婚約者の幼馴染が本当に病弱だった件について
こんにちは、皆様。
はじめまして。
わたくしはディアナ・フォン・アルシエラ。
フォルトゥナ王国の西部に領地を持つ、アルシエラ伯爵家の娘です。
アルシエラ伯爵家は、フォルトゥナ王国建国の忠臣に数えられる名門でございます。
自慢するようで恐縮ですが、実はわたくしには、素敵な素敵な婚約者がおりますの。
名前はカイル・フォン・エルシアン。
エルシアン侯爵家の長男で、それはそれは素晴らしい方ですわ。
わたくしのお兄様、ディランの学友であり、その縁で婚約をいたしました。
お恥ずかしながらわたくし、初めてお会いした時、彼に一目惚れをしてしまいましたの。
カイル様もわたくしのことを好ましく思ってくださり、次の日にはエルシアン侯爵様から婚約の打診を頂きましたわ。
その日は嬉しくて嬉しくて、胸がどきどきしてしまい、ついつい夜更かししてしまいました。
婚約が無事に整い、わたくしたちは順調に仲を深めていきました。
文通から始まり、月に一度のお茶会、デート。
そんな日々が数年続き、わたくしはデビュタントを迎え、本格的に侯爵家の次期夫人となるためのお勉強も始まりました。
カイル様も父君の跡を継ぐべく、領地のことなどを学んでおられました。
そして、その日は唐突に訪れました。
デートの待ち合わせ場所に行くと、そこにカイル様のお姿はありませんでした。
いつもは十分前に着いても先に来ていて、わたくしを待っていてくださいますのに。
わたしくしは少し不安になりましたけれど、お付きの侍女のケイシーと一緒に、カイル様を待ちました。
しかし、カイル様はお約束の時間になっても来られなかったのです。
カイル様の身に何かあったのかと気を揉んでおりましたら、顔なじみの侯爵家の使用人が駆け込んでまいりました。
なんでも、緊急の用事が入ったとかで、カイル様が来られなくなってしまったのだとか。
事故や怪我ではないと聞き、わたくしは胸を撫で下ろしました。
その日は楽しみだったデートを諦め、わたくしは家に帰りました。
後日カイル様はわざわざ我が家をご訪問くださり、お詫びにと王都で人気のお菓子と素敵な花束をくださいました。
そしてカイル様は、緊急の用事について教えてくださいました。
なんでも、幼馴染のマリー・フォン・クエンテ子爵令嬢がご病気になり、お見舞いに行っていたのだとか。
わたくしは少しもやもやとした気持ちを覚えましたが、淑女教育の時に侯爵婦人から教えられたことを思い出し、つとめて穏やかに、まあそれは大変ですわね、どうかお大事になさってくださいませ、とお伝えしました。
その日はアルシエラ伯爵家のお庭でお茶をして、カイル様は帰っていかれました。
昨日の穴埋めに来週末観劇に行こうと誘って頂いて、わたくしの不安はすっかり吹き飛んでしまいましたわ。
観劇の日、わたくしはお気に入りのドレスを着て、カイル様のお迎えを待っておりました。
カイル様はいつもきっちり、約束の時間の三十分前には到着なさいます。
そしてわたくしの準備が終わるのを、お父様やお母様、そしてお兄様と歓談しながら待っていてくださいます。
ですがその日、カイル様は三十分前にも、約束の時間にもいらっしゃいませんでした。
お父様は首を傾げ、お母様はわたくしに寄り添い、お兄様はカイル様に連絡を取るために部屋を出て行かれました。
少ししてから、お兄様はエルシアン侯爵家の使用人と戻って参りました。
この前、カイル様の緊急のご用事を告げに来た方でした。
「大変申し訳ございません。カイル様は緊急のご用事で、本日も来られないと…」
「まあ、そんな…」
「本当に申し訳ございません」
使用人の方が深々と頭を下げています。
わたくしはもしかして、と思いました。
「もしかして、クエンテ子爵令嬢になにか…?」
「っ、はい。実は発作を起こして、倒れられてしまったと…」
「まあ、そんな…でも、どうしてカイル様が…?」
「申し訳ありません、私からはなんとも」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
わたくしは何度も謝る使用人の方を見送ったあと、力が抜けてソファに座り込んでしまいました。
お父様は事情があるならば仕方がないと言って書斎に戻っていかれ、お母様もお部屋にお戻りになりました。
お兄様だけは不機嫌なお顔をして、カイル様にぶつくさと文句を言っています。
わたくしはそんなお兄様をなだめつつ、胸に広がった不安を消しきれずにおりました。
わたくしはお兄様と一緒にお茶をいただいたあと、自室に戻って本棚から一冊の小説を取り出しました。
その本は友人から勧められたもので、最近流行している恋愛小説でした。
内容は、貴族令嬢の婚約者が幼馴染よりも蔑ろにされ、次第に不満を募らせて婚約破棄をし、新たな未来を切り開く、というものです。
わたくしはこの小説を読んで婚約者の令息に怒り、幼馴染の令嬢に苛立ちました。
だってその令嬢は、仮病を使って令息を自分のそばに縛り付けたのですもの。
それを見破れず、己の婚約者を蔑ろにして何度も何度も約束を破る令息なんて、紳士の風上にも置けませんわ。
そして今のわたくしの状況は、この小説にそっくりだと思うのです。
わたくしは小説を読みながら、その日は寝落ちてしまいました。
夢の中でカイル様が私に言います。
『マリーは私の大切な女性なんだ!』
『君ならわかってくれるだろう?』
『私はマリーを愛している!!!』
そんなこと、カイル様が言うはずがないとわかっています。
それでもわたくしは悲しみを抑えきれませんでした。
わたくしは泣きながら飛び起きました。
ベッドの下に落ちた本を拾い上げ、本棚に裏向きで押し込みます。
背表紙すら、見るのが辛かったのです。
落ち込みながら朝食を取っていると、エルシアン侯爵家から先触れが届きました。
二時間後、カイル様が来られるとのことです。
わたくしは慌てて朝食をいただき、身支度をするために部屋に戻りました。
少し顔色が悪いものの、それをお化粧で誤魔化します。
ケイシーはすこしそそっかしいですが、ドレスやアクセサリー選びのセンスがよく、メイクもとても上手なので助かります。
先触れからきっかり一時間半後、カイル様がいらっしゃいました。
わたくしの顔を見るなり、カイル様が深々と頭を下げられます。
その横では、お兄様が苦笑いをしながら立っておりました。
この日のお詫びは、流行りのケーキと綺麗なサファイアのネックレスでした。
澄み切った海のような、カイル様の瞳の色です。
その後お庭を散歩して、カイル様は何度も謝りながらお帰りになりました。
わたくしの胸元で、ネックレスがきらりと光ります。
ネックレスを握りしめながら、わたくしは誓いました。
たとえ何があろうとも、カイル様を信じよう、と。
そして月日は流れ、カイル様はその後も度々、わたくしとの約束をキャンセルなさいました。
理由はどれも、クエンテ子爵令嬢のお見舞いです。
月に一度が二度になり、三度になり…その度にカイル様は数日後にアルシエラ伯爵家を訪問し、わたくしに詫びてプレゼントを置いていかれました。
その度にわたくしはサファイアのネックレスを握りしめ、微笑んで言いました。
「わかりましたわ。お大事になさってくださいませとお伝えください」
「わたくしのことはお気になさらず」
「大丈夫ですわ」
そんなことを口にするたびに、わたくしの胸の中に石が積まれていきました。
何個も、何個も、何個も…。
その石の塔が揺らぐ度、わたくしはネックレスを握りしめます。
そしてカイル様を信じようと、自分に言い聞かせるのです。
そんな日々が続いたある日。
その日はわたくしの誕生日でした。
親戚や友人が集まったパーティで、カイル様とわたくしの結婚式の日が発表されました。
会場がお祝いの言葉で溢れ、わたくしはカイル様に寄り添ってとても幸せな気持ちでした。
ですがその時、ひとりの使用人が駆け込んで来たのです。
その方は素早くカイル様に耳打ちをしました。
カイル様の顔色がサッと悪くなり、ぶるぶると手が震えています。
私は思わず声をかけました。
「カイル様、どうなさいましたか?」
「っ、ディアナ、すまない…マリーが…」
「ま、またでございますか?でもカイル様、今日は…」
「すまない、だが、私が行かないとマリーが…」
「いい加減になさってください!今日は私の誕生日で、結婚の日を発表した記念すべき日です、そんな日に婚約者を置いて、別の令嬢の所へ行くというのですか!?」
わたくしの声は、思いのほか会場に響きました。
音楽がピタリと止み、視線がわたくしたちに集中します。
エルシアン侯爵夫妻が青ざめた顔をして近づいて来られ、侯爵がカイルの肩を叩きました。
「カイル、まさか」
「はい…マリーが」
侯爵夫人がわたくしを見つめて言います。
「本当にごめんなさい、ディアナさん。せめて一時間、カイルを行かせてくれないかしら」
どうやら、侯爵夫妻もカイル様とクエンテ子爵令嬢のことを知っておられるようでした。
わたくしは拳を握りしめました。
「では、わたくしも参ります!!!」
「え!?」
「わたくしは、カイル様の妻となる者です!かまいませんわよね!?」
カイル様は気圧されたように頷きました。
侯爵夫妻は驚いたものの、すぐさま馬車を用意するように指示なさいました。
「アルシエラ伯爵夫妻とディラン殿には、説明をしておく」
こうしてわたくしたちはパーティー会場を後にし、クエンテ子爵家のタウンハウスに向かうことになったのです。
馬車の中で、わたくしたちは一言も話をしませんでした。
わたくしは胸の中で渦巻く不信感と怒りを抑えるために必死でしたし、カイル様もクエンテ子爵令嬢の容態を案じているようでした。
やがて馬車は、クエンテ子爵家のタウンハウスに到着し、わたくしはカイル様の手を取って静かに外に出ました。
門の前では、泣きそうな顔のメイドが待っており、カイル様はわたくしの手を振りほどいて走っていかれました。
呆然と立ち尽くすわたくしを、カイル様の従者が中へと促します。
わたくしは渋々、彼の後について歩き出しました。
邸内は薄暗く、あまり手入れが行き届いていないようでした。
従者は慣れた様子で廊下を進み、ひとつの扉の前に経ちました。
中からは、誰かの泣き声と呻き声が聞こえてきます。
そっと扉が開かれ、中に入ったわたくしは、思わず目を見開きました。
中央に置かれたベッドの上に、痩せ細った少女が横たわっています。
彼女の口元は血で濡れ、細く白い指が苦しげに喉元を掻きむしっています。
咳をする度にゼイゼイと空気が漏れ、また溢れた血がシーツを汚しておりました。
ベッドの横にはやつれた様子のクエンテ子爵夫人とおぼしき女性と、カイル様が立っております。
わたくしはぎこちなく足を動かして、カイル様の隣に歩み寄りました。
カイル様がそっとクエンテ子爵令嬢の手を取ります。
そして、彼女の手を祈りを捧げるように、自分の額に押しあてました。
『光の精霊よ、この者に癒しを与えたまえ』
カイル様がそう囁いた途端、部屋の中に光が満ちます。
身を捩って苦しみに悶えていたクエンテ子爵令嬢の体が光に包まれ、荒かった息が徐々に穏やかになっていきました。
「こ、これは…」
「実はカイル様は、光の精霊に選ばれた回復魔法の使い手なのです」
後ろから、カイル様の従者がわたくしに囁きました。
光の精霊、精霊。
それは昔から、この国の王族に加護を齎すとされている伝説的な存在です。
もちろん王族でも、加護を得られると約束されているわけではありませんが。
数ある精霊の中でも、光の精霊は怪我や病を癒すことができるとされています。
そしてカイル様の母君であられるエルシアン侯爵夫人は、国王陛下の妹である元王女殿下です。
「光の精霊様でも、ご病気は、もう…?」
「…そうだ。もう、治せないところまで来ている。私にできるのは、こうして発作を抑えて苦しみを少なくすることだけなんだ」
カイル様が辛そうな声で呟きました。
わたくしは、そこまでカイル様に想って貰えるクエンテ子爵令嬢に嫉妬しました。
そしてそんな自分を嫌悪しました。
彼女はこんなにも辛そうで、苦しんで、死に向かっているというのに。
唇を噛み締めたわたくしに、ベッドの横にいた夫人が深々と頭を下げました。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、アルシエラ伯爵令嬢。わたくしはエリー・フォン・クエンテ。この度はご令嬢の婚約者であるカイル様を何度もお借りすることになってしまい、大変申し訳ございません」
「おやめくださいクエンテ夫人。謝るべきなのは私だ」
クエンテ子爵令嬢の手をベッドに戻し、カイル様が立ち上がってわたくしを見つめます。
「本当にすまない、ディアナ。私の命の恩人であるクエンテ子爵との約束を果たすためとはいえ、君には辛い思いをさせてしまった。全て話すから、聞いてくれないだろうか」
「…わかりましたわ」
わたくしたちはクエンテ子爵夫人の案内で、応接室に移動しました。
そこでカイル様は、わたくしに全てを打ち明けてくださいました。
クエンテ子爵領はエルシアン侯爵領の南に位置する隣通しで、昔から活発な交流があった。
クエンテ子爵夫人はその昔カイル様の乳母であり、その息子のクエンテ子爵令息ケリー様とは、乳兄弟の間柄であるそうだ。
やがて子爵家にはマリー様が生まれ、三人は本当のきょうだいのように共に育った。
ある時、カイル様はケリー様と共に立ち入り禁止とれている森へ遊びに行った。
マリー様は泣きながら一緒に行くと言ったらしいが、無理に置いて来たらしい。
立ち入り禁止の森には、獰猛な野生動物が多く生息しており、案の定二人はクマに襲われたそうだ。
そこに駆けつけたのが、クエンテ子爵だった。
子爵は必死に二人を逃がし、そして帰らぬ人となってしまった。
そしてカイル様は子爵の墓前に誓ったそうだ。
命をかけて、クエンテ子爵家を守る、と。
そして月日は流れ、マリー様は不治の病を患った。
その知らせを受けたのが、カイル様が最初にわたくしとの約束を反故にしたあの日のことだった。
しかしその時には病はかなり進行しており、光の精霊の力でも治すことができないまでになっていた。
時折襲い来る発作は、回を重ねる事に重いものになり、頻発するようになっていったそうだ。
「医師からは、もって一週間あるかないかだといわれている」
「そ、そんな…」
「せめてケリーが戻るまで、生きていて欲しいんだ」
「ケリー様は、今どちらに?」
「隣国に、マリーの病に聞く薬を探しに行ったんだ。こちらに戻って来ているという事だったが…」
カイル様は力なく首を振った。
「本当に、ディアナにはすまないことをしたと思っている。許して欲しいとは、言えない…。君が婚約を破棄したいと言うなら、甘んじて受け入れる覚悟だ」
その言葉に、わたくしはテーブルを叩いて立ち上がった。
「見くびらないでくださいませ!愛する方の事情がわかった今、わたくしも何かお力になります!」
カイル様の瞳が丸くなる。
そして、強ばっていた顔がふわりと緩んだ。
「はじめて、愛してると言ってくれたな」
「あっ!あ、わたくしったら…」
顔が火照り、わたくしは思わずソファに座り込みました。
両手で顔を覆っていると、不意に部屋の扉がノックされました。
「…カイル様!」
顔をのぞかせたのは、白衣を着た男性でした。
「発作か!?」
「はい!」
カイル様の瞳が、わたくしを見つめます。
「参りましょう!」
「ありがとう」
手を繋いで、なるべく急いでマリー様の部屋へ向かいます。
「いや…もういや……私を殺して、殺してください…もう辛いの……!」
部屋の中では、悶え苦しみながら呻くマリー様の手を、夫人が握りしめて泣いておられました。
「マリー!」
カイル様がもう片方の手を握りしめ、すぐさま光が部屋を満たします。
わたくしはカイル様の隣に立ち、そっとその上に手を重ねました。
「そんなことを言わないで…どうか、頑張って…。わたくしのお友達になってくださいませ」
「……だれ、なの…?」
「マリー様が元気になられたら、教えますわ」
わたくしはぎこちなく微笑みました。
辛そうだったマリー様の表情が、微かに柔らかくなります。
「やく、そく…ね」
「ええ、約束です」
その日、わたくしとカイル様はマリー様の手を握り、寝ずに夜を明かしました。
次の日の朝、マリー様の容態が落ち着いたのを見計らい、わたくしはカイル様と共にエルシアン侯爵家のタウンハウスに戻りました。
わたくしの両親と兄は帰らずに泊まったようで、三人の顔を見た途端、わたくしはどっと疲れが出て意識を飛ばしてしまいました。
泥のような眠りの中、わたくしは夢の中で光の海を漂っていました。
澄み渡った青空からは無数の光の粒が絶え間なく降り注ぎ、それはこの世のものとは思えぬほど美しい光景でした。
ぼんやりとその光景を見つめていると、一際大きく輝く光の粒が、わたくしの元へ降ってきました。
光はわたくしの体に吸い込まれ、そして。
海が波打ち、わたくしの体は底に沈んで行きました。
不思議と怖くはありません。
まるで母の胎内にいた時のような、底知れぬ安心感でした。
そして、わたくしは目を覚ましました。
夢の話をすると、カイル様は驚いた様子で立ち上がりました。
それはまるで、光の精霊が加護を与える時の現象そのものだそうです。
わたくしの手を取ったカイル様が、呟きました。
「驚いた。ディアナ、君の体に光の精霊の加護が宿っている」
「まあ、それは本当なの?」
後ろからの声に振り返ると、そこにはエルシアン侯爵夫人が立っていました。
夫人はさっと近くまで来ると、わたくしの手を取り軽く握りしめました。
「本当だわ…でもこれは、どうやら一時的な加護のようね」
「一時的…ですか?」
「ええ。光の精霊が、一時的にディアナさんに力を貸してくれたのね。恐らく一日位で消えてしまうと思うわ」
「でも、なんでだってそんなことを…?」
「…マリー様」
「ディアナ?」
「カイル様!急いでマリー様の所へ参りましょう!」
「そ、そうか!」
「この力はきっと、マリー様を助けるために光の精霊様がお貸しくださったのですわ!」
わたくしたちは挨拶もそこそこに、部屋を飛び出しました。
「……どうか、精霊の加護があらんことを」
エルシアン侯爵夫人の静かなを背中で受け止め、わたくしたちは廊下を走り抜けます。
「ディアナ!手を!」
馬車の用意を待つ余裕はありません。
カイル様が黒毛の馬に跨り、私に手を伸ばします。
「はい!」
軽々と体が浮き、わたくしはカイル様手を借りて馬に乗りました。
馬車の時とはまるで違うスピードに、体がすくみます。
「しっかり掴まって!」
わたくしはカイル様の背中にしがみつきました。
カイル様の心臓が、早鐘のように早く波打っています。
初めての乗馬を楽しむ余裕などなく、馬は矢のように早く王都を駆け抜けました。
「すまない!急ぎなんだ!」
カイル様はクエンテ子爵家のタウンハウスに着くなり、馬を庭の方に放して玄関を開けました。
手を繋いで、急いでマリー様の部屋へ向かいます。
「マリー!」
部屋の中で、マリー様はまるで死体のような顔色で眠りについておりました。
その傍ではクエンテ子爵夫人がぐったりとした様子で座っております。
「まあ、お二人とも、どうなさったのですか」
「すみません夫人、すこし、試したいことがあるのです」
クエンテ夫人は戸惑いながら頷き、ベッドの横を空けてくださいました。
「ディアナ」
「はい、カイル様」
カイル様が右手を、わたくしは左手を握ります。
そっと額に押し当て、そして。
『偉大なる光の精霊よ。命を育み、満たし、癒すものよ。我が願いを聞き届け、この者に安らぎを与えたまえ』
わたくしはカイル様とともに一心に祈りました。
マリー様が、微かに目を開け、そして。
唐突に放たれた閃光が部屋を満たし、わたくしの中から何かが手を伝い、マリー様に流れ込むのを感じました。
キィんと、耳鳴りがします。
わたくしは急激な脱力感に襲われ、体勢を崩しました。
「ディアナ!」
「だ、大丈夫ですわ…」
それでもわたくしは、手を離しません。
絶対、絶対に、離すわけにはいきません。
光はやがて収束し、黄金に輝く一粒の結晶がぽつりと、マリー様の体に落ちて吸い込まれていきました。
次の瞬間、まるで萎れていた花が息を吹き返すように、色の失せていたマリー様の肌が血の気を帯びていきます。
首や胸元についた引っかき傷と瘡蓋はすっかりと消え、か細い呼吸が緩やかに安定したものになりました。
「まあ、こんな…こんなことって…!」
マリー様がゆっくりと体を起こしました。
やせ衰えてはいるものの、ふらつくことも無い様子です。
「奇跡だわ…!」
クエンテ夫人が泣き崩れました。
駆けつけた医師が、マリー様を診察をはじめます。
「こんなことが、まさか…!体が衰えているので注意は必要ですが、滋養のある食事を取ってしっかりとリハビリをすれば、いずれ外に出られるようになりますよ!」
「ありがとう、ほんとうに、ほんとうに…」
それを聞いて、クエンテ夫人はますます泣きじゃくりました。
「カイル様と、あなた様が、助けてくださったのですね…」
マリー様がベッドの上から、そっとわたくしに手を差し出しました。
「お名前を、教えてくださいませんか」
わたくしは目に浮かんだ涙を払い、背筋を伸ばしました。
「ご機嫌よう、わたくしはアルシエラ伯爵家のディアナ。どうかわたくしと、お友達になってくださいませ」
︎︎⟡︎︎⟡︎︎⟡
フォルトゥナ王国の王都にある大聖堂は、たくさんの人々であふれていた。
純白の花々で彩られた会場に、天井から差し込む陽光。
そんな大聖堂の最前列に、少し緊張した面持ちで一人の令嬢が座っている。
新郎新婦が厳かな誓いの言葉をのべ、振り返る。
その令嬢は真っ先に立ち上がり、盛大な拍手をした。
「おめでとう!ディアナ!!」
その言葉を皮切りに、会場が祝福であふれる。
花びらが舞い散る中、寄り添いあった二人は令嬢に歩み寄った。
「ありがとう!マリー!!」




