一般魔法対自然魔法
「私の名を? アンジェ9、どこまで喋った!」
ドロテーアは自分の名前が俺たちに知られていたことに怒りながら、ミレーヌさんに向かって手をかざす。すると彼女の魔力から生み出された刃がこちらへ高速で発射された。
それなりの速度でこちらへ刃が飛んでくるが、俺は弥生さんと共に『霞刃』でそれを斬り伏せた。
以前なら出来ない事も、『刀LV2』となった今なら容易く行える。スキルのおかげではあるのだが、俺は刀に関しては達人級の腕を持っているのだ。
「質問したいのはこちらだ、ドロテーア。お前は日ノ本で何をしている? 『飼い主』の命令で動いているのか?」
「なっ、き、貴様。奴隷の分際で!」
激昂したドロテーアは両手を天にかざす。すると、俺たち3人の上空に無数の石が生み出された。
俺は次に起こる状況を察し、ドロテーアへ向かって一直線に走る。
おそらくあれは、雨のように石を降らせる魔法だ。数によっては防ぎきれない可能性がある。
では、どうすれば良いのか。そんなことは簡単だ。
あの魔法の安全圏はドロテーアの周囲に決まっている。
「『石の防壁』!」
突っ込んでくる俺を見たドロテーアは、即座に俺との間に巨大な石の壁を生み出した。神社の境内が一瞬のうちに二分される。
何て魔法だ。元通りにするのにどれだけの時間がかかるか分かったものではない。
「ちいっ! 『雷の霞刃』!」
俺は雷を纏った『霞刃』を使って目の前の石壁を破壊して突き進む。
なんとか安全圏へ潜り込めたのか、俺がいた位置へ石は降って来なかったが、後ろで石が地面へ激突する音が聞こえてくる。
「弥生さん、無事ですか!」
「大丈夫! 健之助君、前っ!」
弥生さんの無事を確かめるために振り返ったのが良くなかった。
俺が視線を前へと戻した時には、目の前に大量の植物が生い茂っていた。
「なっ――」
絶対に日ノ本に生息していない不気味な形をした植物の葉が揺れ、擦れ合うような音が聞こえた。
次の瞬間、強烈な睡魔に襲われて膝を付く。
瞼が有り得ないくらいに重い。こんなところで眠るわけにはいかないのに、身体が言う事をきかない。思考が纏まらず、意識が朦朧とする。
境内の砂利の上へ崩れ落ちる寸前のところで、俺の右腕に鋭い痛みが走った。
「いっ!?」
視線を向けると、血が吹き出して服を赤く染めている。
斬られた?
そう思ったが、それならこんな中途半端な場所を斬るのはおかしい。傷は深いようだが、頭や胴体を狙った方が確実に俺を殺せるはずだ。
俺は血を止めるために回復力を高める『活性化LV2』のスキルを発動しつつ、左手で傷口を押さえて立ち上がる。
「馬鹿な! 痛みで無理やり眠気を飛ばしたのか!?」
俺の目の前に驚いて目を見開いているドロテーアの姿があった。
彼女が驚いているという事は、やはりこの右腕の傷は彼女による攻撃ではないようだ。
「っ! 『刃の木』!」
俺の後ろから飛び出して来たミレーヌさんがドロテーアに殴り掛かるが、ドロテーアは目の前に一本の木を生み出してミレーヌさんを阻む。
「まずい。下がれる?」
「あ、ああ!」
俺はミレーヌさんに声を掛けられてすぐに後方へ下がる。
ドロテーアは『刃の木』と言っていたが、それは本当にその名の通りの木で、付いている葉が全て刃のように鋭い形をしている。
そしてそれが俺たち目掛けて発射された。
「や、やばい!」
「ここは私に任せて!」
無数の刃による攻撃を刀でしのぐのは少々難しい。腕を怪我している今の状態では防ぎきれない可能性もあった。
俺をかばうように前に出た弥生さんは、刀を振るのではなく、側面を盾のように前に突き出して防御姿勢を取った。
すると透明な何かに阻まれるようにして魔法の木から発射される刃の葉は全て弥生さんの前で別方向へ弾かれていく。
あれはおそらく自然魔法の『甲羅』を使って防いでいるのだと思う。俺はまだ習得していない魔法だ。
「ミレーヌさん、殺さずに無力化するには厄介な相手過ぎませんか?」
「……それでも、貴重な情報源だ。殺すわけにはいかない」
ミレーヌさんは憎しみの籠った目で魔法の木の裏から出て来たドロテーアを睨んでいる。
本当は殺したいほど憎んでいる相手の一人なのだろう。だが、彼女が憎んでいる組織の魔人族を討つにはドロテーアから情報を得るしかない。何とも難しい状況だ。
俺は右腕がある程度回復しているのを確認すると、自然魔力を身体へと溜め込む。
「とりあえず、俺の全力を叩き込んで状況を動かします。弥生さんとミレーヌさんはあいつの眠らせる魔法に気を付けつつ接近して痛めつける方向でお願いします」
「あんまり気は進まないけど、情報を吐かせるならそれしかないよね……」
「分かった。死なない程度に痛めつける」
自白させる魔法とか、記憶を読む魔法があれば良いのだが、そんな便利な魔法はララミアさんでも持っていないだろう。
後の事はミレーヌさんに任せて、俺はドロテーアが作り上げた石の防壁や植物たちを一網打尽にすることに全力を注ぐ。
「『雷の霞刃』!」
刀身を延長する『霞刃』に雷を纏わせる。バチバチと音を立て金色の稲妻が刀の周りを暴れ始めた。
まだだ。上級鬼を倒した時はこんなものじゃなかった。俺は更に自然魔力を刀へと送り込み、雷を凝縮していく。
すると、『霞刃』自体の色が変化して金色へと変わっていった。
雷のエネルギーを持った黄金の霞刃が俺の刀を包み込み、巨大な刃が完成する。
「ドロテーア! 死にたくなかったら全力で避けろ!」
俺は両手に雷が駆け巡るような痛みを感じながら、『黄金の霞刃』を振り下ろす。
ドロテーアが生み出した刃の葉を飛ばす魔法の木を一刀両断すると共に、黄金の刀身から拡散した稲妻が駆け巡り、周囲の防壁を破壊して吹き飛ばす。
ドロテーアは俺が事前に警告したおかげでその場から逃げ出しており、地面を転がる様にして何とか被害範囲の外に飛び出していた。
ミレーヌさんと弥生さんがすかさずそこへ強襲する。
「く、くそっ! 燃え尽きろ……『炎の波』!」
ドロテーアは起き上がりながらミレーヌさんたちへ手をかざすと、大量の炎を生み出した。
ララミアさんが江戸の町中で使うのをためらっていた炎魔法だ。その圧倒的な破壊の熱量が波のような形となって二人へ襲い掛かる。
「弥生さん!」
まずい。あの攻撃範囲は『甲羅』でも防げない。
サムライと鬼の戦いは、武器や爪による刺突や切断がメインだ。炎の波などという面の攻撃に対応できるような『鬼魔法』は存在しない。
しかも、炎は燃焼という反応だ。魔法由来なのでおそらくは魔力を燃料として燃えているのだと思う。つまり殴る、刺す、斬るといった攻撃が通用しない存在だ。こちらの攻撃をぶつけて相殺するのも難しい。
俺の雷なら何とかできないかとも思ったが、俺と迫りくる炎との間に弥生さんたちがいるので、どうすることもできない。
弥生さんとミレーヌさんは即座に軌道を変更して左右に別れると、飛び退いて炎の波の影響範囲外へ飛び出した。
俺もすぐに炎の波の進行方向から離脱すると、ある程度まで進んだところで炎の波は消滅した。燃料だった魔力が尽きたのだろう。
俺たちはこちらへ両手をかざすように向けているドロテーアと睨み合う。
殺してはいけないという制約のせいで、こちらは決定打がない。加えてあの炎魔法を使われては迂闊に近付くことも出来ない。
俺が持久戦を覚悟していると、ドロテーアはニヤリと不気味に笑った。
「アンジェ9。どういう理由で裏切ったのかは知らないが、裏切り者は確実に始末させてもらう」
次の瞬間。俺たち三人を取り囲むように炎の壁が現れた。
「なっ、何だこれ!?」
「炎の壁?」
「不味い! 『炎の輪』だ!」
ミレーヌさんが叫ぶと同時に、立ち昇った炎が俺たちを中心として回転を始める。
それが中心へ集束するように動き始めたことで、俺はこの魔法に完全に捕らえられた事を悟った。
「け、健之助君! もう一回あの攻撃出来る?」
炎から逃れるために中心へ集まると、弥生さんが俺の手を見ながら尋ねた。
俺は『電撃耐性LV2』を習得したおかげで、『雷の霞刃』ならそれほど痛みを伴わずに発動できるようなった。しかし、『黄金の霞刃』は別だ。初めて習得した時ほどではないにしても、雷の魔力は俺の両手を裂き、生命力にそれなりのダメージが入っている。
何発も放てる魔法では無いが、このままだと俺たちは確実に焼死する。二回目を放つのをためらっている場合ではない。
「行けます。二人は俺の後ろに!」
俺は両手の痛みに耐えつつ、再び『黄金の霞刃』を発動する。
迫りくる炎を打ち払うべく雷刀を振り下ろそうとしたところで、聞き覚えのある美しい女性の声が聞こえて来た。
「『水の蛇』よ、あの炎を食べなさい」
眼前に迫っていた炎に綻びが生じる。炎の壁をぶち破る様に、巨大な蛇が現れたのだ。
その蛇は透明な水のような身体をしており、瞬く間に俺たちを取り囲んでいた炎を飲み込んでしまった。
「なっ、ば、馬鹿なっ!? 何者だ!?」
ドロテーアが驚きの声を上げて、辺りを見回す。
必殺の魔法だった『炎の輪』を打ち破られたドロテーアは、本殿の方からこちらへ歩いて来る女性を見付けて、信じられないものを見たように目を見開いた。
「……は? エ、エルフだと……?」
「あなた、私のお友達に何をしているの?」
俺たちを救ってくれた水の蛇が移動し、その女性の元へ帰っていく。
並ぶ者のいないほど美しい容姿を持ったその女性は、俺が今まで見たことが無いほどに真剣な表情でドロテーアを睨んでいる。
ララミア・プレオベール。
リンドラム帝国から魔法の研究のためにやってきたハーフエルフの女性は、圧倒的な魔力圧を放ってこちらへと歩を進めていた。
俺は『黄金の霞刃』を消すと、ララミアさんにかける言葉を考える。
この状況を打開できるのはドロテーアと同じ一般魔法に精通しているララミアさん以外にいないだろう。
「ララミアさん! そいつが探していた半魔人族です! 命は取らずに無力化出来ますか?」
「へえ、あなたがそうなの」
俺たちの魔法は鬼を殺すための魔法だ。しかし、ララミアさんなら人を捉える魔法を習得しているかもしれない。
そう思って助けを求めたら、ララミアさんは迷いなく右手を振り上げた。
「『幻水の槌』」
上空に水で生み出された巨大なハンマーのようなものが出現する。
ララミアさんが右手を振り下ろすと、水のハンマーはララミアさんの右手の動きに連動するように振り下ろされた。
「ぐっ!?」
あんな巨大なものをぶつけられたら死ぬのではないかと思ったが、そこは水を被った程度の衝撃しかなかったのか、ドロテーアはずぶ濡れになりながらも立っている。
しかし、そこからの様子が明らかにおかしい。ドロテーアはララミアさんを見るわけでも、俺たちを見るわけでも無く、キョロキョロと何かを探すように辺りを見回していた。
「……こ、これは? くそっ、幻覚か!?」
「ご名答。次はこれ、『戒めの茨』」
「えっ? ぐぅ!? あ、あああああ!」
続いてドロテーアの足元からいくつもの茨が出現し、彼女の身体に巻き付いていく。茨の棘が身体に食い込み、ドロテーアは苦痛の声を上げた。
「あまり動かない方がいいわよ? 暴れたら戒めを強くするわ」
「こ、こんなもの……私の魔法で……」
「させないわ。『魔吸の花』」
ララミアさんがドロテーアの肩に触れて一輪の花を生み出す。
すると、ドロテーアはその花を見て恐怖に顔を歪めた。
「なっ!? ま、待ってくれ! わ、私はそれほどの悪行を積んだ覚えはない!」
「……ああ。そういえば、フランメギドでは禁忌とされている魔法だったかしら? 残念だけどここは日ノ本で、私はリンドラムの国民なの。フランメギドの常識なんて知った事じゃないわ」
ララミアさんが淡々と告げると、ドロテーアはまるで死刑を宣告さえたかのように絶望した顔で項垂れた。
一点突破の火力では自然魔法、広範囲火力は一般魔法が優れています。
ララミアの使った魔法は一般魔法の中でもレアなものが多いです。
次回は尋問です。




