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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(12)

 日々の祈りの賜物か、サマラの機嫌は上々らしい。

 爪の先ほどもない石を削って必要な物に穴を開けた後、 一つ一つ磨き上げると言う非常に神経と手間暇のかかる作業が終わった後、ユータスは時計本体の修復に進んだ。

 ナイフか何かで抉られた傷は、改めて見ても痛々しい。

 そのまま塞いだりするよりは作り直した方が仕上がりが均一だし、何より耐久性を上げられると判断し、型を取った後に溶かしてしまう事にした。

 正確に動いてはいるようだが、時計の機械部分に微細な傷がついている恐れもあった。確認も兼ねて慎重に底を外してみると実際は二重底のようになっており、内部を衝撃等から守るような構造になっていた。見た目より重く感じたのはその為だったようだ。

 元々使われていた蓋や底の部分を外し、溶かして銀や銅を追加。金の含有度は下がるがその分耐久性は上がる。

 それをあらかじめ用意していた型に流し込み、成型し冷却──金属を溶かすだけに炉の温度も高熱になる為、離れていても自然と汗が滲む。

 換気はこまめにしてはいるが、籠った熱気はそうそう抜けはしない。

(──あとは、石のセッティングと固定、それから……)

 流れる汗を拭いつつ、ぐったりと壁にもたれて次の工程を考えていると、微かに工房の扉が開く音がした。

 ふと意識が浮かび上がるように現実を思い出し、そちらに目を向けると見慣れた相方の姿があった。

 生存確認から入る妹弟と違い、無言のままイオリは歩み寄って来ると少し怒ったような顔でユータスの顔を見上げてくる。

「……、何だ?」

「何だ、じゃない。あんた、何日籠ってると思ってるの?」

「──……」

 言われて、一体今が何日目なのか記憶を軽く遡ってみる。

 集中している時は寝食だけでなく周囲の状況も目に入らないが、記憶には昼と夜の移り変わりの回数は何となく残っている。

「……三日目か?」

 もうそんなに経ったのかと思いつつ答えれば、さらにイオリの眉の角度が吊り上がった。

「ここしばらくまともに寝ていない上、飲み食いすらろくにしていない事に少しは驚きなさいよ! 急ぎの仕事なのはわかってるけど、そんなんじゃ身体がもたないっていつも言ってるでしょうがっ!!」

 デザイン担当である前に医師見習いであるイオリには、ユータスの度を超えた不摂生さは目に余るものらしい。

 高熱と隣り合わせな為脱水症状になりやすいので、水分だけは気が付いたら摂るようにしているが、それ以外は確かに口にした記憶がない。

 何となくふらふらするのはそのせいかと他人事のように納得する。

「わかってる……。終わったら、寝るし、食う」

 毎度のように怒られているだけでなく、その通りだと自分でも一応は理解しているので素直に非を認めるものの、イオリはその答えでは許してくれなかった。

『わかっとらん。終わってからの話をしてるんじゃなか!!』

(あ、本気で怒ってる)

 普段、イオリはアーガトラム王国で一般的に使われる共通語を話すが、興奮などで我を忘れると故郷のシラハナの言葉が出る。

 何を言っているのか正確な所はわからないのだが(以前意味を聞いた事があるが、教えて貰えなかった)、いつも同じように怒られるので何となく言わんとする事はわかる。これはおそらく確実に自分が悪い。

「いいから来る!!」

 ぐいっと腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。油断していたのとすでに立っているのもやっとだった事もあり、入口の方へと軽く引きずられた。

「待った、まだ終わってな──」

「グールみたいになってたし、一段落ついてたんでしょ。そんなに時間は取らせないから!」

 つい最近何処かで聞いたような言い回しである。何故皆、見た事もないのに自分をグールにたとえるのか謎は尽きない。

 そんな事をぼんやり考えている間にぐいぐいと有無を言わさず引っ張られ、ユータスは数日ぶりに工房の外へと引きずり出されていた。

 久し振りの外界の空気と陽射しに触れ、睡魔と倦怠感が幾分遠のき、少しだけ頭の動きも良くなってくる。

「……あの、イオリさん」

 本気で怒っている時のイオリに逆らう気はないが、幾分前屈みになっている体勢が少々きつい。それを訴えようと口を開いたのだが。

「何よ、今の作業ってそんなに目に離せない所なの?」

「いや……」

「だったらいいじゃない」

 こちらに目も向けずに断言される。確かに今は冷却中で少し離れた所で困りはしないが、言いたいのはそういう事ではなく。

 藤の湯に引っ張って行かれる時も常々思うのだが、一体自分とさして変わらない細い身体の何処にこんな力があるのだろうか。非常に解せない。

 手を離したら逃げるとでも思ったのか、さらに引っ張る力が強くなった。もはや振り払う気力すらなく、仕方なくユータスは不自然な体勢のままイオリの後をついて行った。


+ + +


 連れて行かれたのは店舗奥の厨房だった。

「そこに座る!!」

 ここまで黙ってついてきた以上、逆らうという選択肢など最初からないも等しい。

 再び感じる既視感にイオリも小言だろうかと言われるままに素直に座れば、ドンと音を立てて目の前に湯気の立つ鍋が置かれた。

「……ん?」

「──本当だったら、藤の湯に即刻連れて行って放り込む所だけど! 今は仕事中だから勘弁してあげる」

「はあ」

「その代わり!」

 心ここにあらずといった生返事を返すユータスをぎろりと睨んで、イオリはびしっと卓上の鍋に指を突き付けた。

「これを食べること。これなら断食状態に近くても大丈夫でしょ。どうせユータは味覚音痴だし、これでもかって身体に良さそうな薬草入れておいたから」

 怒ったような顔で言い放つイオリの顔から鍋の中へ視線を向けると、湯気の向こうに何やら緑色のどろりとしたものが見えた。

(……粥ってこんな色してるものだったか?)

 普段、病気と言う病気をした事がないので過去に粥など数えるほどしか口にした覚えがないが、その時の記憶が確かなら、粥というものはもっと白っぽいものだったはずだ。

 明らかに草と米の比率が逆と思われるそれは、『身体に良さそうな薬草がこれでもかと言う程入っている』という言葉にふさわしく妙に青臭い匂いを放っている。

 じっと鍋の中を見つめる事、しばし。

 こちらの動向を見守るイオリの視線を感じつつ、ユータスは口にすべきか悩んだ。

 『味覚音痴』とイオリは表現したが、決してそういう訳ではない。否定する気力もないのと、今言っても意味がないので言わないが。

 味を表現する語彙に乏しいのと、食べ物を粗末にするのが主義に反するだけで、何となく食べてはいけない気がするものは流石に口にはしない。

 イオリの手料理は過去にも何度か(主に今回のように強制的に)口にした事があるが、味が悪かったような記憶もないし、その後体調を崩した事もない。

 ──ここまで食べる事に躊躇する物を作って来た事は初めてだが。

 本能は食べても大丈夫そうだと言っている。ユータスは覚悟を決め、横の添えられたスプーンに手を伸ばした。

 取りあえず、一口。

「……」

 思った通り、いかにも草という感じの匂いというか味が口の中に広がった。味付けはシンプルに塩だけのようだ。

「わざわざカターニャさんに選んでもらったんだからね。……残さず食べなさいよ?」

 カターニャとは商店街でも屈指の老舗薬屋を営むエルフの女性の名である。ならば効能は確かだ。さぞ、滋養強壮に効果がある一杯となっているだろう。

 言われるまでもなく、一度口にした以上残すつもりはない。──それはともかくとして。

「……イオリさん」

「何?」

 怒る一方で自分を心配してくれている事はわかるので、何となく敬語になりつつユータスは尋ねた。

「ちなみにこれ、味見は」

「……。薬草を入れる前にはしたけど」

 予想通りの答えが返って来た。すなわち、今現在の味はみていないという事である。

 決して食べられない事はないのだが、この何とも言えない苦みやらえぐみ、不意打ちで来る何かの実らしきものの酸味などの渾然一体とした味は筆舌に尽くしがたい。

(何だろう、この罰ゲーム感……)

 心の内で小さくため息をつくと、ユータスは一度止まっていた手を動かし始めた。

 完食せねばイオリも許さないだろうし、突き抜けていて感じていなかっただけで身体が飢えていたのは事実である。

「制作は順調なの?」

 無言で粥を口にするユータスに安心したのか、幾分口調を和らげたイオリが尋ねて来る。

「……ん」

 苦みやら何やらで舌が微妙に変になっている為、頷いて応える。実際、この調子で行けばヴィオラが再び顔を見せるニ日後にはぎりぎり間に合いそうだ。

「そっか、ならいいけど。──もう帰ったけど、ニナちゃんとウィル君も心配してたんだから」

 なるほど、イオリが強硬手段に出たのは二人に泣きつかれたからかと理解する。実際、ユータスの作業中に乱入出来る強者は身近な所だとイオリくらいしかいない。

「……悪い」

「悪いと思うならいい加減学習しなさいよ」

「……」

 返す言葉もないとはこの事である。

 何とか完食するとそれを見届けて満足したのか、イオリは特に何も言わずに帰って行った。言っても無駄だと思ったのかもしれない。

 後に『食べる青汁』と名付けられた(命名:ウィルド)この粥が、今後度々姿を見せる事になり、この時に頑張って食べた事をユータスが密かに後悔するのはまた別の話。

 残された時間は二日余り。

 ブルードに譲ってもらった石、土台と準備は出来つつある。あとはそれを頭の中にある『完成品』の形にする作業が残っている。

「──やるか」

 味はともかく、粥の効能は確かだったようで、疲労が幾分軽減されている。ユータスは気合いを入れると、再び工房の中へ姿を消した。

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