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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(10)

 別に自分が作らなくても代わりに専門家に作ってもらえばいい、と気付いたユータスは帰宅するや現在の予定をざっと見直した。

 先日、それこそ行き倒れる勢いで一気に仕事を片付けたので、イオリのデザイン待ちの物が一件ある他は、兄弟子経由で回って来た工房外での仕事がいくつかあるだけで、しばらくはこの件に集中する事が出来そうだ。

 もちろん、今後急に新たな仕事が入る可能性はなきにしもあらずだが、完全に新規で何かを作る場合はまずデザインからになるはずなので、ユータスがすぐに多忙になる事もないだろう。

 せいぜい、ちょっとした修復の持ち込みがある位だろうか。

 大きさが合わなくなった指輪のサイズ直し、切れたネックレスの修復、劣化した眼鏡の留め金の取り換えなどなど、年配の人々を中心としたそうした依頼もこの頃地味に増えていた。

 いわゆる口コミなのかもしれないが、自分から宣伝をしたり売り込もうという意識が薄いので、大変ありがたい事だとは思う。

 中には細工師に頼むような事でもない物を頼まれたりもするので、何となく『何でも修理屋』のように思われていそうな気がしなくもないのだが。

 かと言って、困っているお年寄り相手に無碍むげに断る事など出来るはずもなく、余程自分の手に余ると思われる物以外は引き受けている。

 逆に言うと、大きめの案件が立て込んでいる時にそうした細かい仕事まで手当たり次第に引き受けるから、余計に寝る時間もなくなってしまったのだが。

(まずはレイから了承を得ないとな)

 直接職人ギルドに依頼する事を躊躇したくらいなので、ユータスの申し出に頷いてくれるかどうかは五分五分といった所か。

 だが、今回はギルドを通す訳でもなく、まったくの個人的な依頼として手伝ってもらうつもりだし、それでも気になるというのならユータス自身が代理人として依頼すれば、レイの名前も出さないで済むだろう。

 レイの所には早速明日行ってみる事にして、ユータスはさて、とカウンターの上に置かれたままの毛糸の山に目を向ける。夕刻も遅く、すでに店は閉めている。考え事に没頭するには都合がいい。

 代わりに作ってもらうという事が、言う程簡単な事でもない事をユータスはよく知っている。他でもない自分がそうだからだ。

 幸い、イオリのデザインはその生真面目な性格が表れているのか、丁寧でわかりやすく形にしやすいので困った事はあまりない。構造的にわかりづらい部分があったとしても、聞けば大抵解決する。

 イオリからも出来た物に関して特に駄目出しが出た事はないから、そういう意味ではうまくやれていると言えるだろう。

 それはそもそも、デザインの仕事がイオリの本業ではないという事も少しは関係しているのかもしれないが。

(これがアーリーさんなら、試作の段階で三回は駄目出しされてるよな)

 三度の食事よりも甘味が好きなくせに、口を開くと毒満載の舌を持つ兄弟子を思い浮かべてそんな事を思う。

 アーリー=メルンという名のその人は、兄弟子のジンの従弟で宝飾デザインが専門の人物である。

 完全に畑が違うので正式にはゴルディ=アルテニカの弟子ではないのだが、普段無口なジンの翻訳担当的な存在として引っ張り出されている間に、いつの間にか弟子と同格扱いになっていたらしい。

 アーリー自身、ゴルディの作るモノのデザイン性を高く評価しているらしく、『困るんだよね』と言いつつもまんざらでもないようだが。

 時々、作り手を求めてここに来る事もあるのだが、本業だけに求めて来る基準も高く、今まで一度で合格を貰った事がない。

 曰く、『ユータスはばか正直に作り過ぎなんだよね。少しはプライド持って作りなよ。もう弟子とか手伝いじゃなくて、一人前の細工師なんだからさ』という事らしい。

 デザインした人間ではないから、どうしてもイメージに齟齬そごは生じる。だからこそ出来るだけデザインに忠実にと思っているのだが。

 単純な『再現』では駄目ならとユータスなりに改変すれば、それはそれで駄目出しされるので、未だにアーリーが何を言いたいのか理解出来ずにいる。それがまだまだ未熟な証、なのだそうだが。

 今回の場合は共同制作とは言っても、ユータスがする事は特にない気もする。せいぜい、手伝いをする位だろう。

 頼もうと思っている武器職人は、ユータスの知る限りでは最高の職人である。そう、つい先日随分顔を合わせていない事に気付いて挨拶に行こうと思っていた人物だ。

 ──ロイド・クリプキ。

 冒険者御用達のトレジャー専門店『月島堂』の主人であり、元々は名の知られた刀鍛冶師だった人である。現在は一線を退いているが、その腕は今も健在だ。

 あのアタランテの愛刀、『アルテミシア』を鍛えたのもロイドだ。

 特徴的な容姿を持つかの人を思い浮かべつつ、どうやって話を進めるかを考える。

 いくらユータスでも久し振りに顔を出した上に、いきなり武器改造(しかもお玉)を頼むのは失礼な事くらいはわかっている。

 なんだかんだと世話焼きで人の良い人なので、事情を説明すれば頭から突っぱねる事はない気もするが、駆け出しの自分からすれば畑は違えど遥か高みの領域にいる人である。

 何かしら敬意は払いたい。出来れば、喜ぶ物で。普段ならここで悩む所だが、それに関して良い手段を思いついた。

 ユータスは目の前に積まれたもふもふの最高級の毛糸をがしっと鷲掴みにすると、その手触りを確かめる。羊毛状態には流石に劣るが、一緒に買ったものよりやはり感触が違う。

(帽子とか手袋とかの延長と考えればいいはずだ。あとはうまく特徴を出せば──)

 真剣そのものの表情で毛糸を掴んでいる姿は異様だったが、もはやユータスは周囲の事など目に入っていない。

 ユータスはその後、夜遅くまで毛糸と編み棒を片手にある物の作成に没頭した。


+ + +


 そして翌日、レイの元へは午後に行く事にして深夜まで試行錯誤した数々の試作品を吟味していた。

 今まで編み物は考え事をする際の手段の一つにしか過ぎなかったので、思えば『制作』目的で編んだのは初めてのような気がする。

(こっちよりはこっちの方が近いか……。大きさはもう一回りくらい大きくてもいいな。あとはここの繫ぎが少し不自然だから何とかしたいけど……)

 そんな事を考えていると、店舗の方で来客を告げるドアベルの音がした。

「ユータスー? 鍵が開いてるからいるんでしょー?」

「……母さん?」

 聞こえてきた声からそう判断し、ユータスは首を傾げた。

 ニナとウィルドほどではないが、来る事自体は珍しくはない。だが、少し前に来たばかりなので何事かと思う。

 疑問に感じつつ店舗の方へ行けば、そこには何やら包みを抱えた母・エリーの姿があった。

 赤い髪に柔和に下がった目尻と言い、一見ユータスにはまったく似ていない。単にユータスが外見に関しては完全に父似なだけでもあるが、それでも一つ共通点がある。

 それは女性にしては高い身長である。少女時代は170を超えるそれを気にして若干猫背気味だったそうだが、今はそれも過去のもので堂々としたものである。

「ユータス、お母さんいつも思うんだけど、奥にいる時は張り紙か何かした方がいいんじゃないの? いるかいないかわからないのって、お客さまも困ると思うのよ」

 仕事に没頭してると来てもなかなか気付かないでしょ、と続いた言葉を否定する事が出来ず、ユータスは渋々頷いた。

「善処する……」

「──それって『一応努力はするけど、出来ない気がする』って意味よね?」

「……」

「張り紙一つくらい、たいした手間じゃないのに面倒臭がらなくたっていいでしょう。本当にそういう所は誰に似たのかしらねえ」

 流石に母は鋭かった。ぐうの音も出ない息子に、エリーは呆れたようにため息をつく。

 確かに身内にはどちらかと言うとマメな人物が多く、ユータスほどの面倒臭がりはいない。これは血筋というよりはユータス自身の性格なのに違いない。

「……今日は、何」

 このまま話が進むと過去のあれやこれやまで言及してきかねないと、ユータスは話を逸らした。するとエリーはぱっと表情を明るくし、抱えていた包みを軽く持ち上げる。

「イオリちゃん、今日は来るかしら?」

「イオリ?」

「馴染みの生地屋さんでシラハナの生地が安く手に入ったの! こっちに運んで来る時に一部に海水がかかってしまったんですって」

 そう言って勝手にカウンターに包みを載せると、わざわざ広げて見せて来る。

 確かに布の端の方が幾分褪せたように色落ちしていた。おそらくそこが海水がかかった部分なのだろう。

「退色してしまって普通の売り物には出来ないって言うから見せて貰ったんだけれど、かかった所って端の方だけでしょう? 一着仕立てるのは難しいかもしれないけれど、ちょっとしたものなら十分作れるし、半額以下だったものだからついついたくさん買っちゃってねえ。折角だからイオリちゃんにもお裾分けしようと思って」

 母の心なしウキウキした言葉にイオリも裁縫が得意だったな、などと思い返しつつ、そう言えばこの所イオリの顔を見ていない事も思い出す。

「イオリならしばらく来てないから、そろそろ来ると思う。今日来るかはわからないけど」

「あら、そうなの。この頃顔を見てないけれど元気なの?」

「……多分」

 エリーほどではないとはいえ、ここしばらく顔を見ていないのはユータスも同じである。元気かと聞かれて頷けるほどイオリの事に通じてはいない。

 先程確認した所だと依頼人からは特に急ぎでという指定はなかったので、仕事的にはまったく問題はない。あのイオリの事なので、単純に本来の職場の施療院が忙しいのだろうと思うのだが。

 しかしユータスの曖昧な返事に、エリーがその眉を軽く持ち上げた。

「多分って何なの。イオリちゃんもイオリちゃんで頑張り屋さんなんだから、無理してないか少しは心配くらいしたらどうなの。大事な相方さんでしょう?」

「……う」

 話題は逸らせたものの、結局お小言を頂戴する羽目になった。ニナのように長々ネチネチとは続かないが、的確に痛い所を突いて来るから厄介である。

 黙り込んでしまった息子を前に、エリーは持ち上げていた眉を下げた。

(いつも反省はするのよね、反省は)

 エリーもエリーで、こうした事に関しては何度言っても改善はされないと理解している。伊達に血は繋がっていない。

 基本的に人の話は素直に聞くし(時々鵜呑みにし過ぎるので難ありだが)学習能力がない訳ではないのに、重要度が低いとなかなか改善されないのが、母としても何とも歯痒い所である。

「……まあ、いいわ。それならこれ、預かっててくれる? イオリちゃんが来たら使えそうな物を適当に貰って頂戴って伝えてね」

「わかった」

「さて、じゃあ折角来たんだからご飯でも作っていきますか。どうせ食べてないんでしょう」

 勝手知ったる様子で腕まくりをし、エリーは早速何か適当な食材がないかと厨房をごそごそとし始める。その様子を眺めつつ、ユータスはふと思いついた。

(……そうだ、母さんに聞いてみよう)

 何の事かと言えば、昨夜作った試作品の出来である。当然ながら編み物に関しては母の方が得意なのだし、自分ではいまいちよくわからない難ありの部分を指摘して貰えれば実に助かる。

 そう思えば、小言付きとは言えども実にいい時に来てくれたものである。

「ユータス、今仕事中なの?」

「いや……」

「じゃあ少しは手伝いなさい。自分のご飯なんだから。はい、これとこれ、適当に切ってね」

「……」

 ──丁度いい所に来たはいいが、調理済みの物を持って来るニナとウィルドと違い、ここで作って行く母の場合は仕事中以外だと手伝いは避けて通れない。

 問答無用とばかりににまな板と包丁と野菜を押しつけられ、ユータスは渋々と母の指示に従って調理助手と化すのだった。

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