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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(15)

 ヴィオラが帰った後、イオリ達に追いやられるように寝台に入り、文字通り死んだように寝た翌日。

 いつものように炉に火を入れようとしていると、店舗側の扉が激しく叩かれる音が聞こえた。まだ早朝だというのに近所迷惑もいい所である。

 いくらはずれとは言え、商店街の一角である。店舗のみならず、ユータスのように自宅を兼ねている所だって少なくはないと言うのに。

 ユータスは小さくため息をつくと、ぼそりと呟いた。

「自分から来たか……」

 何となく来るかもしれないという予想はうっすらとあったのだが、まさか本当に来るとは。

 明らかに寝ていたら起こす意図があるとしか思えない、激しく叩かれ続ける扉を開けると、そこには黄土色をベースに緑の濃淡で彩られた迷彩柄の仮面を被った男が立っていた。

 ユータスの姿を認めると、仮面の中央付近に開いている穴の向こうで瑠璃色の瞳がにんまりと笑う。

 服装も色を抑えたもので、一体これから何処に潜伏する予定かと思える有様だ。そんな格好だと、朝の清々しい空気の中に佇んでいるだけで挙動不審者である。普通の人間なら即座に再び扉を閉めている所だ。

「──よう、ひょろ男。いい朝だな!」

「……おはようございます、ブルードさん。店の場所、よくわかりましたね」

 一瞬どう反応すべきか悩みながらも、ユータスは取りあえず気になった事を尋ねる事にした。

 基本的に自宅に籠って作業をしているブルードが外を出歩く事自体限られており、ユータスが独立して店を構えた際も祝ってはくれたが店まで足を運んできた事はない。

 その疑問に迷彩柄の仮面がよくぞ聞いたとばかりに頷いた。

「うむ、昨日チビが来てな。お前の事だから、今頃半分死んでるんじゃねえかと思って場所聞いた。こっちから行った方が早そうだったからな」

「ああ、なるほど」

 ちなみにチビというのも兄弟子の事である。古美術オタクの修復・複製マニアで、一番年が近い(とは言っても十は違うが)せいか、独立してからも兄弟子達の中では最も交流がある人物だ。

 一応、リーク=イルディスという立派な名前があるのだが、弟子の中で最も身長が低い為、ブルードからは『チビ』と呼ばれている。

「朝からここまで来たのは他でもない。──これ、よろしくなっ♪」

 心なしか弾んだ言葉と共にブルードの手が持ち上がる。その武骨な指が持ちあげた布の袋をじっと見つめ、ユータスは念の為に確認した。

「──納期は?」

 これを聞かずに受け取ると、(色んな意味で)後が怖い事はもうすでに学習済みである。

「すっげえ悪いけど、二日で頼むわ。お前なら出来るだろ」

「……」

 予想より短い。流石にユータスの眉間に皺が寄る。その反応を予測していたのか、ブルードははっはっは、と仮面の向こうから明るい笑い声を上げた。

「いやあ、本当に悪いと思ってるんだけどな? これ、もう本来の納期十日位過ぎてるんだわ」

「……。大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃない」

「……、ですよね」

「だからこの間、お前が代金代わりに仕事手伝うって話を持ちかけてくれて本気で助かったぜ」

 笑い事ではないが、もはや笑うしかない状況らしい。

 石を分けてもらいに行った際、ユータスの話を聞いたブルードは、提示した半月という期間ではなく一仕事分に条件を変更してきたのだが、どうやらその時からこうする事を考えていたようだ。

 ユータスは深々とため息をつくと、布袋を受け取った。じゃらりと布越しに感じる石の感触で、大体の量を推測する。

(……今夜も寝られないな)

 今夜『は』ではなく『も』な辺り、我ながらどうかと思う。自分から持ちかけた話なので断る訳にも行かないが、まさかわざわざ仕事を持ちこんで来るとは。

「あー……、もしかしなくてもまたハリセンちゃんに怒られるか?」

 考え込む様子のユータスに何を思ったのか、何処となく楽しげな口調でブルードが言う。

 言うまでもなく、『ハリセンちゃん』とはイオリの事である。ユータスが何かしらやらかし、どつかれる際に彼女が使用する武器(?)からついた名だ。

「──いつもの事です」

 非常に遺憾いかんな事ながら否定出来ない。何しろつい数日前にも叱られ、草満載の粥を問答無用で食べさせられた身である。

「あ、これ指示書な。本当に悪いとは思ってるんだぜ。今度、詫び代わりに土産持って来るからよ」

 懐から紙の束を取り出してユータスの手に載せながらの言葉に、おやと思う。珍しく出歩いていると思ったら、ちゃんと理由が存在したらしい。

「買いつけですか」

「おう、ちょっと王都サフィールまで行って来る」

 話を振れば、うきうきとした答えが返って来る。

 普段、ひたすら納期に追われて石を磨き続けているブルードだが、数月に一度の頻度で外へ出かける事がある。目的は彼の趣味と実益を兼ねた原石の買い付けだ。

 場所にもよるが、一度出かけると長い時は一月近くいない為、その付近になるとブルードの仕事量は激増する。今回はたまたまその時期に手伝いを持ちかけてしまったらしい。

「随分と楽しそうですね。何か掘り出し物の情報でも貰ったんですか」

「おっ、わかるか? それがなー、まだ未確認なんだがエッカルト産の原石が手に入るかもしれなくてなー♪」

 余程嬉しいのか、完全に声が踊っている。

「エッカルト……って、あの?」

「そ。『あの』エッカルトで採掘された石だそうだ。もちろん、最近のじゃねえけどな。それでも原石になるとろくに残っちゃいないし、幻の石だぜ」

 エッカルトとはティル・ナ・ノーグよりはるか北方に位置する都市の名前だ。もっとも今では誰も住む者はおらず、都市とは名ばかりの場所である。

 かつては非常に良質の鉱石・玉石を世に送り出してきた場所なのだが、二十年ほど前に原因不明の魔獣の異常増殖が起こり、人が住めない場所になってしまったのだ。

 今も数多くの魔獣が跋扈ばっこし、足を踏み入れれば生きては帰れないと言われている──。

「行ってみたいですね……!」

「行ってみてえよなあ……!」

 同時に口にして、ほうとため息をつく。だがしかし、それぞれの目的は大きく異なっていた。

「……、お前はやめとけ。いくら頑丈でも絶対死ぬから」

「ブルードさんこそ、体力ないじゃないですか」

「お前と違って俺はモンスターの群れが見たい訳じゃないからいいんだよ! 俺は石の鉱脈が見たいだけだからな」

「……坑道に突っ込むなら、あまり危険性は変わらないと思います」

「いーや、お前の方が絶対に死ぬね!」

 これは譲らないとばかりに断言される。

「お前、自覚あるのか知らねえけど、いっつも自分の身の優先順位が低いからな。俺も仕事中は寝るのを忘れるって事はあるが、流石に食うのまでは忘れねえぞ。腹が減ってはって言うしな。ま、それがわかっていて仕事を頼む俺が言う事じゃないが」

「……はあ」

 そこまで命知らずのつもりはないのだが、そこまで断言されるとそうかもしれないと思えて来る。

 実際、普段家族やイオリが頻繁に訪れては食事をさせるので考えた事がなかったが、放置していて自発的に食べるかと言うと確かに怪しい。

 何にせよ、今の時点ではエッカルトどころかティル・ナ・ノーグの外に出る予定自体ないのだが。

「それじゃ俺もまだ仕事があるし、これからいくつか寄る所あるから帰るな。それ、二日後に取りに来るから『心おきなく』磨いてくれ!」

 さりげなく生半可な仕上げじゃ許さんとプレッシャーをかけ、ブルードはふと店の入り口に並ぶ様々な材質で出来たペルシェの群れに目を向けるとにんまりと仮面の向こうの目を細めた。

「──うむ、いい土産を思いついたぞ。楽しみにしてな!」

 びしっと親指を持ち上げて言い残すと、そのままブルードは今にもスキップしかねない跳ねるような足取りで帰っていく。

 一体何を思いついたのだろうと考えながらその背を見送り、ユータスは手にした布袋を目の高さに持ち上げた。

 あのブルードが任せてきた以上、腕を買ってくれているという事でもある。ユータスも仕事に妥協をするつもりは全くない。

「……やるか」

 こうしてユータスは再び仕事に集中する羽目になったのだった。

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