表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
19/61

始まりは空飛ぶ魚(3)

「丁度いい所に帰って来たな、ユータス。出直そうかと考えていた所だったんだ」

 待っていたのは同じように商店街で店を出している、レイ・ハーディー・アダルバートという名の青年だった。

 正確には店の主は彼の父親らしいのだが、現在旅に出ており、不在の父親に代わってレイが店を切り盛りしている。そのせいか、ユータスより一つ年上との事だが、年齢よりも大人びて見える。

 取り扱っているものは工芸品や装飾品の類で、彼自身手先が器用で自分でもちょっとした細工物を作っているそうだ。

 独立した際の挨拶回りをした際に顔馴染みになり、ユータスが製作だけでなく修復もする事を知ってからは彼の手に負えない売り物の修復などを頼みに訪れる。

「仕事か」

 今日もそうだろうと当たりをつけて尋ねると、レイは頷く。

「ああ。でも特別急ぐ物じゃないから出直してもいいぜ。お前、さてはまともに寝ていないだろう」

「……わかるのか?」

「俺じゃなくてもわかると思うけど? いつも以上に無表情だし顔色も悪いからな。……そうじゃないかと思ったらやっぱりか」

 呆れたように肩を竦められる。

 実際、徹夜こそしていないがここ数日というもの、寝ても数時間の生活が続いており、そろそろ顔に出ていても不思議ではない。

「ちゃんと寝ろよ? その内倒れるぞ」

「……。わかってる……」

 どうやらレイは知らないようだが、つい先程も街中で行き倒れていた身である。何となく真っ直ぐに見る事が出来ず、視線を反らして答える。

 そう──一応、自分でもわかってはいるのだ。その度に反省もしているものの、一度仕事に入るとその事もすっかり抜けてしまい、結局、反省はまったく役立たずに終わる訳だが。

 何にせよ、どうせ受ける依頼なら立ち話もなんである。ユータスは閉ざされた扉の鍵を開き、レイに中に入るよう進めた。

「寝ないのか?」

「ん。今日はもう仕事はないから、話を聞いてから寝る」

 しばし本当に大丈夫だろうかと探るような視線が向けられたものの、レイも折角ここまで来て出直すのも無駄だと考えたのか、じゃあ手短にと断りを入れると店の中に足を踏み入れた。


+ + +


「頼みたいのはこれの修復なんだけどな」

 そう言ってレイが取りだした布袋から出て来たのは、華奢な装飾の金細工の首飾りだった。女性用らしく、蓮と思われる花を象ったものだ。

 特徴的な意匠と金の質で、それがティル・ナ・ノーグではない場所で造られたものである事はわかった。

(カイスの細工か)

 カイスとはフィアナ大陸南東部にある砂漠に存在する町の名だ。

 四方を砂に囲まれ、人が生きるにはいささか厳しい土地だが、東西をつなぐ交易拠点として栄えている商人の町である。

 そこの住人は多くが浅黒い肌を持ち、このティル・ナ・ノーグにもカイス生まれの人々が数多く生活している。目の前にいるレイもしかり、そして先程行き倒れていた際に遭遇したハーキュリーズもそうだ。

「これの留め金の所が潰れててさ。これじゃ使えないだろう? 手持ちの適当なパーツにつけ替える事も考えたけど、なんかしっくり来なくてな」

 苦笑混じりに言われて手に取ってみれば、確かに肝心の留め金の片方が重い物でつぶされたようになっていた。左右の留め金をかみ合わせるような構造の為、変形していると留まらない。

 カイスの金細工品は細部まで繊細な物が多く、この首飾りも留め金部分にまで細かい蔦のような模様が刻まれていた。作り直すにしても、完全に再現しようとすればそれなりに手間はかかりそうである。

「直せそうか?」

「ん」

 レイの問いにあっさりと頷くと、ユータスは近場に置いてあった紙に手を伸ばし、おそらく変形する前はこうであったと思われる図を描きだした。

「ここまで細かいと作り直した方が早い。こんな感じになると思うけど、何か付け足す部分とかあるか?」

 爪の先程の小さな金具を何十倍かに拡大した図を、特に手元を見るでもなく描き出して差し出すユータスに、レイが驚きを隠さずに切れ長の目を丸くした。

「……? どうかしたか?」

 特別な事をした覚えもないユータスが怪訝そうに尋ねると、我に返ったようにレイが瞬きする。

「あ、いや、イオリさんがいなくてもデザインが描けるんだなと思って」

「……ああ」

 レイの言葉になるほど、と納得する。

 商店街の界隈ではすでに相方のイオリがデザイン担当である事は知れ渡っている。レイのように製作担当のユータスはデザインを起こせないと思われていても不思議ではない。

 先日のヴィオラの依頼などでもそうだが、ユータス自身がデザインを起こす事は可能だ。そうでなければ、いくら共同経営と言っても細工師として独立など出来るはずもない。

 ただ、一般的に『普通』の範疇の物を作るのがひたすら苦手なだけである。

「……。『製作』と『修復』は別物だからな。自分でデザインを考える訳じゃないから」

 だがしかし、それならどうしてイオリがデザインを担当しているのかという話になり、場合によるとその辺りの話をしなければならなくなる事に気付き、ユータスは説明を盛大に端折った。

 別に秘密でもなんでもないが、何処から話せばよいかわからないし、ただでさえ寝不足の頭では思い返すのもひたすら面倒臭い。

 第一やたら印象的ではあったが、思い出したい程の出会いであったかというと非常に疑問が残る。何しろ、出会って早々裏拳を食らった身だ。

「それに、元々こういうのは得意なんだ」

「へえ。お陰で助かってる。作るのはともかく、こういう細工品じゃ元通りに直すって難しいんだよな」

 修復は形に手を加えず、持ち主が完全に別の装飾に変える事を望まない限りは、可能な限り本来のデザインをそのまま再現するのが定石だ。

 そういう意味では本来細工師の仕事とは言えないかもしれないが、細工品に限らず一度壊れてしまった形の再現はユータス自身好きでやっている仕事である。

 昔から記憶力は良いのだ。意識して見た物は必要な時に細部まで思い出せる。

 ユータスにとっては物心つく前から当たり前の事だった為、それが少し特殊な事だとは随分長い事気付いていなかったのだが。

 さらにいちいち測るのが面倒臭いという理由から、目測で大体の大きさを測っている内に、よく目にする物に関してはほとんど誤差なく大きさや量を把握出来るようになってしまった。

 面倒臭がりも時に役に立つものである。

 そのお陰もあり、今回のように変形してしまっていると完全にとは言えないが、同じ物や往時がわかる物があれば、ほぼそっくりに戻せる。

 むしろ純粋な細工師より修復専門の方が食って行けるんじゃね、とは彼に技術を仕込んだ(正しくは半強制的に手伝わされている内に覚えた)修復マニアの兄弟子の言である。

「特に変更部分がないなら、これでやってみる」

「ああ。留め具だし、見た目に違和感がなければ自由にやってくれていい」

「わかった。……これ、特に急ぎじゃないって言ったよな」

 ふと思いついたようにユータスが尋ねると、レイは頷きながら苦笑した。

「注文品じゃなくてただの仕入品だからな。……と言うか、仮に急ぐ品だったとしても、今のお前に頼むほど俺は人でなしじゃないって」

 急ぎかどうかを尋ねたのには別に理由があったのだが、今日明日で作業をすると思われたのか、言外に取りあえず寝ろと言われる。

(……カイスの金の配合比は知らないから調べてからと思っただけなんだけど、まあいいか)

 カイスに限らず、金を産出する場所は一般に流通している物より品質の良い金が使われていたり、含有量が高かったりするものだ。

 ユータスも流石に今日これから作業するのは自滅行為だと自分でもわかっている。

「じゃあ、出来たら持って行く」

「ああ、それじゃ頼むな。……あ、そうだ」

 話は終わったと、扉に向かっていた足がふと止まる。

 何だろうと思いつつ視線を向ければ、何か悪戯でも思いついたような表情でレイが口を開いた。

「その首飾りの修復が終わった後に、特に急ぎの仕事がなかったら、別件で依頼を受けてくれないか?」

「別件? ……修復じゃなく?」

「ああ」

 軽く思い返してみても、レイが修復以外の依頼を持ちかけて来たのは初めてである。

「──ちなみに期日は?」

「こちらも全然急ぎじゃない。一月とか二月かかるようだったら無理して受けなくてもいい。……どうだ?」

「それなら大丈夫だと思う。……なら、これを持って行く時はイオリにも伝えておく」

 製作ならデザイン担当のイオリが必要だろうと思ったのだが、予想外にもレイは首を振った。

「いや、イオリさんはいい。ユータスも描けるってわかったしな」

 何となく嫌な予感がした。

 先日、似たような流れで普段やらない方向のデザインをする事になり、散々悩んだ身である。当分、そうした依頼は受けるまいと心に誓った事は記憶に新しい。

「──何を作らせる気だ?」

「そんなに身構えるなよ。あんな細かい物を作り直せるユータスなら難しい物じゃないって」

 楽しげな笑顔でそんな風に言われるとすごく気になる。

 だがレイはこの場で伝える気はないらしく、取りあえず寝ろと言い残し、消化不良なユータスをそのままに帰って行った。

※今回お借りしたキャラクターはこちら※

レイ(キャラ設定:道長僥倖さん)詳細はティル・ナ・ノーグの唄公式(http://tirnanog.okoshi-yasu.net/)をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ