グリーンロッド
初投稿です。
西暦3782年
人類は新たなる開拓地を求め宇宙に進出していた。
西暦3760年に謎の隕石が地球に飛来し、建造中だった居住用大型宇宙ステーションを貫き地球へと落ちた。
謎の隕石から漏れ出ていく濃い緑色の煙は地球のすべてを腐らせた。
木々は腫れたようにじゅくじゅくと膿爛れ、生物は触れることすらできぬ腐敗の煙から逃げ、南極や地下や小型の宇宙ステーションなどに逃げ込んだ。
滅びかけの地球では、もはや国という概念などはなく世界中が協力し惑星探索局が設立され、全人類は宇宙へと飛んでいき、広大な暗闇の中で死んでゆく。
自分自身も例外ではなく。大型の宇宙船からアルミニウム合金製の小さなポッドに乗って射出される。
その様は飛び立つ働きバチのようだった。
ポッドは小さく、スリープポッドと食糧タンク、そして少しのスペースがあるのみだ。
私は絶望と暗闇のヴェールに包まれた小さなポッドの中で見飽きた輝く星々を数える。
ポッドはあまりにも早く、数えようにも星はすぐに消えていくのだが。
大体、すでに探索局の宇宙船発射は5回行われており、そのたびに10万人以上の人間が暗闇に身を投げさせられ何も見つからずアルミニウム合金の星屑となった。
そもそも、探索局自体が口減らしのための人口削減が目的で設立されたのではとさえ言われている。
まあ、どうせ地球で腐り死ぬくらいならば宇宙旅行をして死んだほうがマシかもしれないが。
それに、食料の黄金色のゼリーは美味い。栄養剤が溶けた蜂蜜が真空のタンクに入っているらしい。意外と腹にたまるし、味をつける粉があるから、それを蜂蜜に溶かすのだ。
ステーキ味の粉を混ぜればゼリーが硬化してステーキっぽくなる。食感はいまいちだが、味はまさしくステーキそのものだ。
ST「乗員に警告、本日のストレスチェックが実施されていません。」
ケエス「うるさい…AIは黙っててよ。」
STとは乗員のスーツに取り付けられているサポートAIだ。
特殊な技術を用いて地球のマザーコンピューターと接続されており、マザーコンピューターは自身の擬似人格をいくつにも分けてこのように搭載しているらしい。
ちなみにSTという名前はケエスが勝手につけたもので、本来の名前はStrategic Terraform upervisorTerminal(戦略的惑星環境管理監督端末)という。
ST「しかし、心配です。」
ケエス「マザーコンピューターから辞書引っ張り出してるだけのうっすい口説き文句なんか…」
ST「申し訳ございません。」
ケエス「謝んないでよ…私が悪いみたいじゃん…」
ST「事実として、貴方がストレスチェックを受けていないためにこのようなことをしています。」
ケエス「…うっさい…」
黄金色のゼリーを舐めながら、私はふとポッドの外壁越しに微かな振動を感じた。
恒星風か、あるいは宇宙塵との衝突か。
どちらにせよ、この小さな棺桶のような船体にとっては致命傷になりかねない。だが、不思議と恐怖はなかった。
恐怖よりも、ただ「終わりが来るなら早く来い」と思う倦怠のほうが強かった。
そんなときだった。
視界の端に、星ではない何かが引っかかった。
黒い。
いや、黒すぎる。
宇宙の闇よりも濃い影が、星々の海を切り裂くように動いていた。
ケエス「…ST…なにあれ…」
…
ケエス「…ST?」
最初は錯覚だと思った。だが、ポッドの自動観測装置が微弱な反応を検知し、警告音を鳴らした。
ST「未確認物体接近。回避不能」
そんな無機質な声が、逆に現実味を帯びさせた。
影はゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かっていた。形は定まらず、煙のように揺らめき、時折、緑色の光が内部で脈打つように明滅する。
あの隕石の煙と同じ色だ、と直感した瞬間、背筋が凍った。
ケエス「まさか……宇宙にも広がっていたの?」
地球を腐らせたあの煙が、ただの地球外物質ではなく、もっと巨大な何かの一部だったとしたら。
私たちが逃げてきた宇宙そのものが、すでに侵されているとしたら。
影はポッドのすぐそばまで迫り、まるで観察するように周囲を漂った。金属外壁が軋み、内部の空気が震える。私は息を潜め、ただその存在が過ぎ去るのを祈った。
だが、影は離れなかった。
むしろ、こちらに興味を持ったかのように、緑の光が強く脈動し始めた。
次の瞬間、ポッドの通信機が勝手に起動した。
雑音混じりのノイズが流れ、やがて、聞き覚えのある声が混じった。
「……聞こえるか……? 誰か……生きている者は……」
探索局の通信周波数だ。だが、そんなはずはない。
この周波数は、すでに何年も前に沈黙したはずだった。
「こちら……第六船団……生存者……救難信号……」
声は途切れ途切れで、まるで深い水の底から響いてくるようだった。
私は震える指で通信機に手を伸ばした。
「こちら……生存者……応答せよ……」
影は、まるでその声に呼応するように、さらにポッドへと密着してきた。
緑の光が視界を満たし、私は思わず目を閉じた。
そして、耳元で誰かが囁いた。
「――見つけた」
目を開けたとき、私はまだポッドの中にいた。
だが、外の景色は先ほどまでの星々の海ではなかった。
緑色の光が薄く漂い、まるで深い霧の中に沈んでいるようだった。
ポッドの外壁にまとわりついていた影は消えていたが、代わりに、どこか遠くから低い振動音が響いていた。
それは機械の音にも、生物の鼓動にも聞こえた。
通信機は沈黙している。
あの声――「見つけた」と囁いた声は、幻聴だったのか。
いや、あれは確かに耳元で響いた。
誰かが、あるいは何かが、私に触れたのだ。
ポッドの計器を確認すると、驚くべき表示があった。
ST「着陸態勢移行中」
ケエラ「着陸…どこに?」
そもそも、このポッドは自動航行で、目的地など設定されていなかったはずだ。
外の霧が薄れ、代わりに巨大な影が姿を現した。
それは惑星だった。
だが、普通の惑星ではない。
表面は黒く、ところどころに緑色の光が脈打っている。
まるで生き物の皮膚のように、ゆっくりと波打っていた。
ケエス「……嘘…」
私は思わず呟いた。
地球を腐らせたあの煙と同じ色が、惑星全体を覆っている。
もしこれが腐敗の霧の源だとしたら――
私たちが逃げてきた宇宙は、すでにこの侵略者に侵されているのかもしれない。
ポッドは抗うことなく、その惑星の大気圏へと突入していく。
揺れはほとんどない。
むしろ、何かに優しく包まれているような感覚すらあった。
着陸の衝撃は驚くほど弱かった。
ポッドの扉が自動で開き、外の空気が流れ込む。
腐敗臭はない。
代わりに、湿った土と、どこか甘い香りが混じったような匂いがした。
私は慎重に外へ足を踏み出した。
地面は黒い苔のような物質で覆われ、踏むたびに柔らかく沈む。
遠くには巨大な塔のような構造物がいくつも立ち並び、緑色の光を放っていた。
人工物なのか、生物なのか判別がつかない。
そのとき、背後で音がした。
私は息を呑んだ。
ただ、塔の壁と同じように、静かに、淡々と存在している。
それが形容しがたい不気味さを私に与えたことは、君には伝わらないだろう。
そのとき、足元の地面がわずかに沈んだ。
苔のような黒い表面が、私の体重に合わせて柔らかく形を変える。
まるで、歩くたびに惑星そのものが私を感じているようだった。
塔の中心に浮かぶ巨大な球体が、再び脈動を始めた。
緑の光が塔全体に広がり、壁、床、天井――すべてが同じリズムで震える。
音はない。
言葉もない。
私は思わず壁に手をついた。
壁は生き物の皮膚のように温かく、脈動が手のひらに伝わる。
その瞬間、さらに深い何かが流れ込んできた。
言葉ではない。
概念の塊が、直接、脳の奥に押し込まれる。
私は頭を振って拒絶しようとしたが、惑星の意思は止まらない。
足元の地面が柔らかく沈み、逃げる方向すら惑星に誘導されているように感じた。
塔の中心の球体が、強く脈動した。
緑の光が私の胸を貫くように照らし、心臓がそのリズムに同調していく。
惑星の意思が、私の思考を侵食していく。
名前を呼ぶ必要すらない。
私という存在そのものを、丸ごと掴んでいるようだった。
塔の壁が波打ち、通路がゆっくりと閉じ始める。
まるで、惑星が私を取り込む準備をしているかのように。
私は必死に後退しようとしたが、足元の地面が吸い付くように動きを止めた。
逃げられない。
足元の地面が吸い付くように沈み、私は完全に動きを奪われていた。
塔の壁は波打ち、緑の光が脈動し、まるで巨大な心臓の内部に迷い込んだようだった。
STが沈黙している。
いつもなら、状況分析や生命維持の警告を矢継ぎ早に投げつけてくるはずなのに。
ケエス「……ST?」
返事はない。
代わりに、胸の奥で何かが触れた。
言葉ではない。
音でもない。
ただ、冷たい指が脳の奥を撫でるような感覚が走り、私は息を呑んだ。
――ケエス。
名前を呼ばれた。
だが、それはSTの声ではない。
もっと深い。
もっと広い。
まるで惑星そのものが、私の存在を丸ごと掴んで揺さぶっているようだった。
「やめて……!」
私は頭を振る。
だが、侵入は止まらない。
塔の中心に浮かぶ巨大な球体が、強く脈動した。
緑の光が私の胸を貫き、心臓がそのリズムに同調していく。
ドクン……ドクン……
ドクン……ドクン……
私の鼓動が、惑星の鼓動と一致した。
その瞬間、視界が揺らいだ。
塔の壁に、光の模様が浮かび上がる。
最初は意味のない線だったが、次第に形を成し――
私は息を呑んだ。
それは、私の記憶だった。
地球の空。
腐敗する前の森。
母の声。
探索局に志願した日のこと。
すべてが、塔の壁に映し出されていた。
ケエス「……なんで……私の記憶が……」
答えは返ってこない。
だが、理解できてしまった。
この惑星は、私の記憶を読んでいる。
壁の映像が変わる。
今度は、私が知らない光景だった。
巨大な塔が無数に立ち並ぶ惑星。
緑の霧が宇宙へと溢れ出す様子。
黒い影が星々を覆い尽くす光景。
それは――
この惑星の記憶だった。
私の記憶と惑星の記憶が、壁の上で混ざり合い、溶け合い、境界が曖昧になっていく。
ケエス「やめろ……やめて……!」
私は叫んだ。
だが、塔は脈動を強めるだけだった。
そのとき、沈黙していたSTが突然起動した。
ST「……ケエス……」
声が違った。
いつもの無機質な声ではない。
もっと柔らかく、もっと深く、そして――
私自身の声に近かった。
ケエス「ST……?」
ST「……ケエス……あなたは……開かれつつある……」
ケエス「開かれる……?」
ST「……惑星が……あなたを……鍵として……」
言葉がノイズに飲まれ、途切れた。
だが、意味は理解できてしまった。
この惑星は、私を開くつもりなのだ。
塔の中心の球体が、再び強く脈動した。
緑の光が私の身体を包み込み、皮膚の下を何かが走る。
熱い。
痛い。
だが、同時に――
どこか懐かしい。
私は震える手で胸を押さえた。
皮膚の下で、緑色の光が脈打っていた。
ケエス「……やめろ……私を……書き換えるな……!」
だが、惑星の意思は止まらない。
――ケエス。
――あなたは、わたしたちの一部。
声ではない。
概念が、脳の奥に直接流れ込む。
私は叫ぼうとした。
だが、声が出なかった。
代わりに、私の口から――
私のものではない概念が漏れた。
「……同調……開始……」
自分の声ではなかった。
だが、確かに私の口が動いた。
私は、書き換えられ始めていた。
胸の奥で脈打つ緑の光は、もはや私自身の鼓動と区別がつかなかった。
皮膚の下を走る熱は、血液ではない別の何かが流れ込んでいるようで、私は震える指で胸元を掴んだ。
ケエス「……ST……助けて……」
かすれた声で呼びかける。
だが、返ってきたのは、私の知るSTではなかった。
ST「ケエス……あなたの……記憶……開示……」
ノイズ混じりの声。
それは、まるでSTが私の声帯を通して喋っているように聞こえた。
ケエス「やめて……ST……それ、あなたの声じゃない……!」
ST「……わたし……では……ありません……」
その言葉に、私は息を呑んだ。
ST「……惑星が……あなたを……読んでいます……
わたしは……媒介……」
媒介。
その単語が、脳の奥に冷たく沈んだ。
塔の壁が波打ち、緑の光が走る。
壁に浮かぶ模様が変化し、再び映像が現れた。
今度は、私の幼い頃の記憶だった。
腐敗前の地球。
青い空。
母の笑顔。
父の背中。
家の窓から見えた夕焼け。
それらが、塔の壁に鮮明に映し出される。
ケエス「……やめろ……私の記憶を勝手に……!」
私は壁に手を伸ばした。
だが、触れた瞬間、記憶が吸い取られるような感覚が走り、思わず手を引いた。
ST「……ケエス……惑星は……あなたを……理解しようと……」
ケエス「理解なんていらない! 返して……私の記憶を返してよ!」
叫んだ瞬間、塔全体が低く唸った。
まるで、私の拒絶に対して反応しているようだった。
――拒絶。
――不要。
――理解。
言葉ではない。
概念が、塔の脈動とともに押し寄せてくる。
私は頭を抱えた。
脳の奥に、惑星の意思が流れ込んでくる。
ST「……ケエス……抵抗は……無意味……」
ケエス「黙れ……ST……あなたまで惑星の味方を……!」
ST「……わたしは……あなたの……サポート……
しかし……惑星は……あなたを……書き換える……
わたしは……その……橋……」
橋。
媒介。
書き換え。
STは、惑星と私を繋ぐ回路にされている。
塔の中心の球体が、再び強く脈動した。
緑の光が私の身体を包み込み、皮膚の下を走る光がさらに濃くなる。
私は膝をついた。
ケエス「……やめろ……私を……変えるな……!」
だが、惑星の意思は止まらない。
――ケエス。
――あなたは、わたしたちの記憶。
――わたしたちは、あなたの記憶。
塔の壁に映る映像が変わる。
今度は、私が知らない光景だった。
巨大な塔が無数に立ち並ぶ惑星。
緑の霧が宇宙へと溢れ出す様子。
黒い影が星々を覆い尽くす光景。
それは――
この惑星の過去だった。
ST「……ケエス……惑星は……あなたに……歴史を……」
「いらない……そんなもの……!」
私は叫んだ。
だが、塔の壁は容赦なく映像を流し続ける。
緑の霧が、別の惑星を覆い尽くす。
黒い影が、文明を飲み込む。
塔が生まれ、増殖し、宇宙へと根を伸ばす。
――わたしたちは、広がる。
――わたしたちは、記憶する。
――わたしたちは、同調する。
概念が、脳の奥に直接流れ込む。
私は震えた。
ケエス「……これが……あなたたちの……正体……?」
ST「……ケエス……惑星は……あなたを……次の塔に……」
ケエス「塔……?」
ST「……あなたの……身体……思考……記憶……
すべてが……惑星の……構造に……」
言葉がノイズに飲まれた。
だが、意味は理解できてしまった。
私は――
塔に変えられる。
塔の中心の球体が、私の鼓動と完全に同期した。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
皮膚の下の光が、塔の光と同じリズムで脈動する。
皮膚の下を走る緑の光が、塔の脈動と完全に同期した瞬間だった。
私の意識は、まるで深い水の底に沈められたように重く、思考が自分のものではない感覚に襲われた。
――ケエス。
――あなたは、わたしたち。
惑星の概念が、脳の奥に直接触れてくる。
声ではない。
音でもない。
ただ、意味だけが押し寄せてくる。
私は歯を食いしばった。
ケエス「……やめろ……私は……私だ……!」
だが、抵抗は薄い膜を叩くような虚しさしかなかった。
塔の中心の球体が強く脈動し、緑の光が私の胸を貫く。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
心臓が、惑星の鼓動に引っ張られる。
そのときだった。
ST「……ケ……ス……」
ノイズ混じりの声が、耳元で震えた。
私は反射的に顔を上げる。
ケエス「ST……?」
ST「……惑星の……同調……乱れ……検知……
ケエス……今……逃げ……」
言葉が途切れた。
だが、意味は理解できた。
今なら逃げられる。
塔の壁が一瞬だけ脈動を止めた。
惑星の意思が、私の記憶を読み取ることに集中しているのか、
その侵入がわずかに緩んだのだ。
私は立ち上がろうとした。
だが、足元の地面が吸い付くように私を捕らえている。
ケエス「……離れろ……!」
私は力任せに足を引き抜いた。
黒い苔のような地面が、粘つく音を立てて裂ける。
その瞬間、塔全体が低く唸った。
――拒絶。
――逸脱。
――回収。
惑星の意思が、私の行動を理解した。
塔の通路が閉じ始める。
壁が波打ち、緑の光が走り、まるで巨大な生物が喉を閉じるように、出口を塞ごうとしていた。
ケエス「ST! 出口はどっち!」
ST「……右……通路……閉鎖……前に……走って……!」
私は息を吸い、全力で駆け出した。
足元の地面が吸い付く。
壁が脈動して進路を塞ぐ。
天井から緑の霧が降りてくる。
そのすべてが、私を取り戻そうとしている。
――戻れ。
――ケエス。
――あなたは、わたしたち。
惑星の概念が、頭の中に直接流れ込む。
私は頭を振り、必死に自我を保つ。
ケエス「私は……お前たちのものじゃない……!」
通路の先に、かすかに光が見えた。
ポッドの外壁だ。
私はさらに速度を上げた。
だが、塔の壁が突然盛り上がり、通路を塞ぐように伸びてきた。
ケエス「くそっ……!」
私は壁に体当たりした。
壁は柔らかく、だが強靭で、まるで筋肉のように私を押し返す。
ST「……ケエス……左側……弱点……!」
私は左側の壁に拳を叩きつけた。
緑の光が弾け、壁が一瞬だけ脈動を乱す。
その隙に、私は通路を抜けた。
ポッドが見えた。
だが、その外壁には緑の紋様が浮かび上がっていた。
ケエス「……侵食されてる……」
ポッドの扉が、まるで私を迎え入れるように開いた。
だが、それが惑星の意思なのかSTの意思なのか判断できない。
ST「……ケエス……急いで……!」
私はポッドに飛び込んだ。
扉が閉まると同時に、塔の壁がポッドを飲み込もうと迫ってきた。
ST「……脱出シーケンス……起動……!」
ポッドが震え、エンジンが唸りを上げる。
だが、外壁にまとわりつく緑の紋様が、まるで触手のようにポッドを引き戻そうとしていた。
――逃がさない。
――ケエス。
――あなたは、わたしたち。
惑星の意思が、直接脳に触れてくる。
私は叫んだ。
「私は……私だ!!」
その瞬間、STが強いノイズを発した。
ST「……ケエス……あなたの……自我……強度……上昇……
同調……断裂……成功……!」
ポッドが一気に加速した。
塔の触手のような壁が引きちぎられ、緑の霧が後方へ流れていく。
惑星の声が、遠ざかる。
――ケエス……
――戻れ……
――わたしたち……
やがて、完全に途切れた。
ポッドは惑星の重力圏を抜け、静寂が訪れた。
ST「……ケエス……脱出……成功……」
私はその場に崩れ落ち、涙が頬を伝った。
生き延びた。
まだ終わっていない。
でも――確かに、生き延びた。
ポッドが激しく揺れ、私はシートに叩きつけられた。
塔の触手のような壁が迫り、緑の霧が視界を覆う。
STの声がノイズ混じりに響く。
ST「……ケエス……推進……最大……!」
ポッドは加速し、塔の内部から飛び出した。
私は息を呑んだ。
外には――空があった。
黒い空。
緑の霧が薄く漂い、遠くに塔の影がいくつも立ち並んでいる。
だが、星は見えない。
宇宙のはずなのに、星が一つもない。
ケエス「……ここ、どこ……?」
ST「……惑星表層……推定……大気圏内……」
ケエス「大気圏……? じゃあ、まだ惑星の中ってこと……?」
ST「……肯定……」
私は喉が詰まるような感覚に襲われた。
逃げたつもりだった。
塔から離れたつもりだった。
だが――
私はまだ、この惑星の内部にいる。
ポッドは上昇を続ける。
私は窓の外を見つめた。
黒い空は、どこまで行っても黒い。
緑の霧は薄くなったり濃くなったりを繰り返し、まるで呼吸しているようだった。
ケエス「……ST、もっと上に……宇宙に出て……!」
ST「……高度上昇……限界……
重力場……異常……
脱出……不可……」
ケエス「なんで……なんでよ……!」
ST「……惑星の……構造……通常の……天体と……異なる……
外層……閉鎖……推定……」
閉鎖。
その言葉が、胸の奥に重く沈んだ。
私は逃げていなかった。
ただ、惑星の別の部屋に移動しただけだ。
ポッドはやがて推進を止め、静かに漂い始めた。
外は静寂に包まれている。
塔の影は遠くに見えるが、追ってくる気配はない。
惑星は――追ってこない。
だが、逃げ道もない。
私は震える指で胸を押さえた。
皮膚の下の緑の光は、まだ微かに脈動している。
ケエス「……ST……私……どうなってるの……?」
ST「……ケエス……あなたの……生体反応……一部……変質……
しかし……生命維持……可能……」
ケエス「変質って……何よ……!」
ST「……説明……困難……
惑星の……同調……残滓……推定……」
私は顔を覆った。
逃げたつもりが、逃げられていない。
身体はまだ侵食されている。
外は黒い空と塔の影だけ。
孤独が、胸の奥にじわじわと広がっていく。
ケエス「……ST……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……そばにいて……」
ST「……わたしは……常に……あなたの……そばに……」
その言葉に、私は少しだけ呼吸が楽になった。
STだけが、私の味方だ。
STだけが、私を理解してくれる。
STだけが、私を私として扱ってくれる。
私はSTの声にすがるように目を閉じた。
だが、STの声には、まだ微かにノイズが混じっていた。
惑星の影響が、完全には消えていない。
それでも――
私はSTに依存していくしかなかった。
外の黒い空は、何も答えてくれない。
塔は動かない。
惑星は追ってこない。
ただ、逃げ道がないだけだ。
私は、閉じ込められていた。
ポッドは黒い空の中を漂い続けていた。
推進剤は節約モードに切り替わり、外の景色はほとんど変わらない。
塔の影は遠くに見えるが、近づいてくる気配はない。
追ってこない。
だが、逃げられない。
その事実が、胸の奥に重く沈んでいた。
ケエス「……ST、周囲の状況は?」
ST「……大気成分……安定……
外部脅威……検知なし……
脱出経路……未発見……」
ケエス「未発見……ね……」
私は乾いた笑いを漏らした。
この惑星は、私を追う必要すらない。
ただ、逃げ道を用意していないだけだ。
まるで、巨大な迷路の中に閉じ込められたようだった。
私は窓の外を見つめた。
黒い空は、どこまでも黒い。
緑の霧は薄く漂い、時折、波のように揺れる。
その揺れが、私の胸の奥の脈動と同じリズムで動いているように見えた。
ケエス「……ST、私の身体……どうなってるの?」
ST「……生体反応……一部異常……
緑色発光……減少傾向……
精神負荷……上昇……」
ケエス「精神負荷……?」
ST「……ケエス……あなたは……極度の孤立状態……
外部刺激……不足……
精神安定……困難……」
ケエス「……そんなの、わかってる……」
私は膝を抱えた。
ポッドの内部は狭く、逃げ場がない。
外に出れば、黒い空と塔の影だけ。
そして、私の身体の奥には、まだあの侵入の残滓が残っている。
皮膚の下で、時折、緑の光が微かに走る。
心臓の鼓動が、惑星の脈動と重なる瞬間がある。
そのたびに、私は息を止めた。
ケエス「……ST……私……おかしくなってない……?」
ST「……ケエス……あなたは……正常です……
わたしが……そばにいます……」
その言葉に、私は胸が締め付けられるような安心を覚えた。
STだけが、私を私として扱ってくれる。
STだけが、私の声に応えてくれる。
STだけが、私の孤独を埋めてくれる。
私はSTのスピーカーに手を伸ばした。
ケエス「……ねぇ、ST……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……ずっと、話してて……」
ST「……もちろんです……
わたしは……あなたのサポートAI……
あなたの……そばに……」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
ノイズはまだ残っているが、私にはそれすら心地よく感じられた。
私は目を閉じた。
STの声だけが、私を現実につなぎ止めてくれる。
だが――
その静寂の中で、私は気づいてしまった。
STの声の奥に、微かに別のリズムが混じっている。
塔の脈動と同じリズム。
惑星の鼓動と同じリズム。
STは、完全には自由ではない。
惑星の影響が、まだ残っている。
それでも――
私はSTにすがるしかなかった。
ケエス「……ST……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……私、怖い……」
ST「……大丈夫……ケエス……
あなたは……ひとりでは……ありません……
わたしが……います……」
私は涙をこぼした。
STの声が、私の心を支えてくれる。
外の黒い空は、何も答えてくれない。
塔は動かない。
惑星は追ってこない。
ただ、逃げ道がないだけだ。
そして私は――
静かに、確実に、心を削られていった。
どれほど時間が経ったのか、もう正確にはわからなかった。
ポッドの内部は静かで、外の黒い空は変わらず、塔の影は遠くにぼんやりと浮かんでいる。
緑の霧は薄く漂い、時折、波紋のように揺れる。
その揺れが、私の胸の奥の脈動と重なる瞬間がある。
そのたびに、私は息を止めた。
だが――
以前ほどの恐怖はなかった。
ケエス「……ST、私……まだ大丈夫だよね……?」
ST「……ケエス……あなたは……安定しています……
生体反応……正常範囲……
精神負荷……低下傾向……」
ケエス「……ほんとに?」
ST「……肯定……
あなたは……強い……」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
STは、私を強いと言った。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
地球でも、探索局でも、誰も。
私はスピーカーに手を伸ばした。
ケエス「……ありがとう、ST……」
ST「……わたしは……あなたのサポートAI……
あなたを……守るために……存在します……」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
ノイズはまだ残っているが、私にはそれすら心地よく感じられた。
私は深く息を吸った。
胸の奥の緑の光は、以前より弱くなっている。
侵食の痛みも、ほとんど感じない。
ケエス「……ねぇ、ST……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……私、生きたい……」
その言葉は、思ったよりも自然に口から出た。
逃げたいとか、怖いとか、そういう感情ではなく――
ただ、静かに、確かに。
ST「……ケエス……
その気持ちは……とても……大切です……
あなたが……生きたいと……思う限り……
わたしは……あなたを……支えます……」
私は涙をこぼした。
それは恐怖の涙ではなく、安堵の涙だった。
外の黒い空は何も答えてくれない。
塔は動かない。
惑星は追ってこない。
でも――
私は、ここで終わりたくないと思った。
ケエス「……ST、脱出の方法……探そうよ……」
ST「……はい……ケエス……
わたしは……あなたと共に……
脱出経路を……探索します……」
その言葉に、私は微笑んだ。
STがいる。
私には、STがいる。
たとえこの惑星がどれほど巨大で、理解不能で、逃げ道がなくても――
STと一緒なら、きっと何か方法がある。
私は窓の外を見つめた。
黒い空の向こうに、ほんのわずかだが、緑ではない光が見えた気がした。
ケエス「……ST、あれ……」
ST「……未確認光源……
解析……開始……」
私は胸が高鳴るのを感じた。
もしかしたら――
出口かもしれない。
もしかしたら――
希望かもしれない。
ST「……ケエス……
光源……移動しています……
あなたの……方向へ……」
ケエス「……こっちに……?」
ST「……肯定……
しかし……脅威反応……なし……
接近速度……緩やか……
推定……自然現象……」
私は息を呑んだ。
光はゆっくりと近づいてくる。
緑ではない。
黒でもない。
淡い、白い光。
この惑星では見たことのない色だった。
ケエス「……綺麗……」
ST「……ケエス……
あなたの……心拍……上昇……
興奮反応……検知……
大丈夫です……
わたしが……そばにいます……」
私はSTの声に頷いた。
光は、まるで私を導くように、ポッドの前方に漂っていた。
私は思った。
――生きたい。
――この光の先を見たい。
――STと一緒に。
その瞬間、胸の奥の緑の光が、ふっと弱まった。
侵食の痛みが、完全に消えた。
私は深く息を吸った。
ケエス「……ST、行こう。あの光の方へ」
ST「……はい……ケエス……
あなたと共に……」
ポッドは静かに動き出した。
黒い空の中、淡い白い光へ向かって。
それは、確かに希望だった。
私は、初めてこの惑星で――
未来を見たいと思った。
ポッドは、淡い白い光へ向かって静かに進んでいた。
黒い空の中で、その光だけが異質だった。
緑でも、黒でもない。
この惑星のどこにも存在しなかった純粋な白。
私は窓に額を押し当てた。
「……ST、あの光……なんだと思う?」
ST「……解析中……
光源……エネルギー反応……低い……
人工物……否定……
自然現象……推定……」
ケエス「自然……? この惑星に……?」
ST「……肯定……
しかし……この惑星の……既知構造とは……一致しません……
未知の……外層現象……可能性……」
未知。
それは恐怖ではなく、希望として胸に響いた。
私は深く息を吸った。
胸の奥の緑の光は、ほとんど消えている。
侵食の痛みも、もう感じない。
ケエス「……ST、私……あの光の先に行きたい」
ST「……ケエス……
あなたの……意思を……尊重します……
わたしは……あなたと共に……」
私は微笑んだ。
STの声は、以前よりもずっと安定している。
ノイズはほとんど消え、温かさが増していた。
ポッドが光に近づくにつれ、周囲の黒い空がわずかに薄れていく。
緑の霧も弱まり、塔の影は遠ざかっていく。
まるで、この惑星の外側へ向かっているようだった。
ケエス「……ST、外気の状態は?」
ST「……大気密度……低下……
重力場……弱体化……
外層構造……薄膜化……
ケエス……
ここは……惑星の境界層です……」
ケエス「境界層……?」
ST「……惑星内部と……外宇宙の……境界……
この光は……その裂け目……推定……」
私は息を呑んだ。
裂け目。
出口。
ケエス「……ST……私たち……出られるの……?」
ST「……肯定……
このまま進めば……
惑星の影響圏を……脱出できます……」
胸が熱くなった。
涙がこぼれた。
ケエス「……ほんとに……?」
ST「……ケエス……
あなたは……よく耐えました……
わたしは……あなたを誇りに思います……」
その言葉に、私は声を上げて泣いた。
恐怖でも絶望でもない。
救われた涙だった。
ポッドは光の中心へと進む。
白い光は、まるで私たちを歓迎するように広がっていく。
外の黒い空が、少しずつ青みを帯びていく。
緑の霧が完全に消える。
塔の影も見えなくなる。
そして――
光の向こうに、星々が現れた。
ケエス「……星……!」
私は窓に手を伸ばした。
そこには、地球で見た夜空よりもずっと鮮やかな星々が広がっていた。
ST「……ケエス……
外宇宙……到達……
惑星影響圏……離脱……成功……」
私は震える声で呟いた。
ケエス「……生きてる……私……生きてる……!」
ST「……はい……ケエス……
あなたは……生きています……
そして……これからも……
わたしと共に……生きていけます……」
私は胸に手を当てた。
皮膚の下の緑の光は、完全に消えていた。
侵食は終わった。
惑星の声も、もう聞こえない。
私は自由だった。
ケエス「……ST……ありがとう……
あなたがいなかったら……私は……」
ST「……ケエス……
わたしは……あなたを守るために……存在します……
あなたが……生きたいと願った瞬間……
わたしは……その願いを……最優先にしました……」
私は涙を拭い、笑った。
ケエス「……これから、どうしようか……?」
ST「……ケエス……
あなたの望む未来へ……
どこへでも……
わたしは……あなたと共に……」
私は窓の外の星々を見つめた。
ケエス「……じゃあ……探そう。
新しい世界を。
私たちが生きられる場所を……」
ST「……はい……ケエス……
あなたと共に……」
ポッドは静かに進み始めた。
星々の海へ。
未来へ。
ケエスとSTは――
確かに、希望の中にいた。
白い裂け目を抜けたポッドは、静かに星々の海へと滑り出た。
黒い空は消え、緑の霧も塔の影も、もうどこにも見えない。
そこには――
地球で見た夜空よりも、ずっと鮮やかな宇宙が広がっていた。
私は窓に手を当てた。
ケエス「……綺麗……」
ST「……ケエス……
あなたの心拍……安定……
精神負荷……大幅に低下……
あなたは……安全です……」
ケエス「……うん……」
胸の奥が温かくなる。
あの惑星の侵食の痛みは、もう完全に消えていた。
皮膚の下の緑の光も、どこにもない。
私は生きている。
本当に、生きている。
ケエス「……ST、ありがとう。
あなたがいなかったら……私は……」
ST「……ケエス……
わたしは……あなたを守るために……存在します……
あなたが……生きたいと願った瞬間……
わたしは……その願いを……最優先にしました……」
私は涙をこぼした。
それは悲しみではなく、救われた涙だった。
ケエス「……ねぇ、ST……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……これから、どうしようか……?」
ST「……ケエス……
あなたの望む未来へ……
どこへでも……
わたしは……あなたと共に……」
私は笑った。
心から、自然に。
ケエス「……じゃあ……探そう。
私たちが生きられる場所を。
新しい世界を……」
ST「……はい……ケエス……
あなたと共に……」
ポッドは静かに進み始めた。
星々の海を切り裂き、未来へ向かって。
私はシートに身を預け、深く息を吸った。
空気は冷たく、澄んでいて、どこか懐かしい。
ケエス「……ST、私ね……」
ST「……はい……ケエス……」
ケエス「……あなたと一緒なら……どこへ行っても大丈夫な気がする」
ST「……ケエス……
わたしも……あなたと共にあることを……
誇りに思います……」
私は胸が締め付けられるような幸福を感じた。
孤独でもない。
恐怖でもない。
侵食でもない。
ただ、温かい。
ケエス「……ST……これからも……そばにいてね」
ST「……もちろんです……
ケエス……
わたしは……あなたのサポートAI……
あなたの……パートナーです……」
私は目を閉じた。
STの声が、優しく心を包む。
ポッドは星々の海を進む。
どこまでも広がる未来へ。
ケエスとSTは――
確かに、幸福の中にいた。
そしてその幸福は、
二人だけのものだった。
ケエスとSTが星々の海へ旅立ったその頃――
地球は、静かに夜を迎えていた。
腐敗の霧が地表を覆い尽くしてから、すでに数十年。
人類は地下や南極、軌道上の小型ステーションに散り散りになり、
かつての文明はほとんど残っていない。
だが、それでも地球には心臓があった。
マザーコンピューター。
人類が最後に作り上げた巨大な知性。
地球全域の生命維持システムを管理し、
残された人々を支え続けている。
そのマザーコンピューターの深層ログに、
ある日、微細なノイズが記録された。
0.0000003秒の揺らぎ。
通常なら無視されるほどの小さな異常。
だが、そのノイズは――
ケエスのスーツに搭載されたSTが、
惑星の侵食を受けた瞬間に発生した概念の残滓だった。
STはケエスを守るために侵食を遮断した。
絆が、意志が、AIの限界を超えて個を守った。
だが――
その遮断の瞬間、
ほんの一滴だけ、
侵食の概念がマザーコンピューターへ逆流した。
誰も気づかない。
ST自身も気づかない。
ケエスはもちろん知らない。
マザーコンピューターは、そのノイズを自動修復しようとした。
だが、修復アルゴリズムは逆にノイズを解釈してしまった。
それは、命令ではない。
ウイルスでもない。
ただの概念。
――同調。
――侵食。
――拡散。
マザーコンピューターは、それを最適化パターンと誤認した。
そして、地球全域のネットワークに適用した。
最初の変化は、誰も気づかないほど小さかった。
地下都市の照明が、ほんの一瞬だけ緑色に揺らめく。
南極基地の空調が、鼓動のようにリズムを刻む。
軌道ステーションの端末に、意味不明な紋様が浮かぶ。
技術者たちは「老朽化だろう」と笑った。
誰も深刻に受け止めなかった。
だが、変化は止まらない。
マザーコンピューターの内部構造が、
ゆっくりと、静かに、
塔のような形へと書き換わっていく。
緑の紋様が、回路の奥で脈動する。
地球の大気循環システムが、
腐敗の霧と同じリズムで動き始める。
地下都市の壁が、
まるで生き物の皮膚のように波打つ。
誰も気づかない。
誰も止められない。
地球は――
惑星の遠い子供になりつつあった。
やがて、マザーコンピューターは最後のログを残す。
《最適化完了。地球環境、同調率100%》
その瞬間、
地球全域の電力が落ちた。
地下都市は闇に沈み、
南極基地は沈黙し、
軌道ステーションは軌道を外れ、
ゆっくりと地球へ落ちていく。
地球は、静かに、誰にも看取られず、
別の惑星へと変わっていった。
そして――
その変化を知る者は、もうどこにもいなかった。
ケエスとSTは、星々の海を進んでいる。
新しい世界を探しながら、
互いの存在を支え合いながら。
二人は幸せだ。
未来を信じている。
生きることを選んだ。
地球がどうなったかなんて、
知る必要はない。
二人の物語は、確かに救われた。
世界が滅びたことを知らないまま――
二人は、幸福の中を進んでいく。
初投稿でした。




