男の意地と女の見栄(4)
仕事が一段落し、ブルードからの土産で今年のペルシェでも作ろうかと思っていたのに、思いがけない話が舞い込んでしまったものだ。
結局作業どころではなくなってしまったので、そのまま店の方で出来る軽作業をしながらポンドの依頼を受けるか否か悩んでいると、前触れもなく店の扉が勢いよく開かれた。
「ユータス! いるか!?」
乱暴に扉を開けて飛び込んできたのは、見覚えのある赤毛頭の青年だった。普段は程良く日に焼けて血色の良い健康そうな顔に必死そうな表情を浮かべている。
「アール? どうしたんだ」
声をかけると店にユータスがいた事に安堵したのか、アールがほっとしたように表情を緩める。随分と焦っている様子に、一体何事かとユータスも何となく身構える。
──何しろ、彼の前科が前科である。
また何処からか自分に関する妙なネタでも拾ってきたのかと返答を待てば、アールは真剣な顔のまま間近まで歩み寄って来ると、ユータスの目の前で音を立てて手を合わせる。
一体何の真似かと思えば、次いでその口から飛び出したのはまったく予想外の言葉だった。
「頼む! 俺に──編み物を教えてくれ!!」
「は?」
ユータスはただぽかんと目の前で合わせられた手を見つめた。
「……編み物?」
思わぬ単語に、ユータスはどうしてアールからその言葉が出るのかと心底疑問に思った。
「何でオレが」
頼む相手を間違っているのではと思いつつ口を開けば、アールもアールで怪訝そうに首を傾げる。
「え? だってお前、編み物が得意なんだろ?」
しかも何処からどう話が伝わったのか、編み物が得意という事になっている。
──確かに作業の過程で考え事をする際に編みはするが、人に教えられるほど得意かと言うと疑問だし、物によっては(たとえばドレスや帽子の装飾などで)服飾紛いの仕事もやるがそもそも本業ではない。
「得意ってほどじゃ……。それより、その話を何処から聞いてきたんだ」
「何処からって、エフテだよ。さっき店に行った時に聞いたんだ。違うのか?」
「ああ……、エフテさんか」
何処から編み物の事がと思えば、話の出所を知れば納得だった。確かに《ミザッラ》のエフテラームには、先日毛糸を大量に購入した際にそういう話をした結果、大いに笑い飛ばされた覚えがある。
話の出所に納得しつつ、そう言えばそちらの件もまだ終わってなかったなと思っていると、アールが焦れたように尋ねて来る。
「結局の所どうなんだよ? 出来るのか? 出来ないのか? 出来るのなら頼む! もう日もそんなにないし、別口を探すのも骨なんだよ」
「どう、って言われても……。大体、編み物なんて何の為に」
教えてくれという位だから普段編み物なんてしないのだろうし、実際アールと編み物は水と油くらい異質な組み合わせである。するとアールはそんな事もわからないのかという顔をした。
「何の為? ほら、もうすぐリ・ライラ・ディだろ」
「ん?」
何だか何処かで聞いたような流れにおや、と思う。
「実はライラ・ディの時にアイリスから菓子を貰ったんだよ。やっぱりさ、こういうのはちゃんと返すのが男ってもんだろ?」
つまりこちらもリ・ライラ・ディに渡す物という事らしい。
交友範囲が狭いユータスには『アイリス』という名前だけでは誰の事かわからなかったものの(聞き覚えはあるのでイオリと親しい人物かもしれない)、流れ的にアールとは気の置けない間柄の女性なのだろうという事くらいはわかる。
理解した所でユータスは首を傾げた。それならなおさら編み物を選ぶ理由がわからない。
ライラ・ディではチョコレートを中心にした菓子を渡す事が主流だが、リ・ライラ・ディには特にこれという物は定まっていない。
ポンド・ステイシスのように装飾品を贈る者も少なくないが、当然ながらそうした物を贈るのは恋人や夫婦、またはそれに類した存在が相手の場合だ。
今まで自身に縁がなかった行事なので詳しい事はよくわからないが、それ以外だと確か菓子や花を返すのが一般的だったはずである。
「菓子を貰ったんなら、菓子で返せばいいんじゃないのか?」
「うっ」
ある意味もっともなユータスの意見に、アールは少し怯んだように口を噤む。やがて何処か居心地の悪そうな顔で、ぶっきら棒に口を開いた。
「まあ、そうなんだけどさ……。それがアイリスって、すっげえ不器用なんだよ。料理とかも周りから『作るな』って言われる位でさ。そんな子に手作りの菓子なんて贈ったら嫌味みてえだろ?」
「……なるほど」
自身も非常に不器用な妹がおり、つい先日も大量の『クッキーになるはずだったもの』を消費する事になったユータスは少しだけ遠い目をした。確かに、仮に自分があの妹に菓子を作って渡したなら、喜ばれるより逆ギレされそうな予感がする。
「でも、それなら手作りじゃない方がいいんじゃないのか?」
不器用というのなら、『手作り』という時点で何を選んでも駄目なのではないかと思い、そう提案する。流石に本職が作ったものなら問題がないのではと、知り合いの菓子職人の顔を思い浮かべていると、アールはいやいやと首を振った。
「だってさ、なんと言うかこう、手作りの方が心が籠ってそうだろ!? ──……金もかからないし」
言葉の最後にぼそりと付け加えられた部分がどうやら本音らしい。
つまり菓子を買う金も心もとないから手作りという事か。そう言えば、とユータスは先日のレイの店での事を思い出した。
「この間、レイの店で店番してたのはその為か?」
あの時のアールは随分と商売熱心で、金銭的に困っているような様子だった。いくら親しくてもレイの性格的に賃金を支払わない事は考えられない。あの時に得たであろう賃金は一体どうなったのだろう。
「……!」
素朴な疑問からの問いかけだったのだが、まさかユータスがそこに突っ込んで来るとは思わなかったのか、アールは心底驚いたように目を丸くし──そのままがっくりと肩を落とした。
「アール?」
「……うー、あー、……まあ、そういう事だ」
そういう事、でまとめられてもさっぱりわからない。
「よくわからない」
「だから、金はないってこと!」
自棄になったようにアールは言い放つ。
「話せば長くなるんだけどな。俺だって、これでもいろいろ考えたんだぜ?」
「……──。アール、待……」
「もちろん、菓子を買う事も考えた。でもさ、ティル・ナ・ノーグは林檎を中心に菓子店がいっぱいあるんだよな。しかも女子って、大抵甘い物が好きだろ?」
「……、そうだな」
長くなる、という時点で何となく嫌な予感がしたのだが、結果だけでいいと言う前にアールはその『長い話』を話し始めており、ユータスは諦めて話を促す事にした。
「どうせなら食べた事がないやつと思っても、どれ見ても食った事がありそうでさ。だから菓子はまず除外したって訳だ」
「それなら、花は?」
「それも考えた。けど、花はアイリスの妹──クラリスが花売りだし、普段買う事がないからなんか菓子以上に買いづれえんだよ。流石にその辺に生えているのを適当に引っこ抜く訳にもいかねえしさ」
これで一般的な二つは除外された。アールも話している内に興が乗ってきたのか、段々と多弁になって行く。
「で、他に何かないかって考えて──騎士団にいる割に身体が弱いみたいだから、薬草の詰め合わせにしようかと思ったんだ。けどな、それはそれで変に気にしそうだし、何か年寄り臭えってレイに言われてさ。イヴァンには『それなら一緒に星でも見に行けばいいんじゃないか?』って言われたんだけど、あいつほど星に詳しい訳じゃないし、見に行ってそれから後どうするんだよ。間が持たねえじゃん。そうこう考えている間にリ・ライラ・ディまで十日を切っちまって」
一気にそこまで話すと、疲れたようにアールはふうとため息をついた。
どうやらここに至るまでに、彼の親友の二人に相談したりと、何を渡すかの時点で随分と難航していたようだ。
何だか大変なんだな、とそんな感想を抱きつつ、ユータスは言葉の続きを待つ。
──後にその問題が自分にも降りかかってくるなど、この時のユータスは夢にも思っていなかった。
※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※
・アール(キャラ設定:タチバナナツメさん) ⇒ 光を綴る少年、命を唄う少女(http://ncode.syosetu.com/n2494bb/)作:タチバナナツメさん




