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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(14)

 話し合いの結果、材質選択を含めた実際の制作自体は専門家のロイドに任せる事にし、ユータスはその具体的な改造案など出す事で共同制作する事になった。

 『お玉』を武器に改造するというのは当然どちらも初の試みだが、鈍器寄りの改造をする事にはすんなり意見が一致した。

 方向が定まればあとは詳細をまとめ、形にするだけである。実際の作業はロイドの工房で進める事になったのだが、武器というアイテムはお玉以上にユータスに縁のない物である。

 過去に武器関係の装飾を手伝った事もあるが、単独で依頼を受けた事はまだない。

 ユータス自身も武器よりは身の回りの物を手掛ける方が性に合うのでそれはいいのだが、知恵を出せと言われても、普段関わらない物だと具体策がすぐには出て来るはずもなかった。

 取りあえずその日はその件を預かる事にして店に戻ったのだが、その翌日、急ぎで入ったつるの部分が壊れた銀縁眼鏡の修復作業をしつつ、お玉をどう改造すればモンスターを倒せるような武器になるのか思案するユータスの姿があった。

 手先を無心に動かしていると考えが進むのは何も編み物に限った事ではない。

 思案と作業に没頭していた所、ふと気付くと長年の使用で表面にうっすら曇りがかっていたレンズが異様なまでにピカピカに磨き上がっていた。

(やり過ぎた……)

 レンズ自体が綺麗になるのはいいのだが、他にもやるべき作業がない訳ではないというのに。どうも編み物と違って具体的な終わりがないので、手の止め所を見失っていたようだ。

 その後訪れた依頼人の老人が、まるで新品同様になった眼鏡を『やあ、随分よく見えるようになった』と喜んでくれたので結果良しだが。

 それにしても、とユータスはここ最近地味に増えている依頼の数に再び首を傾げていた。

 ロイドも良かったなと言ってくれたし、駆け出しの身としては仲介も頼まずに仕事が来るのはありがたい事だと思うのだが、そうなりそうな心当たりがまったくないので腑に落ちないのだ。

 今回の依頼人もそうだ。この付近では見かけない顔だと思っていたら、この界隈の住人ではないらしい。

(何でだ……)

 工房を立ち上げてからは以前よりは交流及び行動範囲は広がったのは事実だが、今までに直接仕事に結びつくような出会いややり取りがあったかというと甚だ疑問である。

 古美術品の修復関係はリークの失踪と貼り紙が原因だろうと推測されるが、デザイン画持参の制作依頼と今のような年配客からの依頼については原因不明のままだ。

 他にも──それこそティル・ナ・ノーグは加工業を主産業の一つにしているのだから、熟練の細工師は数多くいる。なのに、どうして自分の元に依頼を持って来たのか。

 これは丁度いい機会かもしれないと、何となく来店理由を聞いてみると、老人は実にあっさりと何処からか話を聞いて来たのだと答えた。

「あんたの事は、最近年寄りの間でもっぱらの噂だよ?」

「……噂、ですか」

 老人の答えにユータスは眉間に薄く皺を寄せた。

 それが良いものか悪いものかに限らず、その単語にはあまりいい印象はない。知らない間に自分の知らない場所で広まっているので非常に対処に困る。

 昨日もロイドに『そういやお前が「グール好き」って噂を聞いたんだが……』と心配そうに事実確認された上に、『仮にそれが本当でも、その、俺は否定しないからな』などといらぬ励ましを受け、事と次第を一から説明する羽目になったのだ。

(もしや年寄り界隈まであの話が広まっているのか……?)

 エリーの反応も過敏だったし、『グール好き』というのが一般的ではない事は理解した。もしかして、それに対する興味本位で来ているのだろうか。

 だが思い返しても、特に『グール』の事を尋ねられたり確認されたりはしなかったし、仮にその噂が原因だと仮定しても、わざわざ仕事の依頼を持って来る理由にはならないだろう。

 するとユータスの困惑気味の様子をどう受け止めたのか、老人は快活に笑った。

「ははっ、噂と言っても悪い話じゃないよ! 安心しなさい」

「そうなんですか?」

「そうだよ。『商店街の外れ寄りに安くて腕のいい細工師がいる』ってね。そういう話はこの街じゃあちこちで聞くし、どうせ大した事ないだろうって思ってたんだが、たまには噂もばかにならないものだね。悪くない」

 新品のようになった眼鏡を指先で持ち上げながら、老人が笑う。

「はあ……。ありがとうございます」

 礼を言いつつも、まだユータスの疑問は晴れなかった。

 安くて腕のいいと言われても、必要最小限の原材料費はかかっているし、他と比べてすこぶる安いという事もないと思う。

 価格設定は職人ギルドユグドラシルの基準に沿って決めたし、相談した師や兄弟子達も安いとは特に言ってなかったはずだ。

 この店はどちらかと言うと稼ぐ事より自分試しの意味合いが強いが、デザインの部分でイオリの手が入る事もあり、ユータス一人だけよりその分は多少の上乗せが発生しているので、最低価格よりちょっと高い位になっていると思う。

 ──が、そうやって話し合ったり相談して決めたのは、あくまでも『本業』である装飾品関係を依頼された場合の価格である。

 ユータス自身に金銭への執着が皆無という事もあって、ユータスが個人的に受ける仕事(主に修復関係)に関してはいわゆる『技術料』の部分がないにも等しく、結果的に超格安の部類の価格設定になっている事に彼は気付いていなかった。

「それにしても噂になる程ならと思って来てみたんだが、まさかこんなに若い兄さんとはなあ。いくつだい?」

「年ですか? 十八です」

「おお、本当に若いな。うちの孫より下じゃないか。その年で独立とは立派立派!」

 何故か愉快そうにそう言われ、ばしっと腕を叩かれた。遠慮なしなのでちょっと痛い。

「まあ、わしもあんた位の年には働いていたがね。これでも若い頃、騎士団におったんだ──と言っても、若い頃からこの通り、あまり目が良くなくてね。やっていたのは武器の整備が主で、たまに街の巡回に駆り出されたりする程度だったんだが」

「武器の……、整備? じゃあ、色々な武器を目にしてたりしますか?」

 思いがけない所で思いがけない単語を耳にし、ユータスは思わず身を乗り出していた。

「ああ。毎日油にまみれて予備の剣や斧を磨いておったよ。対人用とモンスター討伐用は素材や造りが若干違ったりしてね、手入れは大変だったがなかなか面白かったもんだよ」

「……!」

 老人が生き字引とはよく言ったものである。カッと目を見開くと、ユータスはおもむろにがしっと両手で老人の手を握った。

「!?」

 何事かと目を見開いて驚く老人へ、ユータスは真剣そのものの表情で口を開いた。

「──その話、良かったら詳しく聞かせて下さい!!」


+ + +


 ──そして、二日後の午後。

「色々な方向で考えてみたが、素材はやはり金属が良さそうだな。多少の手入れは必要になるだろうが、耐久性や加工のしやすさも他の素材より上だ」

 素材の選定を任されたロイドもかつてのユータスと同じような結論になったらしい。

 純粋な棍棒なら木材や石材も有り得るが、あくまでも『お玉』として使える事を前提にすると選択肢は絞られてくる。

「そっちはどうだ、何か案は出たか?」

「一応、ですが」

 言いながらユータスは持参した案をばさりと机の上に広げる。一枚、二枚程度かと思いきや、全部で六枚もある。広げられた紙面を一瞥して、ロイドはじとりとユータスに何か言いたげな視線を向けた。

「何ですか?」

「お前、『武器は勝手が違う』ような事を言っておいて、なんだこれは」

「知恵を出せと言ったのはロイドさんじゃないですか」

 何をいまさらと言わんばかりにユータスは首を傾げる。

「確かにそうは言ったが──、どれもこれも超ノリノリに見えるのは気のせいか?」

 トントンとデザイン案を指で叩きつつのツッコミに、ユータスは特に気にした様子もなくそうですね、と頷く。

「勝手が違うので少し困っていたんですが、たまたま昔騎士団にいたという人から武器に関する話を聞けたんです。その人に参考意見を聞いて、色々と自分なりに考えていたらこんな感じに」

 しれっとそんな事を答えられ、ロイドの口元は引きつった。

 所詮は武器製造に関しては素人、知恵を貸せとは言いつつも普段から妙な物を造るユータスの事である。実用性を求めても難しいのではと思っていたのに、目の前にある物は割とまともだった。

(まともというか──結構、えげつないものが多い気がするんだが)

 どうやら案を形にしたユータス自身にはその自覚はないようだが、武器職人として過去様々な物を作成してきた目から見るとそう評するしかない。

 相談先が悪かったというか──この場合は正しかったのかもしれないが──実現可能かどうかはさておき、単純な鈍器化だけでなく『武器』としての性能は高くなっている。

「──この辺りはなかなかいい線言っていると思うぞ」

 ロイドは小さくため息をつくと、その内の数枚を抜き出した。

「全部金属製にするなら、完全に鋳造するよりも本体と持ち手が分かれている方が後で調整が出来そうだな。耐久性は落ちるが、お前も何か考えがあっての事だろう?」

「はい。武器である前にお玉として『実用品』である事を前提にしたので」

「ん? ああ、そうか……。それで胡椒やらなんやら出てきたのか」

 呟きつつロイドが没案にした一枚に視線を向ける。そこには『胡椒を仕込んで緊急時には目潰しにする』などといった事が書かれてあった。

 普段料理などしないユータスにしては妙な物が仕込んであると思えば、そういう前提だったのかとロイドは納得した。

(……何を仕込むにせよ、重心を考えると手元におもりになる物が要るのは確かだが)

 だがいくら効果的だとしても、それなりに値のする香辛料を毎回無駄にするのは不経済過ぎる。それに錘代わりにするには重さが足りない。

「──それじゃあ、こういうのはどうだ? 『実用品』という条件に合うと思うし、本来『武器』じゃない物だからお前も手を出せるだろう」

 なんだかんだと造り手としての血が騒ぐのか、抜き出した案の一つを手にロイドはさらなる改良案を提案する。

 結局の所、ユータスは『何かの命を奪う』目的である武器そのものを作る事を拒んでいる訳で、そうでなければ普通に手伝えると睨んでの事だ。何より、細かい作業は得意分野だろう。

 案の定、詳細を説明するとユータスはそれならと話に乗って来た。作業が分業になればその分早く仕上がるし、実作業の部分でのロイドの負担が減る。ユータスとしても異存はない。

 こうして、名実共に共同作業となった事で、彼等は各自試作品を作る事で話はまとまりその日はお開きとなった。


+ + +


 善は急げとばかりにロイドが提案してきた物を試作してみようと足早に帰ったユータスだったが、やがて工房の入口が見えて来るとその歩みが急に鈍くなった。

 入口の所に人影が見えたからだ。

(……客、じゃない)

 日常的に細かい作業や高熱に接するので、目の酷使を防ぐ意味合いもあり眼鏡こそ使用しているが、実際はそこまで目は悪くない。

 それでも目が明確な答えを拒否する。というのも、その人影に見覚えが非常にあったからだ。同時に、何故かやたらと嫌な予感も。

 だがしかし、ここで足を止めたり逆方向に進路を変えるには、ユータスは工房に近付き過ぎていた。第一、家主であるユータスが必要性もないのに逃げるのも不自然だ。

 視線を反らす前に向こうがこちらに気付く。ひたすら深まる理解不能な嫌な予感に首を傾げつつ、ユータスは工房の入口へと辿り着いた。

「おかえり、ユータ」

 にっこり、としか表現出来ないいい笑顔が迎える。

「──……ただいま」

 店の入り口で腕を組み、さながら門番のように立って待っていたのは、すっかりお馴染みとなった相方──イオリだった。

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