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今も雪の神様は彼の地に居ます

 けがれが一切ない雪の影は青い。

 一子イチコの住む山奥の小さな集落では、毎年の様にそれを見る事が出来る。

 貴重な光景らしいのだが、老人ばかりのこの集落では降り積もる雪は厄介者以外の何物でもなかった。

 しかも一子は村の中で数少ない若者と言うこともあり、ご近所の雪下ろしを無償で手伝わなければならない。

 そして、今日も一子はいつも通り雪下ろしを終え、自宅へと帰宅する途中だった。

 夕方には雪は止んでくれたので、一子の足取りは比較的快調である。

 その腕には僅かに温い風呂敷がしっかりと抱きかかえられていた。

 最後に言った織宮家のおばさんが、明日の朝ごはんにでもと持たせてくれたのだ。夕飯を御馳走になったうえにお土産まで貰うのは少し心苦しいが、ほぼタダで雪下ろしをしているのだから良しと考えたい。

 一子は手袋をしても指先が凍る寒さの中、自宅に向かってひたすら足を動かした。

 集落と言っても一軒一軒の距離は遠い。

 しかも、街灯もない集落では、夜は月明かりだけが頼りになる。

 救いは冬の清んだ空気は満月と星を一層輝かせている事だ。

 また、今日が満月という事もあり、一面に降り積もった雪が月明かりを反射していた。

 月の光で輝く雪は、より白く、より青く見え、一子は思わず目を細める。

 毎年散々苦労させられる雪だが、山も川も集落さえも飲み込む雪の白さに美しさを感じられずにはいられない。

 美しすぎて、怖いぐらいだ。

 一子は体を震わせた後、速度を僅かにだが上げで歩いた。

 暫く行くと、自宅の明りが見えてくる。

 まるで灯台の様なそれに、一子は息を吐いた。白い吐息が顔に纏わりつく。

「ただいま」

 家まではまだ距離があったが呟くようにそう言うと、明りが僅かに揺らいだ。

 まるで子供が明りの前で影絵をしている様に見える。

 その温かみに惹かれるように歩みを進めると、漸く家に到着した。

 玄関を通り過ぎ、冷えた廊下を通り過ぎ。ようやく温かい土間へとたどり着く。

「ただいま」

 一子は今度こそ帰宅を告げた。温かい空気が体を包む。

 そこには炬燵から頭だけ出しているお年寄りの三毛猫・ミヤとテレビを見ている少年・六太リッタがいた。

「おかえり」

 六太はテレビから視線をそらすことなく答える。

 普通なら叱る所かもしれないが、一子は何も言わず、何枚も重ね着した上着を脱ぐと自分も炬燵に足を突っ込んだ。

 冷え切って氷の様な足が六太に触れるが、六太は避けることも無い。

 その足は炬燵の中にあった所為か、痛いほどに温かかった。

 テレビから流れるバラエティー番組特有の明るい声が部屋に響く。

 六太は笑い声一つ上げずそれを見ていた。

「六太、織宮のおばさんからお土産貰ったけど食べる?」

「食べる」

 一子が炬燵に肩まで浸かり、全身が溶けて来た頃、思い出したようにそう言った。

 六太は初めて一子の方を見ると、一も二も無く答える。

 一子が見た六太に表情はない。

 でも、一子には何となく、六太が喜んでいる様に思えた。

 一子は安楽地から足を引き抜くと素早く台所まで行き、お土産を電子レンジに入れる。

 祖母が若かった頃から使っているこれはかなりの御高齢だが、未だに現役だ。庫内灯は壊れてしまっていて動かないが、温める事に関しては不安はない。

 温まるのを待つ間に、急須にポットからお湯を注いでいると、一子の背中に何かが張り付いた。

 腰に腕が回り、きつく抱きしめてくる。

 一子はポットの隣にある炊飯器からご飯をよそいながら「どうかした?」と六太に話しかけた。

 六太は一子の背中に頭を擦りつけると「遅い」と呟くように言う。

 子供の様な六太の姿に、一子は小さく笑うと「ごめんごめん」と言い、温まったお土産と湯呑み、大盛りの茶碗と箸をお盆に乗せた。

 一子の軽い返事が気に食わなかったのか、それとも気に入ったのか、六太はまた一子の背中に頭を擦りつける。

 二人は電車ごっこの様に炬燵に戻った。

 一辺に二人が座ると少々狭い炬燵に二人並んで座る。

 一子は、自分と六太の前に湯呑みを。六太とミヤの前にお土産を置いた。勿論茶碗と箸は六太の前だ。

 味噌汁と漬物があればもっと良かっただろうが、一子にそこまでのやる気はない。

「いただきます」

 六太はそう言うと静かに食事を始めた。

 ミヤも六太の声に合わせるように鳴くとご機嫌にお土産を食べる。

 織宮のおばさんのくれたお土産は鯖の味噌煮だ。

 部屋に味噌煮の香りが立ち込める。

 一子はお茶を飲みながら六太を横目で見た。

 食事に集中しているようで、テレビを観ることも無く、静かに食べ進めている。

 部屋にはミヤが豪快に鯖を食べる音とテレビからの笑い声だけが響く。

 一子の湯呑みが随分軽くなった頃、六太は「ごちそうさまでした」と言った。

 ミヤはとっくに食べ終わり、炬燵の中で眠っている。

 一子も六太もお皿を片づけることもなく炬燵でのんびりとしていると、六太が一子の名前を呼んだ。

 一子が顔をそちらに向けると、六太も一子を見ており、目が合う。

「一子はさ、雪って好き?」

 これは六太が一日一回、一子に聞く問いだ。

「嫌い」

 そして一子も一日一回、こう答える。この答えが変わったことは一度も無い。

「そっか」

 これも同じ。

 初めて一子に「嫌い」と言われた時も、六太は同じように答えた。

 六太は基本的に無表情の子供で、こう言われても答えが変わる事は無い。

「でも、六太は好きだよ」

 それでも、一子には六太が傷ついている様に見えて、いつもこう付け足してしまう。

 実際、一子は雪が嫌いだ。雪国で暮らしていて、雪が好きなんて人はそうそういないと思う。

 毎日毎日、雪下ろしに苦労させられているのだから仕方がない。

「そっか」

 でも、六太の無表情が蕾が開く様に笑顔に変わるのを見ると、一子はいつも思う。

 昨日よりも少し、雪が好きになれる気がする、と。

一話完結で行きたいと思います!

また、不定期投稿になると思いますが、温かい目でよろしくお願いしますm(__)m

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