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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(13)

「……、出来た……」

 何とか作業が完了したのは、ヴィオラが様子を見に来ると言った五日目の夜明け前の事だった。

 すでに身体は限界で、そのままユータスはぐったりと力尽きたように作業台に突っ伏す。けれど精神的には充足感で満たされていた。

 何かを形にすること、それがやはり自分の一番やりたい事で、好きな事なのだと実感する瞬間でもある。

 果たして、これでヴィオラが喜んでくれるのか──デザインで難航した事を察したからか、それとも別に理由があるのか『好きに造れ』と言ってくれたが、出来る限り期待を良い意味で裏切りたい。

 いつも通りなら昼下がりにはやって来るだろう。それまでに渡せるようにしておかなければならない。

 時計の修復と装飾という一番重要な作業は終わったが、渡せる状態にするまでが仕事だ。作業はまだ残っている。ユータスは深く吐息をつくと、最後の気力を振り絞って立ち上がった。

(取りあえず、少し寝よう……)

 完全に体内時計が狂っているこの状態でそのまま寝台に横になると、一体いつ目が覚めるか自分でも予測がつかないので、時計を一旦仕舞うと工房を出てよろよろと店舗の方へと移動する。

 今日ヴィオラが来る事はイオリ達も知っているから、おそらくいつもより早めに顔を出すだろう。それをあてにするのもどうかと思うが、このまま起きているのは流石に難しい。

 カウンター横の椅子に座るとそのまま再び上半身を突っ伏す。ウィルド曰く『グール』状態になると、ユータスはそのまま意識を手放した。


+ + +


「お兄ちゃーん? 大丈夫ー?」

「……」

「兄ちゃん、生きてるー?」

「……、いきてる」

 左右からの聞き覚えのある容赦ない大声に、ユータスは目を覚ました。

 睡眠不足なのか、断食状態のせいか、それともどちらともか。身体を起こすのも億劫おっくうだ。

 突っ伏した状態のまま軽く頭だけ持ち上げると、目の前に腕組みをして呆れたように見下ろしているイオリがいた。

 イオリを挟むように左右にニナとウィルドがこちらを覗きこんでいる。来るとしたらどちらかだろうと思っていたが、まさか全員勢ぞろいとは。

「おはよう。ここにこうしてるって事は、出来たの?」

「……ん」

 半覚醒状態のままイオリの問いかけに何とか返事を返し、のろのろと身体を起こす。

「──もう昼か……?」

 念の為に確認すると、ウィルドとニナが揃って首を振った。

「まだだよ。どうせ兄ちゃん、またグールみたいになってると思ったから早めに来たんだ」

「本当にこの手の予想を外さないよね、お兄ちゃん。『きっと死にかけてるから、みんなで食べなさい』って、お母さんが」

 そう言ってニナが持ちあげたのは、いつも差し入れを入れて来る物よりも二回りは大きなバスケットだった。母の事だから『みんな』にはおそらくイオリの分も含まれているに違いない。

「はい、立って、顔洗って。食べる前に少し目を覚まして来ないと、お兄ちゃん食べながら寝そう」

「ん……」

 ニナに言われるままにふらふらと立ち上がり、奥へとのっそり歩いて行く様はまさに伝え聞くグールそのものである。普段も仕事明けは似たり寄ったりの状態になるだが、今回は特にひどい。

 その背を見送りながら、ウィルドが首を傾げた。

「マダムの依頼ってそんなに大変だったのかな? 今の兄ちゃん、うっかり外に出たらそのまま確実に行き倒れるよね」

「そう言えばこの間来た時、山のように編み物作ってたわ。なんか煮詰まったとか言ってたけど」

「へー、珍しい。イオリ姉ちゃん、兄ちゃんがどんなの造ってたのか知ってる? 時計の装飾ってそんなに大変なの?」

「え? ううん、そういや何を依頼されたのか今初めて聞いたかも。とけい、って確か時間がわかる機械の事だよね?」

 数日前に無理矢理粥を食べさせた時点ではまだ下準備中だったようで、ユータスが一体どんなものを造っていたのかまではわからなかったのだ。

「うん、兄ちゃんそう言ってたよ。……あっ、そういやおれ、時計自体見せてもらってないや。後で見せてもらえるかな?」

「あたしも気になる! 何で『よくやった』って誉められたのかわからないままだもの」

「マダムから特に何も言われてなければ、頼めば見せてくれるんじゃない?」

 そう言うイオリも、ユータスが珍しく制作に難航していた様子だった事が気にかかって早く顔を見せたのだ。制作自体は間に合ったようなので、取りあえず安心はしたのだが。

 しかし何よりもまず、先にやる事がある。

「──でも取りあえず、あの死にかけを人間に戻す作業を先にしないとね。じゃあ、わたしはお茶を淹れるから二人はテーブルの準備をしてくれる?」

「「はーい!」」

 イオリの言葉にニナとウィルドが元気よく返事をし、バスケットの中身を広げ始める。

 どちらと兄弟なのかよくわからないこのやり取りが、ユータスがここに工房を立ちあげてからというもの、すっかりお馴染みの光景になりつつあった。


+ + +


 朝食には少し遅め、昼食には早めの食事を摂ると、ユータスも死人一歩手前から半死人程度にまで復活していた。

 具体的に何が違うかと言うと、前者は動くのがやっと、何をされても完全無抵抗、言われるままに動くのが、後者は会話および能動的に動作が可能になる。ただし、半分死んでいるので普段より言動が鈍い。

「……完成品?」

「うん、時計も見たいけど、兄ちゃんがどんなの造ったのか見たい!」

 ウィルドの言葉に、ユータスは沈黙した。ちらりと周囲に視線を巡らせれば、期待の籠ったニナの視線と、興味津々な様子のイオリの表情が目に入る。

 別にヴィオラからは特に見せてはならないという話はなかったし、時計と聞いてウィルドやニナが見たがる気持ちもわかる。それくらい珍しい物だ。

 ただ、今回は普段より石の品質を上げた事もあってかなり高価な作品で、しかも中身が精密機械という事を考えると気軽に見せて良いものか──。

「やっぱり駄目?」

 兄の沈黙に難しいと思ったのか、ウィルドが引き下がりかける。無理に見ようとしない分、少ししょんぼりした様子にユータスの良心は痛んだ。

「──……、直接触るなよ」

 結局、妹弟に弱いユータスは良心の痛みに勝てなかった。

 どちらにしてもこれからヴィオラに渡せるようにしなければならないのだ。一度工房に戻ると、完成した作品を適当なケース(本来の物は処分してしまったらしい)に入れ、再び店舗へ戻る。

「……ほら」

 取りあえず一番近い場所にいたニナに手渡す。

「わ、結構重いね」

 そんな事を言いつつ受け取ると、流石に落とすといけないと思ったのかテーブルの上に置いてから早速ケースを開く。

「うわあ、可愛い……!」

 完成品を目にした瞬間、ニナが歓声をあげた。

 まさかの反応に驚いたのか、ウィルドとイオリも何事かとニナの手元を覗き込み、その目を軽く見開く。

「うっわ、何これ。本当に時計?」

「これ、すごく可愛いし綺麗! 乙女度高いよ!! 流石はイオリちゃん!!」

「えっ? わたし?」

「うん、デザインしたのイオリちゃんでしょう? うちのお兄ちゃんがこんなに可愛くてまともな物を作る訳が──……、って、え?」

 言いながらもイオリの反応に何か違うと思ったのか、ニナの興奮は言葉の後半に行くに従って疑惑に満ちたものへと変化する。

 まさか──言葉以上にものをいうニナの顔を見つめ、イオリは止めの言葉を口にした。

「……今回は、わたしじゃないよ」

「そう、なの……」

「マダムが自分で考えたんじゃないの?」

「あ! そっか、そうだよね!! ウィル冴えてるじゃない!」

「……、デザイン起こすのにすごく悩んでいたみたいだから、それは違うと思う……」


 ──という事は。


 三人の困惑を隠さない視線が、制作者のユータスへと向けられる。それを受け止めたユータスは、それを気にした様子もなく億劫そうに頷いた。


「「「ええええええ!?」」」


 三人揃っての驚きを隠さない絶叫に、ユータスは思わず耳を塞いで呻いた。完徹三日の頭に至近距離からの大声が頭に響く。

「お、お兄ちゃん……。自分でもまともな物作れたんだ……?」

「ごめん、兄ちゃん。おれ、兄ちゃんを誤解してた……」

「やれば出来るんならいつもやればいいのに……」

 身内の遠慮のなさを差し引いても、ひどい言い種である。だが、普段が普段なのでそう言われても仕方がないだろう。

(当分、こういう仕事はごめんだ……)

 外野の声を余所に、ぐったりとカウンターへ突っ伏しながらしみじみとユータスは思った。

 実際、今回はいつも以上に気力を使い果たしていた。時間がなかった事も大きいが、いつもと違ってデザインに時間がかかった事がかなりのストレスになっていた。

 相手が恩のあるヴィオラだからこそ後悔はないが、次からは余程断れない相手でもない限り絶対に引き受けるまいと心に誓うユータスだった。

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