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追跡

 宗次郎君の家へと向かう道中。弥生さんは彼の家について教えてくれた。


「それじゃあ、宗次郎君はサムライの子供ってことですか?」

「うん。たしか三岳組のサムライだったはずだよ」


 小林という苗字のサムライは聞いた事が無かったが、別の組のサムライだったようだ。しかし、小林なんてよくある苗字だし、宗次郎君がサムライの小林家の子供だと断定するには情報が足りない気がする。


 弥生さんは確証を得ているような口ぶりなので、まだ他にも知っていることがありそうだ。


「他の組のサムライで名前を知っているって事は、結構上の方の家格のサムライなんですか?」

「ううん。全然そんなことないよ。たぶん、サムライの中だと一番下じゃないかな」


 よくそんな接点のないサムライの名前まで憶えているなと思っていたら、弥生さんは苦笑しつつ知っていた理由を教えてくれた。


「ちょっと前に、華火姉様が三岳組の小林澄子が羨ましいって癇癪を起こしていたことがあったんだよね。それで覚えていたんだ」

「か、癇癪? 何ですかそれ」


 華火さんの癇癪と聞くと、ろくなことではなさそうだ。

 俺が一緒に暮らすようになって少し落ち着きが出たと伊吹さんが言うくらいには、昔の華火さんは暴れん坊――というか、お転婆な女性だったらしい。


 まあ、俺の記憶の中にある華火さんも十分にお転婆だったと思うが、それ以上だった頃など想像もしたくない。絶対に手に負えない少女だったに違いないからだ。


「澄子さんには父の違う弟が二人いて、その二人が途轍もなく可愛い半獣人族だって華火姉様と同年代のサムライたちの間で話題になった事があって、華火姉様は羨ましくて転がりまわって暴れていたんだよね。私も可愛い弟が欲しいってさ……」


 弥生さんが少し遠い目をしながら語る。

 何年前の話なのか分からないが、華火さんを宥めるのは大変だったに違いない。


「異父姉弟ですか。異母姉弟ならよく聞きますが、日ノ本だと逆なのですね」

「うん。日ノ本では異母姉弟の方が有り得ないくらいだよ」


 ミレーヌさんの言葉に弥生さんが当然のように頷く。


 日本の江戸時代の武士には正室の他に側室が何人もいたと聞いた事があるが、日ノ本だと逆なのだろう。つまり、小林家の当主である女性には夫が複数いるということだ。


「伊吹姉様も彼氏が3人いるしね」

「ええっ!?」


 俺は突然の爆弾発言に驚きの声を上げた。道を行く人々の視線が俺へと突き刺さる。


「け、健之助君、驚き過ぎだよ」

「い、いやだって……彼氏が3人って……。伊吹さんってそんな感じなんですか?」


 あまり色ごとに興味がありそうな人には見えなかったのだが、華火さんや弥生さんと違ってかなりやることはやっている人だったようだ。


 やはり一振家の跡取りともなると、夫を複数人持つのは普通なのか。余りの衝撃に頭痛がしてきた。


「伊吹姉様はモテるからね……。正式に付き合っている男が3人いるって話だけど、つまみ食いした数も入れたらもっとすごいと思うよ」

「つ、つまみ食いって……」

「華火姉様が長女の伊吹姉様が羨ましいって荒れていた時期があるのはそのせいだからね。その結果、伊吹姉様は色々な男に手を出すのを止めて、お気に入りの3人に絞ったの。ちなみに、婚約者は別にいるよ」


 待ってくれ。これ以上俺の中の伊吹さんのイメージを破壊する情報を与えないで欲しい。


 伊吹さんはいつも冷静で、怒ると怖いけど物腰は柔らかで優しくて、夕陽さんがいないときは組をまとめてくれる頼りになるお姉さんなのだ。


 男をとっかえひっかえした挙句、婚約者に加えて彼氏が3人いる女性と同一人物だとは思えない。頭が変になりそうだ。


「い、伊吹さんの件は置いておくとして、この先に小林澄子さんの家があるんですか?」

「うん。この辺りは家格の低いサムライの屋敷が密集しているところだから、十中八九その小林家だと思うよ」


 俺はこれ以上伊吹さんのイメージを壊したくなくて、無理やり話題を戻した。


 日本の家と違って家の前に表札があるわけではないので、パッと見ただけでは誰の家だか分らないのが困りどころだ。


 茶屋で書いて貰った地図だけを頼りに進むと、弥生さんが一つの屋敷の前で足を止めた。


 家格が低いとは言っても、サムライの家だけあってそれなりに大きめの屋敷がそこにはあった。一振家の四分の一くらいの敷地ではあるが、長屋で暮らしている町人たちからすれば豪邸の部類に入るだろう。


 正門から中の様子を伺っていた俺たちに気付いた奉公人が近付いて来る。俺や弥生さんの腰の刀を見てもそこまで驚かないのは、この家がサムライの家だからだろう。


「あの、どちら様でしょう?」

「松葉組の一振弥生です。こちらに小林宗次郎さんはいらっしゃいますでしょうか?」

「宗次郎様ですか? 離れで暮らしておりますが、この時間は茶屋へ働きに出ているはずですよ?」

「え?」


 俺は弥生さんとミレーヌさんと顔を合わせる。


 茶屋に宗次郎君は出勤していない。しかし、家の奉公人は働きに出ていると言う。つまり、宗次郎君はどこかで寄り道をしているということだろうか?


 俺の脳裏に誘拐の文字が浮かんだが、まだそうと決まったわけでは無い。不用意に家の人を不安がらせる必要はないので、俺はその言葉を飲み込んだ。


「あの、お茶屋さんには姿が見えなかったので、様子を見に来たんですけど?」

「え……そ、そうでしたか。それでしたら、まだ離れに居るのかも知れません。様子を見てきますね」

「――待って」


 奉公人が離れへと向かおうとしたところで、ミレーヌさんが呼び止めた。


 何事だろうとミレーヌさんへ視線を向けると、彼女はこれまで見せたことが無いほどに怖い顔で離れの方を睨んでいた。


「あの離れには、エルフでも住んでいるの?」

「えっ? い、いえ……あそこは宗次郎様とご家族が暮らしている離れですが……?」


 ミレーヌさんは尋常ではなさそうな雰囲気を纏って離れを睨み続けている。言葉遣いもこれまでの丁寧な口調ではなく、声色も冷たく鋭い。


 俺は何かしらの異常事態が起きているのだと感じて、腰の刀に手を当てた。


「全員気を付けて。人族を遥かに越える魔力を感じる」

「どうしてそんなことが分かるんですか?」


 俺の質問に、ミレーヌさんは一瞬だけ躊躇う様に言葉を詰まらせたが、状況が一刻を争うのか早口で教えてくれた。


「私は『魔力探知』のスキルを持っている。あそこから、半獣人族とは思えない量の魔力を感じる」


 ミレーヌさんが警戒するほど大きな魔力を持っている人物がいる。


 ララミアさんのような亜人族の血を引く者でないのなら、それは間違いなく魔人族の血を引く者に他ならない。


 この家の奉公人は何を言っているのかと怪訝そうな顔をしているが、そんなものは無視だ。俺は腰の刀を左手で押さえ、柄に右手をかけた。


「弥生さん、どうします?」

「どうしてここにいるのか分からないけど……宗次郎君の事を考えると一刻も早く踏み込んだ方が良いと思う。ミレーヌさん、三人がかりなら勝算はありますか?」


 弥生さんの問いにミレーヌさんは小さく頷いた。


「あいつは私たち人族を舐めている。不意を突ければ私一人でも殺せる。ただし、今回は殺さずに捕らえたい。その場合、二人の力が無いと無力化は難しい」

「……分かりました。出来るだけの事はします」

「ありがとう」


 ミレーヌさんはお礼を言うと、突然服の帯をほどいた。

 突然の事に面食らっていると、ミレーヌさんが身に纏っていた紫色の和服が地面へと落ちる。すると、動きやすそうな漆黒の和服が姿を現した。


 その服はサムライの着る袴に似ているが更に動きやすさを重視したのか二の腕が出る様な作りをしており、俺の脳裏には忍者という言葉が浮かんだ。


「行くよ」


 動き出したミレーヌさんは目を見張る速さだった。


 俺と弥生さんは少し遅れて駆け出し、ミレーヌさんの背中を追うようにして小林家の離れへと突撃した。


「――っ!」


 離れに踏み込もうとした瞬間、ミレーヌさんが何かを追うように顔を動かして足を止めた。


 俺は弥生さんと共に駆け寄ると、ミレーヌさんの視線の先を見る。渡り廊下の奥の庭に人影が一瞬だけ映った気がした。


「見つけた」

「あっ、お、おい!」


 ミレーヌさんは説明もなく動き出し、渡り廊下を飛び越えて屋敷の裏庭を走っていく。


「け、健之助君、追いかけよう!」

「待って、弥生さん。先に宗次郎君の無事を確認しよう」

「えっ? う、うん」


 俺は弥生さんと共に離れに乗り込む。


 襖を開けると、そこには室内だというのに植物が生い茂った異様な空間が広がっていた。


「な、何だ、これ!?」


 畳にしっかりと根を張った植物が葉を茂らせ、花を咲かせている。どう考えても普通では有り得ない光景だ。


 そして、植物に絡め捕られるように拘束されている男性が三人。


 宗次郎君と賢一郎君、それと二人に似た大人の男性が一人。おそらくは父親だろう。全員意識はなく生死は分からない。


「お、お待ちください! いくら松葉組のサムライである一振様とはいえ、そのような…………え?」


 俺たちを追いかけて来た奉公人が室内の惨状を見て唖然として立ち尽くす。魔法を見慣れていない一般人だと思考がフリーズするのも無理はない。


 すると、弥生さんが奉公人を完全に無視して話を進め出した。


「この三人は眠らされているだけだね……健之助君、ミレーヌさんを追うのを優先しよう」

「ど、どうして見ただけで分かるんですか?」

「私の眼だよ。早く行こう!」


 弥生さんの眼とは『絶対鑑定の魔眼』の事だろう。つまり、『鑑定』した結果寝ているだけだと分かったのだと思う。


 俺は弥生さんに続くように離れから飛び出して、ミレーヌさんが走り去った屋敷の裏庭へと向かう。


「弥生さん、あの人に事情を説明しなくて大丈夫ですか?」

「そんな暇ないよ。あれだけの事をした半魔人族がミレーヌさんに見つかったら、絶対に命のやり取りになる。私たちが加勢しないと、どっちかが死ぬことになる!」


 死という言葉を聞いて、俺は気持ちを切り替えた。


 宗次郎君たちの命は無事だった。それなら、次に助けるべきは今まさに半魔人族と戦闘している可能性があるミレーヌさんだ。


 彼女の生い立ちを聞いてしまった事で、俺は少なからず彼女に肩入れしてしまっている。おそらく蓮さんも同じ気持ちだったのではないだろうか。


 ただの道具のように生きることを強いられたミレーヌさんをここで死なせたくない。そのためにも、彼女一人で戦わせてはいけないのだ。


「見て、こっちだよ!」


 屋敷の裏口から外へ出ると、弥生さんが地面を指差した。

 そこには少量の赤い血が行き先を伝えるように等間隔で並んでいる。


「ミレーヌさん、怪我を?」

「魔法で攻撃しながら逃げているのかも」

「い、急ぎましょう!」


 暗殺なら一人でも出来ると言っていたが、正面から戦った場合はサムライではないミレーヌさんでは不利かもしれない。早く追い付かないと取り返しの付かないことになる気がする。


 俺と弥生さんはミレーヌさんの血を頼りに住宅街を走り抜ける。北上して橋を渡ると宗次郎君が紹介してくれた神社が見えて来た。


 ミレーヌさんの血は境内へと続いており、本殿へと続いている階段を登り終えたところで魔法による攻撃を回避しているミレーヌさんが見えた。


「ミレーヌさん!」


 俺が声を掛けると、ミレーヌさんは角の生えた女性から飛び退くようにして俺の隣へと降り立った。全身に刃物で斬られたような細かな傷が見える。


 すると、刃のような魔法がこちらへと飛んで来た。


「はっ!」


 弥生さんが飛来物を全て刀で斬り伏せると、そのまま刀を女性へと向ける。


「くっ、サムライだと? アンジェ(ノイン)、どういうつもりだ!」


 ミレーヌさんをアンジェ9と呼んだ女性は、一見すると欧米系の顔立ちの人族に見えるが、頭に二本の黒い角が生えていた。


 これが半魔人族。魔人族と人族のハーフで、ミレーヌさんを奴隷として虐げていた奴らの一人。


 俺は刀を抜くと、ミレーヌさんを守る様に前に出て弥生さんに並ぶ。


「あんたがドロテーア・クルマンだな?」

ついに半魔人族を見付けました。


次回は戦闘パートです。

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