始まりは空飛ぶ魚(4)
レイから預かった首飾りが仕上がったのは仕事を受けてから三日後の事だった。
他に急ぎの仕事もなく、小さな金具程度なら一日で仕上がっていてもおかしくはないのだが、作業期間が延びたのにはそれなりに理由がある。
依頼を受けた翌日にカイスの金細工の配合比を調べるべく、知っていそうな最も身近な心当たり──現在、修復を主に活動している兄弟子・リークの元へ出かけたのだが、ユータスを待っていたのは閉ざされた扉と一枚の張り紙だった。
曰く──『傷付いた心を癒す為に旅に出ます。探さないで下さい』
リークは今年二十八になるユータスのすぐ上の弟子で、修行に入ったばかりの頃は弟のように世話をしてもらい、ある程度育ってからは逆に(主に飲み会の席で)世話をしてあげた仲である。
その当時からなのだが、彼にはしばしばこうした書き置きを残して『心の旅』に出る悪癖があった。その理由は様々ではあるが、その九割が恋愛絡み──失恋である。
身長こそ160そこそこと小柄だが、面倒見もよく割とマメで顔立ちもそこまで悪くない(あくまでもユータスや他の兄弟子達の主観であって、女性から見るとどうかは不明)のに、何故かとことん女性(出会い)運がない。
非常に惚れっぽく、いつも一目ぼれしては告白する前に相手に恋人が出来たり、すでに人妻だったりして実る前に終わるパターンである。
「またか……」
ふと、そう言えば最近顔を見せなかった事に気付く。
独立した今でも交流は続いていて、月にニ、三度は仕事の帰りなどにユータスの工房へふらりと立ち寄っていたのだが──。
最後に顔を合わせたのは丁度一月ほど前だ。その時は旅に出るような素振りどころか、むしろ何処か楽しげというか、心ここにあらずといった浮ついた様子だった。
いい大人なのだし、いつもの事なので放っておいても問題ないとは思うのだが、それなりに親しい人間だけに心配にはなる。
ふと何か手掛かりはないかと再び張り紙に目を向けると、後半の文中に自分の名前が見えた。
「……」
──嫌な予感がした。こういう時の予感は何故か的中するのだから困る。
案の定、改めて読み直せば、そこにちゃっかりと『急ぎの仕事があればこちらへ』とユータスの名前だけでなく工房の大体の位置までご丁寧に書いてあった。
(聞いてないです、リークさん)
張り紙はすっかり薄汚れ、直射日光のせいかインクが少し退色しかけている。劣化具合からするとどうやら貼られてから十日以上は経過しているようだ。
最後に顔を合わせて以降、直近でリークと関わりのあった出来事を思い返す。半月ほど遡った所で、はっとユータスはある事を思い出した。
(そう言えば、ブルードさんにツケを払いに行ったのって)
リークがツケを払いに行く時は、大抵その後しばらく姿を晦ます予兆である。リークにとっては身辺整理的な意味合いらしいが、いつもの事なのですでに誰も本気にしていない。
そう言えば自分には無関係な行事なのですっかり忘れていたが、ブルードが来たのはライラ・ディの数日前。ライラ・ディから一月ほどにかけては毎年、リークが行方不明になる時期だった。
二月が始まった頃に浮かれた様子だったのは、例にもよって何処かの誰かに一目ぼれしており、ライラ・ディ辺りにその意中の女性に振られて(あるいは失恋して)旅に出たに違いない。
実にわかりやすい、超絶に鈍いユータスですら思い浮かぶ構図である。
──という事は。
この張り紙の存在で、ライラ・ディ以降急に増えた依頼の謎の一部が解けた気がした。
「そういう事か……」
思わずため息をつく。
そもそも、修復が必要になるような骨董品の類は、大抵貴族階級を含む富裕層が所有しているものだ。リークの顧客もそうした客がほとんどだった。その中の何人かが余程急ぎか興味本位で依頼を持って来た、という事なのだろう。もっとも、仕事の全てが修復ではなかったので謎は残るのだが。
仕事が回って来る事自体は別に構わないが(ちなみに丸投げされるのはこれが初めてではない)、せめて一言くらいは欲しかった。
──そんな訳で一番頼りになる人物の不在により、他の修復師に当たる為に職人ギルドに足を運んだりと調べるのにさらに時間を費やした事で制作日数が延びてしまったのだ。
特に急ぎではないという話だったので後回しにしても良かったのだろうが、修復を急いだのは気になる事があったからだ。
『依頼を受けてくれないか?』
──そう、レイが修復の依頼を持ちこんできた時に帰りがけに口にした言葉である。その時の表情といい、意味深な言葉といい、どう考えても普通の依頼とは思えない。
一体自分に何をさせたいのか気になって仕方がなかったユータスは、他に急ぎの仕事が入る前に頼まれた物をさっさと修復する事にした。首飾りを届けるついでに、直接レイに尋ねる事が出来るからだ。
早速仕上がった首飾りを手にレイの店に行くと、丁度店内にレイの姿があった。
「いらっしゃ……なんだ、ユータスか」
ユータスの顔を見るや、意外そうな声が上がる。
商店街に店を出していても、ユータスが出歩く事は少ない。元々仕事優先の上、衣食住に対しての関心が薄すぎるせいで、買い出しですら妹のニナや弟のウィルが行く事が多く、周辺の商人達とまったく交流がない訳ではないのだが、どちらかと言うと受け身に終始している有様なのだ。
届け物でもなければ自分からはなかなか足を向けないのだから驚かれても不思議ではない。
「珍しいな。……ん? この間の首飾りがもう仕上がったのか?」
「ん」
「そっか、わざわざありがとな。もしかして急がせたか? 別にいつでも良かったんだぞ」
「いや……、他に急ぎの仕事は入ってなかったから」
申し訳なさそうに言うレイに仕上がった首飾りを手渡しながら、勧められた椅子に座る。中を確認し、レイは満足そうに頷いた。
「うん、綺麗になってるな。これなら店に出せる」
潰れた部分を作り直しただけではどうしても後から造った方に『新品』臭さが出てしまう。今回は留め金部分の為、気にしない人間もいるだろうが基本『元通り』が修復の基本だ。
元々の金具と同じような状態にするにはツヤ消しなどそれなりの加工が必要になり、一から造るよりも別の手間暇と技術が必要なのだが、どうやらレイの目から見て及第点を貰えたようだ。
「彫り込みまでちゃんと入ってるし……、お前どういう記憶力してるんだ?」
「レイ」
「ん?」
「この間の話の続きを聞きに来た」
問題ないとわかった時点で首飾りの事など二の次になったユータスが、前置きをすっ飛ばしていきなり本題に入ると、当然ながらレイは何事かと目を見開く。
「この間……?」
「別件で頼みたいって言ってただろ」
「あ、ああ! あれの事か!!」
ユータスが何の事を言っているのかを理解した途端、怪訝そうに眉を顰めた表情が一転する。
「……あー、もしかして気になってこんなに早く届けに来たのか?」
手にした首飾りを持ち上げてそんな事を問われ、特に隠す必要性を感じずに頷くと、少し申し訳なさそうにレイが笑った。
「悪い、悪い。そこまで気にするって思わなくてな」
「謝らなくてもいい。丁度仕事が空いていたのは本当だから」
「そうか? ……ああ、でもそれならいい所に来たな」
「……?」
「アール、知ってるよな。うちの居候」
「アール?」
聞き覚えのある名前に思い浮かんだのは目に鮮やかな赤毛の少年の姿。つい先日、丁度仕事が立て込んでいた時に押しかけて来たので記憶に新しい。
頷くと、アールにはまだ黙ってて欲しいと前置きをしてから、レイが口を開いた。
「今、丁度出てていないんだ。あいつ、『旅行記』を書くのが夢で、あちこちに首を突っ込んでるだろ?」
「……そうなのか」
確かによくよく言葉を交わした時の事を思い返すとそんな事を言っていたような気もする。
だが、その時はほとんど寝ていない半死人状態だったし、噂話の類への食い付きっぷりの良さからてっきりただの噂好きだと思っていたのだが。
「そうなんだよ。それはいいんだが、結構無謀な所があってさ。ネタを追いかけるのに夢中になると危険な場所でも気にせず飛びこんで行くんだよな」
苦笑しつつレイはそう言うと、それで、と身を乗り出した。
「危なっかしくて見てられないから、そんな時はオレも同行しようと思ったんだ。寝食を共にしてる以上、家族みたいなものだからな。幸い、アールよりは腕に覚えはあるし」
レイの言葉になるほどと頷きつつ、ユータスはそれが何処で自分への依頼に繋がるのか、内心首を傾げていた。
「それで……、オレに何を作れって?」
「ほら、危険な場所に赴く際に必要な物があるだろ? それを作って貰えないかと思ってな」
言いながら、レイはいい笑顔で奥に見える部屋の壁にかかるある物を指さした。
「あれを武器に改造してくれないか?」
「武器? オレ、武器は造──……」
レイの指が指し示す先を視線で追いかけたユータスは、それを確認した瞬間、自分の目を疑った。
というのも、そこに下がっていたのはどう見ても武器の類になるようには見えない、大中小と並んだ『お玉』だったのだから──。
※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※
・レイ(キャラ設定:道長僥倖さん)詳細はティル・ナ・ノーグの唄公式(http://tirnanog.okoshi-yasu.net/)をどうぞ!
・アール(キャラ設定:タチバナナツメさん) ⇒ 光を綴る少年、命を唄う少女(http://ncode.syosetu.com/n2494bb/)作:タチバナナツメさん




