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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(16)

 結局他に良い案も思い浮かばなかった為、ダルマへの願掛けは『自分に打ち克つ』となった。てっきりただの置き物だと思っていたのに何だか変な展開になったものだ。

 また白目状態のダルマをしみじみと眺めつつ、ユータスは口を開いた。

「……で、片目を塗ればいいのか?」

 黒ければインクやデザインのラフスケッチをする際に使う木炭でもいいのだろうか──そんな事を考えつつ尋ねると、それを見透かしたようにイオリは軽く腕組みをして頷いた。

「うん。本来は目玉は墨で描くんだけど……、流石にここにはないよね」

「ない」

「うーん、うちに帰ればあるはずだけど……、ここだと使う機会もほとんどないから何処に仕舞ったっけ。──あ」

 何かを思いついた様子に視線で促せば、名案を思いついたのかイオリは笑顔を浮かべた。

「"藤の湯"に行ったら確実にあるよ。少し分けて貰うか、持って行って描かせて貰ったら?」

「藤の湯──ソハヤさんか」

「うん。確かお品書きを墨で書いてたはずだからあると思う」

 確かにシラハナ出身のトウドウ夫妻なら持っていても不思議ではないし、言われてみれば藤の湯で売られているシラハナスイーツのメニューは黒々とした墨色で書かれていた記憶がある。

 記憶はあるが──この笑顔はおそらくそれだけではない。

 『藤の湯』という単語が出た時点で何となく続きを察しつつ言葉を待てば、イオリは案の定こちらが本題とばかりに言葉を続けた。

「ついでにお風呂にも入って来なさいよ。一石二鳥でしょ」

 やはりそう来たかと思いつつも、断る理由は特にない。それにどうやらダルマに目を入れる気満々らしい、ニナ達の期待に満ちた視線も無視は出来そうになかった。

「……わかった。後で行ってみる」

「えー、今行って来たらいいのに」

「うんうん、善は急げって言うでしょ。店番が必要ならわたしが引き受けるし」

 ユータスなりに譲歩すれば、ウィルドが不満そうに唇を尖らせ、後押しするようにイオリも店番をかって出る。

 別にユータスは風呂嫌いという訳でもなく、たまにうっかり入浴を忘れるだけなのだが、イオリ達はそう思ってはいないらしく、どうも隙あらば風呂へやられているような気がしてならない。いつものように問答無用に引きずって行かれないだけマシかもしれないが。

 普段ならおとなしく従う所だが、今日はそうも行かない。ユータスは小さく首を振った。

「悪いな、明日にしてくれ」

「何で? いいじゃん、お風呂ならいつ入ってもさー」

「そうだよお兄ちゃん。忙しくなったらまた忘れるんでしょ? お仕事が落ち着いてる内に、ね?」

「と言うか、まさか今日は入らない気じゃないでしょうね……?」

 ダルマに目を入れたいらしいウィルド達と、風呂に入らせる絶好の機会と思っているらしいイオリに詰め寄られてユータスは困惑した。

 確かに仕事に没頭していると食事すら忘れる位だ。優先順位の低い(なくても生命の危機がない為)風呂など存在も忘れる訳で、その事に関しては彼なりに反省はしている。

 ──が、いくら反省しようとユータスにとって最重要用件は『仕事』なのに変わりなかった。

「藤の湯には行く。仕事の件が片付いてからな」

「ん?」

「……仕事?」

 ユータスの言葉でその場にいる全員が驚いたように瞬きをした。

「あれっ? 何か仕事の話なんかしてたっけ?」

「あれじゃありませんの。ほら、さっき見せて貰った真珠の」

「……ああ! そういやそんなのもあったわね」

 外野はすっかりメリータスの騒動やダルマの件で話が過去の事になっていたようが、ダルマに目を入れるよりも大事な案件──仕事の依頼の事をユータスは忘れていなかった。

 後から来た為、唯一話が見えずにいるらしいイオリに向き合うと声をかける。

「という事で、イオリ」

「何?」

「ちょっと相談がある」

「相談? あんたがわたしに?」

 珍しい事もあるものだと目を丸くするイオリにユータスは頷いた。

「ん。オレが個人的に受けた依頼だけど、今回はイオリにも手伝って貰いたい」

 するとイオリは居心地が悪そうな表情を浮かべた。 

「それは別に構わないけど……、わたしでいいの?」

「ん?」

 ユータスにとって仕事上の『相方』はイオリ以外いない。

 今回の依頼では何人かの協力を請う予定である。その中でも一番最初に声を掛けるべきは相方であるイオリだと思ったし、実際にそうしたのだが、何故こんな遠慮がちな態度なのだろう。

 ユータスの不思議そうな様子にイオリは小さく唇を尖らせた。

「だって今までマダムとか個人的な依頼の時って、あんたが全部作ってたじゃない」

「ああ。……いいんだ、頼む。どうせなら期限までにある程度完成させたいしな」

 ポンドは彼等夫妻が王都に帰る日までで良いと言っていたが、本来はリ・ライラ・ディの為のものだ。当日まで十日もないのでその日に間に合わせる事は難しいだろうが、せめてポンドがティル・ナ・ノーグを再訪するまでには何とか形にしたかった。

「期限? もしかして急ぎの仕事?」

「ああ。……可能なら三日くらいで頼みたい」

「三日?」

「……難しいか?」

「難しいかどうかは内容次第。一体何を作る予定……って言うか、そもそもどんな依頼なの?」

 それもそうかとユータスは内容を口にしようとして、その場に第三者が複数いる事を思い出した。

 今回、依頼人であるポンドからは関係者以外には口外しないように頼まれている。ヴィオラと直接関わりのない人間でも、何処から話が伝わるかわからない程ヴィオラの交流範囲が広い事がその理由だ。

 何かと店にいる三人はヴィオラ自身を知っているし、普通に会話だって交わす。仮に口止めしたとして、メリーベルベルはともかく、下二人の口の重さは少々信用ならない。悪気はなくても、たとえば先程見せた真珠の話のついでについ、という事も大いにあり得る。

「──場所を変えよう」

 唐突な提案に、イオリはその依頼がこのユータスに考える時間を取らせるほどの物であった事に思い当たり、身が引き締まるような思いをした。大体、ユータスに個人的に頼む時点で絶対に『普通』の依頼ではないし、頼んだ人間もおそらく一筋縄で行く人物でないに違いないのだ。

「場所を変えるって、何処に」

「……取りあえず裏でいいか。ニナ、ウィルド達と店番頼む」

「仕事の話なら仕方ないわね、わかった」

 ユータスが今度はどんな仕事を引き受けたのか興味津々の様子のウィルドやメリーベルベルの牽制役を頼めば、兄よりは遥かに察しの良い妹は軽く肩を竦めながら頷いた。


+ + +


「……で、今回の依頼って何なの」

 場所を移した店の裏──工房の入り口で先にイオリが口火を切る。

 自分に頼む時点でおそらくデザイン関係の手伝いであろう事は想像ついたものの、ごく一般的なものであるならともかく、ユータスの一風変わった作風を求められても非常に困る。

 イオリの不安を知ってか知らずか、ユータスはその質問に対し、店を出る時に持ってきた今回の素材──リュシオルヴィル・バロック──を袋ごと手渡した。

「それを使った装飾品を考えてくれ」

「それ?」

 言われるままに袋の中を覗き込んだイオリは、袋の中で仄かに光る真珠の様子に目を見開いた。

「え、何……? 光ってる」

「暗いともっと良く光るんだけどな。今回の依頼人からそれを使うように条件を出されてる」

「これを? ちなみに依頼人って……」

「ステイシス氏だ」

 依頼人の名を聞き、益々イオリの目が丸くなる。イオリもヴィオラを通じてそれなりに面識はあるが、まさかユータスに依頼を持ちかけるとは思いもしなかったのだろう。ユータス自身驚いたのだから無理もない。

「え、つまり……マダムの?」

「ん。ステイシスさんからマダムへの贈り物が今回の依頼なんだ。ちなみに期限は約半月」

「……結構期間あるみたいだけど」

 ただ装飾品を作るだけならデザインにもう少し時間的な猶予があってもいいのでは──視線で問われ、ユータスはこれはポンドから課せられた条件を伝えた方がいいと判断した。

 作成予定の物がライラ・ディのお返しであること、その制作条件はヴィオラが喜ぶこと(そして出来れば驚かせたい)、リュシオルヴィル・バロックを使うこと、そして──それを簡単に取り出せないようにすること。

 最後の条件を聞いたイオリは眉間に皺を寄せてうめいた。二番目の条件までは理解出来るが、何故それを取り出せないようにするのか理解出来ない。しかもそれが『お返し』なのだ。

「……マダムも変わった所があるとは思ってたけど、その旦那さんも何と言うか……」

 ヴィオラもライラ・ディの贈り物としてユータスに金時計の修復を依頼していた事を思い出し、あの妻にしてこの夫あり、としみじみイオリは思う。

 一般的な目で見るとどう考えても、お返しはお返しでも『意趣返し』としか思えない。

 街角で見かけて軽い挨拶くらいは交わした事があるが、いつも人畜無害の人の良さそうな紳士然としているのでヴィオラが言うほど『タヌキ』とは思えずにいた。……が、その認識がひっくり返りそうだ。

「これ、マダムに贈るんでしょう? だったらあんたがデザインした方がいいんじゃないの?」

 ヴィオラの事だ。普通の装飾品でも喜んではくれるだろうが、普段ユータスが作る装飾品を愛用しているからこそ依頼を持ちかけてきたのではないだろうか。

 しかしイオリの言葉にユータスは首を振った。

「いいんだ。イオリも手伝ってくれた方が喜んでくれると思う。……難しいならいいけど」

 最後におまけのように譲歩されてイオリは諦めた。

 ユータスが何を考えているのかはわからないが、仮に自分が手伝わなかった場合を想像した時、どう考えてもユータスがグール状態で倒れる未来しか思い浮かばなかったからだ。

 毎回叱る身としては出来るだけそんな未来は回避したい所だ。

「わかった。三日で何か考えてみる。……マダムに似合いそうな物で考えたらいいよね」

「ん。頼んだ」

 イオリが複雑な心境から引き受けた事に気付いているのかいないのか、ユータスは一つ目の問題は片付いたとばかりに頷いた。

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