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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(18)

 翌日、珍しく店を開けて早々に二件依頼が舞い込んできた。まるでポンドの予言めいた言葉を現実にするかのようだ。

 普段なら何も考えずに引き受けている所だが、今は厄介な依頼を抱えている身である。

 取りあえず内容を聞いてみると、一件は蝶番が壊れたロケットの修理で、もう一件はデザイン持参での指輪の作成依頼だった。

 デザインを持ってきた時点でもしやと思ったが、内容を確認してユータスはポンドが宣伝した相手であると確信した。というのも、デザイン画が葡萄の枝をそのまま指輪にしたような物だったからだ。

 葡萄をモチーフにした装飾品自体はさほど珍しくはないが、首飾りや耳飾りならともかく、指輪に用いるのはあまり一般的とは思えない。おそらく例の金時計を見たせいだろう。

 修復の方は半日もあれば十分だが、こちらはリ・ライラ・ディまでにと言われると厳しい。デザインには葡萄の一粒一粒を石であしらうように指定があるのだが、当然ながら非常に細かい作業になる。その部分だけでも手間暇がかかるのは明らかだ。

 これは一人立ちして以来、初めて仕事を断る事になるかもしれない──と思ったのだが、依頼人はユータスの腕前をそこまで信頼していないらしく(実際、駆けだしの若造なので当然と言えば当然だろう)、用途も来月末の結婚記念日に贈る物だそうで十分猶予のある仕事だった。

 ほっと安堵しつつ、依頼人(の代理人)が帰るのを見送りながら、ポンドの依頼の事を考える。これは何かしら手を打たないと、こちらに集中して取り組めなくなりそうだ。

 今回はたまたまデザイン持参だったから良いが、一からとなるとイオリの手が必要になる。元々本業でもないのに手伝って貰っているのだ。さらに三日という短い期間でデザインを頼んだ事もあり、流石にこれ以上は厳しい。

(張り紙でもしてみるか……?)

 苦肉の策でそんな事を考えていると、通りの向こうから見慣れつつある赤い頭の青年──アールが現れた。

「よっ、来たぜ。今日はよろしくな、先生!」

 予想より随分と早い登場だ。早朝と言うほどではないが、一般的には朝餉を囲んでいる者も少なくない時分である。

「早いな」

 『先生』という響きに居心地の悪さを感じつつ、店の中に招き、椅子を勧める。

 何となく来るなら午後からだろうと思っていたのだが、アールは当然と言わんばかりに唇を尖らせた。

「何言ってるんだよ。もう十日もないんだぜ? こっちは編み物なんて初めてするんだ。時間はいくらあっても足りねえって」

 ユータス自身は簡単な物なら半日もかけずに編める為、五日もあれば十分だと考えていたのだが、アールにはそうでもなかったらしい。

 深く考えずに教える事を引き受けたものの、そう言えばアールの手先の器用さがどれほどの物かわからない事に思い当たる。自分で手作りしようと思うくらいだから、妹のニナ程の不器用ではないと思うが──万が一それに類する器用さだったら確かに何日あっても心許ない。こちらも人に教えた事など皆無なのだ。

 一抹の不安を感じつつも、ユータスはアールを店に残し、工房の方から毛糸を取ってくる事にした。頭の中で午前中に済ませる予定だった事を午後に移し替えつつ、毛糸の山の前でしばし思案する。

(何色でもいい、って事はないよな)

 使う分だけあれば良い気もするが、色の好みがわからない。悩んだ末に、ユータスは毛糸の入ったかごをそのまま持ちあげた。

「取り敢えず、これから好きな物を選んでくれ」

 目の前にどどんと置かれた一抱えはあるかご一杯の毛糸にアールは目を丸くした。

 エフテラームから得意らしいと聞いて押し掛けてきた身だが、一応細工師が本業な訳で、ユータスが本当に『得意』と言えるほど編み物をするのか半信半疑だったのだ。

「いい色がないか?」

 一通りの色はあるはずだが、と動かないアールに首を傾げる。

「え、あ、いや、ちょっとな。うーん、色か……。そういや、アイリスに似合う色って何だ?」

「オレに聞かれても」

 似合う色と聞かれても、『アイリス』がどんな女性かもわからないのだ。名に聞き覚えはあるが、そもそも会った事があるのか怪しい程である。

「相手の好きな色とか」

 ライラ・ディに菓子を貰う位だからそれなりに親しいのだろうと思いながら提案すると、アールの顔が益々困ったような表情になる。

「……聞いた事がねえからわかんねえ」

「そうか……」

 まさか編む前から暗礁に乗り上げるとは思ってもいなかった。

 ユータスもユータスで一般的な女性の好みはよくわからない。第一、そういう事がわかるようなら、デザインをイオリに頼む必要がないのである。

 それでもここで二人して悩んでも不毛であるし、何より時間が勿体ない。かつてイオリやニナ辺りに言われた事を思いだしつつ、ユータスは口を開いた。

「……普段着ている服とか、髪や瞳の色に合わせる、とか」

 普段の彼からすれば大変珍しい無難な発言である。アールにも分かりやすかったらしく表情が明るい物に戻った。

「おお、なるほど」

 何とか指針らしいものが生まれた事でようやく選ぶ気になったアールが、これでもないそれでもないと毛糸を物色し始めた。

「そういや、アール」

「あ? なんだ」

「さっきも編み物するのは初めてって言ってたけど、こういう作業は……その、得意、なのか?」

 ユータスの質問に毛糸を選んでいた手が止まる。一体どんな返答が返って来るのかと内心身構えるユータスに、アールは軽く肩を竦めた。

「んー、そうだな……。日常的に細かい作業をする訳じゃないし、得意とは断言出来ねえけど、アイリスよりはマシだと思うぜ?」

「……なるほど」

 自己申告もまったく参考にならないという事はわかった。

 アイリスという女性がどれほど不器用かわからないが、先日聞いた話だと周囲が止めるほど料理が壊滅的という事だから相当な不器用に違いない。そこを基準にすれば、アールに限らず大抵の人間は『器用』の部類に入ってしまうだろう。

(仕方ない……。取りあえず、初心者向けで……マフラー辺りか)

 初めて編み物をする人間に編ませる物としては最も無難な選択だと思われた。

 基本的に常春のティル・ナ・ノーグではあまりお世話にはならない物ではあるが、ひたすら単純な編み方の繰り返しなので手始めに打ってつけだろう。ユータスもこれから編み物を覚えたし、これが無理なら他の物を編む事は不可能に違いない。

 結局、いろいろ悩んだ果てにアールが選んだのは鮮やかな黄色だった。

 考えれば考える程何がいいかわからなくなった挙句、『(アイリスが)見て元気になりそうな色』にしたらしい。どちらかと言うと快活なアールに似合いそうな色だが、決まったのなら喜ばしい。

 ユータスが参考にいくらか編んでみせると、意外にもアールは飲み込みが早く、見様見真似でもそれなりに編み方を理解した。どうやらやってみるとそこそこ出来るタイプらしい。

 これなら何とかなりそうだと判断し、取りあえずしばらく編ませてみる事にして、ユータスの方も別の毛糸を手に取った。

 こちらはこちらで考えを進めたい物がある。例の装飾品を入れるケースのデザインだ。アールと会話を交わしている間に、ふとある事を思い出したのだ。

(あれなら面白いかもしれない。実物を使うか、それとも木か何かで形を作るか……)

 その後しばらく、大の男二人が黙々と編み物に取り組むと言う、傍から見ると珍妙な場面が展開する事となった。

「……む? あれ?」

 慣れない編み棒を手に毛糸とそれなりに善戦していたアールだが、途中で手が止まった。

「なあ、ユータス。なんか編み目がずれ……って、なんだそれ?」

 横でユータスも何やら編み始めた事には気付いていたが、改めてみるとそれはアールの予想を超えた形をしていた。

 編む手つきに迷いもなく、編み目自体は初心者のアールとは比べ物にならない程に整っているが、編み進み方が異様に早い。さらに編む本人の表情は真剣そのものの無表情で、その様はまるで何かに取り憑かれているかのようだ。

(細工師が超真剣な顔して作ってるのが細工品じゃなくて妙な形の編み物って、なんつーか……)

 異様な様子に若干引きつつも、アールは果敢にユータスに声をかけた。

「それ何か、変な形だな。お前、さっきから何編んでるんだ? マフラーじゃねえ事はわかるけど」

「……」

「おい、ユータス」

「……」

 これは完全に自分の世界に入り込んでいる。

「──聞けって」

 呆れつつ肩を叩くと、ようやくユータスが我に返ったように顔を上げた。

「ん? ……出来たのか」

「こっちは初心者だぞ? そんなに速く出来るか!!」

 アールの言葉にそう言えばそうだったと納得しつつ、アールの編み物の編み違えた部分を修正する。

 結局、二人はそんなやり取りを繰り返しつつ、昼過ぎまで延々と編み続けたのだった。


+ + +


「……もう、無理。腹減った……」

 そんなアールの言葉でようやく二人の作業は一旦終わりを迎えた。

 アールのマフラーは時折手直しを挟みつつも初日にしてはそれなりに編み上がり、ユータスの方も謎の物体を二つほど作成完了していた。

「ん。今日はこの辺にするか」

「おう。……そういやお前、ずっと何を編んでたんだ?」

 気になって仕方がなかったので合間に何度か尋ねたのだが、完全に作成モードに入っていたユータスからは明確な答えが返って来なかったのだ。

 アールの質問を受けて手元にある物体に視線を落とすと、ユータスは薄く眉間に皺を寄せた。

「む……、まだ初見ではわからないか……」

 まだまだ改良の余地があるな、などと一人納得しつつ、答えにならない反応を返して来るに至り、空腹感に負けたアールは答えを引き出す事を諦めた。

「もういい……。俺は帰る。腹が背中にくっ付きそうだ」

「そうか? わかった」

 いろんな要因からよろよろと立ち上がるアールを、毎度のごとく食事など完全に抜け落ちている様子で見送ったユータスは、来客の気配がない内にと簡単に店の戸締りを始めた。

 残念ながら試作品の出来は今一つだったが、考えはまとまった。昨夜の時点で協力して貰う人物の候補を考えていたのだが、その中の一人に行き先を決定する。

(受けてくれるといいんだけどな)

 相手もそんなに暇だとは思わない。いるかどうかも五分五分、そしてこちらの頼みを受けてくれるかも五分五分だろう。だが、何にせよ猶予がない。

 ユータスは迷いのない足取りで街の中心部方面へと歩き出した。

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