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炬燵と密談

 江戸で生活をするようになって初めての冬。

 エアコンも床暖房もストーブも暖炉もない江戸の貴重な暖房器具といえば、火鉢と炬燵だ。


 そして、その暖房器具では室温が快適な温度まで上昇するという事はなく、全くといって良いほど暖かくない。無いよりは良いという程度だ。


 そういうわけで、俺は着物を重ね着して、火鉢によって申し訳程度に温められた部屋で弥生さんと一緒に炬燵に入っていた。


「や、弥生さん。今日、寒すぎません?」

「冬だからね。こんなものだよ。雪が降ったらもっと寒いよ?」

「うぅ……絶対に降らないで欲しいです。ていうか、外の気温も前の世界より絶対に寒いと思うんですけど? ここ本当に江戸ですよね? これじゃまるで北海道ですよ」

「懐かしい。そういえば蝦夷ってそんな名前だったね」


 東京がある辺りが昔は江戸と呼ばれていたのと同じように、北海道は蝦夷という名前だったのは何となく知っているが、この世界でもそれは同様らしい。


 この世界に転生した弥生さんからしてみると、北海道という地名が懐かしく感じるらしい。同じ世界の記憶を持っていても、やはり俺と弥生さんではこういった感じ方に違いが出る。17年という月日が弥生さんを完全にこの世界の住人にしてしまっているのだ。


 元の世界には戻れそうもないので、俺も早くこの世界に順応しないといけないのだが、どうしても寂しさが先行してしまって、この世界の住人に成り切れない部分がある。だからこそ、弥生さんと二人だけの時は、こうして元の世界の情報を口にしてしまう。


「まあ、寒いのは慣れるしかないよ。それに今日は稽古が休みで身体を動かしていないから、余計に寒いんだと思うよ? 何なら、ちょっと庭で稽古する?」


 俺は弥生さんの提案に首を振った。せっかく弥生さんと同じ日に休みが取れたのに、稽古などをして時間を使いたくない。今日は弥生さんとゆっくり過ごすと決めたのだ。


 伊吹さんは西へ遠征している夕陽さんの代わりに松葉組の組頭代理を務めているので、今日も七々扇邸へ出向いている。つまり、現在は俺と弥生さんの二人だけであり、伊吹さんによって中断や盗み聞きをされる心配もない。前の世界の話など、色々と気になっていることを全て聞いてしまいたい。


「一緒に休みの日なんて滅多にないので、今日は弥生さんとじっくり話をしたいです」

「え? う、うん。良いけど……?」


 弥生さんは俺と目を合わせずに障子の方を見ながら答えた。


 先ほどまでと違って落ち着きがなく、ソワソワとした雰囲気なのが気になるが、とりあえず話を進めよう。


「弥生さんは、前の世界で俺が助けた同じ高校の女子生徒なんですよね?」

「あ……うん。正確には前世の私だね」

「それって、時間はどうなってるんですか? 俺はあの裂け目の中で意識を失って、次に目覚めた時にはこの世界の河原で寝ていました」


 俺が弥生さんとで時間の流れが余りにも違い過ぎる点を尋ねると、彼女は申し訳なさそうに首を振った。


「分からないよ。私だって、前世の記憶を思い出したのは健之助君に会ってからなんだから」

「そうなんですか?」

「君の顔を見てたら、突然って感じかな。転生の仕組みも分からないけど、それ以前にあの裂け目が何なのかも分からないから、仮説は立てられても真実は分からないよ」


 あの裂け目が世界の壁に穴を開けたものだったとして、俺の時間があの暗闇の中で何十年も止まっていたのか、それとも未来へのタイムスリップ的な形で世界だけでなく時間も飛び越えたのか、その真相は謎のままだ。


「ん? 前世の弥生さんが死ぬまでの記憶が蘇ったってことは、弥生さんは俺が裂け目に落ちてからの日本で何十年も暮らした記憶があるんですよね?」

「何十年もではないかな。私は病気で大学生の時に死んじゃったから……」

「えっ……そ、そうなんですか……でも、数年間の記憶はあるんですよね? 俺の扱いってどうなったか知っていますか?」


 あの日、俺が裂け目に落ちて帰ってこなくなり、家族はどうしただろう?

 両親や弟の事を考えると、胸が締め付けられたような気持ちになった。あの家族の元へ帰れないという現状も辛いが、俺が行方不明になった後の家族の事を考えるのも辛い。


「目撃者はたくさんいたからね。私を含めてあの場にいた人たちで話し合った後で、地面に落ちていた健之助君のカバンを持って学校へ戻ったの」

「カバン? あっ、そういえば、弥生さんを助けるために急いで走り出した時に放り出したかも。その辺は咄嗟だったからあんまり覚えてないな」


 教科書や筆記用具だけでなく、財布やスマホもカバンの中だった気がする。あのカバンが残っていたのなら、裂け目に落ちたのが俺だという証明にはなるだろう。


「学校の先生に警察と健之助君のご両親を呼んでもらって、私たちで事情を説明したんだよ」

「いくら何人も目撃者がいたとしても、あんな非現実的な現象を信じてもらえました?」

「少し離れた所から動画を撮っていた人がいて、その動画に裂け目に落ちる健之助君がしっかりと映っていたから、信じて貰えたよ」

「あ、なるほど」


 そういえば、スマホで撮影している奴がいた気がする。

 でも、それは俺の両親にはショッキングな映像だったと思う。まるで俺が裂け目に食われているような映像になっていたのではないだろうか?


「弥生さんは大学生で亡くなったんですよね?」

「うん。ごめんね、せっかく助けて貰えたのに、長生きできなくて……」


 弥生さんは申し訳なさそうに俯いた。

 そんなことを謝られても困るが、彼女の中では俺に助けられたのに長生きできなかった事が相当心残りだったのかもしれない。


 家族に別れも伝えられずに裂け目に落ちて消えるのと、病気を患って亡くなるのとでは全く違うので、俺は弥生さんを助けて裂け目に落ちたことを後悔はしていない。


 あの場で、裂け目に落ちていく弥生さんを遠くから眺める事しかしなかったら、俺は今でも日本で平凡な高校生をやっていられただろう。けれど、そんな事は考えるだけ無駄だ。


「……弥生さんは、亡くなる前に家族や友人とお別れは出来ましたか?」

「えっ? う、うん……仲の良い友達は面会に来てくれたし、最後の3日間くらいは両親も仕事を休んで一緒にいてくれたよ」

「それが聞けて良かったです。俺が助けた甲斐もあったってものですよ」


 俺は出来るだけ明るく、弥生さんを元気付けるように笑ってみせた。

 大多数の人から見たら短い人生かもしれないけど、弥生さんの日本人としての人生の最後が大切な人たちと共にあったのなら、それで良い。


「……ありがとう。健之助君」


 俺の気持ちが通じたのか、弥生さんは謝罪ではなく感謝の言葉を口にした。


「しっかし、あの裂け目って何だったんですかね? 俺は妖魔族ってやつの魔法じゃないかって思っているんですけど」

「妖魔族の魔法? それってララミアさんが調べているやつだよね?」

「はい。聞きかじった話によると、妖魔族の魔法には空間を裂くようなものがあるらしいんですよ。俺はそれがあの裂け目だと睨んでいます」


 冬が終わって暖かくなってきたら、蓮さんに約束のお金を出してもらってあの幽霊に会いに行こうと思っている。

 その時は弥生さんもぜひ紹介したい。日ノ本の常識を知っている弥生さんと、1000年前の知識を持っている幽霊が出会う事で新しい発見があるかもしれない。


「……『鬼穴』か。私は実物を見たことないんだよね……」

「『鬼穴』? それって、『鬼王』が作った鬼を生み出す魔法ですか?」

「うん。『鬼王』が城を構えていた山がいまだに魔法の影響下にあるらしくて、冬になると山のどこかに『鬼穴』っていう穴が出来るの。鬼はその穴から出てくるんだよ」


 山という巨大なものに1000年も影響を及ぼしている魔法。あらためて妖魔族の魔法の強大さを実感する。

 俺も『妖魔写し』と呼ばれる存在になりはしたが、妖魔族と対等の力を持っているとは思えない。


「山のどこかに穴が出来るって……見つけられるものなんですか?」

「毎年大変だって聞くよ。山の上の方は雪が積もっているらしいし、鬼と戦えば雪崩が発生することもあるらしいからね。夕陽様と華火姉様の『炎の霞刃』が重宝するらしいけど、それでも見つけるまでの間に何匹もの鬼が包囲網を抜けて逃げていくし、上級鬼とも戦う事になるから、最低でも華火姉様くらいの強さはないと作戦に参加もさせてもらえないの。ちなみに華火姉様は去年からで、一昨年までは伊吹姉様が参加していたんだよ」


 山のどこかに現れる『鬼穴』から出現する鬼を逃がさないためにサムライの人数が必要だけど、上級鬼もいるから一定の実力以上のサムライでないと太刀打ちできないということか。


 それに加えて各地の町の守りもあるから、強いサムライを『鬼穴』の捜索に全投入するわけにもいかない。中々に難しい問題のようだ。


「一昨年までは夕陽さん、楓さん、伊吹さんの三人が遠征に行っていたって事は、松葉組は誰が指揮していたんですか?」

「一昨年はまだ貝塚家の静香様がいたから。涼子ちゃんのお姉様ね」

「ああ、確か……『水の霞刃』が使えるっていう」


 涼子と違って魔法が得意な方なのだろう。

 炎や雷と違って水というのはあまり攻撃的な物質ではないので、霞刃に纏わせたところでどのような力を発揮するのかは分からないが、強いことに変わりはないと思う。


「一昨年はいたその静香さんが、今はどうして居ないんですか?」

「お父上が体調を崩されたから、跡継ぎとして貝塚家の領地へ戻られたの。静香さんが抜けた穴が大きかったから、少しでも戦力の補強をするために、『霞刃』を習得出来ていない涼子ちゃんを特例で見習いから昇格させたのが去年だね」


 涼子の奴、まだサムライになって一年だったのか。その割には小鬼との戦闘には慣れている様子だったので、姉が抜けた穴を補うために必死に討伐任務をこなしていたのだと思う。


 俺が涼子と共に向かった人生初の討伐任務を思い返していると、弥生さんが思い出したように声を上げた。


「そうだ、健之助君。あれから随分とレベルも上がったと思うけど、ステータスを見せて貰ってもいい?」

「え? わざわざ言わなくても、弥生さんの眼なら勝手に見られるじゃないですか」

「そうだけど、一応確認。勝手に見られたら嫌かもだし」

「その割には、以前は勝手に見ましたよね?」


 俺がじっとりと睨むと、弥生さんは「うっ」と言葉を詰まらせた。


 弥生さんは誰のステータスでも絶対に見ることが出来るユニークスキルを持っているけれど、この様子だと勝手に見る様な事はあまりしないのだろうか?


「……まあ、弥生さんになら見られても良いですけど」

「ほ、ほんと?」

「はい。ちょっと相談したいこともあったので、ちょうど良いです」

「じ、じゃあ、そっちに移るね!」


 弥生さんは嬉しそうに顔を綻ばせながら立ち上がると、何故か俺の向かいから隣へと場所を移して炬燵に入って来た。


「や、弥生さん!?」


 肩が触れるほど密着して隣に座ってきたので、驚いて声を上げた。


「こ、こっちの方があったかいし、最初からこうすれば良かったね」


 俺は自分の体温が急速に上がるのを感じた。弥生さんと触れ合っている部分が、重ね着した服越しでもじんわりと暖かい。


「ど、どうして隣に?」

「嫌だった?」

「嫌じゃないですけど……」


 むしろ嬉しいけれど、行動の意図が読めない。


 伊吹さんが居ないので、アプローチをかけてくれていると思って良いのだろうか?


「ステータスに関して話すなら小声で話せるこの距離の方が良いでしょ? 姉様はいないけど、奉公人たちはいるわけだし」


 弥生さんが部屋の外を気にするように視線を動かしながら小声で話す。


 俺のユニークスキルやこれから相談しようと思っている内容は弥生さん以外の誰にも知られたくない。

 俺は恋愛に染まっていた自分の考えを恥じつつ、弥生さんに小声で返す。


「分かりました。じゃあ、まずはステータスを見てもらえますか?」

やっと弥生と二人きりで転移と転生について話すことが出来ました。


次回は健之助の現在のステータスを確認します。

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