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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(5)

 ウィルドが外で薪割をしている間、ユータスは再び金時計を前に思案していた。

(……難しい)

 引き受けたはいいが、よく考えてみるとこういう一般的な用途の物を、自分でデザインから造るのは相当に久しぶりかもしれない。少なくとも、独立してからは初めてだ。

 一応は宝飾関係が専門なので誰かへの贈り物を意図した依頼を受けた事は幾度もあるが、そういった依頼を受ける場合、基本的にデザインを起こすのは相方であるイオリの仕事である。

 ユータスはそれを元に形にするのが役割で、自分でデザインを考えるのは非常に限られた相手(ユータスの造る物に免疫があるか、まったく知らずに頼むか)に限られている。

 今回受け取る側のステイシス氏は確かに知り合いだし、直接話した事も幾度かあるがその嗜好までは流石に知らない。いくら夫婦でも、ヴィオラと同様ではないだろう。

 しかも世界を股にかけて手広く商売をしている人物だ。少々物珍しい程度では驚きそうにない。

 何よりも今回の依頼は『世界に一つしかないもの』だ。未来の事はわからないが、少なくとも現時点ではそうでなければならない。

 ちらりと視線を工房の一角へと向ける。

 そこには周囲の物と馴染まない、異質な物──様々な色に染められた羊毛で造られた毛糸や細いリボンの数々──が山のように積まれていた。

 その用途は単純にして明快。もちろん、編む為だ。

 細工師の工房に何故そんなものが積んであるかと言えば、ユータスが考えをまとめる際、手を動かしていた方が集中出来るからである。

 なお、余談だが春から夏にかけては(見ている方が)暑苦しいという理由から、毛糸はレース糸に代わる。どちらにせよ一般的な十八の男がする事ではないし、念のために言えば趣味でもない。

 別に編み物でなくても構わなかったのだが、たまたま母のエリーが編んでいるのを見て、単純な動作の繰り返しであり同時に何かを造る事が出来るという事が都合良かったのだ。

 ただし、集中している時の彼は真剣な余りに怒っているような顔になる為、初めてその場面に遭遇した者は、大の男が編み物をしている上に近寄りがたいオーラを発しているという異様な光景に恐怖すら覚えるという──。

(……。まだウィルドがいるからやめておくか)

 しばし考えた末に、ユータスは小さくため息をつきながらそこから視線を外した。

 うまく考えがまとまらない時には手先を動かすに限るが、始めると完全に思考にはまってしまう事は自覚している。それに今回ばかりは、思考に集中してもうまいアイデアが出て来る気があまりしなかった。

 そもそも、今回は素材が悪過ぎる。

 時計などティル・ナ・ノーグでも一体何人が所持しているものか。今後また手元に来る事があるかもわからない物だが、だからこそ何処まで弄って良いのか図りづらい。

 内部が完全に管轄外なのも痛い所だ。内部の部品に傷をつける気はないが、どの程度までの衝撃が許されるのかわからないので、あまり思い切った事(たとえば、直接何かしらのモチーフを彫り込むなど)は難しい。

 結局、これという案が思いつかない内にウィルドが裏庭から戻って来た。

「兄ちゃん、取りあえずあった分だけやっといたよー」

「そうか、悪かったな」

「いいって、あれくらいならいつでもやるよ。毎日は流石に辛いけど、そういう訳じゃないんでしょ?」

「ああ、普段はそこまで使わないから」

 仕事中は炉内の温度を維持する為に結構な量を使用するが、普段は急な仕事が入った時の為に火を入れているようなものなので余熱用に使う程度だ。

「それより動いたら少しお腹空いちゃった。あれ、食べていい?」

 一瞬ウィルドが言う『あれ』が何の事かわからなかったが、すぐにそれが先程報酬代わりだと言ったヴィオラの手土産の事だと見当がついた。

「ん。……なら、茶でも淹れるか」

 手にしていた金時計を置き、軽く伸びをしながら椅子から立ち上がったユータスに、ウィルドが軽く首を傾げる。

「あれ、兄ちゃん。仕事はいいの?」

 頻繁に様子を見に来るが、ニナもウィルドもユータスの仕事の邪魔はしないようにしている(流石に数日寝食を忘れている時はその限りではないが)。

 基本、仕事を始めるとそちらに集中するユータスが作業を中断する事は珍しい。ウィルドの疑問ももっともだ。

「良くはない。が……、どうせまだ考えもまとまってない」

「ふーん。そういやマダムが来たって事は依頼? 今度は何なの?」

 共に店舗部の方へ向かいつつ、ウィルドが尋ねる。ユータスは弟の顔に視線を向け、しばし考え込んだ。

 別に秘密にする必要は何処にもないが、好奇心旺盛な弟がその単語にどんな反応を示すか予想がついたからだ。

「──時計の装飾」

「えっ、時計!?」

 何となくそうなるのではないかと思えば、案の定ウィルドの目が輝いた。

 多少は兄の影響もあるのか、美術品関係こそ興味がないが、ウィルドも道具の類には興味があるらしい。

「見たい!! 兄ちゃん見せて!!」

 すごい勢いで詰め寄られる。

「言うと思った」

「へへっ、だって時計なんて見たいと思っても見られないじゃん! グールほどじゃないけどさ。……あれ、でも兄ちゃん──」

「ウィル?」

 ふと何かが気にかかったように口ごもったウィルドに、ユータスは首を傾げた。

「何だ?」

「い、いや、何でもない!」

「──何でもないって態度じゃないだろ。何なんだ」

「う……。本当に大した事じゃないんだけど……、その、兄ちゃん、時計を前にして冷静だなって思って」

 いつものユータスなら目を輝かせて、時計を細部まで細かく観察していても不思議ではない。けれど目の前にいるユータスは普段の彼とさほど変わった様子に見えないのだ。

(いつもと違うと調子狂うんだけどなー)

 弟がそんな失礼な事を考えている事に気付いた様子もなく、ユータスはウィルドの言葉に怪訝そうに瞬きをする。

「──オレはいつも冷静だぞ」


(嘘吐け!!!)


 暴走時のユータスを知る人間なら、声を大にして口にしたであろう否定の言葉を心の内で叫びながら、ウィルドはスイッチを押す危険を感じつつもさらに話題を進めてみる事にした。

 時計などという面白そうな物を前に、平然としている様子は余りにも解せない。もしや具合でも悪いのではないかと、別の意味で心配になって来る。 

「たとえば、さ。中とかどうなってるか開けてみたいとか思わないの?」

「思ってる」

「えっ」

「でもこれは大事な預かりものだからな。我慢してる」

(……!? あの兄ちゃんが、『我慢』……!!?)

 これはもう明日、雪が降っても不思議ではないとウィルドは思った。

 ユータスにも自重という言葉があったのか──正直驚いたウィルドだったが、続いた言葉でやはり兄は兄であるという思いを強くした。

「それに多分、中を見たら確実に仕事を忘れる」

「ああ……」

 そうなった場合の想像は難しくないから困る。さらに、中を見るだけではおそらく済まないだろうという事も。

(でもなんか、兄ちゃんだと壊す心配はなさそう。というか、元通りを通り越して違う物に進化しそう……)

 違うものに進化している時点で、壊しているのと大して変わらない事はこの際気にしない。

 肉親の欲目もあるが、時として人とは思えない細かい作業をやってしまうユータスなら、構造を把握してしまえば時計(進化済み)の一つや二つ作れてしまいそうだ。

 本当に現実になりそうな辺り、笑い話にもならないが。

「わ、これすっげえ! 美味しそう!!」

 箱を開き、季節の果物で飾られたケーキに早速心を奪われながら、ウィルドはそんな事をぼんやりと考えた。

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