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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(19)

 ティル・ナ・ノーグの中心部に、ユータスの目的地はあった。

 歴史を感じさせる佇まい。城の物と比べれば素朴だが、色とりどりの花が目を楽しませる前庭。そして──穏やかな静寂。

 その場所の名をサン・クール寺院と言う。

 由緒ある寺院である為、宗教絡みの古美術品も数多く納められており、それらの観賞を目的とした観光客が訪れるほど。当然、そうした品々には専門的な知識を前提とした手入れや修復が必要な物も少なくなく、手伝いでユータスも過去に幾度か訪れている──が、今回ここを訪れた理由はまったく別件だった。

「……あれ。ユータス?」

 門の端にひっそりと控えていた青年がふと声をかけてくる。

 何処となく眠たげにも聞こえる淡々とした口調。彼を弁護するなら、この口調は普段からのもので、決して彼が居眠りをしていたからではない。

 ユータスと別の方向で無精なのか、目深に伸びた前髪のせいで表情がよくわからないし、しかも時は昼食時を少し過ぎた辺り。仮に居眠りしていたとしてもわかりにくそうなのは否定出来ないが。

 ちなみにユータスは暑くて鬱陶しいし、何よりいちいち整えるのが面倒という理由で、少しでも伸びると適当に切ってしまうのだが、長さを揃えるような事などしないので、あちこち跳ねた寝癖なのか癖毛なのか判別のつかないぼさぼさ頭になるのだった。

「一人で来るなんて珍しいね」

 元々そこまで信仰心も高くないユータスにとって、寺院は兄弟子の手伝いで来る以外に自ら訪れる場所ではなかったのでその言葉に間違いはない。

「こんにちは、フェッロさん」

 寺院の守門ポーターである青年──フェッロ・レデントーレという──はユータスの挨拶に頷いて顎を軽くしゃくった。

「良かったね。司祭ならさっき出先から帰ってきてたからいるよ」

 どうやら仕事関係で来たのだと判断したらしい。実際その通りだったが、ユータスの目的は寺院を預かる司祭、ホープ・ノルマン氏ではなかった。

「いえ、用があるのは司祭じゃなくて」

「え? ……じゃあ、ビアンカ?」

 何を思ったのか、今度は寺院の修道女の名前が飛び出す。

 ビアンカ・ボードワンという名の修道女は、確かにこの寺院の主な人物の一人だ。一応、ユータスも顔見知りではあるし、兄弟子についてきた際に軽い会話を交わした事もある。だが、それも会話の大部分は兄弟子のリークが受け持っており、司祭以上に関わりの浅い相手だ。

 ――正確に言えば、司祭が初対面の時からやけに親身に、あるいは熱心に話しかけてきたとも言う。

 寺院を預かるホープ司祭は年齢こそ四十そこそこと若いながらも、見た目も性格も『聖職者』然とした人物ではあるのだが、一つだけ困った面がある。

 いわゆる『恋話』に目がないのだ。

 それだけならいいのだが、彼は若者達の恋を微笑ましく思っており、それらしいカップルを発見するとそれはもう全力で応援する。

 彼としては純粋に応援しているつもりだし、実際、彼等が幸せになればと願っている(ちなみに彼には妻も子供もおり、大変幸せな家庭を築いている)。

 だが、不器用な恋につきものの『陰ながら』とか『人目を忍んで』といったある種の奥ゆかしさや恋愛そのものに対する臆病さ(男ならばいわゆる『へたれ』)などをもどかしく思うばかりで理解出来ない為、悪気はなくても時に物事を拗らせる事があるのが問題だ。

 そんなホープ司祭からすれば、いわゆるお年頃でしかもごく身近に親しい同年代の女性(もちろん、相方のイオリの事である)がいるユータスは格好の餌、もとい興味の対象なのだ。

 余談だが、司祭にとっては非常に残念な事に、当のユータスはそんな司祭的に『おいしい』境遇である事に一切の自覚もなければ、目の前に仕事があるとそれしか目が入らない性格の為、今の所彼を満足させる結果にならずに終わっている。

「いえ、そちらも違います」

 ユータスが否定すると、フェッロは不思議そうに首を傾げた。

 他にも寺院にはリーシェという名の少女や、隣接した孤児院に多くの子供達がいるのだが、ユータスはそのどちらともほとんど接点らしい接点がない。

 消去法で行けばユータスが誰を目的にやって来たのかわかるようなものだが、フェッロはわからないようだった。この辺りはユータスの同類である。

「用があるのはフェッロさんです」

 別に謎かけがしたい訳でもないので用件を口にすると、首を傾げたままフェッロの指が自分を指差した。

「……おれ?」

「はい」

「何か約束してたっけ」

「約束はしてません。今日は折り入ってフェッロさんに頼みたい事があるんです」

 そう、ユータスが考える協力者候補の一人はこの青年だった。

「頼み? おれに出来る事?」

「はい」

「へえ。何かな」

「……ちょっと込み入った話になりそうなんですが、離れられますか?」

 流石に寺院の門前となればそれなりに人通りはある。ユータスの言葉に、フェッロは寺院の奥を指差した。

「そうだな……、寺院の中でもいい?」

 取りあえず門が見える場所なら、という意図なのだろう。ユータスも決して仕事の邪魔をしたい訳ではないので頷いた。

「はい、他の人がいない場所なら」

「じゃ、こっち」

 先を歩き出すフェッロについて行くと、少し離れた場所にある木立の中で立ち止まった。

 鬱蒼という程ではないが、うまく木々が重なりあっており、こちらからは間を透かして門の辺りを見る事が出来るが、向こうからだと余程派手な服を着て立っていない限りは目立たないだろう。

 ユータスはいつもの薄汚れた作業着、フェッロもどちらかというと地味な色みの服だし、二人とも身長がある割に痩せ形|(ユータスは通り越してひょろい)ので、うまく紛れる事が出来そうだ。

「ここ、隠れん坊の時に人気の場所なんだよね」

「なるほど」

 こういう隠れ場所を見つける事に関しては、子供達の右に出る者はいないだろう。

「で、何。話って」

「実は、フェッロさんに依頼したいんです」

「へ?」

 余程意外だったのか、フェッロは少々間抜けな声をあげた。

「依頼って……、護衛とか?」

 しばしの間の後、フェッロは腰に下げた自らの得物──”アンシャール”という銘を持つ湾曲刀──にちらりと視線を向けながらそんな事を口にする。

 のんびりしているように見えて、これでフェッロの剣の腕はなかなかの物だし、『守門』という職業からすればその発想は間違いとは言えない。

 だが、ユータスは護衛が必要そうな場所に赴く予定はないし、それなら依頼ではなく、手伝いとか協力という表現にしている。

「違います。……絵を、描いて欲しいんです」

 するとフェッロはまじまじとユータスを見詰めてきた。

「絵の、依頼?」

 そう──フェッロはその剣の腕を活かして寺院の守門という仕事をしているが、本業は画家なのだった。何処となく眠たげだった声が、僅かに力を帯びる。

「はい。猶予は最大に見積もって十日程。だいたい、横が二十セルトマイス(一セルトマイス=一センチメートル相当)縦が十五セルトマイス程度の大きさで考えているんですが……出来ますか?」

「結構小さいね。制作期間も短いからそんな物かな。……ちなみに、何の絵を?」

 声に帯びるのは期待だろうか。やはり画家だ。ユータスが物を造り出す事に情熱を燃やすように、フェッロは絵を描く事に並々ならぬ感情を傾けているに違いなかった。

「それは──……」

 題材を聞かれるのは当然と言えば当然の流れだが、ここでユータスは答えを言い淀んだ。

 先程編みながら考えた宝飾ケースのデザイン案──そこにフェッロの手を借りる事を考えたのはたまたまではない。

 確かにユータスの知り合いに『作品』として絵を描く人物がフェッロくらいしかいないのは事実だ。だが、最大の理由は彼ならうまくそれを描いてくれるのではないかと思ったからである。

 フェッロが筆だけで食べて行けないのは、彼の知名度の低さを示してもいるし、画家という職自体の弱さを表しているが、それでも専門家プロだ。

 ユータスは昔、立体を平面に描き起こす事の難しさを痛感した事がある。

 描いても描いても望むものにならないもどかしさ──それは最終的に立体として形作る方法を知る事で昇華されたが、結局平面で表現する事に関してはスケッチやデザインまでは出来ても、『絵画』と呼べるほどの物は描けないままだ。

 かつて、師であるゴルディ・アルテニカはこう言った。


『お前が形にしたいものは何だ? どんな形をしていて、どんな色をしていて、どんな質感をしている? それを見極めたら次はそれに合う素材を探せ』


 ユータスが思い描く『宝飾ケース』には、フェッロの絵は必要な素材だ。

 しかし、ふと果たしてこれから口にする題材が、彼の情熱に──本職の画家に見合うものか不安になったのだ。

 それはユータスの作品には必要不可欠なものだが、一般的な画題かと言えば少々怪しい。

「ユータス?」

 押し黙ったユータスに、フェッロが怪訝そうに声をかける。その声に背を押されて、不安を感じつつもユータスは彼に描いて貰いたい物の名を口にした。



「──タヌキを、描いて欲しいんです」

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

・フェッロ(キャラ設定:伊那さん) ⇒ 楽園をふちどる色彩(http://ncode.syosetu.com/n1890bi/)作:伊那さん

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