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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(12)

「ベルベル。ニナと一緒だったのか」

「ええ、来る途中で会いましたの♪」

 体当たりする勢いで飛び付いてくるのを受け止めながら尋ねれば、嬉しそうにそんな返事が返ってくる。

 悩んでいる時に向こうから来てくれるとは、お返しに関する質問するのに良いタイミングではと思ったものの、ニナがその場にいる事で諦める。

 何となく今までを振り返ってもライラ・ディ絡みの事は地雷としか思えない。兄がそんな事を考えているとは知る由もなく、ニナはユータスの視線を事実確認だと思ったのか口を開いた。

「来た時にお兄ちゃんいなかったからまだかもって話してたの。戻ってて良かった。何処に行ってたの?」

「ああ、ちょっと依頼を──」

「あっ! そうなんだよ、姉ちゃん聞いて! 兄ちゃんが……!」

「何よ、ウィル」

 質問に答えようとした矢先に、ウィルドが興奮気味に会話に割って入る。怪訝そうなニナに、ウィルドは何か重大な発見をしたかのように両手を握り締めて口を開いた。

「あの兄ちゃんが、仕事を選んでる!」

「な、何ですって……!? お兄ちゃん、それ本当!?」

「え。いや、違──」

「あれだけイオリちゃんからも怒られてるのに、仕事明けはいつもグールみたいになるし、もうこれは治らないと思ってたのに……!!」

「うんうん、だよなー! おれ、感動したよ!!」

「きっとイオリちゃんも喜んでくれるよ!」

 正確には選んだというよりは考える猶予を貰っただけなのだが、その点を修正する余地など与えずに盛り上がる妹と弟にユータスは修正を諦めた。

 彼等に悪気はこれっぽっちもないし、こうなるとこちらが何を言っても耳に入らないのは長年の付き合いで理解している。

「ユータス様っ、お仕事でお出掛けでしたの?」

 盛り上がる姉弟を他所に、ユータスの腰にしがみついた状態でメリーベルベルが問いかけて来る。身長差があるせいで相当首を曲げる形になっているが気にならないらしい。

「ん。ラ……頼まれて、ちょっとな」

 うっかりそのまま『ライラ・ディのお返し』という単語を口に仕掛けて、寸での所で思い留まる。危ない所だった。

 具体的に制作が進むにつれて仕事内容はそれなりに知られる事になるのだろうし、まだ興奮気味に話し込んでいる二人は気付かない可能性が高いが、そこからメリーベルベルへのお返しについて話が飛ぼうものなら面倒臭い事になるに決まっている。

「まあっ、今度はどんなお仕事ですの?」

 だがしかし、メリーベルベルはユータスの仕事に興味津々の様子で突っ込んで来る。こちらも純粋な興味からなのは明らかなので無碍むげにも出来ない。

 さて、どうやって説明したものかと考え込み、ユータスはふと閃いた。

(ああ……、素材を見せればいいか)

 そのまま視線を先程預かり物を締まった戸棚に向ける。何に使うかはぼかしたままでも、これを使って作るのだと説明すれば納得してくれるだろう。何より下手に誤魔化す必要もない。

 それに今回の素材は希少なだけにとても珍しい物だ。それだけ滅多に目にする事もない。事実、ユータスも存在は知っていたが実物は初めて見た。

 普通の宝石は結局は石なので見てもさほど面白みはないだろうが、今回の物は一見の価値がある。単純に美しいだけでなく、きっと子供受けも良いだろう。

「ユータス様?」

 戸棚を見つめてじっと考え込むユータスに、メルーベルベルが不思議そうに声をかける。我に返ったユータスは試しに尋ねてみる事にした。

「ベルベル、……《リュシオルヴィル・バロック》って知ってるか?」

「リュシオルヴィル? あっ、聞いた事がありますわっ! 確か、何処か街の名前ですわよね?」

 突然の質問に大きな瞳を丸くしたものの、メリーベルベルはそんな答えを返す。大体予想通りの答えだ。

 リュシオルヴィルはティル・ナ・ノーグよりずっと西へ行った海岸沿いに位置する都市である。別名、《蛍の街》──その名を冠するだけあり、非常に水質が良い湖水を有する。だが、単純に蛍が多く生息するからその名がついた訳ではない。

「ああ。リュシオルヴィルは古くから真珠の名産地で、そこでしか採れない特殊な真珠が《リュシオルヴィル・バロック》って呼ばれてる」

 そう、水の恵み豊かな場所でのみもたらされる、『石』ならぬ宝石の産地なのだ。

「まあ、そうなんですのね! とくしゅ、と言うと、何か普通と違ってますの?」

「そういう事だな。……これは実際に見た方が早いか」

 言いながらユータスはメリーベルベルの頭を宥めるように撫で(ちなみにこの行動は半ば無意識に行われている)、一旦腰から引き離す。流石に腰にしがみ付かれたまま動き回るのは難しい。

 メリーベルベルは少し不満そうな表情を浮かべたものの、頭を撫でられたからか、大人しく離れてくれた。

 戸棚の中から再び布袋を取り出し、その中の二粒を手近にあった布張りした箱の中に収める。その間に落ち着いたらしいニナとウィルドも何事かと近寄って来た。

「兄ちゃん、何やってんの?」

「ん。お前らが好きそうだから、見せてやろうかと思って」

「見せるって、何を?」

「今回の依頼に使う素材だ」

 言いながら三人の視線の高さで箱の中を見せると、三人は頭を寄せ合って小さな箱に入った二粒の真珠を興味深そうに覗きこんだ。

「これ真珠? なんだかいびつな形してるのね」

「ちっちゃいなー」

「わたくし知ってますわ! これ、淡水真珠ですわよね? 見た事ありますわ!」

「ベルベル、正解」

「へー、そんなのあるんだ」

 流石にティル・ナ・ノーグ領主の血縁だけあって、宝飾品はそれなりに見た事があるらしい。

 ティル・ナ・ノーグも暖かい南の海に面しているので真珠は採れるし、物によっては宝石よりも安価で手に入る。ただ、大抵が丸い粒状のものなので、ニナが丸くないと思うのも仕方ないだろう。

 元々、淡水真珠自体はティル・ナ・ノーグではあまり使われないだけで特に珍しい物ではない。わざわざ見せる事にしたのは別に理由があった。

「リュシオルヴィルで採れる真珠はどれも高級品だけど、これは一粒で普通の真珠の五、六個分の価値がある」

「良くわからないけど、それってお金だとどれくらいするの?」

「一つで金……二枚くらい? もしかしたらもっとするかもな」

「高っ!?」

「小さいのに結構しますのね……」

 リュシオルヴィルの淡水真珠にもピンからキリまであり、湖水地方でなら何処でも採れるらしく、いわゆる『キリ』に属するものは他の場所で採れるものとさして金額は変わらない。ちなみにユータスがポンドから預かったのはどれも『ピン』に入るものだった。

 『ピン』に属する物が高いのには、当然ながら様々な理由が存在する。

 一つは採集方法が様々な理由から原始的な素潜りであること。さらに、採れる時期が限られている為に数が少ないこと。きちんとした流通経路がなく、今の所はリュシオルヴィルからの行商人経由でしか手に入らないこと。そして──もう一つ。

「ちなみにこっちの涙型の方はリュシオルヴィル・バロックの中でも特に《リュシオルヴィル・ドロップ》と呼ばれていて、こっちの十倍位する。最高級品だな」

「形が違うだけなのに!?」

 ユータスの説明に、ニナが悲鳴じみた声を上げる。実際、並んだ二つの違いと言えば形だけだ。品質的にはさして変わらない。

「ん。何でも貝の形状的にこういう形になるのはすごく稀なんだそうだ。ちなみに《リラ・アモール》って別名もある」

「へー、どういう意味?」

「確か──『月の妖精リーラの恋情』」

「げふっ」

「ごほっ、けほっ」

 聞かれたから真面目に答えたのに、何故か妹と弟が同時にせた。特に噎せるような物を口にしていないのにどうしたと言うのか。

 困惑するユータスを他所に、一人恋する乙女のメリーベルベルだけが両手を組み合わせて瞳をキラキラと輝かせた。

「まあっ、何だかとってもロマンティックな名前ですの!」

「ん? ああ、そうだな。何でも妻の太陽の妖精ソルナを恋しく思って流したリーラの涙が形になったもの、って言われているらしい」

 月を司る妖精リーラと太陽を司るソルナは夫婦とされているが、どちらも仕事熱心である為、同時に空に現れる事は滅多にない。より仕事熱心なソルナを、リーラがいつも追いかけているという話だ。

「そんな言い伝えがあるからか、リュシオルヴィルの男は求婚する時に恋人にリュシオルヴィル・ドロップを渡して自分の想いの丈を伝えるそうだぞ」

「きゃあ、素敵ですわ素敵ですわっ」

 ユータスの解説(もちろん、受け売り)にメリーベルベルはさらに頬を上気させてはしゃぐが、その横にいるニナとウィルドの表情は何とも複雑なものだった。

「『恋情』とか『恋人』とか、普段の兄ちゃんの口から出て来そうにない単語だから何か気持ち悪い……」

「シッ! そういう事は言わないの! ……あたしも思ったけど」

「……姉ちゃんも思ったんじゃん」

 そんなぼそぼそとしたやり取りを他所に、ユータスとメリーベルベルは話を進めて行く。

「でもどうしてリーラですの? 涙ならソルナでも良い気がしますわ?」

 リーラは美しい容貌を持つとされているが、やはり男性である。涙という表現は少々女々しく感じたのか、少し不満げにメリーベルベルが尋ねる。確かに絵的なものを考えると、女性のソルナが零す方がふさわしいかもしれない。

 ユータスはその質問にしたりとばかりに頷いた。

「もちろん、理由はある。何処かいい場所……上でいいか」

「上?」

 ユータスの言葉に、三人は揃って古びた天井を見上げる。

「……って、お兄ちゃんの寝室?」

「ん。あそこなら丁度いい。狭いから一人ずつな」

 そう言い残してさっさとニ階へ続く狭い階段へ移動するユータスを、三人は呆気に取られた様子で見送り、同時に首を傾げた。

「一人ずつって、昇ってこいってこと……?」

「多分……?」

 ユータスが言葉足らずなのは今に始まった事ではないが、他に考えられる可能性はない。

「ユータス様の寝室……。淑女が殿方の寝室に入るなんて、は、はしたないですわ……っ!」

 怪訝そうなニナとウィルドを他所に、一人盛り上がるメリーベルベル。何かと遊びに来るとは言え、流石に寝室までは入った事がないらしく、いろいろと妄想が絶えないらしい。

「嬉しそうね、ベルベルちゃん。でも多分、期待するような場所じゃないよ……?」

「だよね……」

 私室も兼ねているとは言え、一日店か工房にいるユータスにとって寝室は本当に寝るだけの場所である。しかも屋根裏なので日中でも薄暗いし、居心地が良い場所でもない。

「まあいいや。おれ、取りあえず行って来る!」

「ウィル、ずるいわよ!! こういうのは年の順でしょ!?」

「あ! お待ちなさいっ、わたくしも行きますわっ!」

 結局好奇心に耐えきれなかったウィルドを筆頭に、年代物の階段に軋む音を立てさせながら、我も我もと狭い階段を駆け上がる。

 先に寝室に入って待っていたユータスがその音を聞きつけて寝室の扉を開くのと、三人が雪崩込んで来るのはほぼ同時だった。

「……お前ら、一人ずつって──」

 仕方がないなと思いつつ諭そうとしたユータスは、三人の様子がおかしい事に気付いた。

「どうした?」

 床に転がり込んだ状態で、三人が固まっている。その目はじっとある一点を見つめていて──。


「──っ、きゃああああああああ!!」

「まあ、良く出来てますわね」

「……兄ちゃん、こんな物まで……」


 やがて、その中の一人が盛大に悲鳴を上げ、一人はまじまじとそれを眺め、一人は呆れたようにユータスへ視線を向けてきた。

「ん?」

 理由もわからず、三人が見ていた場所──寝台の上に目を向け、ユータスはなるほどと納得した。

 折角だからと先日試しに使ってみた所、使用感も悪くはなかったのでそのままにしていたのだ──基本的に墜落睡眠の上、寝ると朝まで起きないので実際の効果は不明だが。

 薄闇の中うっすら浮かび上がるのは、先日母のエリーを驚かせたグール型の抱き枕だった。

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

メリーベルベル(キャラ設定:加藤ほろさん)

⇒ニーヴは見た!~ティル・ナ・ノーグサスペンス劇場~ http://ncode.syosetu.com/n4584bc/ 作:加藤ほろさん

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