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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(17)

「あ、お帰り。話は終わったの?」

 最後に依頼の事を口外しないように頼んでから中に戻ると、ニナが声をかけてきた。

「ああ」

「それじゃわたし達はそろそろ帰るね。ダルマに目を入れる時は教えてよ」

 確かに気付くとそろそろ夕暮れに近い時分だ。これから藤の湯に行くと帰る頃には日が暮れているだろう。つまり、今日行くのであれば勝手に目を入れずに墨だけ貰ってこいという事だ。

「わかった」

 ユータスの返事に満足したのかそのまま帰ろうとするニナとウィルドを、イオリがふと思い出したように引き留めた。

「あ。待って、帰るならこれ持っていってくれる?」

 そう言ってイオリが取り出したのは薄い紙に包まれた物だった。

「いいけど、これ何?」

「この間おばさまに布を貰ったから、その御礼。たいした物じゃないんだけど……」

「……ああ、あれか」

 イオリの言葉に、先日イオリへと母から託されたシラハナの布地の事を思い出した。

 仕事以外の物事には基本無関心なユータスである。その時もほとんど忘れかけていたのだが、包みをそのまま店の片隅に置いておいたお陰で無事にイオリの手に渡ったのだった。

「ふーん。持って帰るのは別にいいけど、それならイオリちゃんが直接持ってきた方がいいんじゃないの?」

「うんうん。母さんも喜ぶと思うけどなー」

「そうしたい所だけど、しばらく忙しくなりそうだから……」

 二人の言葉ももっともだと思ったのか、言いながらイオリはちらりとユータスに視線を投げた後、何か良い事を思いついたようににっこりと微笑む。

 デザインの話を持ち掛けられている事を知らない二人は特に何も思わなかったようだが、流石に当事者であるユータスには視線の意味は伝わっていた。同時に何となく嫌な予感も。

 そしてイオリはその予感を外さず、手に持っていた包みを横に突っ立っていたユータスに押し付けた。

「ん?」

「じゃあ、代わりにユータ。よろしく」

 イオリの顔と反射的に受け取ってしまった包みを交互に見て、ユータスは首を傾げた。

「……なんでオレが」

「誰のお陰で余計に忙しくなったと思ってるの。大体、あんたこそ同じ街に住んでる癖に滅多に帰ってないんでしょ。たまには家に帰ってあげなさいよ」

 そこを指摘されると流石に反論は出来ない。

 イオリが働く施療院は何かしら忙しい。治安もさほど悪くなく、凶悪なモンスターの襲来も特にないので暇だと思われそうだが、その分高齢者が多い為、病や足腰の不調を訴えて施療院を訪れる人が絶えないのだ。

 その多忙な中で仕事を手伝って貰っている身である。しかも今回は三日と言う短い期間で考えて貰うのだから、ユータス側もイオリの言い分を聞くべきだろう。

 確かに独立してからというもの、数えるほどしか実家には帰っていない。

 時々やってくる母のエリーやニナとウィルドはともかく、父のコンラッドに至っては父本人が多忙な事もあってろくな接点がないのだった。

 だがしかし、ユータスもユータスでやるべき事も考えねばならない事もある。どうしたものかと思っていると、イオリの提案にニナとウィルドが同意の声をあげた。

「いいと思う! それ、兄ちゃんが母さんに渡しなよ」

「うんうん! お父さんだって喜ぶよ? いっつも『ユータスは元気か』って心配してるんだから」

 下二人の期待に満ちた視線と、イオリのしてやったりという笑顔を前に、何となく救いを求めて唯一の第三者であるメリーベルベルに視線を向けるが、こちらもこちらで別の事で引っかかっていた。

「ユータス様のお父様……。そう言えばお母様には何度かお会いした事がありますけど、お父様にはまだお会いした事はありませんわ。似てらっしゃいますの?」

「うん、そっくり」

「でもそっくりなのは顔だけよ。お父さんはお兄ちゃんをあと二十年くらい年を取らせて、愛想の良さと紳士な物腰を付け加えた感じでもーっと素敵なんだから」

「そうなんですの、一度ご挨拶したいですわ!」

「今度家に遊びに来る? でもお父さん、お仕事が忙しくてほとんど家にいないんだよねー」

 そのまま盛り上がる外野に受け取った包みを託す事は難しいと判断し、ユータスは力なく肩を落とした。

 別に実家が嫌いなのではない。ただ行こうと思えば行ける距離だからこそ行くのが面倒臭く、小さい頃から親元を離れていたせいか家に対して里心もない為、特に帰る必要性を感じていないだけだ。

 だが、『帰る理由』を与えられてしまっては帰らざるを得ない──今はそれどころではない状況のはずなのだが。

「頼んだからね、ユータ。たまには家族孝行しなさい」

 念押しとばかりにそんな事を言うイオリに、渋々ユータスは頷いた。

「……わかった。明日、一通り用事を済ませたら帰る……」


+ + +


 全員が帰った後、どうしてこうなったと思いつつ、ユータスは依頼の件に頭を切り替えた。

 こうなったら明日実家に帰るまでにやれるだけの事をやってしまわなければ。その日の内に帰れればいいが、下手するとそのまま泊る事になるだろうし、そうなると実際の作業はまず出来ない。

 リュシオルヴィル・バロックの加工に関してはイオリのデザイン待ちなので一旦置いておくとして、問題はそれをどうやって『簡単に取り出せなくするか』だ。

 時々身近な人にも忘れられがちだが、ユータスは細工師である。装飾品ならばさておき、そういったからくり的な物は専門外と言ってもいい。

 一番簡単な方法は、それを入れる物──ケースに鍵をかけてしまう事だろう。

 しかし鍵も一緒に渡してしまえば、鍵をかける意味はほぼないに等しい。何故ならおそらく取り出せなくする理由が、いわゆる『防犯』ではないからだ。持ち主となるヴィオラ自身が自分の意志で簡単に開けられては意味がない。

 そもそも第三者からの盗難を防ぐ為なら、わざわざユータスにそんな条件を持ちかけはしないだろう。

 装飾品だけ作らせ、入れるケースは専門家に厳重なものを作らせれば事足りる。貿易商であるステイシス氏なら、その手の専門家の伝手はいくらでもあるはずだ。

(それなら鍵を別の──たとえばステイシスさんが持つようにするとしたら……)

 そう考えて、ユータスは眉間に皺を寄せた。

 それはそれで条件を満たせる気がするが、それもやはりステイシス氏が専門家に別注すれば良い話になる。

 ユータスに話を持ちかけてきたのも、難しい条件をつけてきたのも、おそらく中に入れる装飾品とそれを納めるケース、そしてそれを取り出せなくする鍵もしくは仕掛けまで含めて一つの作品として作らせる為に違いないのだ。

 期待されていると言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと試されていると表現した方が近いかもしれない。

「難しいな……」

 話を聞いた時も思ったが、具体的に考えてみると相当な無理難題な気がする。

 それでもそれを面倒臭いと思わず、やりがいがあると考える辺りがユータスだった。もう少し考えを進めようとして部屋の隅に積まれた毛糸に手を伸ばし、そう言えばと思い出す。

(そういや、明日はアールが来るのか)

 編み物を教えると約束して今日は帰って貰ったのだ。

 取りあえず毛糸は編み方を教える分には今ある分で足りるが、その内補充も兼ねてエフテラームの元には試作品を届けに行かねばならないだろう。


『君もこれから忙しくなる可能性が高いし──』


 ふと、件のステイシス氏の言葉が頭を掠めた。

 今の所はリ・ライラ・ディに関する仕事の依頼は他にないが、そちらも来る可能性がある。十日もないので一からの制作依頼はないとは思うが、たとえば母の形見を手直ししてといった依頼は来ないとは限らない。

 なおさら今の内にやるべき事をまとめておかねば──そのまま思案に没頭したユータスは、案の定、藤の湯へ行く事も風呂の事も忘れてしまったのだった。

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