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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第2話 始まりは空飛ぶ魚
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始まりは空飛ぶ魚(2)

※7月1日 アタランテ&ハーキュリーズの関連作品へのリンクを載せました

 ティル・ナ・ノーグの商店が軒を連ねる一角にその店はある。

 数年前に老齢を理由に持ち主が退き、火が絶えていたそこに新たな細工師がやって来たのは数月ほど前のこと。

 新たな店の主人となったのは、周囲の予想に反して随分と若く、やたら縦に細長い十八歳になったばかりの少年だった。

 名をユータス=アルテニカ。

 腕前は言うまでもなく、それなりの下積みや経験を必要とする細工師として、工房を構えるには若すぎるとも言える。

 年齢に加え、一見何を考えているかわかりにくい表情の乏しさに、付近の住人は密かにやって行けるのだろうかとまず心配した。

 いくら職人でも、独立したとなれば当然営業なども自分でやらねばならない。長くそこで商売をしてきた商人達から見れば、頼りなく感じたのも仕方がないだろう。

 様子見を兼ねて一人二人と店を訪れた者は、一見無愛想だが話してみるとそこまで人当たりは悪くなく、むしろ修業先できちんと躾けられたのか年の割に礼儀作法がしっかりしている事に驚く。

 元々、こだわる性質の職人に変わり者が多い事は事実である。常人と同じ観点では新しい物など出来ないというのも確かだ。

 結局、店を訪れた者は最終的にこの少年もそうした『変わり者』であると見なす事になる。

 色々と奇妙な物が並ぶ店内もさる事ながら(だが、よく見るとそれもパーツ自体はやたら精巧に作られたものである事がわかる)、その最たるものは店舗の出入り口にあった。

 以前いた細工師の時にはなかった、大・中・小、様々な大きさと材質で作られたペルシェの置物が、これでもかと存在感を主張しているのである。

 非常によく出来ており、モチーフが観賞用に飼われる事もあるペルシェである。

 たまに購入を希望する者もいない訳ではないが、新たに作成するのならばさておき、入口に置いてあるものは全て非売品なのだという。

 理由を聞くと『趣味で造った』とか『未熟な作品なので』といった、いかにもその場で考えた感じのすごく適当な答えが返って来る。

 好みならもっと数があっても不思議ではないし、明らかに別に理由がありそうだが、口にしたくない事があからさまで、結局今までその理由を知る事が出来た者は一人もいない。

 そして今日も店先で、木や陶器で出来た空飛ぶ魚の形をしたそれは訪れる客を出迎える。


 その数──全部で八体。


+ + +


「ユータスー、ねえねえ、ユータス、何でこんな所で寝てるの? 酔っ払い?」

「いや、こいつ確か下戸だったんじゃねえ? というか、アタランテ……。人を剣の先でつっつくな」

「えー? ちゃんと鞘つけてるよ?」

「そういう問題じゃねえ! …っと、目ぇ覚めたか」

 頭上で交わされる賑やかな言葉の応酬と、身体を棒のようなものでツンツンと突かれる刺激で意識が浮上する。

「……?」

 ぼんやりとした視界に入ったのは、至近距離で覗きこんで来る見覚えのある少女の顔だった。

 見た所十代中頃から後半、明るい茶色の髪はふんわりと短く切られ、大きな赤い瞳が無邪気に光る。明るい表情が活発な印象を残す少女だ。

「アタランテ……?」

「うんっ、おはよう!」

 にぱっと笑って挨拶してくるアタランテという名の少女に、視界の外から『もう昼だ』とぼそりと突っ込む男の声。

「……、ハズさん?」

「おう。……何やってんだお前。またイオリを怒らせて吹っ飛ばされでもしたのかよ?」

 言われて軽く記憶を遡ってみる。非常に残念ながら、『また』と第三者に言われる程度には心当たりがある身である。

 決して怒らせたい訳ではないのだが、知り合って二年にもなるのに、未だにどう言えば相方を怒らせずに済むのかいまいちわからない。

「……いえ、違います」

 答えながら、ようやく自分が地面に転がっている事を認識する。

(またやったか……)

 気が付いたら外で寝ていた、という笑えない状況にそんな事を思う。

 『また』と思うだけあって、こうした事は初めてではない。最初にやらかしたのはライラ・ディ当日で、それから半月ほど経つ間にすでに三度ほど行き倒れていたりする。

 と言うのも、ライラ・ディを境に何故か急に仕事が立て込んで入り、元々仕事となると寝食を忘れる上に、納品期日を守る主義のユータスの生活は、とても規則正しいとは言えないものとなってしまったのだ。

 依頼先は今までさほど縁のなかった貴族階級からの物が多く、修復や小物といった比較的小さな仕事ばかりではあるのだが、塵も積もればである。

 しかもどれも『こんな感じで作ってくれ』といった指定ありで、中には一流のデザイナーが描いたと思われるデザイン画を持ってくる者もいた。

 そこまでするならもっと名の知られた細工師の所に持って行けばいいのでは、と疑問には思いつつも、駆け出しの身に仕事を選ぶ権利はないと手当たり次第に引き受けてこの有様である。

 今日も頼まれていた仕事を届けに出て、ふと気付いたら意識が飛んでいた次第だ。

 もそもそと身を起こすと、どうやら何処かからの仕事帰りと思われる姿でアタランテとハズ──正しくはハーキュリーズという──がこちらを見下ろしていた。

 片や小柄で人形のように愛らしい十代後半の少女、片や強面で長身でしっかりと鍛え上げられた肉体を誇る三十代そこそこの男。

 外見的にも特に似ておらず、年齢的に親子や兄妹にともつかない。瞳の色こそ同じだが、それ以外は全く共通点がないようでいて、何処となく似た空気を持つ二人だ。

 アタランテとハーキュリーズはどちらもハンターを生業にしており、二人で組んで仕事をしている。その事を物語るように、今日は動きやすそうな服装とそれぞれの得物を身に着けていた。

 どちらも見事な大剣で、成人男性である上に見るからに百戦錬磨のハンターの貫禄を持つハーキュリーズはさておき、小柄なアタランテの愛剣は身の丈とさほど変わらず、本当にそれを振り回せるのかと疑問に思う程だ。

 アタランテ自身というよりはその武器を作成した養い親の方と交流があるので、『アルテミシア』の銘を持つそれが決して見掛け倒しの物ではない事を事実として知ってはいるのだが。

 相方のイオリといい、アタランテといい、『女は非力』という一般論は嘘だとしみじみ思う今日この頃である。

「イオリじゃなけりゃなんだ、本当に行き倒れか? アホか」

 旅先で食べる物もない状況ならともかく、自分の住んでいる街で行き倒れなど愚の骨頂である。心底呆れたようなハーキュリーズの言葉もまったくごもっともとしか言いようがない。

 何とか自力で立ち上がると、軽く視界が揺れた。これはまずい。

「ユータス、大丈夫? あ! 運んで行ってあげよっか?」

 アタランテが名案が思い浮かんだとばかりにそう言い、いい笑顔でぐっと拳を握る。

 確かに大剣を自在に振り回せるくらいなら、男一人(しかも細い)くらい抱えて運べそうだが、流石にそんな事はプライド以前の問題で頼めるはずがない。

 いらないとユータスが断る前に、ハーキュリーズが間に割って入った。

「お前が運ぶな、それならオレが運ぶ」

「えー! 大丈夫だよ、ハズ!! ユータスくらい運べるよっ!!」

「そういう問題じゃねえ! そりゃ縦に長いだけの棒きれみたいな奴だし、運べるかもしれないがな。お前、見た目は年頃の女なんだぞ? 男なんぞ軽々しく担ぐな!」

「なんで女だと駄目なの? そんなのずるい!!」

「いや、ずるいとかそういう問題じゃなくてだな……!」

 ぷう、と不満げに頬を膨らませるアタランテに意見するハーキュリーズはやけに必死な様子だが、どちらも本人がいる前で結構ひどい言い草である。

「ハズはいっつもダメダメばっかり!」

「あんだと? お前が無謀な事ばっかりするからだろうが!」

「それだけじゃないもん、この間着てた服だって、スカートが短過ぎるとか言って。『女のスカートの短さを気にするのは、親父かむっつり助平のどっちか』なんだからね! ハズのむっつり助平!!」

「なっ……、誰だそんな事をお前に吹き込んだ奴は!?」

「ユリス」

「あの野郎……! いいか、アタランテ。あいつの言う事を鵜呑みにするな! つか、そもそも近寄るな!!」

「……なんで?」

「なんでって……、それは、その、お、女好きだからだ!」

 明らかに苦し紛れのハーキュリーズの言葉に、アタランテはきょとんと瞬きをした。

「?? 『女好き』って女の子が好きって事だよね? 私もアニータやクラリスの事好きだよ? 女の子も男の子も、お友達はみんな大好き! それの何が悪いの?」

「いや、そういう意味じゃなくて……あー、ともかく、近寄らなけりゃいいんだ!!」

 だんだんと話がユータスを運ぶか否かから、兄弟喧嘩とも痴話喧嘩ともつかないものにずれて行くのを何処で遮っていいものか悩みつつ、そう言えばとふと思う。

 以前と違い、行こうと思えばいつでも行けるようになったせいか、しばらくアタランテの養い親の元に顔を出しに行っていない。

 ロイド=クリプキという名のゴブリンの男性なのだが、どう見ても歴戦の戦士然としているにもかかわらず家庭的な上に世話焼きで、子供の頃からひょろいユータスは顔を合わせる度に『ちゃんと飯を食え』と怒られている。

(近々、挨拶にでも行くか)

 (主にハーキュリーズが)白熱してゆく二人の言い争いを何事かと人々が遠巻きに見ている事に気付きつつも、ユータスはそんな事をぼんやりと考える。

 ──人はそれを、現実逃避と言う。

 結局、アタランテとハーキュリーズの口論が収まったのはそれから小一時間ほどした後の事だった。


「そういやなんで私とハズ、さっきから喧嘩してるの?」

「ぁあ? ……ああ、そういやユータスがどうとか……」


 というやり取りでようやくユータスの存在を思い出したハーキュリーズから、そもそもお前が行き倒れているから悪いと追い払われるように送りだされ、ようやく家路についた訳だが、何となく理不尽な扱いを受けたような気がするのは気のせいだろうか。

(……担がれて連行されるよりはマシか)

 アタランテは言うに及ばず、ハーキュリーズでもそれは勘弁して貰いたい。どちらも目立つ事この上ない。

 何にせよ、仕事も今日届けた分で一段落ついたので早々行き倒れる事もないはずだ──多分。

 幸い、今までの行き倒れた事はイオリの耳には届いていないようなのだが、今後続くと確実に知られる事になるだろう。広いようで狭い界隈である。

 知られた結果どういう事になるか、想像せずとも明らかなので出来れば知られずにいたい所なのだが。

 ここしばらく理由があって食事自体は(非常に偏ってはいたが)それなりにちゃんと取っており、行き倒れた原因は明らかに睡眠不足によるものだ。

 取りあえず帰り着いたら少し仮眠を取ろうとぼんやり考えつつ足を動かしていると、やがて見えて来た店の扉の前に所在なさげに佇む人影が見えた。

(あれは……)

 白と黒という対照的な二色の髪に灰色の布を巻いた特徴的な姿。縦に長いユータスと比べると小柄だが、均整の取れたしっかりした体つき。

 何処か異国の雰囲気を有したその人物は、ユータスに気付くとひらりとその片手を持ち上げた。

 どうやら寝るのは後回しになりそうだ──そんな予感を感じつつ、ユータスは心持ち歩む速度を速めた。

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

・アタランテ&ハーキュリーズ(キャラ設定:タチバナナツメさん) ⇒ まちかどの、うた http://ncode.syosetu.com/n2252bc/ 作:タチバナナツメさん


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