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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(12)

 流石にユータスよりも編み慣れている。エリーはユータスが作りたい物が何かを理解すると、いま一つ納得の行かなかった部分に関して編み方を指導してくれた。

 元々基礎的な編み方はわかっているし、一度実際に目の前で編んで見せれば、その記憶を頼りに自分の物にしてしまうので教える方も楽というのもあるだろう。

 元々縫物ほどではないものの編み物自体も好きなエリーは、無事に完成した暁には編み方を教えるよういい残して帰って行った。お陰でロイドへの土産物となる『ガートの編みぐるみ』の目処がついた。ありがたい事である。

 なお、工房から出て間もなく、ふと遠い目をしてエリーが『普通、こういう手芸話とかって娘とするものよねえ……』と呟いたが、当然ながらユータスの知る所ではなかった。

 そんな母との編み物談義を経た後、ユータスは当初の予定通りレイの店へと向かった。例のお玉の件について了承を得る為である。

 丁度店にいたレイはその申し出に少し驚いたような様子だったが(まさか本職に頼んでまで作ろうとするとは思っていなかったようだ)、ユータスの今までにない熱心さに最後には頷いた。

「それにしても、どういう心境の変化だ?」

 用件が済み、早速とばかりに帰りかけたユータスの背にレイが尋ねる。

「……? 何が」

「この話を持ちかけた時はそこまで興味なさそうだっただろ」

 そう言いながら手に持ったものを軽く振る。ついでにと返却したレイの四本目のお玉だ。

 確かにこの話を受けるまではお玉に興味などまったくなかった。料理自体滅多にしないのだから、お玉に限らず、それに使う道具に関心がないのも当然である。

 レイの疑問にユータスは頷いた。

「確かにあの時は乗り気じゃなかった。でも改めて見直してみて、オレにもお玉の美しさはわかった。日常的に使う物だからと言って侮っていた訳ではないけど、レイが肌身離さず持ちたいと思う気持ちはわかった気がする」

「そ、そうか。それは何より」

 至極真面目にそんな事を答えられ、単に『日常的によく使う』という理由で選んだレイは、否定する事も出来ずに曖昧に頷きつつ、お玉の何処に美しさとやらがあるのだろうと手にしたお玉をじっと眺めた。

(……わからん)

 重さといい、柄の長さといい、持ち手の握りやすさといい、使いやすそうな良いお玉だとは思う。そう思ったからこそ買った訳だが、何度見てもやはり『美しい』という感想は出て来ない。

 職人は変わり者揃いというのは本当なんだな、とレイはしみじみ思った。

 何にせよ、ロイド・クリプキと言えばティル・ナ・ノーグ屈指の武器職人だ。かの人とユータスと何処まで親しいのか不明だが、実際に手がけて貰えるとするならその出来映えは非常に期待出来る。

(アールの奴、絶対に驚くぞ……!)

 それはないとばかりに爆笑していた親友の顔を思い浮かべ、レイはほくそ笑む。一方、ユータスはそんな事を考えているなど思いもせずに、お玉を握るレイの手をじっと見つめていた。

 レイの手は過去に何度か目にしているとは言っても、日常的に顔を合わせる訳ではないので間近でじっくり見た事などない。かと言って手甲の類という訳でもないし、わざわざ計らせて貰う程でもないだろう。

 丁度いい機会とばかりに預かっていたお玉の握り部分を思い出しつつ、自分の手の大きさを元にレイの指の形や長さ、一本一本の太さなどを目測で計っていると、その視線に気付いたレイが怪訝そうに眉を寄せた。

「なんだよ?」

「ん……、ちょっと」

 じっとやけに熱心に手元を見つめるユータスに、レイは居心地の悪い思いをしつつ、一体何事かと考えた。

(なんだ? もしかしてそんなに気に入ったのか……、このお玉)

 よもや自分の手を見ているなどと思いもしないレイは、やがてそんな結論に至ると、自分の握るお玉にちらりと視線を向けた。

 このお玉は近くの雑貨店で手に入れたごくありふれた物だし、特に高価なものでもない。

 料理好きそうでもないし、むしろ放っておくと数日平気で食べないという話すらあるユータスが、このお玉に対して執着するこれという理由が思いつけなかった。だが、ここまで熱心に見つめる位だから、余程このお玉の造形はツボにはまったのだろう。

 その美しさとやらは到底理解出来そうにないが、それほどに気に入ったのなら、修復などで何かと世話になっている事だし、いっそ製作の手間賃を払う際におまけで付けてやっても──などとレイが考えているなど思いもしないユータスは、その手を細部までしっかり観察するとようやく視線を外した。

「ありがとう」

「い、いや。その、本当に良かったのか? これ、返してもらって」

「……? ああ、大丈夫」

 その問いかけを、単純に『見本がなくても作れるのか』という疑問に受け止めたユータスはあっさりと頷く。もっと食い付いてくると思っていたレイは、その反応に肩透かしを食らった。

(んん? お玉じゃないのか? だったら何だったんだ、今の視線は)

 まさに食い入るような、という表現がしっくり来るほどだったのに、今はまるで興味を失ったかのようだ。謎過ぎる。

 そのまま何事もなかったかのように自分の店へ戻るひょろ長い背を見送り、レイはお玉を片手に首を傾げるのだった。


+ + +


 そして、翌日。快晴の空の下、一抱えはある布袋を手に、ユータスは一軒の店の前に立っていた。

 その名は、『月島堂』。

 二階建ての古めかしい佇まいはまるでアンティークのたぐいが似合う飲食店のような雰囲気だが、中身はむしろ正反対である。

 ここは、冒険者御用達のトレジャー専門店なのだ。

 ユータスは過去に幾度も訪れた事があるのでもはや驚きはしないが、おそらく初めてここを訪れた者は本当にここがトレジャー専門店なのだろうかと疑問に感じる事だろう。まず入り口が正しいのか悩むに違いない。

 一見飲食店のように見える部分は住居部やロイド自身の工房であり、アタランテがいる際に男が迂闊に足を踏み入れると無事に出られないという噂が囁かれている。

 では何処に店があるのかと言えば、『月島堂』の実店舗はその地下にある。

 一度足を踏み入れば、そこにはありとあらゆる冒険者達の為の武器や道具の類の他、ハンター達が出先で見つけてきたアイテムの類が売られ、武器や装備品からは火薬や脂に皮の、何処のものともわからない古びた地図からは紙やインク等といった独特の匂いが混じり合って漂っている。その品揃えは他の追従を許さないほどだ。

 つい先程も出入り口からハンターと思われる男性が出てきて、腰に下げた鎖をカチャカチャと鳴らしながらユータスとすれ違った。

 その背には手入れでも終えたのか、それとも新調したのか、何処となく真新しい長めの太刀があった。これから一仕事といった所だろうか。

 何にせよ、通常なら非戦闘要員のユータスには縁のない場所である。

 地下に下る階段はこれという照明もない為、昼間でも暗くしかも狭い。縦にこそ長いが全体的に細いユータスが通るには全く支障がないのだが(せいぜい頭上を注意する程度だ)、たとえば横に丸い某兄弟子のような人だと降りている途中でつかえるのではないかと通る度に思う。

 今の所そうした光景には遭遇した事がないので、狭いようでいて意外と何とかなるのかもしれないが。

 階段を降り切ると、そこは今までの狭さが嘘のような開放的な空間が広がっている。

 地下の二階分を丸ごと使った店舗は天井が高く、所狭しと並べられた商品も主の几帳面さを表しているのか整然と並んでおり、雑然とした感じはない。

 そうしたたくさんの品々の向こう、奥まった所に設置されたカウンターにこの店の店主がいた。

 光量の抑えられた照明に浮かび上がる姿は、まさに歴戦の戦士。褐色の肌に、銀色の髪。180を超えるユータスよりもさらに高い所にある目線。そして特徴的な長い鼻。

 太っている訳ではないが、全体的に鍛えられたがっしりとした体つきは、先程の通路を通れる事が不思議なほど。

 カウンターで店主然と佇んでいるよりも、壁にかけられた魔法銃を片手にモンスターに向き合っている方が様になるような容貌である。

 客にしては商品を物色する気配がない事に疑問を感じたのか、何か作業をしていた店主──ロイドの視線がユータスの方に向けられた。

「こんにちは、ロイドさん」

 軽く会釈しながら挨拶を述べれば、その目が軽く驚いたように見開かれる。

「──ユータスか?」

「はい。お久し振りです」

「どうした、ここにお前が来るなんざ珍しいじゃねえか」

 いかつい顔に浮かぶ笑顔は、以前と変わらない。最近顔を合わせたのは確か、独立して工房を構えた時だから数月振りだ。

 同じ商店街に店を構えているのだからもっと接点があってもおかしくないはずなのだが、思い返せばここ一月余りは馬車馬のごとく働いていたか、そうでなければグール状態になっていたので、のんびり顔見知りの元に挨拶に顔を出すという余裕などなかった。

 少なくとも例のヴィオラ・ステイシスから依頼を受けるまでは、もう少し余裕があったはずなのだが。

 本当に一何がどうしてこうなったのだろう、と改めて疑問に思っていると、まじまじとユータスを見ていたロイドが疑わしそうに口を開いた。

「それにしてもお前、相変わらずひょろいな。ちゃんと飯食ってんのか?」

「え? ……はあ、一応は」

 睡眠に関しては微妙な所だが、主に周囲の努力により、食生活は何とか保たれている。

 今朝も母が作り置きしていった軽食をちゃんと食べたし(『母の愛』を残すとか食べないという選択肢はアルテニカ家には存在しない)、取りあえずここしばらくは最低でも一日一食は口にしているから食べていると言ってもいいはずだ。

 そう思っての返事に対し、ユータスの食生活をそれなりに把握しているロイドの眉間に皺が刻まれた。

「おいおい、一応かよ。面倒がらずにちゃんと毎食食え。身体が資本だろう」

 久し振りに顔を合わせたと思えばお説教である。

「ったく、これもカールや仮面野郎がちゃんとしつけないからだぞ」

 とは言っても、その怒りの大部分はユータスではなく、ユータスを育てた環境に向けられているようだが。まだほんの見習いの子供時代からの付き合いなので、周囲の事も把握済みだ。

 ロイド自身は現在独身だが、アタランテという養い子を男手一つで育てた事もあってか、子供の教育に関しては譲れない物があるらしい。

「あんなに俺が口を酸っぱくして、『ガキは悪い事ほど覚えるから気をつけろ』って言っておいたってのによ……!」

 ユータスがロイドと親しくなったのは、元々は兄弟子のカルファーやブルードがロイドと親しかったからだ。そうでなかったら、いくら同じ『職人』に含まれているとは言っても親子程の年の差があり、完全に畑違いのロイドとの接点は得られなかっただろう。

 まったくあいつ等は、と腕組みして唸る姿に、何となく申し訳ない気持ちになる。

「ブルードさん達にそんな事を言ってたんですか」

「おう──って、お前もお前だ。もう一人前の職人なら、少しは生活を改めろ。無理をして、当の仕事に支障が出たらどうすんだ?」

「……済みません」

 ごもっともな正論な上に、反論の余地などなかったのでユータスは素直に謝った。

 今回はいろいろな事が重なった結果(と思われる)とは言え、街の道端で行き倒れるのは自分でもどうかと思う。

 とは言え、駆け出し同然の自分にあれほど仕事が来た事がそもそも何かの間違いに違いないので、今後は少し落ち着くだろう。今回を教訓にして気をつけなければ──。

 ……などと呑気に考えるユータスは、後に減るどころか地味に積み重なって行く仕事を前に、どうしてこうなったとまたしても考え込む事になるのだが、それはまた別の話である。

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

・ロイド・クリプキ(キャラ設定:佐藤つかささん)詳細はティル・ナ・ノーグの唄公式(http://tirnanog.okoshi-yasu.net/)をどうぞ!

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