。それでいいかな」

 皆まで言わずともユータスの日頃の惨状から察したのか、フェッロがそう申し出た。少なくとも規則正しい生活を送る寺院に住み込むフェッロの方が自己管理面では遥かにまともな事は確かだ。

 まだ造るものの全体像もはっきりと決まっていない上、どれほど作業量が必要かもわからない状態である。

 断る理由もないとユータスが了承すると、フェッロはまだ見えない相手との会話に忙しそうなアレイオンを一瞥し、そのまま寺院へと帰って行った。

(……で、どうしたらいいんだこれ)

 結果的に取り残されたユータスはアレイオンを前に途方に暮れた。ある意味、フェッロはうまくこの場を逃げたとも言える。

 フェッロのように黙って去ってもいいのだが、何となく気が咎める。仕方なくユータスは声をかける事にした。

「……おい」

「もう少しだけ……って、え?」

 声をかけられた事でユータスの存在を思い出したらしい。はっとした表情で周囲を見回し、軽く咳払いをしながら居住まいを正した。

「あー、えっと、こほん。ごめん、今のは気にしないでくれると助かるな。……あれ、フェッロさんは?」

「もう帰った」

「えっ! しまった、普段ニコラスさんがいそうな場所を聞こうと思ってたのに……!」

「……特に寄り道しなければ寺院に戻ると思うけど」

 だがしかし、ユータスだってフェッロがそこまで守門の仕事に対して熱心なのかはわからない。アレイオンもそう思ったようで、益々その眉尻が下がった。

「時間もないし、取りあえず引き続きニコラスさんを探すか……。それじゃ騒がせてごめん」

「いや。……オレもニコラスさんを見かけたら声をかける」

 何となく見かねてそう言ったものの、普段から避けている場所へユータスが声をかけた所で足を向けるとは思えない。

 アレイオンもそう思ったに違いはないが、ありがとうと礼を述べ、再びニコラス捜索へと戻って行った。

 遠ざかって行く『ニコラスさーん!』という声に、あれは見つかるものも見つからないだろうなとぼんやり思いつつ、ユータスもまたその場を後にした。



 その後──。

 闘技場が数日使用不能となり、演習で『とんでもなく凶悪なモンスター』が暴れ、施設の一部が崩壊した為と伝えられた。

 多くの人々が詳細を求めて闘技場や騎士団の関係者を問い詰めたが、どちらも一様に口を硬く閉ざしており、結局謎のままに終わる事となる。

「いやー、やっぱり行かなくて良かった。命拾いしたよ」

「……ニコが行ってたら被害が減った可能性もあったんじゃない」

「いやー、ないよ。あのひ……おっと、あのモンスターは僕が一人増えた程度じゃとてもとても。視察に来ていたノイシュ様が退出された後だったのは幸いだったねー。あー、怖い怖い」

「ふうん……。で、今日は花束なんて抱えてるけどどうしたの。花売りの手伝い?」

「ああ、これ? これはあの凶悪なモンスターに勇敢に立ち向かった勇者、アレイオンへの見舞いだよ。他の者が恐れをなして近寄れなかった相手に単身挑んだとか……。まさに騎士の鑑だよね!」

「へえ、そうなんだ」

(それ『立ち向かった』んじゃなくて『人身御供』状態だったんじゃないのかなあ……)

 ──真実は、不明のままである。


+ + +


(フェッロさんは引き受けて貰えた。後は……)

 後の騒動など知る由もなく、ユータスは次の行き先を何処にするか考えていた。

 候補はいくつもあるものの、非常に不本意だが約束してしまった以上夕刻には実家に帰らねばならない。さらに、フェッロの所で予定外に時間を費やしてしまったので全てには足を運べそうになかった。ならば優先順位の高い場所から行く必要がある。

 現時点で決定しているのは、イオリに頼んだリュシオルヴィル・バロックを使った宝飾品のデザインとそれを仕舞う宝飾ケースの内部装飾の一部にフェッロの絵だ。

 イオリのデザインが出来るまで、ユータスが手を出せるのはケースの作製だけである。とは言え、こちらも中に入る物の大きさが決定していないので、出来るのはせいぜいケース自体のデザインと素材決定程度だろう。

 ケース自体の外観に関してはアールとのやり取りで良いアイデアを思いついたのだが、『簡単に開けられない』という前提条件がある為、すぐに作成には取りかかれそうにない。

(素材も簡単に手に入るとは限らない──先に打診してみるか)

 面白いのではと思いついたは良いが、ユータスにはそれがどれほど流通しているかよくわからなかった。

 そもそもユータス自身、実物を見た事がない。何しろそれは一般的に宝飾どころか宝飾ケースにも使う素材ではないのだ。

 それなりに貴重だという話も聞くし、あまりに高額だったり想像よりも加工が厳しければ使う事自体考えねばならない。ここは専門家の知識を借りるべきだろう。

 そう判断してユータスが足を向けた先には、先日の改造お玉の件で世話になった月島堂の入口があった。

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