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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第1話 人にはそれぞれ、想いの形
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人にはそれぞれ、想いの形(10)

 そして、翌日。

 先日と同じように昼下がりにヴィオラは工房を訪れた。

「ごきげんよう、ユータス。……もしかして寝ていないわね?」

 一目でそう看破されるほど明らかに消耗していたユータスは、返事をしようとした瞬間、ヴィオラの足元から目にも止まらぬ速度で飛びかかって来た黒い物体への反応が遅れた。


 ドスッ!


「グフッ」

 心構えをせずに頭の上に重い物体に飛び乗られ、ユータスの口からうめき声が漏れた。

「……ステラ、重い」

「ニャウッ」

 一瞬曲がってはいけない方向に曲がりかけた首を何とか支えつつ抗議すれば、それがどうしたとばかりに頭上から鳴き声がし、ふさふさした尻尾で顔面を叩かれる。

 物体の正体は先日には姿を見せなかったアルフェリスのステラだ。

 ステラの体毛は見事な黒、額の所だけ星のような形で白い毛が生えている。言うまでもなく、アルフェリスの中でもさらに希少な種である。

 今日はちゃんとついてきたらしい。この間は心の準備をしていたが、今回は二日寝ていない事もあり、完全に油断していた。

「あらまあ、ステラったら。ユータス、大丈夫?」

「……はい、なんとか」

「ステラ、降りなさい。久し振りにユータスに会えて嬉しいのはわかるけれど、今日はユータスが疲れているから遠慮なさいね?」

「ミャウ♪」

 ヴィオラが言うと、あっさりとユータスの頭の上に乗っていた重量が消えた。相変わらず御主人様に対しては従順である。心なしか鳴き声すら違うように聞こえるのは気のせいだろうか。

 すりすりとヴィオラの足にすり寄るステラは背に羽さえなければ、ただの甘えん坊のでっかい猫にしか見えない。

 これが本当にあのグリフィスキアの近縁で、敵とみれば勇敢に立ち向かうと言われる生き物なのだろうかと常々疑問に思う。

「仕方のない子ね」

 苦笑しつつもステラを見つめるヴィオラの瞳は優しい。

「いつもごめんなさいね、ユータス」

「……いえ、いつもの事ですし大丈夫です」

 乗られた衝撃で少しずれた鼻眼鏡の位置を戻しつつ、ユータスはヴィオラへ椅子を勧めた。同時にヴィオラの足元にいたステラがひらりとカウンターに飛び乗り、そのまま悠々と座り込む。

「ありがとう。ところで、デザインはどうなったのかしら?」

 早速本題に触れるヴィオラに、ユータスは頷くとカウンターの上に昨日から取捨選択を繰り返し、今の時点で作成可能と思われるデザインを並べた。

 いつもならこんなにデザイン画を出す事はない。いつもと勝手が違うのと、ヴィオラが選ぶ余地が必要だと考えた結果だ。

 示された十枚近くのデザイン画に目を通し、ヴィオラは目を丸くした。それは普段ユータスが造る物からすると、随分と普通の物だったからだ。

 確かにそれは彼女が望んだ通り、現時点で、さらにこの普通と少々感覚が違う少年が造るという事を考えれば『この世に一つしかないもの』になり得るものではあったが──。

「珍しいわね。どうしてこれを?」

 確かにユータスはヴィオラが納得するものをとは言っていたが、それがこういう形になるとは予想もしていなかった。

 いつもとは別の意味で予想が外れた驚きから思わず尋ねると、睡眠不足もあってか、いつも以上の無表情のままユータスは淡々と答える。

「ライラ・ディ用かと、思ったので」

「……まあ」

 さらに思いがけない言葉が出てくるに至り、ヴィオラは素直に驚いた。まさかユータスの口から『ライラ・ディ』という単語が出て来るとは。

 それなりに付き合いが長いだけに、ユータスの『残念』っぷりは理解している。

 実際、その言葉に間違いはなかったが、彼の普段が普段なだけに、今回の依頼からその目的を当てられるとは思わなかったのだ。

「──イオリちゃんに何か言われたの?」

「イオリ?」

 切っ掛けがあるとしたらその辺りだろうと当たりをつけ確認すると、ユータスは何故その名前が出てきたのかさっぱりわからないといった様子で首を振って否定する。

「いえ、イオリは今回無関係です。ただ……」

「ただ?」

「昨日妹が来て、その時に言っていたんです」

「妹……、確かニナちゃんだったかしら?」

「はい」

「ニナちゃんがライラ・ディの事を?」

「はい。『ライラ・ディは女の子の聖戦。言葉にせずとも秘めた想いを伝える事が出来る日。それだけ重要な日を軽んじる男は等しくケルベロスの餌になるべし』と。妹はライラ・ディを『女の子』と限定しましたが、元々の由来を考えればそれは女性全般に言える事ではないかと思いました」

「そ、そう……」

 何度か顔を合わせた事のあるニナの顔を思い浮かべ、ヴィオラは少し戸惑った。

 確かにライラ・ディはヴィオラにとっても特別な日であるが、ケルベロスの餌とは穏やかではない。明るく元気で礼儀正しい少女だとは思っていたが、意外にも過激な一面があったらしい。

「この時計が、ライラ・ディ用で感謝や愛情を伝えるのが目的なら。この形が一番適していると考えました。……違いましたか?」

「いいえ、その通りよ」

 特に言葉にしなかったのに目的に沿っている。

 そして今後同じようなデザインのものが出てきたとしても、ヴィオラ自身が夫に贈る時計(本体は元々あったものだが)は、この先時計を贈らない限りこれ一つしか存在しない事になる。

 何より──これを目にした夫の反応が非常に楽しみだ。

「面白いわ」

 満足そうにヴィオラが微笑む。

 しかし対するユータスの表情はやはり冴えないままだ。疲れているようにも見えるが、原因は別の所にあるとヴィオラは推察した。

「それでユータス。あなたは何に納得していないの?」

 はっきりと尋ねれば、ユータスは少し驚いたように目を見開く。そう、実際ユータスはある一点において自らのデザインに及第点を出していなかった。

「──わかりますか」

「わかるわ。わたくしはあなたがまだ子供だった頃からあなたの造る物を見ているのよ?」

「……」

 小さく吐息をつく。

 元々、ヴィオラは人の内面を読む事に長けている。ここで誤魔化すだけ無駄だろうし、そうした所で自分も悔いが残るだろう。何より自分が納得していない物を渡す訳には行かない。

 ユータスは渋々と口を開いた。

「これらのデザインには、一つ大きな問題があります」

「あら、そうなの?」

「はい。元々、お預かりしていた時計はそれなりの重量があります」

 女性の掌に収まる大きさと言えども、言うならば金属の塊だ。懐に忍ばせるにしてもあまり重ければ実用性に欠く。

「さらに装飾に貴石を使用すればするほど、相応の重さになります。携帯する為の物としては不都合です」

 ──道具を道具として造れなければ二流。

 いかに珍しく美しいものだろうと、この装では『時計』という道具の価値を下げる。

 もちろん可能な限り軽くなるよう手は加えるつもりだが、あまり手を入れるとなると今度は耐久性に問題が出て来る。かと言って、装飾をそのままに重さを軽量化するには『中身』を軽くするしかない。

 しかしそこに手を出すには、専門的な知識と技術が必要だ。少なくとも、今のユータスには不可能である。

 ユータスの言いたい事を理解すると、ヴィオラは傍らで気持ち良さそうに寝そべるステラを撫でながらしばし考えた。

(──まだまだ、ね)

 師の元を離れて一年も満たないのだから、その教えに縛られるのも仕方のない事だろう。

 ユータスの師とも交流があるが、私生活はさておき、作品に関しては頑固なまでのこだわりを持った人物である。

 実用性、利便性、耐久性などの『道具』としての価値を重要視するそのこだわりをヴィオラも好ましいとは思っているが、弟子だからと言ってそれをそのまま踏襲する必要はないはずだ。

 おそらくユータスの師にこの時計を託したなら、傷がつきにくく、百年後でも使用に耐えるようなものにするだろう。『時計』としてはおそらくそれが正しい。

 けれど──ヴィオラがユータスの造るものを気に入っているのは、単に風変わりというだけではなく、考え方の柔軟性を面白いと感じているからだ。

 実際、デザイン自体はユータスにしては普通のものだが、使用する相手の事を知っていてなお、このデザインにして来た事は一般的とは言い難い。

「──先に聞いておきたいのだけど、重いというのは別にして……たとえばこれを形にしたとするわね? うちのタヌキさんはこれを使ってくれるかしら?」

 デザインの一枚を持ち上げ、試しに尋ねてみると、ユータスは何故そんな事を尋ねられるのかわからないといった顔で頷いた。

 ちなみにタヌキ、とは彼女の夫の事である。ヴィオラは名前ではなく愛称のように彼をそう呼ぶ。

「あの人、今年で四十六になるのよ?」

「……? 賭けてもいいですよ」

 それがどうしたと言わんばかりに言い切られる。

 一体何処からその自信が生まれるのか不思議だが(おそらく根拠を聞いた所で『何となく』といった答えしか返って来ないだろう)、普通なら五十も近い男にこのデザインはない。

(やっぱり若い子って、面白いわねえ)

 ユータスに限らず、若者の常識に縛られない発想の自由さがヴィオラは楽しくて仕方がない。それがこれから様々な経験を通してどう変わって行くのか、側で見守りたいと思う。

「ねえ、ユータス」

「はい」

「確かに時計としての価値は下がるかもしれないけれど──、これは少なくともわたくしにとっては普通の時計より価値あるものよ」

 ヴィオラの言葉にユータスが意外そうな目を向けて来る。まさか了承されるとは思ってもいなかったのだろう。その事に気を良くしつつ、ヴィオラは彼の背を押すように微笑んでみせた。 

「あなたが思うまま、気にせず造りなさい」

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