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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(20)

 完成したお玉を手にレイの店に行くと、丁度店仕舞いの作業中だったらしく、こちらから声をかける前に向こうが気付いて声をかけてきた。

「よう、ユータス。……今日は元気そうだな」

 にやりと何かをほのめかすように笑っての言葉に、一瞬どういう意味か首を傾げたものの、その背後から顔を見せた赤毛の頭を目にした瞬間、何となく事と次第を察した。

「なーんだ、客かと思ったらユータスかよ」

 目が合うと何故かあからさまにがっかりしたような口調でそんな事を言われる。

 今日はアールもいるらしい。いつもあちらこちらに首を突っ込んでは、話のネタになるような事はないかと探して歩いているが、どうやらレイと一緒に店番でもしていたようだ。

 レイの先程の言葉を考えるに、おそらくアール辺りからユータスが街中で行き倒れた事を知ったのだろう。こうして噂と言うものは広まるのだなと、まるで他人事のように思っていると、レイがおいおい、と口を挟む。

「アール、来てくれた相手に『なんだ』って言い方はないだろ?」

「だってこいつ、今まで客として来た事ねえじゃん」

 レイが呆れたようにたしなめると、アールは悪びれた様子もなく肩を竦めた。

 そうだったろうかと過去をざっと振り返ってみると、確かに依頼された品物を届けには何度も来ているが、客としては来た覚えがない。

 基本的に出歩く方ではないし、仕事に使うもの以外は家族が買ってきたり持って来たりするので買い物自体を滅多にしないというのも理由の一つだろう。

 それにいつもレイがユータスの元に仕事を持って来るパターンなので、届け物以外で訪れる機会がなかったのだ。

「たまには逆に客になるのも罰は当たらねえって思うけどな」

「アール! 悪いな、ユータス。気にしなくていいから」

「いや……、本当の事だから」

 親友の余計な一言にレイが困ったように取りなすが、アールの言葉ももっともだ。

 何しろ、ユータスは何度も足を運びながら、今までこの店が具体的にどんなものを取り扱っているのかまでは見ていなかったのだから。

 改めて店内を眺めれば、いつも修復などで頼まれるカイス由来のものばかりと思いきや、それ以上に特徴的なデザインの商品が随分と目に着いた。

 シンプルに黒一色で描かれた文字や絵、かと思えば鮮やかな色彩で見た事のない花を描き込んだ布地にまろやかな曲線を描く陶器の数々があちらこちらに置かれている。

「……シラハナ?」

 それによく似た品々がいろいろな理由で良く訪れる藤の湯にあった事を思い起こしつつ呟けば、レイがああ、と頷いた。

「この店の持ち主──俺の父親は、昔シラハナで職人として修行してたんだよ。それで今も向こうの品々を時々買いつけてるんだ」

「そうだったのか」

 つまり、レイの器用さは父親譲りという事か。

 仕事の相方であるイオリや行きつけの藤の湯など、何かしらシラハナ関係と縁がある事もあるせいか、シラハナの工芸品や文化はユータスの中では結構大きな存在である。

 機会があればレイの父親とも話をしてみたいと思いつつ、本来の目的も忘れてさらに店内を見ていたユータスは、ある一点でハッと目を見開いた。

「これは……!?」

「どうした?」

「何か目ぼしい物でもあったのか?」

 ユータスがじっと見つめる先にある物にレイとアールの視線も向かう。

「面白い……!」

 無意識にぼそりと漏れた言葉を耳ざとく聴きつけたアールが、にんまりと笑うとそれを持ち上げた。

「なんだよ、ユータス。これ、気に行ったのか?」

「アール、店の物なんだからもうちょっと丁寧に扱ってくれよ」

「おっと、へいへい」

 ほれほれとユータスの目の前にそれを差しだして見せるアールに、レイが苦笑交じりに注意するが、ユータスはすでにそのやり取りは耳に入っていない。

 食い入るようにアールの手の中に収まるそれを見つめ、やがてレイに目を向けると尋ねた。

「これ、売り物なのか?」

「え? いや、これはうちのだ。名前はなんだったかな……。確か、向こうの《エンギモノ》とかいう置物の一種で、お守りというか、置いておくと店の運が良くなる物らしい。藤の湯にもこういうのなかったか?」

「ああ……、確か猫をかたどったものならあったな。トモエさんに《マネキネコ》という物だって教えてもらった。これもそうなのか……。一体、何の生き物だ? 人間にしては形が不自然だけど」

「向こうのモンスターみたいなもんじゃねえの? こっちで言うエクラみたいなさ」

 真剣な眼差しで考え込むユータスに対し、特に興味がないらしいアールが適当な事を言う。

 エクラとは光りものを収集する性質を持つ事で知られる、海に生息する亀に似た形状のモンスターである。エクラが縁起が良いかは定かではないが、甲羅の中に沈没船などから集めた金銀財宝を仕舞いこんでいる事を考えると、金目の物に縁があるという意味ではモンスターでも商人的には有りかもしれない。

 何しろやたら大きく誇張された目に厳つさを感じさせる鼻、大ぶりで横一文字に結ばれた口まであるのに、その身体は全体的に丸く、手足らしきものは見当たらないのだ。何より最大の謎は、その目の部分が片方だけ黒々と塗られていて、片方は白いままなのである。

 全体的な色彩も目に鮮やかな朱赤である事を考えても、人形の一種というよりはそうした人に近い形をしたモンスターだと考えた方が近い気がする。

 もっとも、人間の表情を誇張を交えながらも忠実に再現したハンニャの面の事もあるので、人である可能性も無ではないだろうが、この置き物の姿からでは縁起の良いどんな意味を持つかまでは特に思いつけない。

 ──シラハナ生まれのイオリ辺りに聞けば詳細がわかるだろうか。

「……。ユータス、これ、そんなに気に行ったのか?」

 見れば見る程興味深い。熱心な視線を向けるユータスに、まさかそれにここまで興味を持つとは思わなかったのか、レイが不思議そうに問いかけてくる。

「ああ。すごく面白い」

「やっぱり職人界隈の人間は変わった物が好きなんだな……」

 ユータスのきっぱりとした即答にアールがぼそりと呆れたように呟くが、夢中になったユータスの耳にはやはり届いていない。

「これの、売り物はないのか?」

「え? これか? ……って、まさか買う気なのか?」

「ん。……ないか?」

「い、いや……。確か何処かに一つくらいはあったと思う。だが……、その、気を使わなくてもいいんだぞ?」

 先程のやり取りを気にしているのではと思われたのか、レイがそんな事を言い添えて来る。

「いいじゃんか、レイ。欲しいって言ってるんだから買わせておけば」

 ユータスが何か言う前に、今日は随分と商売っ気のある発言をするアールへ、レイがじとりとした視線を送った。

「──商品が売れた数だけ賃金に色をつけるとは言ったが、押し売りは駄目だ」

「そ、そんなんじゃないぜ! 俺は単に店員として店に貢献しようとして!」

 慌てたように首を振るアールに、レイがため息をつく。

 どうやらアールは何やら金に困っているらしい。聞かれてもいないのに、あのネタがガセじゃなかったら、だの、あの狐野郎が、だのぶつくさと文句を呟いている。

 金銭に執着がない上に、今までなくて困った事がほとんどないユータスにはよくわからないが、それだけ必死になるほど欲しい物でもあるのだろう。

「まあ、いいけどな。……それで、ユータス。本当にこれがいいのか?」

「ん。別に気を使ってる訳じゃない。どうせなら手元に置いてじっくり見てみたいって思ったんだ。……もしかしてすごく高額だったりするのか?」 

 やけに確認してくるし、海を渡って来た物は手間暇がかかるだけあって基本的に高額だと聞いた事がある。なくて困った事がないとは言っても、稼ぎのほとんどは材料費に消えるし、有り余るという訳ではないのであまりに高額だとユータスも流石に購入は見合わせなければならないだろう。

 もしやそういう事から渋っているのかと尋ねれば、レイは驚いたように首を振った。

「いや、これは元の材料が紙だからそこまで高い物じゃなかったはずだ。ただ……、滅多に出るものじゃないから、何処に置いていたかわからないんだ。多分他の在庫と一緒に倉庫に入っているんじゃないかと思う。気に入ってもらって悪いけど、後で探して届けるって事でもいいか?」

「ん。別に構わない」

 商談がまとまった所で、そう言えばとレイが何かに気付いたようにユータスをまじまじと見た。

 まさか今更、何か顔についているとかそういう理由ではないだろう。一体何かとユータスが心の内で首を傾げた所でレイは今更のように尋ねてきた。

「そういやユータス、お前何か用があってここに来たんじゃないのか?」

「……」

 ユータスの視線がそのまま下がり、自分の手がそれまでずっと持っていた包みに向けられた。

「……ユータス?」

「どうした?」

 手元に目を向け黙り込むユータスに、怪訝そうにレイとアールが覗きこんで来る。

(……。忘れてた)

 もちろん、目的は完成したお玉をレイに届ける事だ。自分の手に持っておいて完全に存在を忘れていた。下手するとこのまま持ち帰っていたかもしれない。実に危ない所だった。

 そのまま無言で、ずいとレイの鼻先に包みを突き付ける。

「なんだ?」

 事情を知らないアールが不思議そうに尋ねるが、レイはすぐにピンと来たようだ。その表情がぱっと明るくなる。

「出来たのか!?」

「ん」

「一体何なんだよ、レイ」

 疑問符を浮かべたままのアールに対し、レイは包みを受け取るとにっと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 そう、そもそもの発端と言えば、レイがこのお玉を作るよう依頼してきたのはレイのお玉の武器化案に対して『作れるものなら作ってみろ』とばかりにアールが反応したからである。

「見て驚けよ、アール」

「は?」

 ロイドの仕事を疑う余地はないが、果たして完成品はレイばかりでなくアールをも納得させる出来になっているだろうか──心なし緊張の面持ちで見守るユータスの前で、レイはついに包みを開いた。

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