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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(11)

 ニ日ぶりにしっかりと眠った翌朝。いつも通りに夜明けと共に目を覚ましたものの、日課である炉に火を入れる事もせずに、ユータスは工房を後にした。

 目的地はティル・ナ・ノーグの中心にある噴水広場を挟んで、丁度正反対。

 一般の住宅が立ち並ぶ先、ひっそりと建つ少々古ぼけた一軒屋の前に辿り着くと、ユータスは外付けの階段を登り、二階部分へ移動する。

 まだ夜明けしてさほど時間が経っていない。周囲はまだ静まりかえっている。その静寂を破るように木製の扉を叩くと、しばらくしてギギギギギ……と軋む音と共にうっすらと扉が開いた。

「──誰だ、俺の眠りを妨げる者は……」

 中の様子も見えないほどに細く開いた扉の奥から、不機嫌さを隠さない低くかすれた男の声がした。ほとんど扉越しの為、元々そういう声なのかそれとも寝起きでそうなのか判断つかない。

「カールか? だったらおやっさんにまだって言っておけ。あの親父、いつになったら限度ってもんを覚えるんだ? お陰で俺、この一月お天道様の顔をろくに拝んでねえんだぞ、畜生め。チビ野郎だったら、先に払うもん払えや。お前いくらツケてると思ってやがる。甘えんじゃねえぞ。後は……えー、あー、……誰だ?」

 こちらから挨拶する隙も与えずに、一通りの心当たりに対しての言葉を一方的に投げつけられる。

 これは相当追い詰められているなと思いつつ、ユータスはそれ以上開く気配のない扉の隙間に向かって声をかけた。

「おはようございます、ブルードさん。残念ながらそのどれでもないです」

「ん? ……なんだ、ひょろ男か。ったく、誰かと思ったじゃねえかよ。朝っぱらから驚かすなよなー」

 あからさまにほっとした様子で扉が開く。とは言っても、覗いてやっと見えるかどうかから、扉の向こうにいる人物の一部が見える程度に変わっただけだが。

 扉の隙間から見えるのは、見た所三十代そこそこの中肉中背の男だ。

 暗い灰色の髪に、色白と言うよりは陽に当たっていないか何か病気持ちのように見える青白い肌。

 先日のユータスの比ではない睡眠不足と思われる、どす黒い目の下の隈に縁取られた目は赤く充血し、瑠璃色の瞳が暗く澱んで見える。見るからに不健康そうな男である。

 名をブルード=カッレといい、ユータスが修行していた工房の六人の兄弟子の一人で、石の加工に特化した石細工職人である。

 彼のカッティングと研磨技術は工房の誰よりも確かで、それ故に師を筆頭に工房内の方々から仕事を依頼されており、滅多に身体が空く事がない。

 結果として納期に追われる長年の生活ですっかり対人恐怖症になってしまい、ある程度交流のある相手ならいいのだが、それ以外は物陰からでないとまともな会話が出来ない気の毒な人だ。

 ついでに人の名前を覚えない為、勝手に適当な愛称や呼び名をつけられる。ちなみにユータスは修行に入ってしばらくは『ひよっこ』、身長を越した辺りから『ひょろ男』に進化を遂げた。

「ぐおっ、眩しいッ」

 そのまま扉を開くかと思いきや、やや東向きに設置された扉越しに朝の清々しい日光の直撃を受けると、すぐさま扉の隙間は元に戻ってしまう。

「……朝日を浴びると身体にいいらしいですよ」

 いつだったかイオリに言われた事を思い起こしつつそんな事を言うと、扉の向こうから憎々しげな呪詛が聞こえて来た。

「ぁあ? 俺だってなあ、好きでこんな汚ねえ部屋に籠ってる訳じゃねえんだよ! 畜生、ソルナ……お前を恨んでも逆恨みなのはわかっているんだ……。俺も出来る事ならお前の顔が見たいんだ。だがな、お前が毎日律儀に現れる度に確実に一日経っている事を知る、この絶望感!! 今の俺はお前がこの世で一番嫌いだ──滅びろ太陽!!」

「また納期がずれ込んでるんですね」

「……うん」

 語るに落ちるとはまさにこの事である。

「そんな訳でひょろ男、用件は手短に頼む。俺は忙しい」

「その前に中に入れて下さい。扉越しに会話していたら近所の人に変人扱いされたからやめろって、この間言っていたじゃないですか」

「……おお! そうだった。入れ入れ」

 自分からは開ける気のないらしい扉を開き、ユータスはようやくブルードに向かい合った。一月程前にも顔を合わせたのだが、その時より目の下の隈がひどくなっている気がした。

 窓と言う窓をきっちりと塞いだ薄暗い室内には彼のコレクションの石の数々と、壁にはずらりと彼が出かける時に被る仮面(対人恐怖症対策である)が並んでいる。

 奥の作業台の周囲には光源とするランプの類がいくつも置かれており、作業中はさぞ暑いだろう事が想像された。

 また仮面が増えているなとぼんやり眺めていると、気だるげな様子でブルードが話を促してきた。

「で、何の用だ? お前がここに来るなんて珍しいじゃねえの」

「石を分けてもらおうと思いまして」

「へ? お前、自分で目利き出来るじゃねえかよ」

「ちょっと欲が出ました。うちにあるのより、ブルードさんの所の方が品質は確かですから」

 ユータスの答えに、ブルードが目を丸くした。 

「……『欲』ねえ。お前からそんな言葉聞くとはな。明日は雪でも降るんじゃないのか?」

 何事も面倒臭がりで、ついでに無頓着なユータスを子供の頃から知っている身としては少々意外な言葉だった。

 職人の気質も様々だが、ユータスは基本的に手元にある素材で出来得る最高の物を作るタイプだ。素材から厳選して作る方ではない。それが『石』にこだわって来たのだから驚きもする。

「確かにここには最高級の石があるぜ。だが、この俺が厳選した愛すべきハニー達を簡単に分けるとは思ってないよな?」

 その言葉は半ば予想していたものだった。ユータスも動じる様子もなく頷く。

「分かってます。半月、でどうですか」

「おお、太っ腹。それはすげえ助かるけど、お前もう独立しただろ? 自分の仕事の片手間にやる気か?」

 にやにやと人の悪い笑顔を浮かべながら試すように問いかけて来る。確かに以前とは状況が違う。ちらりとイオリの怒った顔が思い浮かんだ。

「原価を払うのは簡単ですが、それよりこちらの方がブルードさんには価値があると思ったので」

「確かにな。他の奴等にも聞かせてやりたいぜ、その言葉。──心意気はわかった。じゃあ、こうしようぜ」

 言いながら椅子を勧められる。時間が惜しいのではないかと視線で問えば、何故かやたらと楽しげな兄弟子の顔があった。

「お前が『欲』を出したとかいうその仕事の内容を話せ。面白いと思ったら石、分けてやるよ。可愛い『弟分』の為にな」


+ + +


「ユータス、さま~!!」

 ブルードの自宅から帰りを急いでいると、商店街の中頃で背後から声がかかった。

 聞き覚えのある声にふと足を止め、声の方に目を向けると、一人の少女が手を振りながらこちらに駆け寄って来る所だった。

 頭の高い位置で二つに分けて結わえたチョコレート色の髪はくるくると綺麗に巻かれ、少女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れる。ティル・ナ・ノーグの南に広がる海の色を思わせる服は、少女の趣味かたくさんのフリルで飾られていた。

「……ベルベル?」

「ごきげんよう、ですわっ!」

 一体何処から追いかけていたのか、はあはあと肩で息をつきながらユータスに飛び付くと嬉しそうな笑顔を向けて来る。

「ユータス様、歩くの、速いんですのね! でも、そんな所も、素敵ですわ!!」

 息切れしているのに無理に話そうとするせいで、言葉がぶち切れだ。

 けれど本人はそれを気にした様子もなく、キラキラと金色の瞳を輝かせてそんな事を言う。ニナ辺りが聞いたら本気で耳を疑うような好意に満ちた言葉である。

 少女の名はメリーベルベル=ルル=フランボワーズ。長いので散々呼び間違った挙句、ユータスは『ベルベル』という愛称で呼んでいる。

 一体ユータスの何処を気に入ったのか、先日仕事先で知り合って以来、妙に懐いてくれている御歳十一歳の少女である。

 少々走った程度とは思えない程息を弾ませながらの言葉に、ユータスはふと眉を顰めた。

「悪い、もしかして結構前から追いかけていたか?」

「えっ、そ、そんな事ありませんわ!」

 即座に否定するが、それなりに急いでいた自覚のあるユータスは信じられなかった。

「……本当に?」

「えっと、その、……ふ、噴水の所からですの」

 じっと真正面から見下ろされての追及に、メリーベルベルは隠しきれずに素直に答える。

 その噴水がティル・ナ・ノーグの中央にある噴水広場のものを指すのなら、大分前に通りかかった場所である。そこからずっと小走りで追いかけてきたのなら息切れもするだろう。

「気付かなくて悪かったな。何か用があったんだろ?」

 特に用がなければここまで追いかけて来る事もないだろうと思い尋ねると、その質問を待っていたかのように、メリーベルベルはぐっと精一杯背伸びして身を乗り出した。

「ユータス様に聞きたい事がありますの!」

「ん」

 身長差があり過ぎるので少々背伸びした所であまり距離は変わらない。

 これでは話しづらいだろうと、ユータスが少し屈んで視線を出来るだけ合わせようとすると、メリーベルベルはぽっと頬を赤らめた。

「やだ、ユータス様、近いですわ……っ」

「ん? そうか?」

 どう見ても恋する乙女の反応だと言うのに何故顔を赤くしたのかさっぱり理解しないまま、少し身体を離す。すると少し居住まいを正したメリーベルベルが、幾分緊張した面持ちで尋ねて来た。

「あのっ、ユータス様は動物がお好きですわよねっ?」

「動物? ああ、好きだけど」

 正確に言えば、いわゆる動物に限らず『生き物』に関するものは全般的に好きなのだが。そんな事を思いつつ頷けば、その事に勇気づけられたようにさらに質問が飛んできた。

「今、興味のある生き物っていますの?」

「興味……?」

「あっ、ペルシェ以外ですわよ? ユータス様がペルシェがお好きで、でも飼えない事は知ってますから!」

 まさにそれを答えようとして先回りされる。だがしかし、ペルシェ以外に特に気になる生き物と言われても簡単に出て来るはずも──。

「……あ」

「何かありますの!?」

 思い当たった表情に、メリーベルベルの瞳が期待で輝く。そこに頷き、ユータスは普段と変わらない調子で答えた。


「グール」


 興味があるというと語弊があるかもしれないが、事ある毎にそれにたとえられるのでそんなに似ているのか気になっている事は事実だ。

「……グール……」

 流石に予想外だったのか、メリーベルベルの笑顔が一瞬固まる。

 おそらく、相手がイオリ辺りであったなら『それはそもそも生きてないだろう』と定義から間違っている事に即座に突っ込みが入ったに違いない。だが、恋する乙女にはそんな事すら障害にならなかったらしい。

「流石ですわ、ユータス様……、モンスターですら生き物として等しく扱うなんて素敵ですの!」

 胸の前で手を組み合わせ、やはりキラキラと瞳を輝かせて強引にまとめるとぱっと身を翻した。

「聞きたい事はそれだけですの! わたくし、頑張りますわ!! それではごきげんよう、ユータス様!!」

「ん? ……ああ、またな」

 結局、それを聞いてどうしたいのか告げないまま、メリーベルベルはひらひらとした裾をはためかせながら元来た道を駆け戻って行く。

 何だったんだろうと首を傾げつつ、ユータスもまた帰路に戻る。手にはブルードから分けてもらった石の数々。ちなみに全て原石である。これをこれから全部削り、磨き上げ、『宝石』にせねばならない。

 ヴィオラは今日から五日後に様子を見に来ると言い残していた。かなり厳しいが、出来る事ならそれまでに仕上げたい。

 すぐさま仕事の事で頭を支配されたユータスは、メリーベルベルとのやり取りとも言えないこの出来事をすぐに忘れてしまった。

 ──少女の『頑張り』が形になるのは、もう少し先の事である。

※今回お借りしたキャラクターと関連作品はこちら※

・メリーベルベル(キャラ設定:加藤ほろさん) ⇒ ニーヴは見た!~ティル・ナ・ノーグサスペンス劇場~ https://ncode.syosetu.com/n4584bc/ 作:加藤ほろさん

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