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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(8)

 数刻後──夕刻迫る商店街の一角にユータスの姿はあった。

 夕餉の時刻も間近となれば、食料品関係の店や付近の民家といった方々から食欲を刺激する多様な料理の匂いが漂ってくる。

 普通の人間なら香ばしい匂いを放って焼ける燻製や肉、パンや穀物の粥といった物を扱う店につい足を止める所だ。

 だが、ユータスはそうした物に目も止めずに何か難題を前に思案しているような──人によっては怒っているようにも見える、真剣そのものの表情で黙々と歩いて行く。

 先程母の愛である差し入れを食べた事も理由の一つだが、たとえ空腹であっても、こういう状態の時は周囲でどんなに美味しそうな匂いがしていても気付かないのがユータスである。

 表情だけでなく迂闊うかつに声をかけにくい空気を背負っているせいか、周囲に全く注意を払っていないのに勝手に人が避けてくれる。

 珍しく出歩いているのは届け物の為でもなければ、もちろん食料品の買い出しの為ではないし、考え込んでいるのも今晩の献立などではない。

 考えているのは、当然ながらお玉についてである。

 ニナとウィルドが帰った後にお玉作成の思案に沈んだものの、当然ながら今まで造った事がないので勝手がわからない。形状はさておき、どういう素材が最も適しているのかが何とも判断がつかなかった。

 そこで例によって編み物をしながら、何を使ったらよいのか考え始めたのだが。

 柔らかい木材なら削りやすいだろうが、その分耐久性は欠ける。用途を考えれば固めの木、さらに言えば吸水性が低いもの。水分や熱で簡単に使えなくなるようなものでは駄目だろう。

 ──その位の事ならば日常的に料理などしないユータスでも思いつけたが、ではその条件を満たすものはと考えて、ぱっと素材を思いつけるほど木材関係に詳しい訳ではない。宝飾品を仕舞うケースや細工箱などで使いはするが、どちらかと言うとオマケに近いのだ。

 詳しい人物──たとえば師匠や兄弟子のジンなど──に尋ねるという手もあるが、仕事でもなく単なる興味で作る物にそこまでするのは面倒臭い。

 それに使い慣れてもいない素材で作った所で、最初から思う通りに作れるはずもない。相応に試行錯誤が必要になるだろうが、お玉の使い勝手を調べる方法など一つしか思いつかなかった。

 ──そう、実際に料理で使ってみるという非常に単純かつわかりやすい方法である。

 しかし料理好きならばともかく、料理などむしろ避けて通っている作業である。いくら仕事の延長上の作業であっても何度も好んでやりたい事ではない。

 それならば、とユータスはそこで発想を切り替える事にした。


 わからないなら、『わかる』物で作ればいいのだ。

 

 使い慣れた素材であれば、たとえ何らかの不具合があっても後から手直しだって可能だ。そもそも木材は一度加工してしまったら再加工は難しい。けれど──そう、『金属』なら。

 流石に普段使っている金やら銀などの貴金属を使う訳には行かないが、基本は木材と一緒のはずだ。

 食品に使うものだから、毒性があってはならないし、水や酸に弱くてもいけない。そしてあまり重くても使い勝手は悪い。

 選ぶ基準はひょっとすると木材よりも難しいかもしれないが、金属ならば重さも、耐久性も、腐食に対する耐性も、大体の所は判断がつく。

 だがしかし。そこでユータスは気付いてしまった。

(……そこまで行くと、確実に『改造』になるよな……)

 ついでに言えば、木材が金属になるだけでも、耐久性の増加に伴って攻撃力も相応に上がっているに違いない──攻撃に適しているかは、さておき。

 それでは依頼を引き受けたのと変わらない事になる。往生際が悪いとは思うが、やはり武器は造りたくない。

 ならばやはり木材で、などとぐるぐる考えている内に、元々あまり買い置きのなかった毛糸が尽きてしまった。

 なくても考えられない事はないが、もはや癖になりつつあるので、手を動かしていないと何か落ち着かない。そもそも、考え出すと止まらない性質だ。

 結局、夕刻に近い事はわかっていたものの、まだ店が開いている内にと家を出て今に至る。

 以前は実家で余った物を適当に貰って来たりしていたのだが、独立してからは商店街で購入している。

 裁縫の延長で編み物をする母も流石に毎日編み物をする訳ではないし、元々温暖なティル・ナ・ノーグでは毛織物はあまり使う機会がない。今回のように煮詰まると使う量が増えるので、少し程度では追い着かないのだ。

 母行きつけの手芸関係の店でも良いのだが(母経由で事情が伝わっているらしく、ユータスが大量に買っても変な顔をされない)、何か発想の切っ掛けになるものがあるかもしれないと別の店に足を向ける。

 やがて見えてきた店先に立っていた女性が、こちらに気付くと大きく手を振った。

「よう、ユータス!」

 異国の言葉で『日除け』を意味する”ミザッラ”という名の店の主は、見るからに異国からの移民とわかる外見をしている。

 日に焼けたような浅黒い肌に、黒い髪。髪は一部を残してターバンでまとめ上げており、身に着けている服は男物らしいがやはりこちらでは見かけないゆったりとした仕立てで、先日の金細工を想わせる繊細な刺繍が入っている。

(そう言えば、この人もカイスから来たんだっけ)

 そんな事を考えているユータスを、店主のエフテラームは何故か彫りの深い顔に満面の笑みを湛えて迎える。

「いやー、丁度いい所に来たな!」

「……。何か?」

 時折買いには来るが常連と言える程ではないはずで、こんなに熱烈に歓迎される覚えはない。

 怪訝さを隠さずに尋ねれば、エフテラームは緊張を解かせようとしてか、遠慮なくユータスの肩を叩く。手加減なしなので少し痛い。

「あはは、まあそう身構えるなって。ちょっと新作の相談相手が欲しかったんだ。アンタ細工師だし、何かいい知恵を出してくれそうって思ってな」

「相談……?」

「そろそろ何か新作を作ろうと思っててさ。と言っても、作るのはアタシじゃねーけど」

 ペロリと舌を出して悪戯っ子のように肩を竦める。実際、エフテラームは店主の割に陶磁器を割ったり、金属製の皿や像を変形させたりと、よく商品をダメにしている姿を見かける。

 ミザッラはエフテラームが各地で仕入れてきた物や店で作った雑貨、異国の軽食を取り扱う店だが、主に製造部門に関して手腕を発揮しているのはサディークという名の男性である。

 過去に何度か顔を合わせているが、どちらかと言うとそうした物を作らなさそうな二十代後半の随分整った顔をした男だ。

 一緒に住んでいる割に夫婦でも兄妹でもないそうでその関係は不明だが、サディークはエフテラームに頭が上がらないらしく、今日もおそらく店の奥で何かしら作っているのだろう。

 女に下手に逆らうと後が恐ろしいという事を身をもって知っているユータスは、今日は姿の見えない彼に深く同情した。

「それで、相談って何ですか」

「ああ、ガートグッズは今までに色々作ったから、次はペルシェはどうかって思ってんだ。どうよ? アンタ確かペルシェ好きだったよな。店の入り口の所にいっぱいいるし」

「ペルシェ……!?」

 カッとユータスは目を見開いた。その単語を聞いてユータスが乗らないはずがない。

「それはいいと思います!!」

 ぐっと拳を握っての力説に、エフテラームは快活に笑った。

「おっ、流石はペルシェ好き。食い付きがいいなー! じゃあ、手伝ってくれねえ? ……無償で」

「喜んで!!」

 最後にエフテラームがさりげなく付け加えた言葉は、幸か不幸かユータスの耳には残らなかった。

「おしっ! 取り合えず、手始めにペルシェのぬいぐるみを作ろうと思ってんだ。他に何かいい案ねーか?」

「ほう、ぬいぐるみ……」

「ガートの時はケープとかいろいろ思いついたんだけどな。ペルシェで被り物は微妙ってサディークから駄目出しが出てさー。アタシは割とイケると思うんだけど」

 不満げに言われて想像してみる。

 元々、全体的にもふもふして丸っこいイメージのガートに対し、シャープな曲線美のペルシェは確かに丸くすると何か別物である。それはそれで可愛いかもしれないが。

(いっそ、布よりもっと別の材質の方がいいんじゃないのか? 服飾というよりは、むしろ柄とか装飾──)

 そのままユータスがペルシェグッズのアイデアに没頭しかけた時、ふと思いついたようにエフテラームが口を開いた。

「そういや、アンタ今日は何の用で来たんだ?」

 今更と言えば今更のその一言ではっと我に返り、ユータスは当初の目的を思い出した。

 わざわざ出かけたのはここでペルシェグッズの事を考える為ではなかった。ペルシェグッズは非常に心惹かれるが、それよりも先に片付けなければならない事がある。

 そう、何よりもまずは『お玉』だ。

「ちょっと毛糸が尽きたんで買いに来ました」

「毛糸? 言われてみれば来る時は大抵買ってくけど、一体何に使ってんだ? アンタ、細工師なんだろ?」

 エフテラームの疑問ももっともである。ユータスも他の細工師が毛糸を使って細工品を造ったという話は聞いた事がない。

 ──ちなみに、商店街に工房を構えて数月になるが、ユータスが考え事をする際に編み物をするという事実は身近な人間以外にはほとんど知られていない。

 ついでに大の男が編み物やら裁縫をする事が一般的には『変』に分類されるという認識もユータスにはなかった。

 何しろ、エフテラームが知る範囲でもサディークが見目麗しい外見で可愛らしいグッズを作りだしているし、ユータスの身近な人間は男だろうが編み物やら細工やら普通に自分で作る人間ばかりである。

「何にって、編む為ですが」

 他に何の用途があるのだろうと思いつつ、深く考えずに正直に答えると、エフテラームの目が丸くなった。

「編むって──まさか、アンタが?」

「……? はい。考えをまとめる時は手を動かした方が集中出来るんで──エフテさん?」

 いつの間にか俯いて、微かにぷるぷると肩を震わせている様子に一体何事だろうと声をかければ、それが切っ掛けのようにエフテラームの口から大爆笑が飛び出した。

「ぶはっはっはっは! アンタが、あみ、編み物……!? アハハ、に、似合わねーっ!!」

 ヒーヒーと酸欠になる勢いで笑い飛ばされ、その声で周囲の人々が何事かとこちらに視線を向けて来る。人通りに面した店先で爆笑されれば、人目につかない方がおかしい。

 この事が切っ掛けでユータスが編み物をするだけでなく、今までイオリが方々で処分していた編み物がユータス作である事が商店街を中心に知られる事となるのだが、それはまた別の話である。

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

・エフテラーム(キャラ設定:伊那さん)詳細はティル・ナ・ノーグの唄公式(http://tirnanog.okoshi-yasu.net/)をどうぞ!

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