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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(4)

「グールの実物は流石に見た事ないよ……。第一、そんなのが出たら騎士団辺りが動くに決まってるじゃないか」

「なんだ、違うのか……」

「……兄ちゃん、どうしてそこで残念そうなの」

「ん。近場で見れるならオレも見に行こうかと思って」

「はあ!?」

「一度はこの目で見てみたいんだ。一目でも見られれば大体の外観は掴めるだろうし」

 まるでグールが観光名所の名物か何かのような言い草に、ウィルドは目を丸くした。

「兄ちゃん、自分が言ってる事わかってる? おれが言ったのグールだよ? 兄ちゃんが大好きなペルシェじゃないんだよ!?」

 グールとは不死と言われるモンスターである。

 元々は人であったとも、残留した思念が形になったともいろいろ言われているようだが、ひたすら飢えを満たそうとするそれが人を襲う可能性がある事は確かだ。

 しかも不死者と言われるだけあり、通常の攻撃では倒せない。一般人がちょっと見学しに行くような対象ではそもそもないのだ。

「ペルシェはいつか捕まえるからいいんだ。グールは流石にその辺りにうろうろしているものじゃないし、近場にいるなら見たいと思わないか?」

「さりげなく捕獲予告したね、兄ちゃん。飼うのまだ諦めてなかったんだ──じゃなくて、そういうの見たがるモノ好きは兄ちゃんだけだよ、絶対!」

「そうか? 全体的な形状はどうなのか、腐敗部分の表現にはどんな素材が適しているか──考えるだけで楽しくないか?」

 徐々にいつもよりも多弁で熱を帯びてきたユータスの言葉に、ウィルドは兄のスイッチが入りかけている事を悟り、内心慌てた。このままでは本当にグールを見る為に暴走しかねない。

 普段はこちらが心配になるほどゆるく我が道を行くユータスだが、こと仕事絡みの物事になると別人のように口達者になり行動力が激増する。

 おそらく普段抑えている分、その反動のようなものなのだろうが、本格的にそうなってしまうとウィルドでは抑えきれない。

 そもそも、グールの一体何処に芸術的な何かがあるのか、凡人のウィルドにはさっぱり理解出来ないのだが。

 今日はこういう時に頼りになるイオリの姿もなく、ウィルドは必死に兄の沈静化を図った。

「兄ちゃん、落ち着いて! よーく考えてみてよ、グールなんか見に行って怪我したらどうするのさ。いくら兄ちゃんが頑丈でも絶対って事はないんだし、仮に無事に見れたとしてもその事実を後で知ったら、イオリ姉ちゃんに星どころか人の形を留めないくらいボコられるよ!?」

 言いながらも、これではなんだかイオリがグールより強そうだと思ったウィルドだったが、あえてそこは気にしない事にした。

 それは正しかったらしく、ウィルドの決死の説得にユータスも少し動揺した。

(有り得る……)

 伊達に普段から星にされていない。イオリの攻撃力の高さは身をもって知っている。

「それは困るな……」

「だよね?」

 アルテニカ家は基本、女性が強い。

 母も長女のニナも決して暴力的ではないのだが、男性陣が何かやらかした際、母は笑顔で威圧してくるし、ニナは小言三時間コースである。

 もはや家族の一員にも等しいイオリは、ウィルドに対してはそういう事はないが、ユータスにはシラハナの言葉で叱り飛ばした挙句にその拳を振るうだろう。

 いずれも心配などの裏返しなのだが、受ける側は堪ったものではない。

「おれ、兄ちゃんの骨はまだ拾いたくないからね」

「──わかってる」

 ユータスが何とか暴走前に思い留まってくれた事に、ウィルドはほっと胸を撫で下ろした。


+ + +


 ウィルドが母からの言付かって来た差し入れを間に、共に少し遅めの昼食を摂る。

 放っておくと数日食べずに作業に没頭する息子を心配して大抵何かしら持たせて寄越すが、今回はクアルンのミルクから作ったチーズをはさんだサンドイッチだった。

 手渡すだけだと食べるにしてもいつ食べるか怪しい為、持ってきた人間がその場で一緒に食べる事がすでに習慣になっている。

 その最中にユータスはウィルドが来たら頼もうと思っていた事を思い出した。

「薪割り? 別にいいけど──兄ちゃん自分でやらないの?」

 当然と言えば当然の疑問に、ユータスは一瞬言葉に詰まったものの、不承不承口を開いた。

「……、やれない事はない。だが、苦手なんだ」

「へえ、意外。兄ちゃんって基本何でも造れるのに、変な所で不器用だよね」

 半ば予想していた言葉だったが、『不器用』という言葉は細工師を生業にしている身には地味に痛い。

 ウィルドにけなす意図がないのはわかっているが、自分でも弟に頼むのはどうかと思っていただけになおさらである。

「……やらないなら、自分でやる」

「あっ、やるやる! それくらいならやるって!!」

 ユータスの言葉に、ウィルドは慌てて挙手した。

 いろいろと問題のある兄ではあるが、ウィルド自身が言ったように基本何でも一人で出来てしまうユータスが制作に関連する事で誰かに物を頼む事は非常に稀だ。

 普段何か頼まれても衣食住に関わる事が大半で、ウィルドが出来る事はあまりない。

 買い出しに行くくらいは出来るが、流石に母のように料理は無理だし、姉やイオリのように仕事明けの半死人状態の兄に無理矢理食べさせる芸当もない。

 自分にしか出来ない事があるのだと思うと、何となく一人前に認められたようで嬉しかった。

「そうか。──悪いな」

「いいよ。それに、別にただ働きって訳じゃないし」

「ん。手伝ってもらうんだから、報酬を払うのは当然だろう」

 当たり前のように言うユータスに、ウィルドは心の内で苦笑する。普通は家族なら当然無償と言われても不思議ではない所だ。

 それが母曰く『もっと甘えてくれていいのに』、姉曰く『変な所でお父さんに似てる』、そして自分曰く『変な所で不器用』と評す部分の最たるものなのだが。

 別に何か形にしようとしなくてもいいのにと思いつつ、そこがユータスたる所以なのだろう。

「あれ、持って帰っていいから」

 言われてその先に目を向けたウィルドは見慣れない紙の箱を見つけて首を傾げた。今日はいつものパッケージではない。

「今日はシラハナスイーツじゃないんだ? 珍しいね」

 基本、ニナやウィルドが遊び(という名目で様子を見)にきて、何か頼まれた時の報酬はユータスが藤の湯で買い占めてくるシラハナスイーツである。

 季節や時節に合わせて作られた見た目も美しい菓子はユータスの芸術欲を刺激するらしく、イオリに放り込まれる以外にもたまに自分で出かけては買って来る。

 そろそろ、名物売り子・パティからも『お得意様』認定をされているに違いない。

 もっとも買いはしても食に対して情熱がない為、買って形を愛でると満足してしまうらしく、大量の菓子は肝心の本人よりもニナとウィルド、そしてイオリの口へと消えていたりするのだが。

 非常に残念な事に、ユータスの味覚は甘い・辛い・しょっぱい・酸っぱい程度の認識くらいしかしない。

 好き嫌いもないが食べられれば何でも食べるので好物という物もない、ある意味料理人泣かせな味覚である。

「お前が来る前に、マダムが来て手土産に貰った」

「えっ、来てたの? ステラも!?」 

 ヴィオラと過去に幾度か顔を合わせた事のあるウィルドが、がたっと音を立てて椅子から立ち上がる。

 好奇心旺盛で兄とは別の意味で動物好きなウィルドは、ヴィオラがいつも連れているアルフェリス・ステラに興味津々なのだ。

「うわー、来るってわかってたらもっと早くに来たのに!! 次こそは触らせて貰えたかもしれないのにー!!」

 本気で残念がっている。

 ステラは女子供には基本的に友好的だが、かと言って気軽に触らせてくれる程気安くもない。

 ユータスの工房で遭遇する時はいつもすでにユータスの頭上という、十歳の子供には到底手の届かない位置にいるので随分と歯がゆい思いをしているらしい。

 その度に『兄ちゃんばっかりずるい』となじられるのだが、毎回のように重い物体が頭の上に乗る労力は理解して貰えない。

(やっぱり『お気に入り』とは違うと思う……)

 ステラからすればせいぜい、体のいい避難場所か踏み台か。

 先程のヴィオラの言葉を思い出し、ユータスは心の内でため息をついた。

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