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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(18)

 方向性が決まると形になるのは早かった。

 お互いの仕事が終わった夕刻、ユータスはロイドの工房で試作品をさらに改良した物を差し出した。

「例の加工ですけど、こんな感じでどうですか?」

「どれ……。おう、なかなかいいんじゃないか」

 ユータスが仕上げて来たものを吟味すると、ロイドは満足げに頷く。それはロイドからの案を忠実に取り入れ、十分『実用』に耐え得る物に仕上がっていた。

 普段料理をしない上に、より美味しくまたはより手軽に調理する為の工夫など考えた事もないユータスには、ロイドが後から付け加えるように指示して来たその加工がどういう意味を持つのか今一つわかっていなかったが、及第点を貰えた事にほっと安堵する。

 ここまで出来れば完成は見えているようなものだ。特に問題がなければ明日にも完成するだろう。最終的な微調整を話し合っていると、ロイドがふと思い出したように口を開いた。

「そういや、この頃仮面野郎はどうしている? この間、近くに寄ったついでに様子を見に行ったら留守だったんだが。生きてるよな?」

 ロイドとユータスで共通する人間で、『仮面野郎』という呼び名から出て来る名前は一人しかいない。

「ブルードさんですか? ……ああ、じゃあまだ戻ってないのか」

「戻る?」

「はい。先月、石の買い付けに王都サフィールへ行くって言ってましたよ」

 最後に顔を合わせた時の事を思い返しつつそう答える。ブルードが時折買い付けに行く事は知っていたのか、ロイドも納得したような表情を浮かべた。

 そう言えばあれからもう半月にはなるのだ。いつもならとっくに戻ってきてもいい頃合いだから、長逗留ながとうりゅうしているか王都以外にも立ち寄っているのだろう。

「そういう事か。……あれも根詰めて作業するタイプだろう。倒れて施療院にでも運ばれてるんじゃないかと少し心配していたんだ」

 今となっては人の事を言えないが、実際に何度かそういう事があったのでなるほどと思う。

「何でもエッカルト産の原石が手に入るかもしれないそうで、すごく上機嫌でした」

「エッカルト? ……ああ、あの今は魔獣の巣になっているという、あれか」

 何か思う所でもあるのか、ロイドは神妙な顔で綺麗に整えられた顎髭を撫でる。

「あいつ、普段は籠ってばかりの癖に本当に石が関わると足腰が軽くなるな。その内、直接エッカルトに行くとか言い出すんじゃないのか」

「ああ……、行きたいって言ってましたね」

 その時の不毛な会話を思い出しつつユータスが頷くと、やっぱりかと言わんばかりにロイドが呆れ果てた表情を浮かべた。

「基礎体力ないくせに無謀な……。ユータス、奴が実行に移しそうになったら教えるんだぞ。俺が腕ずくでも止めるからな」

 ぐっと拳を握る姿に、目的は違えど自分も行きたいと思っている事は言わない方がいいらしいと判断し、ユータスは取りあえず『わかりました』と答えるに留めた。


+ + +


 ──噂をすれば、何とやら。

 翌日、店の準備をしているといつかの再現のように、早朝という事を忘れているとしか思えないレベルで騒々しく扉が叩かれた。

 もしやと思いつつ扉を開けば、そこには一体何処で仕入れたのか、紫やらピンクを主体としたどぎつい色の羽をふんだんに使われた、目立つ事この上ない仮面を被った男が一人。前回とは別の意味で即座に扉を閉めたくなる出で立ちである。

「よっ、元気にしてたかひょろ男!」

「おはようございます、ブルードさん。……久し振りですね」

 それにしても随分と派手な仮面である。新作かあるいは王都で買い求めたのだろうか。少なくともユータスの記憶にはないデザインである。

(……ついに仮面に目覚めたのか……?)

 風が吹く度にぴろぴろとブルードの頭上で揺れる飾り羽を眺めつつ、ユータスはぼんやりそんな事を思った。

 確かにブルードの所は石に次いで仮面がコレクション状態となっているが、それはわざわざ自分で買い集めたのでなく、アーリーとジンが悪乗りして共同で作っては持って行きそのまま置いて帰るからだ。

 ブルードは馴染みのない人間とは物越しでもなければまともに会話が出来ない対人恐怖症であるが、後天的なものであり当然ながらなりたくてなった訳ではない。人の不幸で楽しむなと事ある毎に文句を言っていたものだが、ついにそれ自体を楽しむ事に目覚めたのかもしれない。

 ユータスがそんな事を考えている事に気付いている様子もなく、朝っぱらから訪れたブルードはやたらテンション高く『聞いてくれ!』と口を開いた。

「ひょろ男、俺は手に入れたぞ!」

「……? ああ、例の石ですか。本物だったんですか?」

 一瞬何の話かと思ったものの、おそらく行く前に言及していた『エッカルト産の原石』の事だろうと当たりをつけて問えば、ブルードはぐっと拳を握って頷いた。

「ああ……! 残ってる所には残ってるもんだな!」

「良かったですね」

「おう。まあその分、少々足元を見られたがな……。あれだけの品質の石はなかなかお目にかからねえ。おそらく本物だろうと判断した。そうじゃなくてもいい買い物だったと思うしな♪ 今度うちに見に来いよ」

「はい、是非お願いします」

 ブルードが気に入った石を他人に見せる事は稀である。専門の知識のない一般人にはその善し悪しがわかるはずもなく、しかも加工前の原石状態なら尚更である。価値がわからない人間に見せるだけ無駄というのが理由だ。

 つまり見せてもその『違い』がわかる相手だと思ってくれている事である。素直に嬉しい。

「そう言えばブルードさん。いつこっちに戻って来たんですか?」

 仮面の派手さに目が行って気付くのが遅くなったが、服装は至って普通だ。この様子なら戻って来たその足という訳ではないだろうと思いつつ尋ねると、ブルードは小さく頷いた。

「戻って来たのは一昨日の夜だ。本当は昨日の内に来るつもりだったんだがな。おやっさんへの土産を直接持って行くのが面倒で、カールにでも預けようと思ってうっかりギルドに行っちまってよ……」

「ああ、なるほど……。お疲れ様です」

 仮面の向こうの瑠璃色の瞳がどんよりと遠い目をした事で大体を察したユータスは、あえてその後を追求しなかった。おそらく、良い所に帰って来たとばかりに早速仕事を積まれたのだろう。

 基本的に温厚そのものなカルファーだが、こと仕事に関しては容赦がない。『身内』ならなおさらである。

 げんなりとした口調に同情しつつ、ユータスは立ち話もなんだろうとブルードを店内に招き入れた。

「ふーん、思っていたより結構普通の店なんだな」

 物珍しそうに店内を眺めてブルードが何故か少し意外そうにそんな事を言う。

 思い返してみれば、旅に出る前に顔を見せた時も店先で会話しただけだったので、店内の様子を見るのは初めてだろうが、ブルードはどんな店を想像していたというのか。

 一体どういう意味だろうと疑問に思いつつ、茶を勧めるとようやく仮面を外したブルードが唐突に『済まん』と切り出した。

「……? なんで謝るんですか」

 心当たりもないし、まったく理由がわからない。困惑を隠さないユータスに、それが、とブルードが続ける。

「先月、言っておいただろ。土産期待しとけってな」

「ああ……、そう言えばそんな事も言ってましたね」

「出かける直前に頼んだあれ、結構無茶振りだった自覚はあるからな。詫び代わりに直接持ってきたかったんだが、流石に重くってなー。だから運んでもらうように業者に頼んだんだ。多分、明日くらいには届くと思う」

 どうやら直接持って来れなかった事に対しての謝罪だったらしい。変な所で律儀である。

「一体何ですか?」

「それは届いてからのお楽しみってやつだ! ……と言いたい所だが、わざわざ届いた頃にまたここに来るのも面倒だからヒントな。届いたら、アレに使えよ」

 ブルードの指の先を追い、ユータスは数度瞬きをした。

「──ペルシェ?」

 ブルードが指さしていたのは、入口付近に並ぶペルシェの群れだった。

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