奪う事の出来ない宝
ミレーヌさんの口から、彼女が奴隷として働かされていた組織について語られる。
フランメギド魔王国の裏で暗躍しているその組織は『妖魔の腕』と呼ばれていた。どうしてそのような名前なのか、末端であるミレーヌさんに説明されたことは一度もないが、1000年前には3人いた妖魔族に関係しているということだけは察することが出来たという。
俺はミレーヌさんの説明を聞きながら、妖魔族が1000年前は3人いた事と、現在は一人もいない事を知ることになる。
ミレーヌさんたち奴隷に指示を出していたドミニク・ゼーバルトという半魔人族は、自分の上司の事を『あのお方』としか呼ばなかったので、組織の上にいる人物の顔や名前は不明。しかし、ドミニクに「お前たちは『飼い主』である魔人族の『あのお方』のために生涯かけて働かなければならない」と言われて育ったので、上にいる人物が魔人族なことは分かっていた。便宜上、奴隷たちの間では『あのお方』の事を『飼い主』と呼んでいたらしい。
「私たち奴隷は、ドミニクたちに番号で呼ばれていました」
「番号?」
「私はアンジェ9。アンジェという土地出身の9番目の奴隷という意味です」
ミレーヌという名前は奴隷仲間に付けてもらったと言っていたが、半魔人族たちには別の名前で呼ばれていたのか。
本当の名前も分からず、地名と番号で呼ばれる日々。物心ついた頃からそうなら、彼女にとってそれが普通だったはずだ。
俺から見れば異常なものが、彼女にとっては日常だった。魔人族たちが彼女にした事は本当におぞましく、人を人として扱わない行為だったのだと分かる。
「私にとって仲間に付けてもらったミレーヌという名前は唯一の宝でした。魔人族にも奪う事が出来ない私だけの名前という宝です。私はいつか『飼い主』にも認めて貰えるほどの大きな仕事をやり遂げたら、公に名乗ることを許して欲しいと願っていました」
ミレーヌさんは一度目を伏せると、怒りと決意を秘めたような鋭い目付きへと変わる。
「私に名前を付けてくれた仲間は、ある任務をやり遂げた後、情報統制を理由にドミニクに処分されました」
「――は?」
ミレーヌさんの言っていることがすぐには理解できず、俺の口から理解不能を示す音が漏れた。
処分とは処刑という意味だろうか?
任務をやり遂げたと言っていたのに、どうして処分されなければならないのか分からない。
「任務に失敗したのではないのですよね?」
「はい。彼は見事に任務を遂行しました。ですが、その過程で私たち奴隷が知ってはならない情報を得た可能性があるらしいです。彼を処分したとドミニクから聞いた時、私はそれまで忠誠を誓っていた組織に裏切られた気持ちなりました。優秀なら奴隷でも待遇を良くしてくれるし、大切に扱って貰える。そう思っていたのに、知ってはならない事を知った可能性があるというだけで彼を処分した組織に、私は強い怒りを覚え、気が付いた時にはドミニクを殺していました」
そして、そのままフランメギド魔王国を脱出し、北部にあるリンドラム帝国へ亡命したという。
リンドラムにはアンジェという土地が本当にあるらしく、ミレーヌはリンドラムの国民として迎え入れて貰えたらしい。
「……ということは、日ノ本にいる半魔人族は『妖魔の腕』の関係者ってことですよね?」
「私は主にドミニクの指示を受けていましたが、私たち奴隷に命令を下していた半魔人族は全部で3人いました。ドミニク・ゼーバルト。ドロテーア・クルマン。グスタフ・ブラント。私はドロテーアとグスタフから元『飼い主』の情報を得ようと思っていたのですが、去年の冬の初めにドロテーアらしき女性がリンドラムの港から日ノ本へ渡ったという情報を得たんです」
ミレーヌさんが掛け合ってリンドラムで調べてもらった結果、ドロテーア・クルマンという女性は、フランメギド魔王国の在り方に疑問を持ったと言って二年前にリンドラムに亡命していたらしい。
二年間リンドラムで過ごしていたドロテーアはとても礼儀正しく、問題行動など一つも起こさなかったという。
「その二年間である程度の信頼を得たことで、ドロテーアは日ノ本へ渡ることが出来たってことですか」
「そうなります。そしてそれは、おそらく『妖魔の腕』のための行動だと思って間違いないと思います」
組織の名前と、日ノ本で行っている情報収集から考えても、妖魔族関係で何かしら企んでいる組織と見るのが妥当だろう。
日ノ本では鬼にだけ気を付けていれば良いと思っていたのだが、どうやらそんなことを言っていられなくなるかもしれない。
「健之助さんはフランメギドにいた頃に魔人族に会った事はありますか?」
「……いえ、俺はこの前まで魔人族と半魔人族の違いすら分かっていませんでしたから。でも翼が生えている種族を見たのはエラさんが初めてだったので、俺がフランメギドで会っていたのは半魔人族だったのだと思います」
「そうですか……ドロテーアやグスタフといった名前に聞き覚えは?」
「ありませんね」
ミレーヌさんは少しだけ肩落としてお茶に口を付けた。
どうやら、俺に聞きたい事と言うのは、同じような境遇だったと思っている俺から魔人族や半魔人族の事だったらしい。申し訳ないがその設定は捏造なので、俺からその手の情報が出てくることは無い。
あの幽霊は魔人族についてそれなりに知っているようだったが、彼女は1000年前の幽霊なので、ミレーヌさんの欲しい情報は持っていないだろう。
「ミレーヌさんの話を聞いていたら、そのドロテーアという半魔人族を早く見付けないといけないと思いました。まずはそちらに集中しましょう」
「ええ。そうですね」
話が一段落したので、弥生さんが一階へ声を掛ける。
俺は一口も飲んでいなかったお茶を飲んで一息つくと、少し冷めてしまった串団子をかじった。
「お、お待たせ致しました」
「今日も宗次郎君に用があるのですが」
弥生さんが宗次郎君の名前を出すと、二階へ上がって来た青年は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。宗次郎は今不在でして……」
「今日はお休みということですか?」
「い、いえ……それが、今朝から姿が見えなくて。私たちも心配していたところなんです」
俺は弥生さんと顔を見合わせる。
休みではなく、姿が見えない。つまり無断欠勤しているということだ。
宗次郎君は仕事をサボるような子には見えなかったので、体調を崩して起きられない状態にあるか、もしくは何かしらの事故に遭ったか。
前の世界とは違うので、交通事故などはないだろうが、日ノ本では宗次郎君のような可愛い半獣人族の男の子は誘拐の対象にもなり得るらしいので、そちらの線での警戒も必要だ。
「昨日、宗次郎君に似ている青年もいたと思いますが、彼は宗次郎君の兄ではないですか?」
「ええ、兄の賢一郎ですね。彼も今日は来ていなくて、兄弟そろって姿を見せないので、流行病にでもかかったのかと心配していたんです」
兄弟そろって姿を見せないとなると、いよいよ怪しい。
昨日の宗次郎君は元気そのものに見えた。
いくら流行病にかかったとはいっても、兄弟そろっていきなり連絡も寄越せなくなるほど体調が悪化するだろうか?
「様子を見に行きたいのですが、宗次郎君の家の場所はどの辺りですか?」
「――え。ひ、一振様が向かわれるのですか?」
「ええ。知っているなら、彼の家の場所を教えてください」
「か、かしこまりました。簡単な地図を書いてまいります」
青年は驚きながらも一階へ降りていった。地図を書いてくれるのは助かるので、こちらに文句はない。
「健之助君、確か宗次郎君って小林って苗字だったよね?」
「そのはずですよ」
「……う~ん」
弥生さんは団子の串を持って眺めながら、何かを考えているようだ。
俺はさっさと団子を食べ終えてぬるいお茶を飲む。ミレーヌさんもいつの間にか団子を食べ終えており、考え込んでいる弥生さんを眺めていた。
「お待たせ致しました」
二階へ戻って来た青年が持ってきた紙を弥生さんが受け取る。
弥生さんは簡易的な地図を眺めながら「やっぱり」と呟いて地図を俺に渡すと、残っていた団子をパクパクと食べて、お茶を一気に飲み干した。
「これ、場所を貸してくれたお礼と情報料です」
弥生さんは立ち上がって青年に追加のお金を渡すと、俺とミレーヌさんに向き直った。
「それじゃあ、ちょっと宗次郎君の様子を見に行こうか」




