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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(20)

「……タヌキ?」

 題材を聞いたフェッロは不思議そうに瞬きした。

「難しいですか?」

「いや、そんな事はないけど……、何でタヌキ」

 動物自体は画題としてはありふれていても、身近な所で犬や猫、野生的な馬に鹿などに比べるとタヌキはあまり一般的とは言えない。フェッロの疑問ももっともである。

「実はある依頼を受けていて、それに必要な物なんです」

「タヌキの絵が?」

 まだ引き受けて貰えるとは限らない事もあって簡単に説明すると、なるほどとフェッロは頷いた。

「依頼なんて言うから何事かと思った。つまり、作品の一部を手伝って欲しいってこと?」

「はい。今回は他にも協力を依頼する予定なんです。たとえ一部でも作品は作品ですから、制作にかかった費用や報酬もこちらで出します。出来れば引き受けて欲しいんですが……」

「いいよ」

「え」

 まだ具体的に内容を説明していないにも関わらず、フェッロはあっさりと引き受けた。

「いいんですか?」

「うん。今は特に絵の仕事は来てないし、おれの絵でいいなら。ユータスは知らない仲じゃないしね」

 思いがけず話がまとまり、ユータスの表情も明るくなる。

「ありがとうございます!」

「お礼なんていいよ。それにしてもタヌキか……何に使う絵? 依頼人ってタヌキが好きな人?」

 一般的に考えて、珍しい題材にこだわるという事はそれに並々ならぬ関心があるという事だろう。フェッロの質問にふと考え込んだユータスは、やがて微妙な返事を返した。

「いえ……。多分、特別好きではないんじゃないかと」

 ヴィオラが夫であるポンドを『タヌキ』と称する事はおそらく本人も知っているだろうが、たとえられて嬉しい動物かと言うと微妙な気がする。ひょっとしたら、ポンド程の百戦錬磨の商人になるとそれも褒め言葉の一種になるのかもしれないが。

「好きでもないのにタヌキ? あ、もしかして贈り物なのかな。それで受け取る人がタヌキを好きとか」

「ああ、それに近いです。タヌキは依頼人自身と言うか」

 言葉が足らないユータスの説明にフェッロの首が再び傾いた。

「えっと……。まさかとは思うけど、タヌキが依頼してきたってことじゃないよね」

「いえ、違います」

 言われて自分の言葉がそのように受け取れる事に気付く。これは早く本題に入った方が良さそうだ。この調子では話がどんどん脱線しかねない。

「実は依頼人から依頼について他に漏らさないようにと口止めされているんです。フェッロさんも依頼人の手に作品が渡るまで、依頼人や作る物について黙っていてもらってもいいですか?」

「口止めって……、なんか怖いんだけど」

「怖くはないですよ。……多分」

 最初からそんな事を口止めされるとは思わなかったせいか身構えるフェッロに、ユータスは安心させるように言い添える。

 思わず最後に『多分』と付け加えたのは、ユータス自身がすでにポンドから痛い目に遭わされたからだが、あれも悪意からではない(と思いたい)。

「口止めするのも理由があって。……依頼人はステイシス氏なんです」

「ステイシス? って、マダム・ステイシスの?」

「はい」

「ああ……、それでタヌキ」

 ぽん、とフェッロが腑に落ちたように手を打つ。

 あまり接点がなさそうなのに、ポンドの名前だけでそうした連想が働く程度には彼もヴィオラとそれなりの交流があるらしい。

 これなら確かに口止めしておかないと、何処からどうヴィオラに話が伝わるかわかったものではないと、ユータスは今更ながらに納得した。

「それで──」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」

 具体的な内容を詰めて行こうとした矢先、フェッロが真面目な顔で話を引き留めた。何事かと疑問に思っていると、ぼそりと尋ねられる。

「……話、長くなりそう?」

「そうですね……。まあ、それなりには」

 ちらりとフェッロが門の方に視線を向け、そう言えば彼が仕事の途中である事を思い出した。画家としての仕事もだが、守門の仕事も大事な仕事に違いない。

 取りあえず引き受けてくれただけでも良しとして、また後で出直すべきか──などと考えていると、一度頷いたフェッロはちょっと待っててと言い残し、寺院の方に歩いて行ってしまった。

 待つ事、しばし。

「ごめん、お待たせ」

「いえ……、あの仕事中なら後で出直しても」

「ああ、気にしないで。どちらにしてもこれから出る予定だったから」

「……出る?」

 何が出るのだろうと不思議そうなユータスに、フェッロは当たり前のように頷き──。

「だってお昼時だよ?」

 だから話は何か食べながらでもいいかな、とのんびり続く言葉で、ユータスはようやく自分が昼食どころか朝食すら食べていない事を思い出したのだった。


+ + +


「描いてもらいたいのは装飾品を納める宝飾ケースの内側の装飾です」

 場所を移し、一通りポンドから出された条件について説明した後で、ようやく依頼する絵の話に移る。

 ふんふん、と頷くフェッロの膝の上には焼き立てのパンに衣をつけて揚げた魚の切り身を挟んだものとクルミ入りのパン、それに黄金林檎を半分に割ったものが乗っている。

 ユータスの方はと言うと、フェッロの林檎の片割れとチーズとトマトを乗せて焼いたパンが一つ。ちなみにどちらもフェッロに勧められたものだ。

「箱の裏側に絵を入れたいんです」

「ああ、それであの大きさなんだ」

「はい。まだ中に入る予定の装飾品のデザインが上がってないので少し大きめで考えています」

 宝飾ケースはあくまでも作品を保護する為の物と考える細工師も少なくないし、ユータスもどちらかと言うとそちら側の考えだ。普段はせいぜい、傷がつかないようにやわらかな布を貼ったりする程度である。

 だが、世の中には箱自体にも石や金属で美しく飾る物──時に中身よりも箱の方が立派な場合すら──も存在する。今回は箱も作品の一部と考え、ユータスはそれ自体に主題を持たせる事にしたのだ。

「宝箱って、大事な物を入れる物ですよね」

「うん? ああ、普通はそうじゃないかな」

「それなら、装飾品だけでなくて中にマダムの大切な物を入れてしまおうかと」

 それなりに長い付き合いなので、ヴィオラが何よりも『家族』を大切に思っている事は知っている。いつも付き従うステラ然り、夫であるポンドもそうに違いない。『腹黒タヌキ』などと言いながらも、いつだってその表情は暖かな感情に満ちているのだから。

 パンをぱくつきながら、フェッロはユータスの言葉に頷いた。

「なるほどね。タヌキの絵が必要な理由はわかった。でも、それならステイシスさんの顔を描いた方がいいんじゃないの」

「顔、ですか?」

「うん。だってタヌキって、あの人の事なんだよね」

「……おお、なるほど」

 それは盲点だった、と心を動かされかけたユータスを冷静な言葉が引き留めた。

「ちょっと待ちなよ、そこの二人。フェロ、それって箱を開けたらあの人の顔がコンニチハーってするって事?」

「うん、そう」

「……悪い事は言わない。止めた方がいいと思うなあ」

「そう? いい考えと思ったんだけど」

「あのマダムなら引いたりはしないと思うけど、中に何が入ってるんだろ~わくわくするな~って思いながら蓋を開けたらおっさんの顔が、って微妙じゃない? 第一さ、フェロってあの人の顔を空で描けるほど面識あるの」

「……──」

「はーい、そこ、ユータスに救いを求めなーい」

「済みません、流石に本人を連れて来る訳には……」

「だよね……って、あれ」

「……ん?」

 ごく自然に会話に紛れこんでいる第三者の存在に、ユータスとフェッロはそこでようやく気付いた。

「や。男二人でこんな所でピクニック? 侘しいなあ」

 同時に二人の視線を向けられた先。そこには青みがかった短い金髪と、暗い茶色の瞳をした青年がにこやかな笑顔で座っていた。

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