男の意地と女の見栄(14)
「ユータス、いるか?」
どうやら今日は千客万来の日らしい。視線を向けた先には、何やら丸い包みを抱えた見覚えのある白黒二色の色した頭の青年の姿があった。
「あっ、レイ兄ちゃん」
「いらっしゃーい!」
「ごきげんようですのっ」
「おう。二人はいつも元気だな。メリーベルベルもいるのか。……あれ?」
歓迎するニナとウィルドに応えつつ、ぐるりと店内を見回した新たな訪問者──レイは訝しげな顔をした。
「どうした?」
何か変な所でもあるのだろうかと、つられたようにさして広くもない店内を見回しつつ尋ねれば、レイは自分でもわからないと首を振った。
「今日はイオリさんはいないんだよな。なんで俺、入った時にみんないるって思ったんだ……? って、何だそれ!?」
「ん? ……ああ」
驚くレイの視線の先──カウンターの椅子に無理矢理座らせる形で鎮座している物を確認し、ユータスが説明する前によくぞ気付いたとばかりにメリーベルベルが先に口を開いた。
「メリータス・シュヴァルツヴァルヴァル一世ですわっ」
びしっと指を突き付けられたレイは目を丸くする。
「は? メリータ……なんだって?」
やはり一度では聞き取れなかったらしく聞き返す。自分だけでない事に少しほっとしながら、ユータスは説明をメリーベルベルに任せる事にした。
「メリータス・シュヴァルツヴァルヴァル一世、ユータス様愛用の抱き枕ですの! このわたくしが直々に名前をつけましたのよ」
「へえ……」
ふふんと自慢げに言う様子に一応の納得をしたのか、レイはそれ以上の追求はしなかった。代わりに何とも言えない微妙な表情でユータスに目を向けて尋ねる。
「……なあ」
「何だ」
「愛用、してるのか?」
「愛用……? ああ、そうだな」
その質問が何に対しての事なのかは、流石にわかる。少し考えてからユータスは頷いた。
(愛用とは違う気もするけど、毎日使ってるようなものだしな……)
ないと眠れないという事はないが、何しろ他に良さそうな置き場所がない。
どう見ても可燃物だから工房には置いておけないし、抱き枕の用途を考えれば寝台の上が定位置になるのも当然の流れだろう。実際、寝る時には横にいつも転がっている状態だ。
その寝台だって決して広い訳ではない。寝返りでも打てば自然と抱きつく形になる訳で、目を覚ますと目の前に抱き枕の頭があるという事は今まで何度もあった。積極的にとは言い難いかもしれないが、一応使っている内に入るだろう。
「そうなのか……」
ユータスの返事をどう受け止めたのか、レイは複雑そうにじっと抱き枕――メリータスを見つめる。
(まさかこんな物まで作るとはな……。この間は否定してたけど、やっぱりグールが好きなんじゃないのか?)
実際に作ったのはユータスではないのだが、今までの行いのせいか、『ユータスなら作りそう』という認識が働いているらしい。『グール形の抱き枕』が常識的な目で見て、一般の需要があるようには思えないのも理由の一つだろう。
「ところでレイ」
「うん?」
「何かオレに用があったんじゃないのか?」
そんな誤った認識をされているなど当然考えもせずにユータスが促すと、レイは我に返ったように瞬きをした。
「あ、そうだった。──ほら、これ」
反射的に差し出された包みを受け取ってから、ユータスははて、と首を傾げる。子供の頭より少し大きい位の丸い包みは見た目の大きさに反して随分と軽い。まるで中が空洞のようだ。
軽く叩いて中を伺う様子にどうやら二日ほど前の約束を覚えていないと判じて、レイは少し呆れた口調で包みの中身を説明する。
「あれだよ、あれ。ええと……、そうだ。『ダルマ』、だったかな。欲しいって言ってただろ?」
「『ダルマ』……?」
反芻してみても、やはりユータスにはその単語に覚えがない。レイも特段じらしたい訳でもないのであっさりと続きを口にする。
「ほら、あのシラハナの置物だよ。探すのに少し手間取ったから、届けるのが今日になったけどな」
「──ああ! あれか」
ようやく先日のやり取りを思い出し、ユータスは中身を理解した。
レイから依頼された品──例のお玉である──を届けに行った際に目に止まり、手元に置いておきたいと買い求めたものだ。
物欲の薄いユータスにしては珍しく、仕事がまったく絡まない買い物だったのだが、特に急ぐ物でも必需品でもなかったのと今朝の依頼の事で頭がいっぱいですっかり忘れていた。
「わざわざ悪いな」
「いいって。こっちもあれを作って貰う時に随分無理を言ったしな」
念の為に中身を確認して欲しいと言われ、包みの一部を解いて中を覗けば、レイの店にあった鮮やかな朱赤の球体が確かにそこにあった。
「傷とかはないと思うけど、もし何か問題があったら言ってくれ」
「わかった」
レイはそのままダルマ分の料金を差し引いた、先日のお玉の加工費分の支払いを済ませると、長居をする事もなくそのまま店へと帰って行った。
何でも店番をアールに頼んできたらしいのだが、何処からか買ってきた本(おそらく例の旅行記だろう)に夢中らしく、真面目な勤務態度とは言い難いらしい。
「ユータス様、それ、何ですの?」
二人のやり取りをすぐ横(正確にはユータスの腰にしがみついた状態)で見ていたメリーベルベルが、興味深そうにユータスの腕に抱えられた包みを見上げる。
「お兄ちゃん何か買ったの?」
「あ、おれも見たい!」
その声に好奇心が刺激されたのか、ニナとウィルドも近寄って来る。聞かれてユータスは改めて包みをまじまじと見下ろした。買ったはいいが、自分が抱えている物の詳細をろくに聞いていない事に気付いたのだ。
「何って……『ダルマ』とかいうシラハナの置物だそうだ」
取りあえずわかる範囲で答えながら、先程の真珠の時と同じように三人の視線の高さに包みを降ろすと、早速と覗きこんだ三人は揃って眉間に皺を寄せた。
「なんか……、随分と赤いのね」
「丸い、ね……」
「何だか目があるみたいですけど、生き物……ですの? これ」
「多分。モデルが人なのかモンスターかもわからないけどな。色も形もこっちにはないし、面白いだろ」
つややかな赤い塗料に、濃くはっきりとした墨の黒。
腹と思われる部分に謎の文字が荒々しい字体で踊り、所々に金箔を使われていて随分と華やかだ。その辺りは藤の湯で見た『マネキネコ』とも共通しているから、シラハナでも『金』は特別な意味を持つらしい。そうした想像を膨らませる数々を含めて実際近くで見てもやはり興味深い一品である。
そんな事を思うユータスの同意を求める言葉に、三人は顔を見合わせた。
「面白い……って言うか、ねえ」
「うん……。変……」
「二人とも、ユータス様に失礼ですわっ! きっとこれには何か芸術的価値があるんですの!」
「えー……、ないよ。ベルベルちゃん、無理しなくていいよ?」
「だよね」
初めて目にする奇妙な物体に対し、ユータスのこうした事に慣れている彼等もそんな感想を述べるのが精一杯だったようだ。メリーベルベルですら、ユータスの感想に対して同意してくれる様子はなかった。
完全に包みを剥がしてカウンターに乗せてみると、どうやらレイの店に置いてあったものより少し大きいらしく、どっしりと妙な存在感を漂わせる。
やっぱり人か? それにしては手足がない、などと物議を醸しながらも、ダルマを囲んで話しこんでいると、依頼人と思われる人物─近所の店で働いている顔見知りの初老の女性──が扉から顔を出した。
……が、店内の様子にぎょっと目を見開いて固まり、そのまま外へと戻って行く。やがて微かな悲鳴と共に遠ざかる足音が聞こえてきた。
「あれ?」
「げ……、やっちゃった。兄ちゃん、それ早く片付けた方がいいと思う」
一体どうしたんだろう、と不思議そうに首を傾げる兄に対し、状況を正しく理解したウィルドが何か大きな失敗をしたかのようなばつの悪そうな表情で忠告した。
「ん?」
「次のお客さんが来たら、今度もその場で回れ右して帰ると思う。お客さん減っちゃうよ?」
「うんうん。それにまたお兄ちゃんがグール好きって噂が広まっちゃうかも……。そんなの……じゃなくて、メリータスを見たら絶対にそう思われるよ。さっきのおばさんは後で誤解解いておかなくちゃ」
ウィルドの忠告にニナもその通りと頷いて同意を示す。確かにダルマの方はともかく、メリータスの方はニナのような反応が出る可能性が高い。
「……ああ、なるほど」
ダルマの方も目が入っていない状態なので謎の生き物が白目を剥いているように見えるし、カウンターの椅子には未だにメリータスが鎮座している。どう見ても異様な空間である。
グール好きの噂についてはこの界隈でこそもはや手遅れというか、今更感があるものの、ティル・ナ・ノーグの住人全てに広まっている訳ではないので、自分からそれを広げるような事をすべきではないだろう。
その言葉に従い、取りあえずメリータスの方を二階の寝室へ戻しに行くと、下から来客と対応しているらしいニナ達の声がした。どうやらまた来客らしい。実に危ない所だった。
それにしても今日は随分とよく人が来るな、などと思いながら急いで下に戻ると、そこには客ではなく、先程のレイのような微妙な顔をしたイオリがダルマを前にして立っていた。




